五条は七海が呪術師に戻る際に無視できない存在だなと思ったので出張ります。
※pixivに同タイトルの小説をあげています。少し内容修正しました。
終わりよければすべてよし、などと言うが。
自分の命が終わりを迎えるその瞬間、頭に浮かぶのは、ただただ「私は何がしたかったんだろう」といった、ぼんやりとした不安のような、後悔のような。
この結果は、果たしてそう呼べる人生だったのか。
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我ながら単純な理由で「非日常」に戻るのだなと、鞄の中のカスクートと、あの店員の顔を思い出して自嘲した。
「では明日、13時に」
七海は通話終了をタップし、スマートフォンの画面に浮かぶ「五条悟」と言う文字をじっと見る。今しがた電話越しに会話した彼は、突然の電話にもかかわらず数コールで応答し、嬉しそうにただ一言、待ってると七海に告げた。
(あの人のことだから、理由を聞くと思ったが)
少し予想外だなと、七海は思う。信頼はできるが尊敬のできないあの人は、自分が学舎を後にしてから何か変わったのだろうか。最後に顔を合わせた時、声をかけることを躊躇うほどに張り詰めた空気を漂わせ、その、氷のように美しく冷たい瞳と視線を交わらせた事を覚えている。世話になった礼を告げに来た七海を、興味なさげに上から下まで一瞥し、冷たい声で「またね」と言った。
(まさかな)
五条悟は完全に呪術界の人間であり、「こちら」の世界には来られない。彼はそれ以外を知らないし、知る必要もない。2つの世界の境界に存在する、現実と非現実の入り口のような人間だと七海は思っていた。だからこそ、高専関係者の連絡先は全て消去したにも関わらず、五条の連絡先だけは、消さずに残していたのかもしれない。あの世界に自分が戻っていく事を、彼は初めからわかっていたのだろうか。少しだけ寒気がした。
七海は、今度は別の人間の連絡先を見つけて電話をかける。数コールで応答したその軽薄な声に「辞めます。残りは有給の消化で対応をお願いします」と事務的に告げた。電話越しで慌てに慌てる上司に少し小気味良くなる。いつも迷惑をかけられていたのだ。最後くらい困らせたところで、バチは当たるまい。
そう思えば、五条は確かに迷惑な人間ではあるが、七海よりも絶対的に強者であり、あの世界において強さは力である以上、誰よりも信頼できるなと思った。反面、今の上司は尊敬も、ましてや信頼もできない。となると、五条の方がマシなのか?と七海は自問自答する。
「…どちらもクソです」
はぁ、とため息をついて、七海はスマートフォンを背広の胸ポケットに入れ、そのまま右手で目を覆った。先程から、視界の隅で何かが蠢き出している。
眼鏡を買いに行かなければならない。
●
「久しぶり〜!七海ってば老けたね!」
卒業以来足を踏み入れてこなかった学舎は、まるで時が止まったかのように代わり映えしていなかった。指定された応接室の場所も、数年ぶりとはいえ七海は全く迷うことなくたどり着ける。節々に感じる仄暗く、それでも輝いていたあの頃を思い出し、七海は少し胸が苦しくなった。ノックと共に返事を待たず扉を開けば、ソファに長い足を投げ出して横になった人物が片手を上げて迎え入れる。責めるほどでもない遅刻をせず、珍しく先に客人を待っていたようだが、開口一番失礼だった。
「あなたは胡散臭さだけが増しましたね、五条さん」
ため息をつきながら扉を閉め、五条が寝転がる向かいのソファに腰掛ける。五条はケラケラと笑いながら体を起こした。特徴的なその瞳は、かつてよく目にしたサングラスでは無く、白い包帯のようなもので覆われていた。
「いやお前の眼鏡の方が胡散臭いだろ」
帰ろうかな、と七海は思ったので、素直に口に出した。
「帰ります」
「嘘嘘、ごめんって冗談冗談!久しぶりに会えた後輩にテンション上がってんのよ」
「…はあ…」
「いやー、変わってなくてよかったよ。これで七海がパリピにでもなってたら、僕どうしていいかわからなかったし」
「貴方は、変わりましたね」
「ふふっ、七海からそう見えるなら、僕の努力の甲斐があったってことだね。今さぁ、先生してるんだ。だからちゃんとしようと思って、ちゃんとしてんのよ。偉いでショ」
「貴方が教職だなんて世も末です」
「ひっどーい!悟くんおこだぞ!」
「…疲れる…」
七海は再び、深くため息を吐く。学生時代からいつもそうだ。この男と会話するとペースが全て乱されるし、話が全く進まない。飲み込まれまいとすればするほど、この男は喜んで邪魔をする。五条悟とはそんな人間だったと、七海はどこか懐かしい感情を抱く自分が嫌になった。
「ため息ばっかりつくから老けるんじゃない?」
「…で、本題に入りませんか?有給使ってきてるんですよ私は。久々の休みなんです、一刻も早く帰って本の続きを読みたい」
「なんか、大人だね七海」
七海は割と我慢の限界だったが、この男にキレたところで何も変わらないと知っているため、唾を飲み込んで抑えた。大人である。
「じゃ、説明すると一度登録を消してるわけだから色々事務的な事が発生するのよ。この封筒の中の書類に目を通して、サインが必要なところにはサインする事。終わったら面倒だけど、また来週の木曜に高専まで持ってきてね。郵送は受け付けないから注意。事務室いけば伊地知がいるはずだから、確認してもらって。他に何か必要なことがあったらその時説明するはず。あとはまあ…僕も良くわかんないからその時伊地知に聞いてね」
真っ白で味気ないA3封筒を渡されて中身を覗けば、ぎっしりと詰まった書類の束。確かに事務的な処理は必要であるが、別にそれは五条がわざわざ説明する必要はないものである。何故、この男はわざわざ七海に会ったのか。
「書類については分かりました。来週伊地知くんに色々と確認させていただきます。それで、五条さんは何のために?」
「そりゃ、面談だよ。め、ん、だ、ん」
真面目な話をしようか、とふざけた男がいうものだから七海は茶化したくなったが、五条ではないので真面目に聞くことにした。きっとこれが五条だったら、ふざけていただろう。
「キミは、一度呪術界から距離を置いたよね」
「そうですね」
「僕はキミが戻ってきた理由に興味はないけど、こういう場合は一応確認しないといけないから聞いとくね。何で戻ろうとも思った?あのまま生活してりゃ、そこそこいい生活送れたんじゃない?」
「確かに、呪術師はクソです。それはここを去った時から変わっていない。でも…」
七海は語気を強めた。
「労働はもっとクソです。同じなら、より適性がある労働に従事した方が良いと思いました」
ただそれだけです。七海がそういえば、五条は腹を抱えて笑い転げた。
「おま、サイコー!なるほどなるほど、外の世界ってそんなにクソなの?呪術界より?」
「どっちもどっちです」
「そっかそっか。んで、七海は自分に呪術師の適性がある、と思ったわけね」
「そうですね」
「じゃあもう、逃げないね」
ぶわり、と鳥肌がたった。瞬間的に部屋の温度が下がったのを七海は感じる。ここで首を縦に振れば、きっともう、「こちらの世界」には戻れないだろう。腹の底から何か得体の知れないものにその魂を絡め取られる感触。背中を不愉快が這いずり回る感触。全てが、あの日捨てたはずの「あちらの世界」であった。昨日笑った友が明日には死んでる日常に、再び片足を突っ込んだ感触があった。そも、もしかしたら自分は、「あちら」と「こちら」の境界線を越えるか越えないかの位置で、今まで生きていたのかもしれない。だからきっと、「五条悟を忘れなかった」のだろう。
「逃げませんよ」
七海は静かに頷いた。ニンマリと満足げに笑った五条は、おかえり、と静かに呟いた。
●
「七海が帰ってきたよ」
「知ってる」
「情報が早いね」
自販機から吐き出されたブラックコーヒーを家入は手に取り、そのままベンチに座る。僕のは?と聞く五条に、ないよ、と答えれば、文句を言いながら自分で自販機に小銭を投入した。
「さっき挨拶に来てくれたもの」
「なるほど、さっすがサラリーマン。そういうとこちゃんとしてるねぇ」
「悟も見習ったほうがいいよ」
「やだよジジくさい」
パックのミルクティーを片手に、家入の横に並んで座る。
「戻ってくるだろうなとは思ったけど、案外早かったな」
「嬉しいんでしょ?」
「まあね」
「じゃあなんでそんなにイラついてるの」
家入は一口コーヒーを飲んだ。口の中に酸味と甘みが広がったため缶を確かめれば「微糖」の文字。無糖を選んだつもりだったので、少し顔を顰めた。
「別にぃ」
「何年一緒にいると思ってるんだ。今更私に隠すことなどないだろ」
「………硝子ってば男前だね」
「どーも」
眠気覚ましにはまずいほうがちょうど良いかと思い直し、家入はまた一口、珈琲を飲む。
「七海、戻ってきた理由なんて言ったと思う?」
「なんだろ、給料がもっと欲しくなったとか?」
「ブッブー。それがさ、同じクソなら、適性がある仕事についた方がマシだから、だって」
「へえ、七海らしいね」
「だろ?あいつさ、自分で呪術師の適性があること、よくわかってんの」
「…それが気に入らないの?」
五条はミルクティーのパックを両手で弄ぶ。クルクルと無意味に手のひらで回し、飲む気配はない。
「確かに、七海は呪術師としての適性はあるね。むしろ、あり過ぎるくらいだ。それもちゃんと、本人が自覚してる。その上で他を見て、自分の適性を再確認して戻ってきた。完璧すぎるだろ」
家入は黙って五条の話に耳を傾ける。
「僕は呪術師の世界しかしらないし、この世界以外の生き方なんて考えたこともなかった。そんな必要もないしね。でも、七海は選べる立場なわけだ。別に、死ぬ必要なんてない世界で生きていったっていい。しかもあいつは一度それを望んだ。それすら捨ててこの世界に戻ってきたってことは、もうほんとに戻れないところに自分から踏み込んでいくんだなって」
イカれてないとできやしないさ、と五条は呆れたように告げた。目隠しで目は見えないが、その口元はいつものような軽薄な笑みは浮かべていなかった。家入は、五条が不機嫌なのではなく、少し怒っているということにようやく気がついた。
「じゃあ、言ってやればよかったじゃん。やめとけって」
「僕が?やだよ、そんな義理ないし。むしろ、馬鹿だなぁって呆れてんだよ、ほんと。適性があるのと、最善の選択は別だって、なんで七海は気が付かないんだろうね。あれだけ辛い思いをして離れた世界に、何を思ったか自分から戻ってくるんだぜ?あいつ絶対マゾだわ」
「…口調戻ってるぞ」
「おっと、いけない」
「一般人に戻る七海が羨ましかったわけでもないんだろう」
「当たり前じゃん。そもそも、僕には呪術界で生きる事以外考えられないしね」
はあ、と家入はため息をつく。五条の愚痴は、まだまだ続きそうだ。
「戻ってきてくれた嬉しさ半分、折角安定した道を選んだのに死に場所探しにきやがってと憎さ半分ってとこか」
「かもね。いや、正直嬉しいよ?七海は強いし、仕事もできる。常識もある。模範的な呪術師だ。これ以上にない戦力増強って感じだし。でもさぁ、わざわざ死ぬような世界に戻って来ること無かったんだよ、ほんとに」
「まだ死ぬって決まったわけじゃないでしょ」
「少なくとも、サラリーマン七海よりは呪術師七海の寿命は短いだろ」
「まあそれはそうかもね」
「ていうか、あいつが僕の連絡先を消してないことも意外だったんだ」
「じゃあ連絡って、七海から直接?」
「そ。僕にね」
ようやく五条は紙パックを弄ぶのをやめてストローを突き刺した。
「誰も連絡つかないと思ってたよ」
「でしょ?それが僕に連絡してきたんだよ」
ズズ、とミルクティーを飲み干す五条を横目に、家入は高専時代の七海を思い出していた。少なくとも、五条の事は苦手そうにしていた記憶しかなかった。それが、まさか連絡先を消していなかったとは。
「なんだかんだ、七海は悟を信頼してたもんな、そういえば」
「そうなの?」
「好かれてたわけじゃないよ」
「僕は可愛がってたけど」
「迷惑がってた記憶しかない」
「いやよいやよも好きのうちっていうから多分それ」
飲み終わった空のパックを、五条はゴミ箱に投げ入れた。パックは綺麗な放物線を描いて、ゴミ箱の中に落ちる。
「そろそろ伊地知が待ちくたびれてるだろうから行くね」
「今から任務?」
「そ」
「私今日は飲みに行くから怪我して帰ってきても知らないからな」
「僕が怪我すると思う?」
「すればいいのになとは思う」
「酷い!まあ僕最強だから怪我しないんだけど」
じゃあね、と手を振って去っていく同級生の背中を、家入は静かに手を振って見送る。喋るだけしゃべってスッキリしたのだろう。伊地知に八つ当たりする事はなさそうだ。ふと、家入は、七海が一般人に戻ると告げた日のことを思い出す。非呪術師の家庭出身者が呪術界に馴染めず去っていく事は割とよくあるので、誰も引き止めなかった。それに、灰原の事もあったので余計に誰も、七海を引き止める事はなかった。高専を去る日も余計な事は言わず、「元気で」と声をかけたのを覚えている。誰もが、もう戻ってこないと思っていた。ああ、でも。
(五条だけは、またねって言ってたかも)
彼が何を思ってそう言ったのかは知らないが、本当は引き留めたかったのかもしれないなと、家入は思った。親友の悩みにも、後輩の変化にも気がつけなかった事。彼は失った後で酷く後悔していたのを、家入だけは知っていた。そう思えば、彼の口から出た別れの言葉は無意識の"呪い"だったのだろうか。
(戻ってくる、とは思っていたみたいだけど。なんであの男は、もっと素直にならないんだろうね)
家入はまた一口、缶に口をつける。
「まっず」
中途半端な甘さほど、余計なものはないと思った。
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───2018年10月31日 渋谷
嗚呼、これは死ぬな。
半身焼け爛れてるのかなんなのかもわからない状況であの特級呪霊に勝てると思うほど、馬鹿ではない。
それにしても。
五条さん、貴方なに封印されてるんですか。
最強の癖に、爪が甘いんですよ。
一般社会じゃ生きていけないですよ。
信頼してるんだから、さっさと封印くらいなんとかしてくださいよ。
貴方には死ぬ前に、山ほど言いたいことがあったのに。
………疲れたな。
別に後悔もしていないし、死への恐怖も何もない。あるのは、「結局これでよかったのか」なんて、自分への陳腐な自問自答だった。
やり甲斐、まあ確かにそれはそうだ。
適性もまあ、そうなんだけれども。
「…いたんですか」
「いたよ、ずっとね」
この呪霊はよく喋る。
何か言ってるが、もう頭に入ってこない。
結局、私は何がしたかったのだろうな。
灰原なら、「次に繋ぐため」だなんて言うのだろうか。
でもそれは、生き残る側への足枷でしかない。
わかってるのにな、わかってるのに。
逃げて、逃げたけど、ずっと何処かで死の匂いを探していた。
あのまま穏やかに生きていく事はもう出来ないと、この世界を知った時からわかっていたのかもしれない。
どちらの結末が幸せなのかはわからない。
でも、戻ってきてよかったと、今は思う自分がいる。
嗚呼、もう私は死ぬな。
虎杖くん、すみません。大人なのに守ってあげられなかった。
いや、大人は子供より先に死ぬので、自然の摂理なのかも知れませんが。
「ナナミン!」
最後の最後で、何故君はここに来てしまうのか。
灰原、それはダメなんだ。死の直前に残す言葉は"呪い"になるなんて、常識じゃないか。
「虎杖くん」
だめだ
"それが最善ではないとわかっているのに"何故か、その"1番よくない"選択肢を選んでしまう自分がいた。
「後は頼みます」
これでよかったのだろうか。
一応、笑顔は浮かべてみたけれど。