織斑イチカの収束   作:monmo

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第六話

 鈴に引っ叩かれてから、数週間が過ぎた。

 

 結局、箒は何も話してはくれなかった。だが、彼女があんな反応を見せたからには『酢豚を作る』という言葉に何らかの意味があるのは間違いない。

 インターネットの中なら見つかるだろうとパソコンを開いて『酢豚』『毎日』『作る』で検索してみたものの、当てはまる様な項目はひとつとなかった。しいて言えば、酢豚を作るのが少し上手くなった様な気がしたぐらい。

 他のクラスメイトに何気なく聞いてみても、答えは出てこなかった。むしろ、鈴の悪口の方がよく印象に目立つ。アイツ……いつかクラスで孤立するんじゃないか? 今はどうでもいいが……。

 あれ以降、彼女からは学園の中で会うたび露骨に嫌な顔をされる。俺はいいとして、箒もセシリアもあまり気にしてはいないし、2組から何か言われるような事もなかったから、環境は大して変わっていないのがぶっちゃけた俺の本音。鈴に嫌われるのも鈴が嫌われているのもどうでもよかった。

 そんな事より、俺にとって今一番深刻な問題だったのは、クラス代表戦当日である今の今まで一度も『イグニッション・ブースト』を成功させていなかった事だ。今日に至るまで俺は何百回とブースターを噴かせても、整備室に籠り続けても、壁にぶつかりまくるといった結果だけが続き、とても代表戦で相手と互角に戦える様な状態でなかったのだ。

 原作の一夏も、この頃にはイグニッション・ブーストは出来ていた気がする。つまり、俺は彼よりもISに関しては劣っているのが事実になった。曲がりなりにもあいつは天才だって事か。

 

 ここ第3アリーナのピットの中で俺は白式を纏ったまま、カタパルト前でスタンバっているのが俺の現状。正直、勝てんのかどうか落ち着いていられない。

 けれども、そんな俺の心境など知らずにすぐ近くで話をしているクラスメイトが二人。

 

「IS操縦は完璧とは言えないが、サマになってきたからな…………今度こそは……

 

「まぁ、わたくしが訓練に付き合っているんですもの。これくらいはできて当然。できない方が不自然というものですわ」

 

「ふんっ、中距離射撃戦闘の戦闘法が役に立つものか。第一、白式には射撃装備などないではないか」

 

 さも当然の様にピットにいたのは箒とセシリアだった。それだけじゃなく、管制室の中には布仏さん達まで、まるで会場の特等席に座っているみたいに騒いでる。本来、俺以外の生徒は観客席に座っていなければならないのだが、この数日の間は彼女達にずいぶんと世話になった。だから何も言わない事にした。後で千冬の雷が落とされる事になっても。

 すぐそばで言い争いをしている二人はシカトして、俺はモニターでこれから戦うISを再確認しようとしたが、すぐアナウンスの声がピットのスピーカーから流れたので、手の動きを止める。

 

『お待たせいたしました。これよりクラス代表戦を開始します。最初の対戦は1年1組代表、織斑一夏君対、1年2組代表 凰鈴音さんです。両者、ピットのカタパルト前へ!』

 

 初戦は史実通り、俺と鈴の対戦。運命は何も変わらずに、俺の知っている展開を下す。

 ピットのゲートが大きく開き、カタパルトから伸びた光のベルトがレール先のグラウンドへと一直線に突き抜ける。射し込む外の日差しは白式が調節してくれて、眩しくはない。

 既に両足はカタパルトの固定具に連結されている。浮かび上がったモニターの指示通り、俺は腰を少しだけ下ろす。

 射出される体勢を整え、俺は箒達の方へと首を動かした。

 

「じゃ、…………行ってくる」

 

「行ってこい、一夏!」

 

「今のあなたなら、絶対に勝てますわ!」

 

『ガンバってーー! おりむらくーーーん!!』

 

『おりむーーーー!』

 

 布仏さんの声が通信回線から聞こえたのと同時に、射出の秒読みを知らせるランプが光り始める。僅かな緊張感が首筋の裏を通り抜け、ひんやりと冷たい。

 これから起こる事件に果たして対処できるのだろうか? 考える間もなく、俺は彼女達の声援に押され、カタパルトから飛び立った。

 

 天空へ舞い上がる様に勢い良く上昇。そして追いついてきた重力に沿ってみるみる下降。

 観客席からまた悲鳴が上がる前に、落下し始めた白式の脚へ冷静にブースターを点火。足下から感じるふわりとした感覚を確かめつつ、そのまま緩やかに空中を滑りながら、俺はグラウンドの地面にペタリと着地した。

 おそらく、ピットにいる箒とセシリアはホッとひと安心しただろう。こっそりカタパルトから飛び立つ練習をしていた甲斐があった。今度はあそこから空中で止まる事が目標だな。

 余談な事を考えている間に、白式のレーダーが対戦相手のISを感知する。電子音と共に表示された距離は12時の方向数十メートル先。その上空を、俺は見上げた。白式のコンピューターが、視点の先を拡大する。

 そこには太陽の逆光を浴びて、やや黒ずんだ色彩を帯びたISが、空中に浮かんでいた。

 その手足の装甲は濃い赤紫色をした、まるで鋭利な刃物の様だ。所々にある尖ったスパイクと、触れただけでも切れてしまいそうな黒色の装飾が見るからに攻撃的で近接戦闘向きな外観。それでいて総エネルギー量40000。白式よりも上である。

 中でも目を引くのは両肩に浮かぶ球体型の浮遊ユニットだ。そこにも刃の様な装甲と、数個のスパイクで付け固められている。あれでタックルでもされたらどうなるか、ISのエネルギーシールド越しからでも怖い想像をしてしまう。

 彼女のISスーツもセシリアと同じく特注なのだろう、ピンク色のスーツに身を包んでいた。全体を通して見ると、かなり派手な印象を受ける。目立ちたがり屋とも言えるが。

 白式の解析は続く。あのISは『甲龍』って書いて『シェンロン』と読むそうだ。真っ先に、7つ集めると願いを叶えてくれるあの玉を思い出してしまった。

 話を真面目に戻す。ISとしての性能は圧倒的とはいわないが、向こうの方が上だ。加えて操縦者の鈴はセシリアと同じ代表候補生。彼女と同系列に置くのは失礼だと思うが、腐っても代表候補生。技術能力の差は彼女の方が断然に上だ。その辺はセシリアの決闘の時と変わらないが、考えれば考えるほど自分が何を相手にしているのかが思い知らされる。

 本来は勝ち目などない戦いだろう。もしも俺が勝ったら、鈴は腐った代表候補の何かだ。

 けれども、そんな彼女は甲龍を纏って勝ち誇った笑みでも浮かべているかと思いきや、なんだか心ここに在らずな表情で俺を見下ろしていた。

 俺は音声通信を彼女に繋いでみる。

 

「鈴……?」

 

「………………」

 

 反応がない。再度、呼びかける。

 

「鈴ッ!」

 

「っ!? なな、何よっ?」

 

 やや強めの声に、彼女はビクリと体を動かして驚いていた。

 

「いや……大丈夫か? お前」

 

「ハァ!? 大丈夫に決まってるじゃない! バカにしないでよッ!!」

 

 そういう事を言ったつもりではなかったんだが、とりあえず正気ではある様だ。ISが正気にさせているんだろうけども。

 彼女はそのまま言葉を続けた。

 

「い、一夏、今謝るなら少しくらい手加減してあげてもいいわよ」

 

 たどたどしい口調でよくもそんなセリフ言えたなと、俺は心の中で失笑する。片手間に遊ばせていた手の平で雪片を展開した。ダラダラと収束させた光の中から現れる剣先を、鈴に突きつける。

 

「……謝る理由が無え」

 

「あっそッ! 言っておくけどISの絶対防御も完璧じゃないのよ。シールドエネルギーを突破するだけの攻撃力があれば、本体にダメージが与えられるわ!」

 

 ISが競技として存在できる意義の(というか、この『インフィニット・ストラトス』という作品そのものの設定や世界観においても)グレーゾーンといえるセリフを、平然と言い捨てる鈴。まぁ、大体のスポーツも一歩間違えれば危険との隣り合わせだから、あんまり言えた義理ではないんだが、今のはマズいだろう……と俺は表情に苦笑いを隠しきれなかった。

 こんな世界で深く考えたら負けなのは、だいぶ前からわかっている。

 なるべく話題には出さない様にしているのだが、ちらほらと見えてくるこの世界のグレーな部分は日に日に増えていて、やるせない。

 

 もしかしたら『織斑 一夏』である俺は、いつか向き合わなければならなくなる日が来るのかもしれない。その世界に…………そんな風に考えてしまうと、ゾッとしなくもない。さすがに考え過ぎだと思いたいが……。

 

『それでは両者、試合を始めてください』

 

 そんな俺の心境も無視して流れたアナウンスを最後に、俺は地面を踏み抜きブースト移動でグラウンドを滑走。ひとまず鈴の様子と出方を窺おうと甲龍から距離を置こうとしたが、すぐさまロックオンされた事をモニターが告げる。見た目は近接格闘型に見えても、アレは白式みたいにフザケた近接一点張りではない。射撃装備が搭載されている事は原作の知識から知っていた。だから俺はBT使いのセシリアの時よりは比較的、冷静でいられた。彼女の射撃はBTと違って直線的なのだから。

 

『一夏ッ!! そのおカタくなった頭、あたしが叩き直してあげるわッ!!』

 

 雑音の重なる回線の向こうから鈴が叫び上げた直後、甲龍の浮遊ユニットが外表からパカリと開く様に変形すると、その中心部から何かが発射された『音』と同時に白式のアラートが鳴り響いた。

 

「えっ?」

 

 

 

 次の瞬間、俺の体は『見えない』壁か何かによって、ぶっ飛ばされていた。

 

 

 

 叫び声を上げる猶予すらなかった。衝撃を受けて吹き飛んだ俺と白式はアリーナの壁にめり込み、そこで止まった。

 観客席の方から悲鳴と歓声が聞こえている。砂煙の中で思考もままならないまま、とにかく立ち上がろうと白式で起き上がった直後に再びアラートが耳元で響き渡る。

 

「ッ!!」

 

 軌道も何も滅茶苦茶だったが、俺は反射的にブースターで空中へと逃げた。ターンして地面を見下ろすと、さっきまで自分が倒れていた場所へ爆撃の様に爆発が起こっていた。

 

「どう? 『龍砲』の味は!!」

 

 すぐさま甲龍の位置を白式のレーダーと自分の目視で確認し、俺は彼女から更に距離を取るべく空中を飛行する。実はこの時、自分はいったい何をされたのか、まだわかっていなかったのだ。

 

「今のはジャブだから!」

 

 なら次に来るのは本命のストレート。攻撃の正体を見定めるべく、鈴と甲龍を正面に捉えて、全神経を集中させた。

 

 

 

 爆音。そしてアラート。だが弾丸らしきものは見えない。

 

 

 

 今さっき受けて感じたデジャブに、俺は素早くクロス・ターンで身体を捻った。

 

「ぐゥ!!?」

 

 視界がぐわんと回転し、無理な体勢に俺の体そのものが悲鳴を上げる。その苦悶の声を漏らした俺の頬に、見えない弾丸か何かが掠ったのを感じた。

 続けて響き渡った連続しての轟音。上下左右の平衡感覚もわからなくなり、ブーストの炎が不安定になり始めたのを感じ取っていた俺は、メインブースターの出力とPICの電源を断ち切って重力のままに落下した。無茶苦茶な方法だったが、彼女の攻撃を躱すにはこれしかないと思ったのだ。

 

『なっ!? で、でもこれならッ!!』

 

 鈴は一瞬だけ動揺した様だったが、ISの動力を切った事に気付くなり落下する俺の上空に舞い上がりながら、砲声を響かせる。ブーストを再起動させて回避するだけの隙はない。俺は体勢を立て直し、宙を降下しながら雪片で防御する構えをとった。

 ドン! ドン! ドン! と花火の炸裂する様な重い音が数発、等間隔で炸裂し、俺の腕そのものが大きく震える。鼓膜が破れないのは、白式が守ってくれているからだろう。

 しかし、雪片が受け止めた衝撃は余波でシールドエネルギーが削られるほど強力で、俺は威力に押されてそのままグラウンドに墜落した。頭から地面に激突したが、唯一の武器である雪片は意地でも手放さなかった。

 この数分間の中で起こった事を、白式は着々と解析してくれている。あの衝撃波が甲龍の浮遊ユニットから発射され、音が聞こえてから俺に着弾するまでにはかろうじてのラグがある。躱す余地はあるハズだ。だが、それでも、

 

 

 

 見えなかったのだ。

 

 何も。

 

 

 

 白式のコンピューターを介しても目視できなかった。俺の目にも見えなかった。弾道もわからない無機質で透明な弾丸が俺を襲っているのだ。

 冷や汗が、装甲の上に滑り落ちた。目を凝らしても、何で見えないのかはわからない。自分の目がおかしくなったのかと最初は思った。だが、直後に彼女からの通信で、その正体を知らされる。

 

『少しはやるじゃない。砲弾の見えない龍砲をかわして、ガードするなんて』

 

 

 

 え?

 

 今なんて言ったコイツは?

 

 

 

 『砲弾の見えない龍砲』──そんなもの、俺の記憶に欠落でもなけれは、テレビ画面の前で見た覚えなど一度もない。聞いてないぞ、そんな事。

 そんな思考の間を突く様に追撃してきた数発の衝撃弾が目の前で炸裂し、吹っ飛ばされた。そして俺はほぼ同時に、理解する。

 そうか、アレは視聴者に見せるアニメだからだったんだろう。もし透明な弾丸を乱射したって、観ているやつらは何をやっているのかわからないし、絵的にもつまらない。わざわざ設定を無視してまで弾丸を描いたのは、アニメ制作会社の策だったのだろう。

 龍砲に追撃されながら宙を舞う中で納得した俺は、スラスターで身体を捻ると、激突が迫っていたアリーナの壁を思い切り踏みしめ、ブースターの急旋回で観客席のエネルギーシールドの上に着地した。

 真下の観客から歓声が上がっているのが聞こえる。けれども視線は甲龍の方へと合わせ、俺は次の行動を考える。

 想像もしてなかった出来事だったが、あの見えない弾丸の正体を理解した今はひとまず落ち着いてもいいだろう。しかし、あの自由に動く龍砲の浮遊ユニットを見る限り、射角はほぼ無制限。それでいて、あれはイメージ・インターフェース搭載の第三世代型兵器。彼女はあの武装を完璧に使いこなせるのだろう。白式の残りエネルギーは約30000。焦るな、慌てるな、と心の中で言い聞かせている中、鈴の回線が割り込んでくる。

 

『ふふん、思ったよりは動けるじゃない。でも、逃げてばっかじゃあたしには勝てないからっ!!』

 

 彼女が力強く叫び上げたのと同時に、光の粒子の中から偃月刀の形をした武器を二本、それぞれの手に持ったそれを扇風機の様に振り回しつつ、甲龍が龍砲を乱射しながら突進してきた。

 

『格の違いってのを見せてあげるわッ!!!」

 

 通信からの声が見る見る内に直での声に変化し、俺は素早くシールドの上から飛び立った。だが、回避は読まれていたのか、肩のユニットに衝撃が走り、白式が大きくぶれる。

 

「くっ!」

 

 この龍砲の弾丸。雪片でガードすると球みたいに弾き飛ばず、水風船の様に飛び散ってしまう。拡散した衝撃は散弾になって白式のシールドを着実に削っていた。

 

「そぉれ、それそれ、それそれそれッ!!」

 

 鈴の叫び声と共に、雨霰と止む事なく発射される龍砲の衝撃弾。それを俺は不規則な動きで空中をスライドしながら、彼女から距離を取り続ける。

 回避しようにも弾丸は見えない。防御は遅かれ早かれ保たない。強行突破しようにも、衝撃の威力そのものが強く、押し返されてしまう。ふと思ったんだが、どうして一夏は雪片一本であんなISと渡り合えたのだろうか?

 俺が思考する間にも、鈴は攻撃を続けてくる。龍砲が掠る度に鳥肌が身体を突き抜けるが、直撃は着実に減り続けていた。白式のブーストを最大限に活用して動き回っていれば、当たる確率は減っている。なんとかして応用すれば、鈴に反撃を仕掛ける事だってできる筈だ。

 そこまで発想を転換しようと悩んでいた時に、一発の弾丸が俺に接触する。高速で後退しながら逃げ回っていたので体がぶれるほどの衝撃はなかったが、さっきの直撃とあまりにも威力が違い過ぎた。白式のエネルギーを1000も削れていない。

 そもそも、さっきから鈴はなんで俺に接近してくるのだ? この見えない射撃武器があるなら、セシリアと同じ様に長距離から相手を寄せ付けない戦法をとれば良い筈だ。機体が近接戦闘向きとはいえ、近接一偏の白式以外のISでは。それかあくまで近距離の牽制として……

 

 そこまで考えた瞬間俺は、弱過ぎる龍砲と鈴が執拗に接近を行う訳を理解した。けれども、彼女に攻撃を与える解決策までは至らなかったから、ここは過激に攻める事にした。

 

 よし、考え方を変えよう。見えないとはいえ弾丸は俺を狙っている、もしくは俺の動きを見て先読みをしている(今の鈴にそれだけの冷静な思考があるとは思えんが)のだから、彼女に軌道を悟られない様に白式を動かせばいいのだ。

 とはいえ、イグニッション・ブーストに賭けるのは危険すぎた。一回の成功も出来ていないものをこの状況でやるには不安定要素が多過ぎるし、何よりそんな事をしなくても白式のブースト移動だけで鈴を翻弄する事は出来ると確信していたからだ。

 俺はブースターを強めて白式の速度を更に上げ、逃げてばっかだった鈴の周りを旋回する。エネルギーの消費がグンと早くなり、残りが25000を切った。

 

『えっ!?』

 

 急激にスピードが上がった標的を、鈴は驚きつつも龍砲の乱射を止めなかった。だが、すっかり俺を撃ち落とすのに夢中になった彼女は、甲龍で空中に浮遊したまま移動を止めてしまっていた。それもグラウンドのど真ん中で。

 

「くっ、なんで当たらないのよッ!! 当たりなさいよぉッ!!!」

 

 そう叫んでいる気がする。暴風のノイズが流れ狂う高速移動の中で、俺は鈴の声を聞いた。

 不意に、龍砲の砲声が聞こえなくなった。同時に白式のロックオンのアラートが止まった。それは、彼女が俺を甲龍のロックオン機能で捉えられなくなった事を意味する。

 俺は白式の速度を急激に落として鈴に狙いを付けると、再びハイブーストで彼女の正面に突進した。

 

「っ!!!」

 

 彼女はほぼ反射的の様に、左右それぞれのユニットから龍砲を同時発射した。だが、俺は素早く体を捻って縦にし、横一列に並んでいるだろう衝撃弾の間を、抜ける。衝撃弾が白式のシールドバリアに掠り、僅かに減衰を起こすが白式は止まらない。

 そのまま一回転し、俺は鈴を擦り抜け様に零落白夜を当てられる位置にまで、彼女に狙い定めた。

 

 けれども、俺はここで斬りかからなかった。もし、鈴がこの距離から龍砲を乱射してきたら、俺は躱せない。ここは確実に攻撃を当てる。

 

 俺は白式のブースターユニットをちらっと上に向け、急角度で彼女の真下に潜り込む。気持ちの悪い落下感を押し殺した今度は、再び急上昇で彼女よりも高度を上げた。PICの制御がついていかず、全く真逆の慣性を受けた俺の体はグシャグシャになりそうだったが、それでも俺は自分の下方に鈴の姿を捉えた。

 俺はそのまま舞い上がった勢いで逆Uの字に宙返りをうつ。インメルマンターンを決めてようやく白式のスピードが通常速度まで緩んだから彼女はレーダーで俺を見つけただろうが、もう遅い。

 一瞬だけ落下を重力に任せ、俺は反転した勢いを殺さず白式に出せる最大のブーストでトップスピードをかけた。

 文字通り急転直下した俺は、両脚のつま先から頭頂部まで、白式を纏ったままで動かせる全身のバネを限界まで引き締めて、突進の勢いと共に鈴の甲龍を蹴っ飛ばした。

 

「ふんッ!!」

 

「キャァアッッ!!!」

 

 金属がぶつかる重低音が響き渡り、脚からは確かな手応えがあった。飛び蹴りを喰らった鈴は悲鳴を上げ、甲龍は乱回転を起こしながら砂煙を撒き散らし、そのままグラウンドの地面に転がり落ちた。

 周りからは大きな歓声がドッと上がり、俺はキックを決めた爽快感に浸るが、甲龍の残りエネルギーはまだ30000以上もある。ヨロヨロと立ち上がった鈴が俺を見上げて怒鳴った。

 

『何よッッ!! ぁアンタ、ナメてんのッッ!!!?』

 

 叫ぶ彼女の甲龍からは片方の浮遊ユニットが煙を吹いて電流を撒き散らしていた。今のキックから地面の衝突で壊れてしまったのだろう。

 そんな事も頭の片側で考えながら、俺は見下ろしたグラウンドで吠える彼女に、手動で個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)を繋いだ。

 

「鈴……酢豚の約束……忘れちまった事は謝るよ……」

 

『ハァ!!? 何よ、今更謝っ──

 

「けどな! 今はクラス代表戦で、お前は2組のクラス代表だろうが!! お前の腹立つ気持ちはわかるけどよォ……みんなが見てるこんな所に個人的な感情なんか出すんじゃねぇ!!!」

 

『な……ぇ……?』

 

 怒鳴った俺の声に彼女は驚き、それまで吐き出そうとしていた言葉を止めた。

 

「鈴、俺はなぁ……男だからとか、そんな理由で代表になったんじゃない。自分のクラス引っ張ってかなきゃいけねぇだけの覚悟、みんなの意思背負ってんだ。それだけじゃねぇ……! 俺にはやんなきゃいけねぇ事があるし、それに…………俺には今日まで力を貸してくれたヤツらがいる。そいつらの為にも俺は負けらんねぇんだ……少なくとも今のお前なんかにはなッ!!」

 

 彼女は何も発さず、黙って俺の言葉を聞き続ける。もうプライベート・チャンネルの意味もない、アリーナ全体にまで響き渡ってしまうほどの大音声で語りかけていたが、俺は気にしなかったし、そこまで恥だとも思わなかった。

 実際、さっきのキックの時点で零落白夜を発動すれば、俺は勝っていたと思う。零落白夜だけでは足りないが、そこから連撃に持ち込んで地面に叩き付けたら勝った自信があった。

 

「これ以上感情に流され続けんなら……俺はこの試合を放棄する。お前はクラスの為に背負うモンはあんのか……?」

 

 暫しの無言。静まり返っていたアリーナの中で、うつむいていた鈴の口が小さく動く。

 

「……ぁるわよ……」

 

 繋げっぱなしのプライベート・チャンネル越しには、僅かだが鈴の声が聞こえた。だが、あえて無視して俺は再度、怒鳴った。

 

「あんのかァ!!!!!」

 

「ぁあぁるわよォ!!!!!」

 

 爆発したみたいに、勢い強く怒鳴り返した彼女は俺を見遣る。その視線には炎が宿っている様に感じるほど、強い意志を感じた。

 

「だったら! 今はお前が背負ってるモン、俺にぶつけろ!! ……個人的な決着なら、後でいくらでも受けてやるよ……」

 

 最後に鈴の我が儘も受け入れ、俺は雪片を両腕で握り締めながら、その刃の先を彼女に向ける。止まっていた時間が流れだした様に会場が歓声でざわめき、その声援は暖かい。

 言いたい事は言い切った。これで鈴の志は少しぐらい高まっただろうし、2組のクラスメイトも彼女の印象を改めたと思う。少しモヤモヤしたモンがスッキリしただろう。主に俺の。

 

『目が覚めたわ、一夏! あたしも本気出すから、あんたも本気で来てちょうだい!!』

 

「良いぜ、吠え面かくなよ?」

 

『そ、それとさ……今日の放課後、時間空けといて──

 

「そうゆうのは試合終わってから言え。いくぞッ!!!」

 

 最後に鈴のぼやきが聞こえた気がしたが、無視して俺は雪片を振り上げて鈴に突進を仕掛けた。彼女も両手に握っていた二本の偃月刀を塚の部分で連結させると、それを振り回しながら俺に向かって龍砲も撃たずに突っ込んでくる。

 ふと一瞬、千冬や箒達はどんな目で俺達の事を見ているのだろうかと妙な気掛かりが浮かんだが、すぐにどうでもよくなってしまった。彼女達が見ているのは『織斑 一夏』なんだから、『俺』の行動も良い様に受け止めただろう。今は試合の方が重要だ。

 高速回転して迫ってくる甲龍の刃に神経を集中し、俺の雪片と彼女の偃月刀が交錯した。その時だった。

 突如として空高くから伸びた一筋の閃光が、落雷の様な速さでグラウンドに落ちた。それもアリーナのエリアアウト防止用のシールドを、いとも簡単にぶち破って。

 

「っえ!?」

 

「ッ!!!」

 

 俺は素早く鈴から離れ、爆風と砂埃の舞う場所から距離を取りつつ空中を旋回する。途端に煙の中から数発の光線が飛び、俺の後を掠ってゆく。解析が遅れた様に今更になって白式が『CAUTION ! 』のアラートを鳴らした。こりゃあ、調整が必要だな。

 アリーナ全体から、白式のとはまた別の甲高いアラートが鳴り響く。観客席の方ではシールドバリアの上から更に分厚い金属製の隔壁が閉じ、一瞬だけ慌てふためきパニックに陥っている生徒達が見えた。少し不安だったが、隔壁で密閉された今は大丈夫だろう。それよりも、気にしなきゃいけないのは煙の中だ。

 

『ちょっと!!? いったいなんなのよ!!!』

 

 通信回線の中から鈴の叫び声がする。彼女の様子を見ると、空中であたふたとしていたものの、光線が飛んでくるなり慣れた動きで回避に移りながら、俺の方へと接近してくる。回線が開きっぱなしだって事には気づいていない様だ。

 ふと、通信が生きてるって事は、千冬達とも連絡が繋がるんじゃないかと、俺は回線を司令室とピットの中へ繋ぎ、やや強めに叫んだ。

 

「千冬! 箒ィ! 聞こえてるか!?」

 

 だが回線の奥からは声が聞こえてくる気配がしない。モニターに画像で移してもノイズ画面のまま、そこに見えてくるものはなかった。

 

「クッソ!」

 

 通信を切り、視線を煙の方へ戻した直後、白式の警報と共に光線が現れた。

 それを仰け反って躱し、俺は再び旋回を始める。こんな時に射撃武器のひとつやふたつでもあったら良いのだが、無い物に文句は言えなかった。

 それにしても、自分の意識はずいぶんと落ち着いていた。もしかしたら今死ぬかもしれないというのにこの冷静でいる様は、この『IS』という狂った世界観に慣れてしまったのか。それとも、この日の為にISの操縦技術をうだるほど鍛えてきた俺自身の余裕の現れなのだろうか。だとしたら、不意を突かれたりなんかしない様にしなければ。

 来るべくして来た『乱入者』を白式のレーダーで索敵をかけていると、俺の元へ光線を躱しながら近づいてきた鈴が叫ぶ。通信回線越しではなく、生の声の届く距離で。

 

「一夏! なんだかよくわかんないけど、あんた先に逃げなさい!!」

 

「バカッ! その言葉、そのままお前に返してやる!」

 

「何言ってんのよ! あんたの方が弱いんだから、あたしに従うのが道理ってモンでしょ!!」

 

「蹴り喰らってたヤツの言うセリフじゃねーぞ!」

 

「う、うるさぁあい!! 本気出せばあんたなんか……」

 

「待て」

 

 彼女の減らず口を黙らせ、俺は視線の先に集中する。白式が拡大した視界の中央で、光線を放つ乱入者が煙幕の中から姿を現した。

 最初に見えたのは分厚い鉤爪と、レーザー砲らしき砲身が手首と合体している巨大な手の平だった。そこから異様に丈の長い腕と数本のケーブルが伸び、やや細身の胴体へと繋がっている。数個のモノアイが付いた頭部は極端にのっぺりと潰れており、猿の様に脚部と腰を折り曲げてしゃがみこんでいるその姿は動物のナマケモノを連想させる、黒いISだった。

 だが、今目の先に佇むISは、俺の今日まで見てきたISからはあまりにも姿形がかけ離れていた。

 まず、浮遊ユニットが見当たらない。背中には大きめのブースターが炎を吹き上げて存在を示し、両肩には手首のレーザー砲と同じ形状をした砲口が付いている。

 長い腕部と獣染みた形をした脚部、そして潰れた頭部には、とても人間の身体が入る様なスペースがあるとは思えない。

 何よりも俺達のISと違っていたのは、操縦者の素肌を薄っぺらなISスーツではなく、金属質の装甲で完全に覆い隠した、全身装甲(フル・スキン)の本体。ISはシールドバリアで身を守っているから、行動の妨げになる様な装甲は必要ない筈なのだが、こちらの方がマルチフォーム・スーツの本来の目的の姿としては馴染む。しかし、そのあまりにも異様な外観は、ISの定義である『中に人間が入っている』とはとても思えなかった。

 白式が黒いISに『unknown』の標識を示した直後、奴から数発のレーザーが発射された。

 俺は鈴を押し飛ばした反動でそれを回避し、彼女も押された勢いでレーザーの軌道から外れる。彼女は怒っていたが、姿を現した正体不明のISに意識を向ける内に、怒っている場合ではないと察した様だ。

 

「なによ……なんなのよ、アレ……」

 

「ハァ……ハァ……、知るかよ……」

 

 鈴とそんな言葉だけ交わした直後、黒いISは真っ赤なモノアイをおどろおどろしく瞬かせ、俺達二人に閃光を収束させた砲門を向けた。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 (箒視点)

 

 

 

 真っ赤な蛍光ランプに染まったピットの中で、忙しなく警報が鳴り響く。カタパルトのゲートが閉まり、廊下へと通じる扉にシャッターが下りた今、私は閉じ込められたここから助けを求める事しかできなかった。

 

「一夏ッ!! 一夏ぁ!! いったい何が起こったんだ!!!」

 

 セシリアとモニター観戦していた直前までの出来事が濁流の様に思い返される。

 一夏が凰の甲龍と鍔迫り合った瞬間、急に空から一筋の光線が落ちた。画面越しからでも眩むほどの閃光に私が目を細めた直後、そこから黒いISの様なモノが見えた所でモニターが消え、ゲートが閉じてしまったのだ。

 

 今、グラウンドの方からは時折、地響きの様な振動がピッド全体まで響き渡ってくる。一体全体何が起こっているのか、状況の整理もできないまま、私は一夏の安否だけを求めて、グラウンド先の壁を叩き続けた。

 

「一夏!! 一夏ッ! ぃいちかぁあ!!」

 

「落ち着いてください篠ノ之さん!!」

 

 後ろから叫んだセシリアに肩を掴まれ、私は我に返って障壁を叩くのを止めた。 振り返ると緊迫した表情の彼女と視線が合ってしまい、私はバツが悪くて思わず目を逸らした。緩い痛みを感じた自分の手は、赤く腫れていた。

 

「す、すまん……」

 

 たどたどしく答えた私の謝罪に気を止めず、今度はピットの管制室へと叫ぶ。

 

「布仏さん! そちらはどうなっておりますの!? グラウンドの様子は!!?」

 

 だが、セシリアの声は完全に密閉された窓の管制室の中に届いているとは思えない。冷静さを取り戻した私がピットに設置されていた通信機で呼びかけるも、返ってくるのは雑音ばかり。このピットは吹き抜けの様になっており、1階はISの整備機やカタパルト。2階の管制室は搬入口のすぐ上に位置しており、廊下の通路を通らなければ入れない。その通路にもシャッターが下りている今、足で向かう事もできなかった。私達は完全に行き詰まっていた。

 

 その時、管制室の窓にそこで観戦していたクラスメイトの鷹月が現れ、私達の方に向かって窓ガラスを強く叩きながら、何かを言いたそうに口を動かしていた。

 彼女の姿を見たセシリアの行動は早かった。すぐさま自分の専用機であるブルー・ティアーズを展開して纏うと、なんの迷いもなく管制室の2階へと飛び上がり、その窓ガラスをISの鉄拳で殴り割ったのだ。

 呆気に取られていた私に目もくれず、彼女は窓から管制室の中へと入っていった。私のいるここからでは中の状況はわからないが、セシリアやクラスメイトの話し声が聞こえる。

 

「どうなっていますの! 状況は!?」

 

「わかんない! 急にアリーナの全部の防災シャッターが作動して、そのままシステムが止まっちゃったのよ!!」

 

「そんな……」

 

 管制室にいたもう一人のクラスメイトの岸原が慌てふためく声と、セシリアが困惑する声が重なった。一番異常事態に騒がしそうな布仏の声が聞こえない事に違和感を覚えたが、直後に鷹月の声から彼女の様子を告げられた。

 

「今、のほほんさんが通信だけでも復旧しようとしてるわ」

 

「「えっ!?」」

 

 驚いたのは私だけではなかった。普段からあだ名の通りの印象を持っていた彼女が、この状況下で冷静に状況の対処を行っているなんて、想像できない。セシリアも意外だったのか、彼女の驚く声が上がっていた。

 同時に、私が握っていた通信機から布仏の声が聞こえた。

 

『しのっち〜、聞こえる〜?』

 

「の、のほほんさんか!?」

 

 私は上擦った声で彼女の事をあだ名で呼んでいた。それぐらい、今の自分は慌てていたのだろう。『しのっち』と呼ばれた事すら、今は受け入れてしまった。

 

『そーだよ〜、なんとかここのピットの中だけの通信は繋げたよ〜』

 

 対して布仏はいつも通りの、のらりくらりとした話し方で私に状況を告げる。私も思考を落ち着かせつつ、この状況の打開策を探る。

 

「本部……いや、学園の外にも通信できないのか?」

 

『う〜ん……ここからの端末じゃムリ…………どこからかジャミングされてるみたいだけど……』

 

 だが布仏にできる事はここまでの様だった。しかし、すぐセシリアが私にも聞こえる様に声を発した。

 

「織斑先生にも通信できない以上……こちらの判断で動くしかありませんわね」

 

 そう言って彼女はISでグラウンドを遮る閉じたゲートの前に降り立つと、ブルー・ティアーズの右手の平を広げる。そこを唸る様に睨みつけながら、現れた光の粒子を一カ所に集中させていく。

 

「う、動くって……どうやって……」

 

「ですから、ジャミングの発生源を探して潰すしか…………あぁもう! ぃインターセプターッッ!!」

 

 以前にも見た事のあった光景を思い出す。一夏にも千冬さんにも指摘された欠点を、彼女はまだ克服できていないようだった。

 自棄気味に声を張り上げ、セシリアは手の平から近接ブレードを展開する。それを数回振り回すと、ゲートの隔壁に突き刺した。青白い刀身に触れた金属の壁は見る見る内に真っ赤に膨れ上がり、ゆっくりと熔解されていく。彼女はそのまま刺したブレードを下へと下げてゲートに縦の切れ込みを入れると、今度はドロドロに熔断されたゲートの切れ目をISの手で掴んだ。

 

「くっ…………、はああああぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 溶けた金属の熱がISから肌に伝わったのか、一瞬だけセシリアは苦悶の声を漏らしたが、すぐにひと呼吸入れて勢い良く切れ目の入れたゲートを押し広げた。

 金属が鈍く軋む音と同時に、開かれたゲートから差し込んでくる外の光に目が眩みつつも、私は目を広げて外の光景を覗き込んだ。

 

「あれは……!!?」

 

 思わず私が声を出して指差した先…………そこでは、モニターで見た黒いIS……らしきモノが空中を飛び回り、一夏と凰に襲い掛かっている姿が見えた。

 

「よくはわかりませんけど…………わたくし達に害する者という事は確かですわ……」

 

 彼女がそう言った直後、黒いISが放つ光線が流れ弾となって私の目の前のカタパルトへと落ちた。爆発と爆風が広がって私に迫るも、ISを纏っているセシリアが前に立って守ってくれた。

 彼女はこじ開けたゲートから外へ出ると、腕を大きく振りかざして今度はレーザーライフルを展開する。ブレードの時と違ってその動きは素早く、大きなスコープの付いた銃身を一瞬にして粒子から形成させたセシリアは、その銃口を真横に向けた後に私の方へと振り返った。

 

「わたくしは今から二人の援護に向かいます。篠ノ之さんは邪魔ですから、ピットに隠れてください」

 

 セシリアは淡々と事を私に告げる。ISで身長差が高くなった彼女からは、有無を言わせない静かな威圧を感じた。

 だが、ハッキリ『邪魔』だと言われ、除け者扱いにされた事が頭にきて、背を向けて飛び立とうとしていた彼女に向かって私は怒り混じりに叫んだ。

 

「ま、待て! 私を役立たずと言うのか!!」

 

 すると、飛び立とうとブルー・ティアーズのブースターに火を付け、身をかがめていたセシリアがピタリと行動を止めた。同時に、噴出口の火がぷつりと消える。彼女はもう一度、私の方へと向き直ると、ISの脚で一歩……二歩……と慣れていない足取りで歩み寄り、私の前に立った。

 最初は逆上して殴り掛かる気かと思った。だが、彼女は碧眼の眼で私をきつく睨み付け、ひと呼吸の下に告げた。今までに見た事のない、鋭い視線が身体に突き刺さった。

 

 

 

 「篠ノ之さん。ISの無いあなたが向かったところで、いったい何が出来るといいますの?」

 

 

 

 それは、紛れのない自分の無力を示す、事実だけを述べた言葉だった。

 彼女の言う通りだ。ISのない私が行ったところで、出来る事などなかった。高速で動き回るISの戦闘にただの人間が介入する隙など無い。むしろ逆に危険な事の方がつきまとってしまう。敵に狙われるだけの的……あるいは邪魔な荷物でしかなくなるのだ。

 言い訳すら言葉にならず、口で足掻くのも情けなくて、結局私に返せる言葉は、無かった。

 セシリアは口元だけを動かして、私に笑みを見せる。そこに普段の高慢さは感じられなかった。

 

「織斑さんはわたくしが守りますわ。あなたは隠れていなさい」

 

 先程よりもすごく優しい口調でその言葉を最後に、彼女はブルー・ティアーズと共にアリーナのグラウンドへと飛び立った。すぐさま先制射撃で、黒いISを攻撃する。

 

『しのっち……管制室の通路のシャッター開けたから、こっちにおいで。そこは危ないよ……』

 

 ピットのスピーカーの回線が回復したのか、回復させたのか、布仏の心配した声が響き、後ろの扉のシャッターが開いた音がしたが、私は空の光景に見とれたまま動けなかった。

 

 近くて遠い空の向こう、三体のISが並んだ。

 

 

 

 ひとつは白式。セシリアに気付いたのだろう、一夏は彼女のISの方へ振り返る。

 

 ひとつはブルー・ティアーズ。蒼く輝く炎の光を瞬き、白い光に寄り添う。

 

 ひとつは甲龍。二人の中へ割り込む様に、一夏の周りを動き回っていた。

 

 

 

 なんで、私はここから見ている事しかできないのだ……?

 

 なんで、私は一夏の隣りに立てないのだ……?

 

 子供の頃からずっと……ずっと、思いを寄せていた。

 

 一夏の隣に並べる様な、強い女性であろうとしたのが、私の目標だった。

 

 けれども、今は一夏の背中を追う度、もっと大きな壁が立ち塞がった。

 

 私は一夏よりも強くなった。一夏を守れるくらい強くなれた。なのに、今度は姉の作ったISが邪魔をする。

 

 こんなもの……私にはどうにもできないではないか!!

 

 私は……無力だ……

 

 

 

 ISさえあれば……私だって一夏の力になれるというのに……!

 

 

 

 ISさえあれば……

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 よく見覚えのある青白い光線が、黒いISの頭に直撃した。

 

「セシリア!!」

 

 無我夢中で叫んだ俺の視界に、蒼いISの影が映る。それはみるみる内にブルー・ティアーズを纏ったセシリアの姿となって、空中で転回行動をとっていた俺の元へ飛来した。

 

「お待たせいたしましたわ」

 

 目の前で彼女は優しくウインクを決め、俺はそれに口元だけの笑顔を返して呼吸に一息つかせる。余所目で見ていたが、空中で撃ち落とされた黒いISは地面に墜落して、砂煙の中へと消えた。

 俺は、少し心配だったヤツをセシリアに尋ねた。

 

「箒は?」

 

「ピットでおとなしくしてますわ。心配はいりません」

 

 「そうか」と言おうとした時、囮作戦で遠くに離れていた鈴の声が回線の中を突き抜ける。通常公開通信(オープン・チャンネル)というで発されたそれはセシリアにも伝わっていた。

 

「一夏ッッ!! アイツまだ動いてる!!!」

 

 直後にロックオンのアラートが甲高い音を立て、数発のレーザーが砂煙を割って放たれる。

 

「ッ!!!」

 

 初弾は明後日の方向へ逸れたが、次弾は回避しようとした俺の左脚を掠った。仕方なかった、あの正体不明のISが放つレーザーは、おおよそ雪片で防げる様なシロモノではなかったのだから。

 脚を撃たれてバランスを崩された白式は空中で乱回転するも、強めのスラスターで体勢を立て直す。体が一瞬引き攣るが、痛みはない。俺は吹き飛ばされた勢いのまま、金属の隔壁が閉じたアリーナの観客席の上に雪片を突き刺して着地した。

 

「織斑さんッ!!」

 

「大丈夫っ! それよりッ!!!」

 

 俺が叫んだのと同時に4発のレーザーがセシリアを襲うも、彼女は上下左右に素早くスライドして回避する。4発目が空を切った今度は、BTを4機同時に起動させると、装備している武器のライフルも合わせた5発のレーザーを、黒いISへ一斉発射した。

 ライフルのレーザーはISの胸に直撃した。BTのレーザーも、2発は外したが残りの2発は命中した。

 だが、黒いISは大きくよろめいた様子を見せただけで、すぐ何事もなかったかの様に再び攻撃を始めた。

 

「あぁ!?」

 

 俺はすぐさま隔壁の上から飛び立ち、レーザーを避ける。観客席のシールドに着弾した光線は貫きこそしなかったが、金属の隔壁を大きく抉っていた。

 

「そんなっ!!? 直撃の筈ですのに……!!」

 

「当たり所が悪かったんじゃない?」

 

 驚愕するセシリアの声を割る様に回線の中から鈴が割り込んでくると、回避行動をとっていた俺の後を追って飛んで来た。

 

「ふ、凰さん!! ……いいえ! 完璧でしたわ!!」

 

 彼女は鈴の言葉に反論しながら、その歯を噛み締めていた。ISの操縦技術には確かな自信を持っているのだから、こんなヤツに一蹴されれば怒るに決まってる。

 

「セシリア、僻むのは後だ。今はアイツを倒すのが先だ」

 

「倒す、って……作戦はあるわけ!?」

 

 反応した鈴が呆れ混じりに声を荒げたが、俺はそんな彼女へ通信回線を繋ぎ、小さなモニターに現れた鈴へハッキリと答えた。

 

「ある!」

 

「え……」

 

 その答えに彼女はぽかんと口を開けたまま驚いていた。飛んでくるレーザーを躱しながら、言葉を続ける。

 

「俺が先制して奴の腕を潰すから……お前至近距離で龍砲撃ち込め」

 

「え!?」

 

 それは、今の俺の実力を考えれば無謀な作戦どころか、作戦としても成り立ってはいないものだったかもしれない。

 だが、俺はこの戦法に確かな勝算を見抜いていた。出来るかどうかは俺の操縦技術次第だ。

 俺は後を追ってくる鈴に振り向いて、告げた。

 

「お前の龍砲……近接で打ち込まなきゃ威力無いんだろ?」

 

「う……ッ!!」

 

  彼女は一番痛い所を突かれた様な顔をして、そのままうつむいてしまった。

 俺の予測は間違っていなかった様だ。甲龍があれだけ優れた射撃兵装をしているにも関わず、近接戦闘用のISとして紹介されているのはこれが原因だろう。さっきの戦いで直撃したと思った龍砲がカスみたいな威力だったのは、標的との距離が遠すぎたからからだ。

 

「で、でもアンタ、腕を潰すって……具体的にどうすんのよ!!」

 

 鈴は問いた。本当に勝算なんかあるのかを。

 

 俺は答えた。飛んでる頭上をレーザーが掠る。

 

「奴のレーザーは俺達を狙ってから撃つまで数秒のラグがある! 4発同時発射したら一気に懐まで突っ込む!! それまでセシリアは……」

 

『わかりましたわ。わたくしが援護しますから、上手く隙を突いてくださいませ!』

 

 先程からレーザーライフルで援護しているセシリアの通信が入ってきた。射撃をしつつ俺の話を聞いていたようだ。やっぱ本物の代表候補生は違うな。

 

「わかったな、鈴!!」

 

 そう言って俺は白式のスピードを更に上げた。片方の浮遊ユニットが壊れている甲龍では、彼女は俺に追いつけない。

 

「あっ、ちょっと!!? ………………ッもーー! わかったわよ!!」

 

 吹っ切れた様に叫ぶ鈴の声が回線から聞こえていたのを聞き届けて、俺は鈴の事を思考の隅に追いやり、自分のやるべき事に集中する。

 甲龍を振り切る程のブーストで彼女を引き離した俺は、今度は黒いISの周りを白式で旋回する。鈴の時と同じ戦法だ。

 セシリアは時折の援護射撃で黒いISの注意を広げ、一斉射撃の確率を上げようとしている。

 一方、鈴は空中で静止したまま、目を閉じて瞑想している。1個だけになった浮遊ユニットにエネルギーを溜め込んでいるのか、ユニットは眩い光の粒子に包まれていた。おそらく、あの衝撃砲の一撃に全身全霊を注ぐつもりなのだろう。

 彼女達はコイツを倒すべく、やれる事を成している。俺も自分のやるべき事を必ず成す為、白式の最後の確認をした。

 試合が始まってからブーストやダメージで結構な量のエネルギーを使ってしまった。10000を切った残りエネルギーから察するに、強襲と撤退を合わせた上、鈴でとどめがさせなかった時の非常用エネルギーも計算に入れると、零落白夜はせいぜい1回が限界だろう。失敗は絶対に許されなかった。

 雪片を握り直した直後、黒いISの4つの砲門から光が同時に収束された。警告を告げるアラートが荒々しく鳴り響く。

 待ち構えていた反撃の合図。俺は白式の速度をわざと落とし、奴の攻撃を誘う。

 そしてまたすぐブースターをフルスロットルで加速させた。俺の後ろから轟音と共に4発の光線が発射され、それは白式の跡だけを貫いた。

 

 

 

『今ですわっ!!!』

 

『今よ、一夏ッ!!!』

 

 

 

 ここまで必死に隙を願い続けていた二人が同時に叫ぶ、それよりも前に早く俺は奴に突進していた。雪片を居合いの様に構え、視界のど真ん中に捉えた黒いIS、その一点だけを目指して……

 あれ? 練習の時にも受けたこの感覚…………今ならイグニッション・ブーストも出来てしまいそうな衝動に駆られたが、実行するつもりなどなく、そもそも実行する猶予もなかった。それぐらい、本気を出した白式は速いのだ。

 俺は黒いISの懐に到達し、零落白夜を発動する。雪片の鎬が裂く様に変形し、光の刃が伸びた。

 こうして近付いてみると、コイツは俺達のISよりひと回りも大きな体格だって事が判明した。が、今はそれに構っている暇はない。

 奴の足元へと着地した俺は、脚部の反動を使った軽い跳躍と同時に身体を捻りながら雪片を横薙ぎに斬り払う。ジャイロの要領で一回転した俺は、直前まで俺に向けられていた黒いISの二本の腕を斬り払った。手応えは薄かったが、腕を切断する瞬間はこの目で見えていた。

 すぐさま零落白夜を収縮し雪片も収納。素手になった俺は地面に着地すると、再び身体を捻りながら跳躍しつつ、白式の脚で繰り出した回し蹴りを、黒色の装甲に叩き付けた。

 火花が荒々しく飛び散り、激しく衝突する金属音が響き渡った。しかし、白式に比べて体格差も体積も大き過ぎるせいか、俺の蹴りを喰らっても黒いISは大きく仰け反っただけで、その足は地面から放れない。

 

『織斑さん! 離れ──

 

「まだぁぁァア!!!!」

 

 すぐ危険を察知したセシリアが叫んだが、俺はPICで浮遊を維持つつ、前後のブースターで更に2発、3発と蹴りを続ける。

 4発目のドロップキックで奴の身体がふわりと浮かんだ。

 すぐさま離脱しようと白式で後退するも、ロックオンのアラートが再び鳴り響く。俺の視線の先、残る両肩のレーザー砲に光を溜め、モノアイを真っ赤に点滅させる黒いISと、目が合った。

 クッソ、しくじった。だが、これで鈴は安全に着実にとどめを刺せる筈だ。白式の残りエネルギーならあの2発のレーザーはギリギリ防げる。痛いとは思うが死にはしないだろう。

 俺は意を決してその光線を受ける覚悟を決めた。

 しかしその直後、奴の左肩の砲口に青い光線が直撃すると、肩そのものが凄まじい音を立てて爆散し、黒いISはその体躯を大きく揺るがして更に吹き飛ばされる。そして、俺を狙っていたレーザー砲の光線が、うわの空へ発射された。

 

 セシリアだ。また彼女に助けられた。彼女に感謝しながら、俺は地面に着地した。

 

 吹き飛ばされた黒いISが、ようやくグラウンドへ倒れ落ちた。受け身をしようにも手の無い今、奴はなすすべもなく地面の上を転がる。

 そこへ、龍砲のエネルギーをフルチャージさせた甲龍の鈴が突撃した。

 

 

 

「やァれ、鈴!!!」

 

「クッッたばんなさいッ!!!!!」

 

 

 

 彼女の怒声と同時に、甲龍の龍砲が零距離発射されたのを、俺はこの目で捉えた。

 今までよりも遥かに大きな爆音が鳴り響き、波紋の様に空間がひしゃげて広がっていく。

 土のグラウンドには一斉に亀裂が走り、破片と砂塵がアリーナ全体に吹き上がった。慌てて白式で空に退避すると、砂煙の下が晴れて見えてきた龍砲の直撃場所には巨大なクレーターができあがっていた。

 そして、その中心から飛翔した甲龍の後に残ったのは、大の字になって地面にめり込んだ黒いISだった。特徴的だった両腕は俺に切り落とされ、セシリアの援護射撃から鈴の龍砲を喰らったISは見るも無残な姿に変わり果てて、沈黙していた。

 いつの間にか警報の鳴り止んでいたアリーナの中に、静寂が戻ってくる。

 白式の駆動音が聞こえる中で、俺は誰に対してでもなく、呟いた。

 

「やったか?」

 

「これは間違いなく倒したでしょ。ホラ」

 

 そばに近づいてきた鈴がピクリとも動かない黒いISを指差す。とりあえず、危機は去った様だ。さっきまでいくつものウインドウを表示させて警報を叫んでた白式に、違和感を覚えてしまう。

 セシリアも集合して、俺達は地盤がガタガタになったアリーナのグラウンドに降りた。ISの重みで盛り上がった地面が崩れ、バランスを崩しそうになる。

 

「っと……それにしても…………結構派手にやっちゃったわね……」

 

 少しよろけながらも地面に降り立った鈴が、辺りを見渡して呟く。アリーナの所々、黒いISが放ったレーザーの着弾地点は炭化して黒煙が噴き出ていた。さっきまであれにぶち当たろうとしていたのかと考えると、少しヒヤリとする。

 

「中の人は無事でしょうか……」

 

 これだけやって今更過ぎるセシリアの言葉に、俺は溜め息を吐きつつも動かなくなったISへと踏み寄った。

 

「い、一夏!?」

 

「危ないですわ、織斑さんッ!!」

 

 彼女達の声には耳も貸さず、黒いISの目の前まで近づいた俺は、おもむろに奴のひしゃげた装甲の皮を白式の馬鹿力で押し広げた。

 コードやケーブルがちぎれ、チップやモーターなど様々な機材が溢れ出る。気持ちが悪かったが、俺は更にISの内臓を引っ張り出す。

 腕を深くまで突っ込み、力任せに大きく広げた奴の中心部には、握り拳大の真っ黒な水晶の球体──ISのコアが収められていた。そして、そこに人なんか入ってなかった。

 

「ハァ……見ろよ…………空だ。空っぽ」

 

「えっ!? ……そ、そんな」

 

「信じられない……ISは人が乗らないと絶対に動かないハズなのに……っ!!」

 

 二人は俺の言葉が信じられなかったのか、驚愕の声を上げる。

 ISは人が乗らないと動かない。それがこの世界の常識だったのだろう。俺にはイマイチ、ピンとこないが。

 

「そんな事……教科書に書いてあっただけで、信憑性なんかどこにも……」

 

 彼女達へ話していた俺はふと、身開かれた黒いISの中からボロッと落ちてきた機材の一片に、目を落とした。

 

「なんだこりゃあ……?」

 

 俺は白式の手で機材を掴み、その一面を見た。

 黒いパーツの面。赤い星を中心に……獅子と鷹と鯱が旋回している、奇妙なマークがある。

 見た感じ華美な印象を受けたから、エンブレムだろうか。だがエンブレムって目立つ所に貼る物じゃなかったっけ?

 

「どうしたの? 一夏?」

 

 後ろから鈴が声をかけてきたが、俺は機材を放り捨てて何事もなかったかの様にこう言った。

 

「……いや、なんでもない……」

 

「そう……? ……ならいいけど」

 

 鈴は首を傾げていたが、それ以上何も言ってこなかった。

 

「なんにしても、これで終わりです──

 

 そこまでセシリアが話した瞬間、急に視界に影がさしたかと思うと俺は背後から高温の熱波と衝撃を受け、吹き飛ばされた。白式のアラートは、やはり遅れていた。

 

「ぅあ!!!?」

 

「一夏っっ!!!?」

 

「織斑さんッ!!!」

 

 彼女達を大きく飛び越えて岩盤に叩きつけられた。白式の警報でなんとか意識を呼び起こしながら、俺は頭を振って顔を上げる。

 その視界の先には、完全に止まった筈の黒いISが肩のレーザーで鈴とセシリアを薙ぎ払う光景が見えていた。

 

「「キャアァァアアアァ!!!!!」」

 

 二人の悲鳴と同時に、二体のISが別々の方向へ転がった。

 セシリアはアリーナの壁に激突したが、まだブルー・ティアーズの残りエネルギーには余裕がある。彼女は大丈夫だろう。

 だが、鈴の甲龍は岩盤の隙間に突っ込むと、その装甲を粒子分解し始め、消えていく。白式の画面に映っていたが、甲龍の残りエネルギーは0だった。更に、生身となった彼女の足に、崩れた岩盤が覆い被さる。

 

 黒いISは肩のレーザー砲を撃ち終えると、今度は自分の顔面を上下左右にガパリと開いた。中から奴の両腕両肩のレーザーと同じ砲口が現れ、紫色の禍々しい光が収縮していく。そして、その砲口は鈴へと向けられていた。

 仕込みレーザーに気付いたセシリアがふらつきながらもライフルを構えようとする。だが、あの様子ではとても狙えているとは思えない。

 鈴もなんとか意識を覚ましたが、岩盤に足を挟まれて動く事もできずにもがいていると、自身を狙う黒い悪魔を見て、瞳の光を失った。

 

「あ…………あぁ……」

 

「鈴っっッ!!!!!」

 

 無我夢中で叫んだ俺は、白式の浮遊ユニットのスラスターに残り少ない全エネルギーを注ぎ、圧縮させる。警報が更に甲高く鳴り響くも、気にしてはいない。視界を黒いISに斬りかかった時と同じ様に、彼女のそば一点を見遣ってそして、白式のスラスターから圧縮した空気を放った。

 急加速で鈴との距離が一瞬にして縮まり、彼女のすぐそばへ到達した俺は、そのまま近くの岩盤に突っ込んだ。そして、辺り一帯の岩盤を彼女ごと吹き飛ばして、奴のレーザーの射線から引き離した。

 

 

 

 ここ一番の逆境の中で、完璧に成功させたイグニッション・ブースト。ひょっとして、俺も織斑一夏と同類なんじゃないかと思う。

 

 

 

 直後に「そんなワケないだろ」と、腰にぶち抜かんばかりの衝撃、焼け付く金属の熱、そしてホワイトアウト。

 

 俺の意識は極太レーザーの光の中に、ぶっ飛ばされた。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 俺、死んだのかな〜って思ったけども、そんな事考えられるのは生きてる証拠だよね。

 

 そう気が付いた瞬間、視界によく知ってる天井が見えた。この白だか灰色だかよくわからん色といい、この夕日の角度といい、微かな薬品の匂い。そして布団の感触。どうやら俺はまた保健室に運ばれた様だ。

 

「織斑くん! 目が覚めましたか!?」

 

 大きな声と共に目の前へ飛び込んできたのは山田先生。下からのアングルで見てしまった乳揺れに、ある種の感動を覚える。

 それでも、俺は自分が助けようとした女の事を思い起こした。

 

「山田先生……鈴は……」

 

「大丈夫ですよ、凰さんは軽い火傷と打撲程度で済みました。それよりも……あなたは自分の心配をしてください……」

 

 彼女にそう言われた俺は、なぜか全身に違和感を覚えて、自分の右手を頭に当てた。

 良かった。五体満足なのは安心した、がなんだか思う様に身体が動かない。よく見ると自分の腕や頭には、真っ白な包帯がキツく巻かれていた。

 節々が若干、痛む。エネルギーギリギリの中であのレーザー喰らってこれだけで済んでるんだから、幸運っちゃ幸運だが、なんだか遣る瀬無い気持ちが残る。鈴の言った通り、ISのシールドバリアは完璧ではない事を俺は身を以て知ったのだ。

 

「奴は……」

 

「え?」

 

「あの黒いISは……?」

 

「あれは…………オルコットさんと上級生の皆さん達によって、破壊されました」

 

 そう言って、山田先生はそっと俺から視線を逸らした。

 嘘だ。『俺』は知っている。このIS学園が何をやっているのか。あの黒いISをいったい如何したのか。

 とはいえ、俺も詳細的な事は知らないし、彼女が学園の影をどこまで知ってるのかはわからないのだから、結俺は何も言わなかった。

 

「そうすか……」

 

「織斑くん……」

 

 素っ気なく返事だけ返すと、山田先生は俺に視線を合わせてきた。夕日の光で煌めく眼鏡の中に、彼女の瞳が潤む。

 

「もうこんな無茶しちゃダメですからね? みんな、あなたの事を心配してるんですから……」

 

 そう言って彼女は俺の頭の包帯を、ゆっくりと撫で下してくる。その温い手の平が俺のおでこを伝い、そこで止まる。

 彼女の願いには、応えられそうにもなかった。これから俺はあと何度かは無謀な事をやる羽目になるのだ。その展開に耐えなければならない。

 けれども、そんな話を山田先生にする訳にもいかないから、俺は「はい」と答えた。

 彼女は微笑んだ。俺が嘘を言っている事にも気付かず、安心した様にひと息をつくと、座っていた椅子から立ち上がった。

 

「私はあなたが目覚めた事を織斑先生に報告しに行きますから、ここで安静にしていてくださいね。あ、あと、凰さんも呼んできますから、勝手に寮に戻っちゃダメですよ?」

 

「鈴を?」

 

「はい。あなたが眠っているそばで、凰さんはずっと看病していたんですよ。さすがに今日の事件で疲れが溜まっていたんでしょうか、そのままあなたにしがみ付いて眠ってしまったので、代わりに私があなたを看病していたところです」

 

 説明臭い報告ありがとう山田先生。凄くわかりやすかったです。

 要するに、鈴にも俺の容態を伝えるつもりなのだろう。山田先生は俺の視界から見えなくなると、保健室の扉が開いて閉まる音が聞こえた。

 また無音の空間。前回もこんなんあったなと俺は思想する。違うのは、横にいたのが千冬から山田先生になった事ぐらいか。

 そういえば千冬は何やってんだろうか、考えようとしても疲労と眠気が邪魔をする。

 もういい、今日はもう疲れた。考えるのは明日にしようと、俺は目を閉じた。

 その数秒後、閉じられた扉の開く音が微かに聞こえた。

 山田先生が部屋を出ていってからまだ1分も経ってないだろう。もしかして、あいつもスタンバってたのか?

 

「……一夏?」

 

 俺を呼んだ女の声は……

 

「!? ……なんだ、箒か……」

 

 鈴ではなかった。いつものポニーテールに制服姿の箒が、ベッドに寝転がる俺を見下ろしてきた。

 久々に顔を合わせた様な感覚だった。もしかしたら、黒いISとの戦闘で自分は死んでいたのかもしれないと、彼女の見てなんとなくそう思った。

 

「なんだとはなんだ! 人がせっかく…………心配して来たというのに……っ」

 

 最後の方は聞こえなかった。嘘、聞こえていたが、無視した。今の彼女をイジる気にはならなかったし、今の彼女を見てなんか安心してしまったし。

 

「……フッ」

 

「……何がおかしいのだ」

 

 やや怖い声色で俺を睨みつける箒に、俺は真っ直ぐ視線を合わせる。彼女の視点は若干、ぐらついていた。

 

「死んだかと思った」

 

「え……」

 

「……本当に死んだかと、思ったんだ。でも、いつも通りのお前見て、ホッとした。まだ生きてる、ってな」

 

「そ、そうか…………わ、私もよかった……一夏が生きていてくれて……」

 

 箒は安心した様に息を吐き、俺から視線をずらす。その頬は夕暮れの日差し越しでもわかるほど、紅潮していた。

 

「で、お前は何しに来たんだ? 冷やかしに来た訳じゃないだろ」

 

 与太話から本題へと戻して、俺は箒を見遣った。彼女がここに来た理由は、ハッキリ言ってわからん。

 箒は咳払いして、俺を見る。

 

「一夏……その…………凰の……酢豚の事だ」

 

「わかったのか!?」

 

 俺は上体を起こして彼女を見た。その物憂げな瞳からは嘘をついている様には思えないし、そもそも彼女は嘘をつく様なキャラじゃない。

 箒はゆっくりと、ひとつひとつ言葉を選ぶ様に話し始める。

 

「お前は……『私の味噌汁を〜』云々、という言葉を聞いたことがあるか?」

 

「味噌汁? 味噌汁と酢豚に何の関係があるんだよ?」

 

「あの……その、な……なんとゆうか、なんと言えばいいのやら……」

 

 俺が質問した瞬間、急にガタガタになり始めた箒。それでも彼女は言葉を続けた。かなり勢い任せに。

 

「こ、古来日本には『毎日私の味噌汁を飲んでくれるか?』という口説き文句がある!」

 

「………………」

 

「つまりは、毎日私の作った朝食を食べてくれるか……そんな関係になってくれるかという比喩でもある……」

 

「………………」

 

「だから毎日酢豚を食べてくれるというのは……」

 

「………………」

 

「け……結婚してほしい…………という事になる……のだ……」

 

「………………」

 

 俺は無言のままベッドにぶっ倒れて、天を仰いだ。

 

「い、一夏!?」

 

 

 

「……知らなかった、そんなの……」

 

 

 

 頭の中で自分の奇行が思い返される。原作の一夏でもわかるハズのない答えだ。『酢豚』『作る』『意味』でネチネチと調べていた自分が馬鹿にしか見えない。鈴が執拗に答えようとしなかったのも今なら納得できる。

 酢豚の意味は解った。が、疑問がひとつ残った。

 俺はゆっくり起き上がり、箒に問いかけた。

 

「……なんで今更になって俺に教えた?」

 

 箒は、ただ視線を逸らして答えなかった。

 あぁ……そうだった。今、彼女の目の前にいるのは、小学校の頃から好きで仕方がなかった意中の相手なんだ。余程の勇気がなければ、答えられる様な事じゃない。箒はその恥ずかしさもさらけ出す覚悟で答えたんだ。

 それ以上、俺は問い詰めなかった。

 

「まぁ……もういいや。過ぎちまった事だし」

 

「す、すまない……」

 

「いいって。それより……………ありがとな箒、心配……かけてくれたんだろ?」

 

「なっ!? そんな大した事ではない!! そんな……っ」

 

 慌てふためき真っ赤になってどもる箒に、俺は優しく笑いかけた。そうする事で、全てを誤魔化した。

 会話がひと段落し、俺は頭から煙を出している箒を落ち着かせる。そして、今度は真面目な話を始める。

 

「俺はまだここから動けねえから、先帰ってな。まだ体痛えし……鈴来るし……」

 

「そ、そうか…………なら、私は寮に戻る……」

 

 鈴と聞いて箒はややたじろいだが、それほど不機嫌になる事もなく彼女は納得をしてくれた。

 

「あぁ……先飯食ってていいぞ」

 

「わかった……」

 

 そう答えて退出しようとした箒は、ドアの前で立ち止まる。

 

「一夏……?」

 

「あぁ?」

 

「……いや、なんでもない…………で、ではな!」

 

 誤魔化して飛び出して行ってしまった。何を言おうとしていたのかはわからん。このシーンは覚えていない。

 無音の時間が流れた数分後、けたたましい足音が聞こえてきたかと思えば勢いよくドアが開かれ、今度は鈴が飛び込んできた。

 

「一夏ッ!!!」

 

 彼女は名前を叫ぶなり、ベッドに横になる俺に飛びついてきた。同時に、怪我人の体から悲鳴が上がった。

 

「っっ!! イデで……ッ!」

 

「あ! ごめん……」

 

 表情を一転させ、素早く俺から離れる鈴。その目元は泣きじゃくった跡で腫れていた。

 

「でも……よかった…………ほんとによかった……」

 

 今にも泣き出してしまいそうな鈴を、俺はなだめる。やってる事が箒とリンクして、笑ってしまいそうだった。

 

「あの……酢豚の事……悪かった……」

 

「え?」

 

「箒から意味……知った」

 

 そう伝えた途端、鈴は目元だけでなく顔全体を腫れ上がらせ、ワタワタと慌てふためいた。

 

「い、いい、いいの! もういいのよ! 別にそんな事」

 

「本当か?」

 

「え……?」

 

 俺の一言に、鈴は動きを止めて、真っ直ぐに俺を見つめた。

 

「本気で言ってんのか」

 

「………………」

 

 言葉にしようとしても、言葉にはできないのか、彼女は首だけを精一杯に、横に振った。その面は、真っ赤なままであった。

 俺はベッドに倒れて、外の夕景色を見遣った。

 

「……もし、本当にそうゆう意味で約束したんなら…………俺は応えられない……」

 

「えっ……」

 

「考えた事ねーだろ? なんで俺がコイツを動かせる様になったのか……」

 

 俺は腕に付いた白式を見つめながら、前に箒に話した事と全く同じ事を話した。

 鈴はただ、黙って俺の話を聞いてくれた。その表情は、僅かに恐怖の感情が伺えた。

 

「もし、ここでないどこかでお前に告られたら、俺はすぐOK出したかもしんねー。でも……俺にはやらなきゃならねぇ事が多すぎる。本当なら遊んでる暇なんか無いし、俺も遊びでこの学園に来た訳じゃない」

 

「………………」

 

「だから……俺は人なんか好きになってる場合じゃないんだ。わかるな?

 

「わかった……」

 

 鈴は静かに目を閉じた。

 そして開眼した。

 

「あたし、絶対に一夏の事諦めてやんない!!」

 

「は?」

 

「『は』じゃないわよ! 言ってる事自分の都合ばっかじゃない! 結局全部自分一人で抱え込んじゃってさ!! オトナぶってカッコつけてんじゃないわよ!!」

 

 彼女は感情が爆発したかの様に叫びながら、俺に指を突きつける。

 

「いい!!? あんたはもっと人に頼りなさいよ! 何でもいいわ!! あたしだって協力してあげるんだから! あたしは……

 

 

 

「あたしは、あんたが大好きなのよッ!!!」

 

 

 

「一夏……あんたと再会して……最初は後悔したけど……やっぱり一夏は一夏だったわ。真っ直ぐで、男らしい部分、全然変わってなかった……あたしは……一夏のそうゆう所、大好きだったんだから♡」

 

 彼女は涙ぐみながらも話を止めない。声と顔、感情の出せる全てで俺に自身の思いをさらけ出す。

 

「闘ってる時にあたしの事怒ってくれて、本当に嬉しかった…………ますます好きになっちゃったんだから♡ 諦めろなんてムリ!!」

 

 

 

「だから……覚悟しなさい一夏!」

 

 

 

「絶対に『好き』って言わせてあげるんだからっ!!!♡」

 

 

 

 鈴は先程の俺と同じ様に、言いたい事だけを一方的に伝えると、これ以上ないぐらいの笑顔を見せて、部屋を飛び出していった。

 また部屋は俺一人となり、風のそよぐ音が聞こえる。

 

 今、鈴との関係は史実から大きくずれた。引き離すどころか急接近してしまった彼女の恋模様。約束はひとまず白紙になったに違いないが、余計面倒な事になってしまった事態に、俺はベッドに倒れた。

 だけども、原作の関係よりかは遥かにマシに思えてしまったのは、何故だろうか。

 

 

 

 ・・・☆・・・☆・・・

 

 

 

 夜、まだ体はピリピリと痛むが、俺は山田先生に連絡を取って寮へと戻ってきた。

 夕食の時間は過ぎてしまっていたが、あんまり腹も空いていなかったので、俺はまっすぐ自分の部屋の前まで戻ると、ノックもしないでドアを開けた。

 部屋には寝間着姿の箒が、机の席に座ってお茶を飲んでいた。

 

「ずいぶん遅かったな。戻ってこないかと思ったぞ……」

 

「こっちで眠りたかったんだよ。まだ安静にしてないとヤバいらしいし……」

 

 俺は部屋へと届けられていた自分の荷物を整理して、制服の上をベッドに脱ぎ捨てた。

 

「シャワー浴びていいか?」

 

「し、食事はどうした!?」

 

「いいよ、食堂もう開いてねえだろ?」

 

「待て! そんな事だろうと……」

 

 箒は立ち上がって部屋の冷蔵庫に向かうと、開けた中から紙皿に盛られラッピングされたチャーハンを取り出した。そして俺の前に差し出した。

 この部屋にキッチンは無い。寮に調理室はあるが、材料があるはずない。

 

「どうしたんだ、これ」

 

 問いかけると、箒は照れくさそうに視線を逸らした。

 

「食堂にお願いして、作ったのだ…………わ、私が」

 

「え?」

 

「だ、だから! 私が作ったと言ったのだ!」

 

「あ……ありがと」

 

 いったい何の風の吹き回しなのかと思ったが、箒はどうやら食べて欲しい様だし、皿の上のチャーハンは美味そうだ。鈴の酢豚の事と何か関係があるのかもしれなかったが、それは後で考える事にした。

 さっそく頂こうと、ひとまず俺は調理室のレンジで軽く温め直して部屋へ戻り、湯気の立ったチャーハンを箒から渡されたプラスチックのレンゲで頬張った。

 

「ど、どうだ……?」

 

 箒が緊張した様子で、感想を求めてくる。自信があるのだろう。

 だが、咀嚼して数秒後、俺は異常に気付いた。

 

「ない……」

 

「何?」

 

「味が、無い……」

 

「ば、馬鹿な!? 貸してみろ!」

 

 箒は俺からレンゲを奪い取って、関節キスも構わずチャーハンを口に含んだ。そして彼女は静止した。

 

「味がしない……」

 

 箒の反応を見て、俺は安心した。身体にそこまでダメージは受けてないと思ったが、まさか味覚がおかしくなったのかと本気で思ったからだ。

 箒の口からレンゲを取り、チャーハンをもうひと口食べる。今更になって照れている彼女に、俺は問う。

 

「お前……塩とか調味料入れた?」

 

「………………」

 

「目を逸らしたって事は、入れてないな」

 

「……ち、ちがう! これは、そのっ……!」

 

 なんとかして弁明を探そうとしているが、これはもう言い訳の仕様がないだろう。

 

「むっ、無味無臭……ッ、フフっ」

 

「わ、笑うな!!」

 

 ギャーギャー騒ぐ箒をあしらいながら、俺はチャーハンを食べ進める。

 

 照れたり、睨んだり、白けたり、笑ったり、怒ったり。俺と会話する時の箒は、随分と表情が忙しい。大体は俺の話術にはまっているのが原因だが。

 こんなやり取りは今日に始まった事じゃない。彼女との対話は終始俺がリードを取る。そうしないと俺の知らない『織斑 一夏』の事を聞かれかねないからだ。

 彼女が俺との会話に慣れる事はないだろう。もし慣れたその時には、俺はもうIS学園を出ている筈だ。

 俺と箒がじゃれ合っていると、部屋のインターホンが鳴った。

 

「篠ノ之さん、いますかー?」

 

 入ってきたのは山田先生だった。服装は学校でよく見るドレス服じゃなくて、ラフな私服。肩が出てる分、露出度が高くなっている。

 箒に睨まれている気がしたが、俺は無視してふざけた。

 

「織斑家の食卓へようこそ」

 

「えっ?」

 

「い、一夏! おおおお前と夫婦になった覚えは……ッ、

 

 ワタワタして顔を紅潮する箒を尻目に、山田先生は俺の手に持ったチャーハンに注目する。

 

「あっ、夕食ですね! 織斑君が作ったんですか?」

 

「んーん。ん」

 

 俺はレンゲを加えたまま、箒を指差した。

 

「まぁ! 篠ノ之さんが作ってあげたんですか!? 本当に夫婦みたいですね!」

 

 山田先生からも夫婦ネタを言われ、ますます頬を染める箒。このまま昇天するんじゃないかと思ったが、彼女はなんとか冷静に話を戻した。

 

「あのっ! ……先生はどうしてここに……」

 

「あっ、そうでした! えっと、部屋割りの話です!」

 

「え?」

 

 唐突な話にキョトンとする箒だったが、すぐに意味を理解したのだろう。寂しい表情をしていた。

 

「寮の部屋割りが決まりました。お引っ越しするのは箒さんです。部屋の調整がついたので、今日から同居しなくてもすみますよ」

 

 箒は言葉を詰まらせながら、彼女に答えた。

 

「ま、ま、待ってください! それは、今すぐでないといけませんか?」

 

「それは……まぁ、いつまでも年頃の男女が同室で生活するというのは問題があります。ほらぁ、若さ故の過ちとかぁ〜♡」

 

 山田先生、最初はしっかりとした物腰でほぼ当たり前の理由を箒に告げたのだが、すぐにその腰をくねらせながらごにょごにょとしゃべし始める。

 なんか、イラッてきてしまったので、俺はチャーハンを頬張りながらこう言った。

 

「こん中で一番過ち犯しそうなのが先生なんですけど……」

 

「うぐっ……!」

 

 自覚あったのか、腹パンでも喰らった様な苦悶の声をあげて崩れ落ちる山田先生。クリティカルヒットしてしまった様だ。

 

「一夏ッ! 事実でもそんな事を言っては……!」

 

 箒、「事実でも」って言ってる辺り、お前も俺と同類だぞ。

 この数週間ずっとこの部屋で同衾してきたけれども、案外気が合うのかもな、俺達。

 

「じ、事実でもって……事実でもってッ!」

 

 箒にまで馬鹿にされ、更にショックを受けている山田先生。やっぱり自覚あったのか、半泣きで床へ崩れ去っていく。テクニカルヒットしてしまった様だ。

 

「ご、ゴメンナサイ……」

 

 箒は謝った。俺は謝らなかった。

 

「で、引っ越しどうすんですか」

 

 ヨロヨロと立ち上がり山田先生はやつれながらも話しを進める。

 

「うぅ…………今日はもう夜遅いので、今すぐにとは言いません。ですけど、翌週の平日までには引っ越してくださいね……?」

 

「はい……」

 

 箒の遣る瀬無い返事に、山田先生は苦笑いしながら彼女に新しい部屋の鍵を渡すと、最後に礼儀よく挨拶をして部屋を出て行った。

 とりあえず、今すぐじゃなくていいと言われたので、箒とは今日も一緒に寝る事になるようだ。

 俺は米一粒残っていないチャーハンの皿をレンゲと一緒にゴミ箱に捨てた。

 

「ごっそさん」

 

「一夏……」

 

 元気のない声で俺を呼んだ箒を見ると、彼女は貰った鍵を握ったまま、その場に立っていた。

 

「その……ふ、凰との話は……どうした。その……あの、す、酢豚の……」

 

「あぁ……拒否った」

 

「えっ!?」

 

 どれだけ予想外だったのか、大きな声で反応した箒に、俺はいつもの口調で告げる。

 

「はっきり断ったよ。あんな意味があるなんて思ってもいなかったしな……」

 

「そ、そうか……そうなのか……」

 

 果たして、そんな対応をした俺が彼女の中ではどこまで意外だったのか。箒は惚けた様に言葉を繰り返して、それっきり何も聞いてこなかった。

 食後、痛い身体に無理してシャワーを浴びた、歯も磨いた俺は、寝巻きのジャージに着替えてベッドに倒れた。

 

「おやすみ、箒」

 

「あ、あぁ……」

 

 部屋の電気を消すのはいつも箒に任せている。そのまま意識を離そうとしたときだった。

 

「一夏……」

 

「あぁ?」

 

 鈴の鳴る様な小声で呟いた箒に、倍以上の音量で返す俺。まだ話す事でもあったのだろうか。適当に聞き流そうとしたのだが、彼女の口元から発せられた言葉に、俺は緊張した。

 

「来月……学年別トーナメント戦が始まるのは、知ってるな?」

 

「……あぁ」

 

 『学年別トーナメント』 書いて字の通り、学年別で生徒一人一人がISを纏って戦う長い長〜いトーナメント戦であり、『俺』という視点からして見れば『インフィニット・ストラトス』という物語の中における、次のターニングポイント。この物語のヒロイン全員が、ようやくをもって揃う大イベントである。

 それがどうしたと問いかけた時、俺はこの時点での箒の心境を察した。彼女が今の俺と鈴の関係を解明している今、恋のレースが駆け足になったとしてもなんら可笑しい事ではない。

 箒は真っ直ぐに俺の事を見つめる。でも俺は彼女の現実離れした蒼い瞳を見て、『織斑 一夏』の顔が鏡に映った時に見た橙色の瞳を思い出していた。

 

 

 

「もし……もしそこでわ、私が優勝したら……

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