唐突だが、IS学園は土曜日課がある。平日は50分の6時間授業で土曜は40分の4時間授業。日曜は休み。定時制高校に通っていた身としては吐き気を催したくなるような日課だったが、今の俺にはさほど苦痛ではなかった。
なぜなら土曜の時間割は朝の始まりから正午の終わりまでずっとISの実践訓練のぶっ通しなのだ。しかも、一般の生徒達はただでさえ数の少ないISを大人数で使い回さなければならないが、俺やセシリアの専用機持ちはエネルギーさえ補給してればずっとアリーナの中で飛び回る事ができる。教師からの命令がない限り、ほぼフリータイムだ。
それが終わってしまえば、後は自由。学生の休日と同じだ。IS学園はバイトも何もできないからやれる事は限られてくるが、それでも幾分気分は晴れやかになる。ようやく日常的に落ち着いたと言うべきか、黒い正体不明の無人IS襲撃事件がずいぶんと昔の様に感じる。
疲れて寮へと眠りに戻っていく者、部活動や自習に励む者、学園の外へと出かける者、授業から解放されたクラスメイト達の顔は、歩いているだけでも楽しそうだ。
だから土曜の午後。教室の中にいるのは俺と山田先生の二人だけ。理由は勿論、IS学園生活数ヶ月、未だにISの授業についていけてない俺の補習。毎週の土曜は校舎の教室で、彼女に勉強を教えてもらっているのだ。隣に座る彼女の胸がゆさゆさと揺れるのを眺めながら。
「織斑くん、ここの生活には慣れてきましたか?」
ひと段落ついて惚けていた俺は、山田先生の顔に視線を戻す。童顔の素顔がすぐ目の前で笑っていて、微かに良い香りがする。どうやら香水をつけているらしい。
彼女は補習を終えると毎回、俺になんてことのない話を振ってくる。学園内でただ一人しかいない男の俺のメンタルケアも兼ねているつもりなのだろう。本心なのか仕事の一環なのかどうかは知らないが。
俺の机の上には開かれた教科書と、少しだけ落書きのあるノート。ついでにペットボトルの茶と缶コーヒーと、ひと口サイズのお菓子がゴロゴロと。そして、手元のそばには吸い殻の入っていない携帯灰皿が置かれていた。
煙草が底をついたのは先週の事だった。学園の中は当然として、学園の外の自販機でも買えないとなると、残る手段は購買の年熟れた喫煙者からくすねるしかないと考えていた。が、銘柄が同じヤツじゃないと嫌なので、俺はこの1ヶ月の学園生活の中で一番好感度の高い大人の女性である山田先生に、思い切って頼んでみたのだ。
当然、彼女は拒否した。教師以前に大人としては当然の事。凛として、有無を言わせない山田先生の態度は賞賛すべきだったかもしれない。
だが俺だって必死だ。その程度で諦める程、素直になった覚えはない。いざとなったら彼女を利用してでも煙草を得るつもりだった。だから「山田先生? 俺、本当はね……中学卒業したらそこそこいい高校入って、さっさと就職するつもりだったんですよ? 俺両親いないし、千冬姉にはずっと苦労かけてたつもりだから早く自立したかったんですよ!? 千冬姉に楽させたかったんですよ!? それなのに……何で俺こんな所に居るんだと思います、山田先生!!? 俺だって現実逃避したいんですよ!!! じゃないと俺……気が狂っちまいそうなんだよおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」って泣きながらお願いしたら、買ってくれました。ちょろいね、山田真耶。
とは言え、彼女もちゃっかりしてるのか、数日後に俺の手元へ渡されたのは要望通りの銘柄が入った煙草と円柱型の小さな携帯灰皿だった。
「もう学校に吸い殻をポイ捨てるのはダメですよ。それと……くれぐれも吸い過ぎには気をつけてくださいね?」
「へ、へぇ……」
「返事は、はいです!」
「は、はい」
そんな会話がこの補習の前にあった。素直に返事をした俺を見る山田先生の笑顔が、なんかむず痒かった。
「織斑くん?」
「あ、はい……」
「またボーっとしてましたね」
「……山田先生に見とれてましたから」
「もー、またそんな事言って〜……織斑先生に言いつけちゃいますよ?」
そう言って山田先生は俺の額をコツリと小突く。数週間前は質問をするたんびに慌てふためいていた彼女も、今では手慣れた様に俺の会話を逸らしたり、些細な話題に乗ってくれる様になった。本人曰く、異性とこんなに話し合った事は今までになかったらしい。発言だけ聞けば喪女のソレだが、彼女の元々の性格からして男との付き合いはないっぽいし、こんな学園の中にいれば当然か。
違う、そんなわけない。ISが世間に現れた約10年前から、良くも悪くも社会の何かが変わったんだ。彼女はそんな御時世に、疑問を覚えた事はあるのだろうか。
山田先生が話してくる。楽しそうに。少し、遠慮がちに。
「それで……ここの生活は大丈夫ですか?」
「悪くないですよ。ご飯の量が少し少ないですけど」
「あぁ〜、男の子ですもんね。もっと食べたいですよね〜」
「あとは……そんぐらいすかね……?」
「クラスメイトのみなさんとは、どうですか?」
「……箒と再会できて、嬉しかったです。あと鈴も……」
「ふふっ、二人ともいつも織斑くんと一緒ですもんね。ほかの人とかはどうですか?」
「んー、セシリアとかISの事で結構絡みます……あと、布仏さんとか、ISの整備教えてもらったりしてます」
「そうなんですか! 幼馴染みだけじゃなくて、いろんなクラスメイトと仲良くしてくださいね♪」
「このクラスの人達は良い人っすよ。全員と話した事ありますし……ただ……」
「ただ?」
「みんな……積極的、過ぎるんですよね……」
「そ、それは……どういう意味なんですか……?」
「知りたい?」
「……で、できれば」
「教えなーい♪」
「あー! なんですかソレ!」
言えるワケがない。あんな出来事、こんな出来事、そんな出来事、山田先生には言えなかった。
「まぁ、みんなとは仲良くやれてるんで……大丈夫です」
「そうですか! これからはこの学園の生活に慣れた人達や、上級生が織斑くんの所へやって来るかもしれませんから……ほかのクラスの人達とも仲良くしてくださいね!」
山田先生は笑顔でハキハキと、これから更に女の子達と関係を結ぶと良いと話してくる。俺がすでにもう、数人かの積極的過ぎるクラスメイト達と盛っている事も知らずに。
この先、本当に山田先生の言った通り、俺に欲情を向けて次々と女達がやってくるのなら……このまま百人斬りでも目指してしまおうか、本気で悩んでしまう。あいにく、彼女達はメインヒロインらと違って俺を独り占めしようという欲求は少ないらしい。どちらかと言えば、みんなで分け合いたいとも見て取れた。
IS学園はひとクラス約30人。1年は4組あるから単純計算で約120人。3年は5組までだから約150人。2年は7組もあるから約210人。全校生徒は約480人。そこに教員も足せば……夢が広がりんぐだな。ハーレムも夢じゃないかもしれない。
「もし……人間関係で困った事があったら、一人で悩まず私に相談してください。」
「はい。でも、大丈夫ですよ。きっと」
下らない皮算用をしながら俺は山田先生に笑顔を繕って答えた。
彼女とは他にも色々な話をした。真っ先に話題に上がったのはお互いの記憶にも新しい、箒の料理の話だった。
前回のチャーハンで大失敗をやらかした彼女は汚名返上と言わんばかりにリベンジを決意していたので、彼女がどこで何をするかぐらいは想像がついた。寮の食堂の調理室を借りてチャーハンを作ろうとしていた箒を、こっそり後をつけていた俺が手助けしてやったのだ。
「そうなんですか! それで……料理の腕は上がりましたか?」
「少し……いや、かなり上手くなってますよ。途中でセシリアが来てカオスになりましたけど……」
そう、完成間近に現れたのが料理下手糞代表飯不味イギリス人ことセシリア・オルコットだった。
あの女のおかげで料理が滅茶苦茶になり、チャーハンが『チャーハンだった何か』になってしまったのだ。箒の怒りがそう簡単に収まらなかったのは、言うまでもない。
ただひとつ、ひとつだけ良かった点は、セシリアが自分の料理の下手糞加減を自覚してくれた事だろう。なにせ、チャーハンだった何かの処理は彼女の胃袋に任せたのだから。箒にマウントを取ってもらい、俺が彼女の頰を掴んでチャーハンを押し込ませたあの光景は、正直言えば誰かに見せたかった。
「あらら……でも、セシリアさんとも仲が良さそうで、先生は安心してますよ。最初はどうなってしまうのか心配でした……」
頰に手を当ててため息をはきながらも、山田先生は微笑ましく俺を見て笑う。
山田先生の言う通り、セシリアとの出会いを思い返すと、彼女は俺と出会うまでは完全に男を格下の生物か何かと勘違いしていた。国の顔である代表候補生な上、あの見かけと言動から察するに貴族かなんかの出だろう。
彼女の人生に何があったのかは知らない。少なくとも原作では言及されてなかった。ただ、あの性格と不釣り合いにすら感じたISの操縦技術を見ると、おおよそ彼女もほかのヒロイン達と同じだ。陰を、抱えてる。
「ちょっと前にセシリアと部屋でお茶したんすよ……」
・・・☆・・・☆・・・
ある土曜日の授業後、俺は突然セシリアに部屋へ招待された。理由は特になかったらしい。ただ、自分の専用機が調整中でヒマだったのだろう。
部屋に入って俺は驚かされた。IS学園の寮のドアを開けたらそこは高級邸宅の個室へと繋がっていた、と錯覚するほどの大改装がなされたセシリアの部屋が広がっていたのだ。
絨毯や家具から何までおそらくオーダーメイド、もしくは実家から持ってきた物だろう。天蓋付きのベッドに年季を感じた。同室のヤツは確かセシリアと同じイギリス人だったか、ベッドはふたつともオーダー品だった。
「こちらにおかけになって。今、紅茶を淹れますから」
セシリアに呼ばれて俺は骨組みがスカスカの白い椅子に腰掛ける。目の前には椅子と同じデザインの丸いテーブルの上に、まるで鳥籠の様な形をしたお菓子の皿がある。そのテーブルの前で彼女は慣れた動作で真っ白な陶器のティーポットからティーカップへ紅茶を注いだ。カップの中に最後の一滴まで濃い雫が広がった。
「どうぞ」
「ありがと」
ティーカップ置く用の小さな皿であるソーサーを受け取り、そこに彼女が紅茶の入ったティーカップを置く。俺はテーブルの上にあったスティックシュガーの手に取り、封を切って紅茶の中へと注ぐ。白い粉が紅茶の中へ歪んで、消えていく。
「織斑さん……凰さんとは最近……どうですの?」
セシリアの発言に、半分ぐらいで止めるはずだった砂糖が全部紅茶の中に流れ込んだ。
「どう……って」
あまりにもアバウト過ぎる質問に答えようがなく、狼狽する俺を見たセシリアが椅子に腰を下ろす。
「あら、ごめんなさい。凰さんからずいぶんとアプローチを受けていたみたいですから」
セシリアはクスクスと可笑しそうな笑みを見せながら紅茶のカップに口をつけた。彼女の紅茶を飲む仕草には、気品が感じられる。
どうやら、この女も俺と鈴の関係を探っていたようだ。俺とセシリアの関係は原作の様なモノではないが、彼女なりに気になってはいたのだろう。
もしかしたら、この女もどこかでスタンバっていたのだろうか。面白可笑しな光景を目に浮かべながら、俺は甘ったるい紅茶をすすった。
「まぁ……鈴とは付き合い長かったからな…………長い事会えなかった、しな……」
「ふふ……それでも今のおふたりを見ていますと、まるで……」
「やめろ、俺と鈴はお前が妄想しているような関係じゃない」
片手でヒラヒラと手を振りながら、俺は紅茶をすすってカゴのお菓子をつまむ。クッキーの様な、ビスケットの様な、カ○リーメ○トの様な食感がした。
「……付き合いたいとは思いませんの?」
「………………」
「ああ見えて凰さん、かなり真剣にあなたへアプローチを心掛けている様に思えますわ。本当に今の関係が最良だと思っておりまして?」
「……今この学園で俺が鈴と付き合えば、世界は俺が中国に篭絡されたと思うだろうな」
菓子が思った以上に水分を取り、紅茶を飲みきった俺はカップを皿の上に置く。セシリアが嬉しそうに次の紅茶を注いでくれた。
「安心しましたわ織斑さん。あなたは男性の中でも知的な方と自負しても、文句ありませんわ」
そう言って彼女は含みのない笑顔で、俺にスティックシュガーを手渡してくれた。その表情に怪しさは感じられなかったが、どうやらこの女、俺を試したのだろうか。
「まるでその答えを待ってたみたいな反応だな」
「ええ、少々の語弊はありますけど、織斑さんは自分がたった一人の男性IS操縦者としての自覚があった様で安心しましたの」
「自覚……自覚ねぇ……」
スティックシュガーをカップに流し込みながら、俺は腕の白式を見詰めた。またシュガーが全部紅茶の中に流れ込んだ。
俺はIS学園に来てから今日に至るまで、この『IS』の世界の情報を掻き集めていた。初期のセシリアの言動から、この世界ではISのお陰で女が優勢に立っている事ぐらいはなんとなく理解したが、実際にどれほどのものなのかを調べるには学園に囚われていてはわからない。この世界においてISどころか『IS』の常識すら知らない俺は、女尊男卑の現状を知る必要があったのだ。なるべく早く。
やる事自体はそう難しいものではない。数少ない外出時にわざわざ変装しながら街の様相を見て回ったり、喫茶店で人の話を盗み聞きしたり、デマとウソも多いかもしれないが一番本音が出やすいインターネットのニュースや掲示板から情報をかき集めた。
そして俺は、ようやく『インフィニット・ストラトス』と言う世界の闇を見たのだ。
そこには……ただ、ひたすら理不尽なまでに虐げられる男達と、それがごく当たり前の認識になりつつある女達。それは一夏達よりも後の年代の少年少女達にまで浸透が始まっていた。
掲示板ですら言語の規制が始まろうとしている始末。もはや誰かが火種でも放り込めば瞬く間に業火に発展するだろうというほどの、恨み、妬み、熄み、怨み、悲み、嫉み、がそこには溜め込まれていた。
ニュースを見開けば出るわ出るわ『国際IS委員会』やら『女尊権利団体』とか言う名前を聞くだけでも嫌な予感しかしない組織の存在と、すでに世界のあちこちでちらほらと暴動を起こしている反IS組織。どっちが正義なのかと聞かれても、俺には答えかねん。
「こんな物動かさなきゃ、俺は今頃気楽な人生歩めたハズさ」
「そうでしょうか? ISが動かせなければ、織斑さんは外の男性と同じ扱いを受けているかもしれませんわ……」
現状を知って俺はIS学園の自分の立場を再認識してみる。ISを動かせる唯一の男性である俺は野郎共から異常なまでの支持を受けている一方、女が世界を統べる事を目的としているIS委員会や女尊権利団体にとって非常に面白くない存在らしい。現状、奴らは俺の身を調べるという理由で引き渡す様にと命令しているが、IS学園が中指立てて拒否しているそうだ。千冬談。
「それでよかったさ。ISだろうが何だろうがあっても、俺は生き方を変えなかっただろうし」
「ですが、織斑さんは『此処』におりますわ。ISを動かせる男性である以上、あなたにはそれなりの立ち振る舞いが必要ですのよ。たった一人の男性IS操縦者であるあなたは、これから沢山の女性と関わる事になりますから」
セシリアはウィンクして自分のカップに紅茶を注いだ。まだまだティーポットに量はありそうだ。
「確かにそうかもしれないが……俺は女に媚びるつもりはない。ましてやISが女性の圧倒的優位性になるなんて、ありえない」
その言葉にセシリアはティーカップを取ろうとした手の動きを止め、驚いた様な顔で俺と目を合わせた。
「どういう事ですの……?」
「そうだな……お前となら、ぶっちゃけて話せそうだ」
俺は熱い紅茶を飲み干し、カップを皿に置いて白式を部分展開した。手入れされている手の平の装甲に自分の顔が映った。
「コイツの力は圧倒的だし、世間を注目させるだけの魅力もあった。でも、結局それだけなんだよ。作った本人が雲隠れしちまって、そんじょそこらの技術者じゃまるで手に負えないブラックボックスの塊。そんな物、俺だったらすぐ飽きる。難しすぎる知恵の輪は置き物にされんだよ」
「そ、そうかもしれませんが……ISのPICによる飛行能力と空間格納による収納技術、そして操縦者を守る絶対防御システムのエネルギーシールドはISを戦闘させる能力としては──
「それだよ。唯一技術者達でわかった事と言えば……こいつを兵器に転換すれば既存の兵器の一部は軽く凌ぐ可能性を持ってるって事。戦車より固く、戦闘機よりも早く、戦艦より単純。そんな物、兵器にさせない手はないだろ?」
「で、ですが……ISの運用についてはアラスカ条約がありますわ。軍事利用はまずできないはず……」
「そうだな、つまりこの条約を作って、そして可決した奴らはまだISの力を理解していたんだ。兵器化すれば国のパワーバランスがどうなるかわかったもんじゃなかっただろうし、女にしか使えない欠陥機なんて……いらんトラブルを招きかねないだろ?」
「そう、ですわ、ね……」
「そもそも、あれはISが世界中に400何十台しかないから決められた条約だ。もしISの量産が容易だったとしたら、そのISがあんまりよろしくない諸外国にでも移ったら、間違いなく条約なんか踏み倒して兵器化するだろうな。強いんだし。そして、ソレに対抗するにはこちらもISを使うしかない……そして女にしか扱えないISで戦う以上、乗る人間は必然的に限られてくるな」
「………………」
「俺はコイツを、宇宙で飛ばしてやりたいけども……たぶん……これからISは一気に兵器化に向けて技術を上げていくと思う。アラスカ条約も形骸化した今、連中……やる事に自粛しなくなってきたからな……」
「えッ!?」
「なんだ、知らなかったのか? 今、アラスカ条約に改正が始まってるんだよ。あの陸海空万能兵器を軍事転換すれば先進国の軍事予算は大幅な削減に成功できる。そうすればISは戦争の兵器ではなく、平和の象徴として支持される……ってね」
「そんな……兵器化したら……っ!」
「あぁ、俺にもどうなるかわからん。でももう国連の過半数が賛成してる。決まるのも時間の問題だと思う……」
「……ISの兵器化に関しては、わたくしも何度か耳に挟んでおりましたわ……このBTシステムも考えてみれば対IS戦を意識されておりますし…………でも、アラスカ条約の改正は今初めて聞きましたわ!」
「IS学園は国の影響を受けない分、他の国の情報が流れてこないんだ。流れてきたとしても古い可能性があるしな……」
「盲点でしたわ……」
「俺も気付くのが随分遅れた。もしかしたらもう、アラスカ条約の改正は決まってるのかもな……」
「そ、それでは……これからはISが国防の主力になると……?」
「……いや、それはない」
「え? どうしてですの?」
「セシリア……ISが台頭し始めたこの10年間で兵器が廃棄されたとか、兵隊がクビになったとか、そんな話を聞いた事があるか?」
「……いいえ、そういえば全く…………自分から除隊していった人は多かったそうですが……それに何の関係がありますの?」
「ISを軍事利用すれば現存の兵器なんか役に立たないって言ってるのに、国はまだ高い金払って維持し続けてる。そんなのおかしいだろ?」
「た、確かに変ですわね……」
「自分から除隊していったヤツらは……自分なりのプライドがあったんだろ…………歩兵は軍事組織には必要不可欠だからな」
「………………」
「でも、戦車や戦闘機は別。世界に400うん十機、それを先進国で分けてるISで現存兵器の後釜なんか埋め合わせられるワケない。それどころか、最近じゃISの兵装を使って新しい兵器の開発まで行ってる国まである」
「そ、それは……」
「軍は張り合う気満々なんだよ……ISに……」
「ま、まさか……信じられませんわ……」
「男としての尊厳かプライドなのか……気持ちは……わかる。だとしても、やってる事はガキの反抗レベルだ。でも、その中に本当にISを恨んでいる人間が混ざり込んでもしてたら、俺達じゃ止められなくなる……」
「本当にISを恨んでいる……?」
「……セシリア、この10年間で世界は大きくひん曲がっちまった。俺もお前も実感が薄かったかもしれないが、ISが台頭したせいで不幸になった人間がこの世にはごまんといる。奴らはISだけじゃなく、ISの威を借りたヤツまで恨んでるはずだ。それこそ、殺してやりたいぐらいにな……」
「そんな……」
「もし、これから作られる兵器でISの力が覆された時……いや、もし今ISが男も動かせる様になったとして、元の男女平等な世界が戻った時、それで奴等が納得すると思うか?」
「………………」
「俺は……俺だったら納得なんかしない。絶ッッッッッッッッッッ対に……報復を始める。ガキだろうが年寄りだろうが女だろうが関係ない、ISに関わった奴は皆殺しだ……」
「そ、そんな野蛮な……っ!」
「だが事実だ。お前も調べてみろ……女尊男卑の世界になって、仕事を取られた者、家族を失った者、誇りを奪われた者、色々いるんだぜ……」
「………………」
「いいかセシリア。守るモノも、失うモノもない人間が激情に飲まれたら、何をやらかすかはわからないぞ……」
「もし世界規模でIS同士のクーデターなんざ起こってみろ……」
「何億、死ぬかな……」
「………………ッ!!!!!」
「……まっ、全部俺の想像だ。ISが俺以外の男に動く事なんかないし、そんな未来にならない様に俺らが頑張ればいいだけさ。道を踏み違えないようにな」
そう言って俺は自分でポットから紅茶を注ぎ、スティックシュガーを半分だけ入れて飲む。どうやらポットの紅茶の中にもう砂糖が溶かしてあるようだ。甘ったるいのはこのせいか。
目の前では未だに動揺の治らないセシリアが必死に言葉を探している。そんな彼女に俺は優しくはにかんでみせた。
「セシリア、あまり深く考えるな。この先世界がどうなるかは俺にもわからんが、もし最悪の未来が訪れたとしても……その時は俺が全力で止めてみせる。だから……
「だから……?」
「今後もIS関係で世話になる。これからもよろしくな……」
この話の最後はセシリアの笑顔で幕を下ろす事にした。彼女がこの先どう考え方を改めるかは、彼女のみぞ知ることだろう。
今後この世界での情勢に目が離せそうにもなかったが、今のところは『織斑 一夏』のシナリオに集中しても大丈夫だろう。少なくとも今は……
・・・☆・・・☆・・・
「セシリアさんは織斑くんと出会ってから、ずいぶんと態度を改めてくれましたね。あのまま国の代表になっていったらなんて考えると、少し心配でした……」
「ハハハ……でも、セシリアはそこまで偏見持ったヤツじゃありませんよ。ただ……」
「ただ……?」
「……何か抱えているっぽいです。俺には打ち明けてはくれなかったですけど……」
「そうですか……」
山田先生にはISの兵器化と女尊男卑の現状は話していない。それに……たぶん、彼女はISも女尊男卑の事も知っていながら今こうして俺と対話をしているハズだ。俺が影で暗躍しようとすれば、彼女は間違いなく心配する。
「まぁ、その内話せる日がくれば、俺は良いと思ってますよ」
しんみりとしてしまったので、俺は急遽話題を変える事にした。内容は鈴との話だ。
それは無人IS襲撃事件の後の休日。俺はそろそろIS学園の周辺を見て回ろうと私服に着替えて寮の廊下を歩いていた矢先、鈴に出くわしたのだ。
「あっ、一夏! 何、出かけるの? あたしも行っていい? いいよね! ちょっと待ってて!!」
俺の返事も待たずに鈴はすぐそばだった自分の部屋へと急スピードで戻っていった。女の身仕度には時間がかかると言うが、彼女は例外だった。ものの1分……いや、30秒ぐらいで彼女は部屋から出てきた。
「お待たせ一夏!」
顔はすっぴんのまま、タンクトップにボトムという露出度の高い姿で現れた鈴は何の恥じらいもなく俺の腕に引っ付き、外へと急かした。
少々予定を狂わされたが、俺のやる事は変わらないし、彼女に怪しまれる事はないだろう。危険なのは鈴が俺の知らない一夏の思い出を語り始める事だ。
IS学園を通るモノレールに乗って次の駅で下りてしまえば、そこにはもう湾岸の都市部が広がる、近未来溢れる大都会だ。千冬に連行されて高速道路から見た景色とは、また違う。
IS学園を見てもわかる通り『インフィニット・ストラトス』という物語の舞台は、明らかにハイテク技術の進んだ近未来の日本だ。
が、近未来といっても其処に広がる景色は、某ネコ型ロボットの創られた様な爽快感のある綺麗な未来ではない。どちらかといえば『ブレード◯ンナー』や『AK◯RA』の様な、良い意味で汚い未来へと着実に近づいている。
そして……そんな周りを見ているだけでも、女尊男卑は浸透してしまっている事実を見せつけられた。
女性しか入れない店がある。女性専用車両の中に女性しか乗っていない。道行く男は見知らぬ女性にこき使われ、誰もそれを咎めようとしない。もちろん、それには鈴も何の疑問も持ってはいない。ある意味、ゾッとする。
あと、自衛隊の募集広告が多い様な気がした。逃げろとでも言うのだろうか。
ひと通り見て回ってついでに遊んで、レストランで昼食兼休憩する事にした俺と鈴は、適当に注文を頼んで駄弁る。
「そういやぁさ……」
「ん? なあに?」
「お前……日本に帰って来たんだから、親とかに連絡入れたのか? 親父とかも心配してるだろ……」
そう告げた途端、テーブルに上半身をべったりと寄りかからせていた鈴は言葉を詰まらせてうつむいてしまった。
俺は知っていて、この質問をした。いつか彼女から言うのを待っていてもよかったが、今日がちょうど良い機会だと思ったからだ。
「ゴメン……あたしの両親、離婚したんだ……」
鈴は上体を起こすも俺に視線は合わさず、ぽつりぽつりと呟く様に話していった。
「あたしが国に帰る事になったのも、そのせいなんだよね……一応、母さんの方の親権なのよ。ほら、今ってどこでも女の方が立場上だし、待遇も良いしね…………だから……」
彼女は窓の外を眺めた。
「お父さんとは1年会ってないの。たぶん、元気だとは思うけど……」
「………………」
「家族って、難しいよね」
俺はただ黙って鈴の話を頭で整理しながら、テーブルに肘をついて思考した。
原作では結局、鈴の家族の正体も行く末もわからなかった。
もし……もしもだ。もしも俺が行動を起こせば、今の彼女を変える事ができるのかもしれない。
「親父さんの事、嫌いじゃないんだろ?」
「? ……うん」
「じゃあ……会いに行くのもいいんじゃないか? 俺には親父とかよくわからないけど……嫌いじゃないなら、会えば喜ぶと思うぞ」
「一夏…………そうかな?」
「あぁ。急かすつもりはないからさ……整理がついたら、行ってこい」
「……うん、そうするわ! ありがとー夏!!」
だが、今の俺にそこまで彼女の面倒を見ている暇はない。少なくとも今は放っておいて大丈夫だろう。この対話が切っ掛けになるかもしれないが、その時は彼女次第だ。
・・・☆・・・☆・・・
唐突に俺の携帯が震えた。
「あ」
「どうかしましたか?」
「L◯NEです……」
「あら、篠ノ之さんからですか?」
「……いや、外の相手からです……」
鈴のデートでIS学園周辺の地理を把握した俺は『織斑 一夏』の親友に会いに行った。店の場所はネットで調べた。『五反田食堂』で検索をかけたら、一発だった。
時間は正午より少し前ぐらいだろうか。俺は開けっ放しの玄関の上に掛けられたのれんをくぐった。
「いらっしゃいま……って、いいい一夏さん!?」
店内に入ると、俺を見るなり物凄い勢いで動揺を始めて言葉になっていない女の店員がいた。見た感じ年齢は中坊ぐらい。赤みがかった茶髪のポニテ、腰に可愛らしい模様のエプロン巻いているから店員で間違いないだろう。
「よう」
彼女にひと声返事をした直後、厨房の奥からもう一人の店員、同じく赤みがかかった茶髪を藤色のバンダナで緩くセットした、一夏と同い年ぐらいの青年が、俺を見るなり驚きながらも笑顔を見せた。
「一夏!? 一夏ッ!! ひっさしぶりだなー!」
馴れ馴れしく近寄り肩をバシバシ叩きながら俺の名前を呼ぶ青年に、俺は少したじろぐ。
「弾……相変わらずだな……」
そう、この『インフィニット・ストラトス』というハーレム物語の中で数少ない……と言うか、唯一の男キャラ。主人公『織斑 一夏』の親友『五反田 弾』である。
「まぁ座れよ。あ、部屋上がるか?」
「いやいい……メシ食いに来たから」
「おぉ、俺も丁度休憩で飯だからさ、奢るぜ! いつもので良いよな?」
「ん? ……あぁ、悪いな……」
これがいつも通りの会話なのだろうか、弾に連れられて俺は4人掛けの席に腰を下ろした。エプロンを付けていた店員の少女は、いつの間にかどっかに行ってしまった。
「じーちゃん! 肉野菜炒め定食ふたつ、あ〜……みっつ!」
弾はそんな注文をカウンターの奥へ叫ぶと、向こうから頑固親父って呼び方がこれ以上ないぐらい相応しい色黒で彫りの深い顔立ちをした、還暦を迎えてそうな男が厨房からひょっこりと顔を表した。
この人が弾の祖父なのだろう。見れば見る程いかつい顔立ちだが、一夏とも面識があるに違いない。そこまで考えた俺は、席に座ったまま頭を下げた。
「こんにちは、お久しぶりです」
「あ? なんだァ、急にかしこまって」
「あら〜一夏くん、しばらく見ない内に大人びたわね〜」
会話に入ってきたのは、お日様色の使いこまれたエプロンをつけた女性。ぱっと見三十路ぐらいで「あらあら、うふふ」といった雰囲気がよく似合うこの人は、たぶん弾の母親だろう。
それと、どうやら俺は選択肢を間違えた様だ。久しぶりの再会だったのかもしれないが、わざわざこんなかしこまる必要なんざなかったようだ。
二人の挨拶を終えると、隣に弾が席に着いた。そして俺を見た。
「で一夏、実際どうなんだ?」
「あぁ? どう……って、何が?」
「とぼけんなよ〜、良い思いしてんだろ?」
そう言って薄ら笑いを浮かべながら俺に肩をぶつけてくる弾。IS学園での生活を聞いているのだろう。思考回路は年相応の様だ。
「あぁ……思ったより悪い所じゃなかった。みんな優しいしな……」
「はぁ〜つまんねー感想だなオイ! 女だらけのIS学園だろ!? ハーレムだろ!? なんですかそのヘヴン! 招待券とかねえのかよ!!」
「落ち着け! ……正直、楽しいぞ。ISの操縦とか、特にな……」
「女よりメカかよ!」
テンション高く騒ぎまくる弾に俺はどうしたものかと頭を押さえた。女尊男卑になっているこの世の中でここまではっちゃけられるやつも中々いないだろう。俺と同じで自覚が足りないだけなのかもしれないが。
「ったくよ〜! こっちはわざわざ適性までやったってのに……」
「何?」
後半の弾のセリフに俺は思わず頭から手を離して彼を見た。弾は俺の顔見て面白半分に驚いていた。
「何だ、お前知らねぇのか? お前がIS学園に入学する事がニュースになった後ぐらいに、俺ん所の高校……いや、全世界レベルでISの適性検査が始まったんだよ。男の」
「……く、詳しく聞かせろ」
「いや、だからさ……男のお前がIS動かせたんだから、他にも動かせるヤツがいたっておかしくねぇんじゃねぇの? 的な事でさ、政府のお偉いさんが血眼になって探したらしいんだよ。このビッグウェーブに乗るしかねぇ! みたいな♪」
面白可笑しく説明してくれた弾を見ながら俺は頭の中で思考を巡らす。
確かに考え方としてはわからなくもないが、一夏がISを動かせた事には何らかの理由があると思っている。俺以外の男に動かせるなんて思ってもいない。
そもそもそんな話、IS学園の中にいた時もISのクラスメイトの話の中にも聞かなかった。IS学園は国の指図を受けない。だったら一々情報を流す理由もないってか。バカにしてやがる……。
て言うか、千冬辺りは知ってただろう。あのクソッタレ……
「結果は?」
あえて、わかっているつもりで俺は聞いた。首を横に振った弾から予想通りの答えが出る。
「……誰一人、いなかったよ。海外でもやったらしいけど、お前以外に男なんか来たか?」
一瞬、なぜかこれからやって来るフランスの女の事を思い出した。が、関係ないので受け流した。
「いや……」
「だよなぁ……。くっそ〜〜俺もISが動かせたら女の子いっぱいの大ハーレムに……
「そんな汚らわしい事考えてるお兄ぃにISなんか動かせるワケないじゃないっ」
弾の妄想を一蹴して割り込んできたのは、お冷の乗ったお盆を持つ中坊の少女だった。ただ、今度はエプロンを取った上、可愛らしい私服に着替え、髪型も少し遊んでいた。店員よりかは客に見える。
「こんにちは一夏さん。IS学園は全寮制って聞いていましたけど……今日は何か用事があったんですか?」
「いや、久々にのんびり外出できたからさ、たまには顔出そうかなと思って」
「本当ですか!? どうぞゆっくりしていってくださいね!」
元気の良い営業スマイルと言うよりは心の底から喜んでいる様な笑みを見せ、彼女はお冷やを配って厨房に戻るかと思いきや、そのまま俺と弾の座っているテーブルの席についた。それも、俺の目の前の席に。
彼女は弾の妹だ。IS学園の生徒ではないのであまり本編には現れなかったが、それでも覚えているっちゃ覚えている。織斑一夏にホの字なのだが少々常識外れな少女、『五反田 蘭』である。
彼女がお洒落をしてきたのは一夏こと俺がやってきたからだが、俺は特に興味なかったのでスルーした。
「ん、どうした蘭? お前が外ヅラに気ィ使うなんて何年──
弾の心無いフォローを眼力だけで黙らせる蘭。この兄妹の力関係をよく物語らせている。織斑家しかり、この作品の女共は強いやつらばっかりだ。
「ゴ、ゴホン! なぁ、実際の所どうなんだ? 良い所なんだろ?」
話を逸らした弾はしつこく学園内の事情を問い詰めてくる。蘭の鋭い視線も無視して。
「あぁ、箒と鈴にも会えたしな……」
「ほ、ほうき……?」
「あぁ、お前のファースト幼馴染みってやつ?」
「あ、ぁあ……そういや、お前らには言ってなかったな……」
そうか、こいつらは知らないのか。箒と別れたのが小学生時代だから、弾や蘭に会ったのは中学入ってからなのだろう。そうなると二人は鈴の事は知っているのかもしれない。いや、反応から察するに知っているようだ。
「へぇー……箒、さんですか……ふーん」
「へぇ〜鈴のヤツこっちに帰って来てたのか! なぁ〜るほどねぇ〜」
IS学園で巻き起こっているだろう有りもしない修羅場に想像を膨らませているのか、ニヤニヤと面白そうな笑みを浮かべる。隣では蘭が自分の知らない女性の名を呟いて、俺を見ながら訝しんだ反応を示す。
俺は溜め息を吐きながら腕に付けていた白式を外し、ぶっきら棒に弾の前に転がした。そして、こう言った。
「弾。触ってみ」
「えっ? おいおい……今言ったろ。俺も検査してダメだったんだから、動くハズねぇって……」
「唯一ISを動かした男の……俺の専用機だ。可能性がないとは言い切れんぞ?」
俺の視線と言葉を真に受けた弾は、恐る恐る自分の手を白式に近づける。ガラでもなく緊張しているのか、唾を飲み込んだのがわかった。
「「「………………」」」
俺と蘭の二人が静かに見守る中、彼の指先がゆっくりと触れるも白式に反応はない。
手を離した弾は無言でお手上げのポーズをとってみせた。
「わ、私も触っていいですか?」
そう言いながら蘭は俺が答える前に白式へ手を伸ばしていた。その指先が触れたと同時に淡く光を纏った白式を見て、彼女は子供の様に目を輝かせる。
「わぁ……っ!」
俺は蘭から優しく白式を取って腕につけ直した。一瞬だけ残念そうな顔をした彼女だったが、俺は笑顔で誤魔化した。
『インフィニット・ストラトス』では一夏が他のISを使ったシーンも、ヒロイン達が白式を動かしたシーンも存在しない。
だからなのだろうか。俺は、もしかしたら弾なら白式を動かせるかもしれないと、根拠もなかったが考えてしまった。
だが、結果としては見ての通りだ。白式を動かせなかった弾は唸るような声を上げて俺に掴みかかってきた。
「くっそ〜っ! なんでお前がISなんか動かせたんだ〜!? この顔か!? このイケメンスマイルなのか!!?」
「ちょっとバカ兄ィ!! 一夏さんから離れなさい!!」
その奇行に激昂した蘭は弾をひっ掴んで取っ組み合いを始めた。そんな兄妹を呆れながら眺めていた俺の横へ、弾の母親がやってきた。お膳の上に肉野菜炒めの定食を持って。
「ゴメンねぇ織斑くん、せっかく来たのに騒がしくしちゃって。この子達ったらいくつになってもケンカが止まらなくて……」
「いいじゃないですか、仲良くて。俺は、羨ましいですよ……」
「うふふ……ありがとね織斑くん」
二人には聞こえない程度の音声で会話し、俺は弾の母親から定食を受け取った。平皿に餡掛け肉野菜炒め、お椀には汁物、小鉢には漬物とカボチャの煮付け、そして丼一杯にご飯が盛られたボリュームのある定食セットだった。
ギャーギャー言い争ってる兄妹を尻目に、俺は料理に箸をつけるのであった。
「あ、美味ぇ……」
弾の家の料理は絶品だった。料理屋として経営しているだけあって、IS学園の食堂の肉野菜炒めよりも美味い。腹も減っていた事もあって、俺は夢中で定食を食べ進めた。
途中で喧嘩をやめた弾と蘭も美味しそうに定食を食べていた。ちなみに喧嘩の結末は弾のギブアップ宣言と親父さんの怒鳴り声で終了された。
「あー、食った食った。ご馳走さん」
二人と談笑しながらお膳の上の物を綺麗に平らげた俺は、テーブルのそばに置かれていた銀色の灰皿を引き寄せ、パーカーの中から煙草の箱とライターを取り出した。
「えっ、一夏さん!?」
「んぐッ!? 一夏!? お前タバコ吸うのか!!?」
一本咥えた所で、湯のみで茶を飲む途中だった弾と蘭が驚いた。
「ん? あぁ……いる?」
「いや、えっと……」
弾は勧められたタバコを目の前にして、オロオロしながら親父さんの方をチラリと見遣った。
「弾、俺も昔は若い時期に吸っちまったが、この店継ぎてぇならやめとけ」
「う……いや、遠慮しとく……」
「ハハ、そーかい」
意外にもヤンチャな一面を話してくれた親父さんに諭された弾は、すごすごと席に座りなおって湯飲みに手を付けた。
一方で言葉を詰まらせていた蘭は、唐突に呟いた。
「一夏さん。私、決めました……来年はIS学園を受験しますから!」
呟きは決意に変わったが、その発言の内容に弾はお茶を吹き出した。
「ぶっ!! お、お前何言ってんだ!? せっかく名門校入れたってのに!」
「大丈夫です。私の成績なら余裕です」
「……IS学園は推薦ないぞ? だよな一夏?」
「……あぁ」
知らないが、弾が言うからにはないのだろう。あのお姫様学園はああ見えても世界中のIS操縦者の卵が集まっているのだから。
「お兄と違って私は筆記で余裕です」
「いや、でも……なぁ、一夏! あそこって実技あるよな!?」
「……あぁ」
知らないが、それはたぶんあると思う。ISをまともに動かせなきゃ、成績があっても門前払いされるだろう。
「〜♪」
待っていたかの様に蘭はポケットから紙切れを取り出して、弾と俺に広げてみせる。
「げぇ!?」
「IS簡易適性試験……判定、A」
「問題は全て解決済みです」
蘭は胸を張って言いきると、今度は俺に体を向けて両手の人差し指をツンツンと合わせつつ、視線は俺から逸らして何やらもどかしそうにこう言った。
「つきましては……一夏さんにはぜひ、先輩としてご指導をお願いしたいのですが……」
「まぁ……俺は学んでる身だから……わかんねえけど……」
「大丈夫です! 私が入学してる時には一夏さんは凄いIS操縦者になってるハズですから!」
両手を握りしめて、いったいどこからそんな根拠があるのかわからない褒め言葉で俺に迫ってきた蘭。どうしたものかと考える前に、弾が割り込んできた。
「お、おい蘭! お前何勝手に学校変える事決めてんだよ! なあ母さん!」
「あら、いいじゃない別に。一夏くん、蘭の事よろしくね」
「いやいやいや! ああもう、親父はいねーし! いいのか、じーちゃん!」
「蘭が自分で決めたんだ、どうこう言う筋合いじゃねえわな」
「いや、だって……」
「何だ弾、お前文句があるのか?」
「……ないです」
弾は蘭にも親父さんにも頭が上がらないようだ。冷や汗を垂らして縮こまってしまった。
「ではそういうことで、ごちそうさまでした♪」
俺の答えも聞く前に、蘭は綺麗な合掌をして席を立ち去っていった。
さて、どうするか。ひとまず俺は短くなったタバコを灰皿に捨て、横でボケている弾を呼ぶ。
「弾、ちょっとコンビニ行こうぜ」
「お、おう……」
蘭の分の食器も片付け、親父さんとおばさんに適当に会釈して俺は弾と店の外に出た。振り返ってみても蘭が追ってくる気配はない。トイレにでも行ったのだろう。
歩いて数分の所にあったコンビニに弾と二人で入る。見慣れた店内の中、俺は黄緑色のカゴにお菓子やら飲み物などIS学園に持って帰りたい物を放り込みながら俺は弾に告げた。
「弾、俺は蘭をIS学園へ入れるのは反対だ」
「え?」
予想外の台詞だったのか、弾は声を押し殺して驚いていた。
俺はカゴを掴んでいない右腕に付いた白式に視線を落とす。
「こいつは次世代のスポーツみたいな扱われ方してるけどさ、一枚ひっくり返せば戦車や戦闘機にも勝る兵器なんだ。俺が言うんだから間違いない」
「な……そ、そりゃあ言い過ぎじゃねえか? アラスカ条約があんだから、ISは……」
「そのアラスカ条約が今改正されようとしてるのは知ってるか?」
「あぁ!? どこの情報だそりゃあ!?」
「声デケぇよ、インターネット見ろ。パッと見、平和の象徴みたいされてたけど、ISを兵器にするのは間違いねぇ。この先どうなるかは俺にもわからん……」
「ま、マジかよ……」
想像もしていなかったのだろう、衝撃の事実を知らされ冷や汗を垂らしてうろたえる弾の目を真っ直ぐに見つめ、俺はハッキリと告げた。
「弾……お前も兄貴なんだからさ、ヘコヘコしてねぇでガツンと言ってやれよ。親父さんだろうが、カンケーねぇ。お前が止めなきゃ、誰も止めねーぞ……」
「………………」
「……まっ、ISが兵器化した後に戦争でも起こさなきゃ、平和なもんなんだがな。どう転ぶかは……きっと俺次第だ」
俺は今一度視線を白式に落とす。2〜3度手の平を開閉して、その手で紙パックの茶を掴んでカゴに入れた。
「い、一夏……なんつーか、お前……しばらく見ない内に、変わったな……雰囲気とか……」
「……変わるに決まってんだろ……あんな所いりゃあ……」
そこで会話は終わった。
会計を終えた俺はそのままIS学園に帰るつもりだった。「もう少しゆっくりしていけばいいじゃんか」と弾には引き止められたが、残念ながら俺はIS学園に帰ってからやる事もあった。
「次いつ戻ってくるんだ?」
「わからん、ヒマな時に来るわ」
つたない会話だったが、それ以外に交わす言葉もない。とりあえず次来る約束だけはした。
「じゃあ、またな」
「おう」
弾は俺に背を向けて歩き出した。俺も彼に背を向けて歩き出す。
ふと、俺は歩みを止めた。
「なぁ、弾……」
俺は首を少しだけ動かして、弾に呼びかけた。反応は返ってこなかったが、弾はこっちを向いた気がした。
「女心って……難しいな……」
「いっ、一夏ッ!!? お、お前……」
「じゃあな、弾」
そう言いながら、精一杯の作り笑顔で返してあげるのがやっとだった。驚愕に震えている弾の顔は、未だに忘れそうにもない。
感謝も謝罪も、全部この言葉に込めたつもりだった。この先、弾とどの様に関わっていくのかはわからない。もしかしたら、もうこれで終わりかもしれない。
だが、少なくとも俺は弾の事が嫌いじゃなかった。
・・・☆・・・☆・・・
俺の話を聞く山田先生は、終始嬉しそうだった。
今日に至るまで、出会ったヒロインは『箒』『セシリア』『鈴』の3人。物語的には半分ぐらい進んだだろうか。
残るは後半戦。これから更にどデカい事件に巻き込まれるが、白式は相変わらず一次移行もしないまま変わる気配がない。俺はできる限りの努力と調整を行っているが、このままでは来るべき時に支障が起こるかもしれない。
だが、俺は生きてみせる。いつか邂逅する運命だろうドイツとフランスのヤツが気にかかるが、今はこの時間を大切にしようと……思う。
教科書とノートの区切りの良い所で俺が背伸びをすると、山田先生も一息ついて自分の教科書を閉じた。
「今日の補習はここまでです。何か質問はありませんか?」
「う〜ん……山田先生って彼氏いない歴何年?」
ここまではテンプレート。彼女に質問する時、俺は九分九厘勉強に関係のない事を聞く。
大体は笑ったり小突かれたりしてあしらわれる。ただ、今日は違った。
「に、24年……産まれて此の方ずっとです……」
「そうですか。更新履歴、止めません? 俺と」
その言葉に顔を上げた山田先生は一瞬だけ目を見開いて俺の事を見つめたが、すぐ微笑みながら俺の頭をコツンと小突いた。
「イテ☆」
「もー、織斑くんったら……」
「いつでも大歓迎ッスよ? センセイ♪」
「はいはい……」
今日はこれくらいが潮時だろう。荷物をまとめた俺は軽く会釈して、教室から出て行こうとした。
「今日はこれからどうするんですか?」
唐突に彼女に呼び止められて、俺は振り返ってこう答えた。
「箒と剣道なんすよ」
「そうなんですか! 頑張ってください!」
山田先生の声援に俺ははにかみながら手を振り、教室から出た。一夏のイケメン面だからこそできる芸当だった。
校舎から出ると、3時過ぎだってのに強めの日差しが顔を照らす。湿度が高いせいか空気が蒸しており、もう首元がしっとりと濡れ始めていた。
5月末。もう夏が始まろうとしていた。