バレンタイン。
それなら、ミルクチョコのように甘いひと時があっても、悪くは無いだろう?

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嬢さん、スカート……穿いてるな

 その日のカルデアは、何処か浮ついた空気があった。

 そわそわ、そわそわと。甘ったるくも甘酸っぱい、顔を顰めたくなる空気で一杯だった。

 

 原因は明白だ。

 本日は二月の十四日。とある聖人に纏わる記念日で、遡ればローマのとある女神の祭日なのだとか。

 家庭と結婚を司るらしい女神の祝日であるが故、ああ、当然縁が無い。

 むしろ積極的に台無しにするのが、オレ本来の在り方だろう。

 

 が。

 

 「……あーあー、甘ったりぃなぁ」

 

 めんどくさい。

 そんな気に成れない。

 誰もかれもがその顔に笑みを浮かべていることに、何処か嬉しさと気持ち悪さの混じった不快感を抱く。

 

 はぁ。何故聖人の記念日なんかでこうも賑わうのか。

 ここは当人だって顔を出す可能性のある場所だ。自分の死をこうも祝われて、果たしてどんな顔をするか。

 

 いや、それを思えば、むしろ推奨するべきなのだろうか。

 

 「いやいやいや、ないな」

 

 首を振って、その考えをかき消す。

 やはり、今日はどっかで寝て居よう。

 これ以上こんな空気を吸いたくない。

 

 

 

 あてどなく――正確には、人がいない方へ向かうという目的があるが――ブラついていると、向かいから足音が聞こえてきた。

 通路は一本道なので、その姿はすぐに目に入り、此方の姿もまた見つかる。

 

 果たして、駆けてきたのは三名の少女だった。

 

 「ジャック、ジャック。そんなに走ると転んでしまうわ」

 

 「だって、早くおかあさん(マスター)に食べてもらいたいんだもん!」

 

 「でも、それでジャックが転んだら、きっとマスターは悲しまれるわ」

 

 「うう……わかった」

 

 おや、と眉根を潜める。

 白霧の殺人鬼に、童話の具現。そして意思を持つ銀の鍵。

 色々と物騒な組み合わせだが――それはいつもの事として。

 大体、それ以上に物騒な存在がごろごろしているのだから、彼女らはまだ可愛い方だろう。

 

 いや、そういうわけでなく。

 

 どうも、いつもつるんでいる一人――黒い魔女の子供の方が居ない様だが。

 はて、どうしたのか。

 

 「ええ、大丈夫よ。マスターは逃げないもの……あ、黒いお兄さん」

 

 ちっ、と舌打ちを打ちたい気分を堪え、挨拶を返す。

 

 「よぅ、ガキんちょ。そーんな慌ててどうしたってんだ?」

 

 どうせなら気付かなければよかったのに、と。そういう気持ちがあったのは、本当だ。

 けども被った殻のせいだろうか。それよりも危なっかしい彼女らを心配する感情が沸き上がって、そんな感情に照れくささを抱いて、それで荒っぽい口調で誤魔化してしまう。

 

 先程から彼女らが持つ()()に目を向ける。

 丁寧な包装……ふむ、プレゼントか。しかし、それにしては数が多すぎる。

 誰に、どうして送るつもりなのだか。

 

 ……そろそろ目を背けづらくなってきたか。

 

 勘違いでなく明確に甘い匂いを漂わせる彼女らが立ち止まり、話をする姿勢を見せた。

 それに溜息を吐きそうになり――堪えたものの、結局溜息を吐いてしゃがむ。目線を合わせてやり、話を聞く姿勢に入った。

 

 「決まってるわ! ()()()()()()よ! バレンタイン! あまーいお菓子にプレゼント! マスターは喜んでくれるかしら」

 

 ……そう、バレンタイン。

 聖人の殉教日であるとか、ローマだか何だかの女神の祝日高は、全くもって関係ない。

 男女でキャッキャうふふしたり、同性で友情を確かめ合う。そんな素敵なイベントである。

 時に友情が破綻することもあるが、それはきっとご愛嬌というものだろう。

 

 「ああ、喜ぶだろうさ。あのお人よしが嫌うようなプレゼントなんて、むしろ見て見たいもんだ」

 

 「そうかしら? でも、折角ならすっごく喜んでほしいわ!」

 

 ゴシックドレスの少女――ナーサリー・ライムの言葉に、そう返答した。

 皮肉気味ではあるが、本心だ。少なくとも、此処にいるサーヴァントが如何なる贈り物をしようと、そこに誠意があるならアイツが拒むことは無いだろう。

 

 そんな返答に喜んでいたのも束の間で、オレンジ髪の少女――アビゲイル・ウィリアムズが続いて口を開いた。

 

 「それで、真黒なお兄さんは何処へ行くのかしら? 今日は素敵な、バレンタインよ?」

 

 「別に。バレンタインだからってチョコを送らなきゃいけねぇわけでもないだろ」

 

 オレはそう吐き捨てるように言った。

 

 真実、オレの手にチョコなど無いし、渡すつもりもない。

 今から作ったって間に合わんだろうし、そもそも作る気もない。バレンタインをまともに過ごす気が無い意思表示だ。

 そのことが伝わったのか、否か。パチクリと目を瞬かせた後、アビゲイルは困ったように眉を下げた。

 

 「でも、きっと()()()でやれば楽しいわ」

 

 その言葉に不快感を覚えたのは必然だろうか。

 色々と似通った部分のある彼女が、失言に気づいて口を押える。

 俯きがちに見上げるが――もう遅い。

 

 「――ああ、そうだな。()()()()()()()、楽しいだろうな」

 

 その瞳には、軽い罪悪感が見て取れた。

 

 オレも、彼女も、同じ()()()()()()()()()存在同士、今の言葉選びが少々まずかったことを自覚している。

 まぁ、普段ならこうも苛立ったりしなかっただろう。やはり、この甘ったるい空気に毒されているのだ。

 

 そう思っていると、健気な殺人鬼――ジャック・ザ・リッパーが不機嫌そうに話してきた。

 

 「むー。アビーを虐めないで、黒いお兄さん」

 

 ……さっきから気に成っていたが、オレの呼び方は「黒い兄さん」で決まりなのだろうか。それ以外の特徴といわれてもなんだが、普段からまっくろくろすけと自称したりすることもあるオレだが、こうも清々しく呼ばれると釈然としない。

 自虐ネタは、他人に言われると不快なのだ。

 

 「別に虐めてるつもりはねぇんだがなぁ……」

 

 嘘だ。少しきつい物言いだったと、そう自覚している。

 けども戻す気もない。謝るつもりもないのだから、それを言っても仕方が無いだろう。

 

 不機嫌さを増すジャックに困って、さてどう返答するか……そう迷っていた。

 すると、ナーサリーが口を開き、下世話な問いかけを投げてきた。

 

 「真っ黒なお兄さんは、バレンタインで送る相手がいないのかしら?」

 

 ……余計なお世話だ。

 

 思わず顔が引きつる。

 何が悲しくて、見た目一桁歳の子供に恋愛遍歴の薄さを指摘されなければいけんのか。

 いやいや、最近では友チョコというものもあるが、それはそれで、なんか負けた気もする。

 

 というかだいたい、バレンタインは女が男に送るもので、だからオレが用意しなくとも――

 

 「それなら、あっちに行ってみてはどうかしら? きっと素敵な出会いがあるわ。うさぎさんより早く着くはずよ」

 

 そう言って指差した先は――彼女らが来た方向。

 まぁ、人がいない方に行きたかったから言われずともそうするが、まさか遠回しに拒絶されるとはなぁ……

 これは少し、心に来なくもない。

 

 「ああ、そうするよ。んじゃな、ガキども」

 

 立ち上がって、脇を通り抜ける。

 背後の甲高い子供の声に、振り向かずに手だけ振る。

 

 どうやら、ジャックの機嫌はもう治ったようだ。

 子供の機嫌は、秋の空と乙女心よりも変化が激しいな。

 

 

 

 

 

 

 

 行きついた先は、埃臭い倉庫だった。

 

 「へぇ、こんな場所があったのか」

 

 まるで廃墟のような様相を醸し出すその一角は、普段使われることが無いゆえに殆ど整理がされていなかった。

 ざっと見ただけで俎板錫杖、ピアノに勉強机、地球儀に正方形の箱。

 いやさ、種類が豊富だ。奥にはパイプなんかもある。しかも無数に。

 

 「こりゃあ良い。これならぐっすり寝られそうだ」

 

 そう言って、オレは適当に場所を開けて寝ころぶ。

 

 不思議と、目を閉じて暫くすればオレは夢の世界に旅立った。

 

 

 

 ――♪

 

 聞こえるのは、慈愛の音。音色に乗せられた柔らかな感情が、その中にも潜む荘厳さが、正しく神秘的と称するに相応しい印象を与える。

 例えるならば、聖母像だろうか。優しい母と、救いの主を生んだ偉大さ。それらを併せ持つ、温もりある石。

 素晴らしく、聞き覚えのある演奏に、オレは瞼を上げた。

 

 気づけば、オレは教会に居た。

 

 ただの教会ではない。寂びて廃れて失われて、廃墟同然となった教会だ。

 まだ人が住むことがあるのか、と驚きたくなるようなこの建物。その中で、ステンドグラスに色づけられた月光を浴びながら、オルガンを弾く女の姿が見えた。

 

 「――」

 

 美しい。そう感じた。

 水銀灯の様に血の気が無い髪をキャンパスにして、ステンドグラスが様々な色を落とす。

 その華奢な撫で肩が躍る度に、信じられないくらいに重厚で軽快な音色が奏でられる。

 天使というのは躊躇われるが、聖母というなら迷いなく口にできる。少女の無垢さよりも、年を経た愛を感じさせる背中。

 なだらかな曲線を描く背中は、半分をその銀髪で隠しながらも男好きするプロポーションまでは隠せない。肉欲をそそる女の柔肌が手に取るように見える、体のラインが良く見える服装だ。

 そして、背筋良く座るが故に見えるその尻にはスカートが無く――本人曰く、そういうデザイン――下着丸出しに見える淫靡さ。しかし一切恥じるところが無いのは、その女が数多の肉棒をその身で受け止め、それを務めとして認めて居るからか。

 むしろ自信を持った立ち振る舞いで、性的な魅力よりも先に女としての魅力がふりまかれている。

 

 そう思うのは、オレだけだろうか。

 

 演奏者は音もなく微笑み、最後まで弾き終えて、その余韻迄聞き終えて。

 

 それから、席を立った。

 

 「……」

 

 振り返り、静かにこちらを見返してくる女。

 

 名を、カレン・オルテンシア。

 

 繰り返す四日間の中で、最後に魔物を従えて殺しに来た教会の監督役。

 生き残る可能性が無かった「言峰綺礼」に代わり、監督役を務めたサディステックな女だ。

 

 「……」

 

 「――」

 

 言葉もなく、見つめあう。

 

 オレは、これが夢であることに気づいていた。

 

 何故こんな夢を見たのかは分からないし、夢を見たところで出てくるのがこの女というわけも分からない。

 見るならサーヴァントらしく、マスターの生活でも追走するのが筋だろうに。

 それとも、知らない内にこの女への執着が存在しているのか。

 

 「……」

 

 カレンは、何かを待ち望んでいるように見えた。

 それが何かは、生憎と分からない。

 

 それはオレ自身に何かを訪ねているのかもしれないし、オレがいま世界を救っていることの理由を聞きたいのかもしれない。

 いやいや、あの女の事だ。信じられないくらいに辛い麻婆豆腐か、さもなくば天国のように甘い食べ物でも求めているのだろう。

 

 唾を呑む音がが聞こえた。

 

 オレはつい、目を逸らしてしまう。

 そのまっすぐな瞳から、目を逸らしてしまう。

 

 なんで夢でにらめっこしないといけないんだ、なんて思いながら、オレは決まり悪く頬を書く。

 少し熱いように思えるのは、気のせいではないだろう。

 

 成程。ナーサリ-の言っていたことは、強ち嘘でもなかった。

 今、オレはこの夢を見れて良かったと、そう思ってる。

 せめて夢の中だけでも、()()()()に出会えて――

 

 「――ッッッ!」

 

 ――そこまで考えて、オレは頭を抱えた。

 頭を抱えて、前の座席の背に頭をぶつける。

 

 痛みは無い。当然だ。ここは、夢の中なのだから。

 けど、衝撃は覚醒の引き金となったようで、徐々に夢の世界が薄れていった。

 

 「――」

 

 これで、見納めか。

 物侘しく思いながら顔を上げた先には、何処か得意げな顔をした彼女がいた。

 

 ……くそ、そんな顔するんじゃねーよ。

 

 そんな顔も、可愛いけれど。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ます。薄暗い天井が目につき、現状を認識する。

 今は何時だろうか。あまり眠れてない気がするし、もう少し寝ようか。

 

 ――♪

 

 そう考えていると、ピアノ――いや、これはオルガンか――の音が聞こえることに気づいた。

 

 さては楽師系サーヴァントが此処を見つけでもしたな。そう思い、身を起こす。

 

 身を、興そうとして――そこで止めた。

 

 ――――♪

 

 気づいたのだ。この音色に、聞き覚えがあることに。

 いや、聞き覚えがあるどころではない。先ほど夢の中で聞いたそれと、リズムも音程も温もりも、何もかもが全く一緒だった。

 

 いや。

 

 いやいやいや。

 

 いやいやいや、まさかだろ。

 

 中途半端な姿勢から勢いよく跳ね起き、立ち上がって演奏者を見やる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それが浮き彫りにされるような()()()()()()()

 

 スカートは……穿いてるな。

 

 そこには、紫陽花の名前を持つ少女が、夢の中でのように手を躍らせていた。

 

 「――」

 

 言葉も出ない、とはこのことだ。

 服装も、場所も。全く違う。全く違うのに、心の底から湧き上がる愛おしさが、彼女が()()だと確定する。

 

 ――♪

 

 演奏が終わる。

 奏者が振り向く。

 その端正な顔つきは、間違いなくカレン(可憐な花)だった。

 

 パチ、パチ、パチ。

 

 気づけば、オレは呆けた頭で拍手なんかしていた。

 きっと、大層な間抜け面を晒しているに違いない。それでも、この女になら見られてもいいと思った。

 

 「お前、なんで」

 

 口にしようとしたことは色々あったが、口に出たのはそれだけだった。

 

 「召喚されたのですよ。それすらも分からないんですか? 愚図が」

 

 ……イラッ。

 ふむ、確かにそう、こいつは人の幸せを踏みにじることが趣味のような女だった。

 

 だが、だからと言って……再会の喜びまで台無しにするだろうか?

 

 「へーへー、そうでしたねそうですねっと……因みに、クラスは?」

 

 これで相性不利なムーンキャンサーとかなら……笑えないな。

 

 「ルーラーです。ええ、悪くないですね」

 

 成程、裁定者(ルーラー)か。いわれてみれば妥当といった感じのクラスだ。

 それに――

 

 「へぇー、そうか。そうかそうか」

 

 「何をニマニマしてるのです? 気持ちの悪い」

 

 「そっちだってニマニマしてんじゃねぇか」

 

 「これは」

 

 それほどオレが呆けていたのが面白かったのだろうか。

 

 ……。

 

 突然、こいつに呆けた面を晒したことが恥ずかしく思え始めて、オレは踵を返した。

 

 「じゃ、オレは別の昼寝場所でも探すと――」

 

 「――待ちなさい」

 

 歩き出そうとして、阻まれる。

 前に回り込まれたわけでなく、手を掴まれてだ。

 

 ふむ、思えばこいつの体に触ったことはなかなか稀有なことだ。

 女らしいしっとりとした肌に、もちもちした柔らかさ。

 まんざらでもない、とはこのことか。

 

 「……なんだ」

 

 「来たばかりで都合が分からないのです。是非、案内してくださいませんか?」

 

 後ろから、意地の悪い声でそう言われた。

 

 くそっ、耳が赤くなっているのでも見られたか。

 

 ……ここで案内を断ったら、後でどんな仕返しがされるか分かったものじゃない。

 だから、仕方なく。仕方なく、だ。

 決してこの手の感触が惜しいから、とか、もう少し長く触れ合っていたいから、何て思春期男子のような理由ではない。ないのだ。

 

 「……まずは、霊基保管庫から紹介してやる」

 

 「ありがとうございます」

 

 「っ、良いから行くぞ」

 

 

 

 そしてオレは歩き出した。

 

 この時、頬の赤さを見られるのを受け入れてでも振り返れば、もしかすれば。

 耳まで真っ赤に染まった、珍しいあいつの表情が見れたかもしれなかった。

 

 

 

 ……ま、仮定の話だがな。



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