カメラ良し、マイク良し、パソコンも準備OK。
初回でやるのは歌配信。顔出しはまだしない。まずはミスティア衣装をそのまま身につけ、様子見で首から下だけを映して配信しようと思う。コスプレ系の歌い手としてデビューするのだ。
ライブ配信が始まるまで後一分。ネットで適当に買った安い機材に囲まれながら正座で待つ。
やはり緊張するものだ。今回は顔出しせずに配信するとはいえ、注目されるのはなれていない。声を張ってきちんと歌えるだろうか。私の歌を聞いてもらえるだろうか。
不安を抱えながら、初めてのライブ配信が始まる。配信者としての幕が上げられたのだ。
しかし来客者の数値はゼロを示している。
「……ま、分かってたよ。初配信だし、誰も来てないよね」
誰か来るまで待つのは暇だし、リハーサルとして一曲歌ってみようかな。肩慣らしをしておいて万全の態勢で挑みたいし。
マイクに向かってから大きく深呼吸をする。配信で初めて歌うのだから、たとえ見てくれる人が居なくても全力でスタートダッシュを決めるのだ。
「~~♪」
歌う曲はみすちーのテーマ曲のvocalアレンジ。私がアレンジしたものだ。まだ音作りが途中のためBGMのないアカペラではあるが、そこはしょうがない。だがアカペラではあるものの、
歌を作るのはこれが初めて。東方の原曲をかけながら歌詞を書き始めるも、筆が進まず悩んでいた。なにも思い浮かばなくて書けないというわけではない。次から次へとアイディアが湧いてきて、取捨選択に時間がかかったのだ。それでも丸一日で書き上げることができるみすちーの才能には驚かされた。ただ音作りは慣れてなかったのか、そこは順当に時間がかかっている。
「──!♪」
これは自分のためだけの歌じゃない。初めて外に向けて発信する記念すべき歌だ。そう思うとテンションが上がり歌声もボリュームアップする。そろそろ歌も半分の折り返し地点に差し掛かろうとするところから、歌詞にはないアドリブが混じりはじめる。だんだんと激しい曲調にヒートアップしていく。
折角編集した歌詞もその場のテンションでバラバラになっている。音楽も完成しておらずBGMはない。だがこの曲は今が一番輝いている。そう心から感じる。
嗚呼、楽しい。
目を閉じて、歌うことに集中する。配信も忘れてただ歌うことに夢中になる。もう歌しかきこえない。
一曲目を歌い終わり、そのまま二曲目へと移行する。もはや全てがアドリブになっていた。その場で新しい歌を、リズムを、メロディを作っていく。頭に思い浮かべた要素をパズルのように組み立て歌詞を繋げていく。頭の中で音楽が勝手に再生される。その音楽の音量に負けないようにと、私の歌はさらに大きく、洗練されていく。
きっと、この瞬間、私の顔を鏡でみたら、今までの人生で一番生き生きとした表情が映っているのだろう。楽しい。ただただ楽しい。
ぴょんぴょんと跳ねる羽も、こころなしかいつもより活力に漲っているように感じる。
楽しい。だが、そう思いつつも心の中に小さな影ができる。はたしてこの感情を受けとる相手は自分でいいのだろうか。ミスティアの歌で、ミスティアのやりたいことで、たまたま
たしかに私はミスティアだ。僕は死んだんだ。でもどこか、自分が偽物だと俯瞰して考える私がいる。本物のミスティアは楽しんでいるのだろうか。確かめる術を私は持っていない。だって私がミスティアなのだから。ただ行き場のない罪悪感が私を蝕む。
そんな悲観的な考えをしているのに、一番感情に出やすかった筈の羽が活力を失わずバタバタと小さく羽ばたいている。
それがまるで、私を激励しているように感じた。自分の身体の一部だっていうのに、不思議な話だ。防衛機構が働いて、自分の都合の良いように受け取ってしまうようになっているのかもしれない。そこまで精神的に追い詰められてるわけではないが、そうに違いない。ね、フロイトさん。
そんなネガティブな考えにも、やはり羽は反応を示さず、変わらず大きく広がっている。
そうだね……気軽に楽観視していこう。そう決めたのは私自身だ。
誰かにこの楽しさを共有しよう。私の歌で、私自身も、私以外の誰かにも、なるべく多くの人に楽しいと感じてもらおう。本物も偽物も関係なく、みんなが同じポジティブな気持ちになれるように、配信を通じて、見てくれるみんなを楽しませよう。
……あぁ、そうだよ今まさに配信しているところじゃないか。
いつの間にか三曲歌っていたようで、画面を見ると、なんと来客者が十三人になっていた。
コメ欄には初見。わこつ。などのコメントが並んでいる。私の歌を誉めてくれているコメントもいくつかある。全て無視する形になってしまったのが心苦しい。
「あ、ごめんね。歌に夢中になってたよ」
『8888888』
『お、反応した』
『あれ、歌だけの配信だと思ってた』
『夢中になっててコメントに気がついてなかったのかwww』
「歌だけの配信だよ。リクエスト式で歌っていこうと思ってたけど、リハーサルのつもりが熱唱しちゃった」
『草』
『いい歌だったよ』
『聞いたことない歌だけどオリジナル?』
『東方のアレンジだな』
『服装的にもそうだよな』
「うん、みすちーのコスプレとテーマ曲アレンジ。自作だよ」
アレンジはまごうことなき自作だ。しかし、みすちーの衣装についても、これは自作なんだと言うしかない。コスプレどころか本物の一張羅だ。売っているわけもないし、そこを言及されたら何も言えないからだ。
『え、どっちも?』
『レベルたけー』
『アカペラなのに鳥肌たったわ』
『↑雀だけに?』
『【審議中】 ( ´・ω・)( ´・ω・)(・ω・`)(・ω・` )』
『↑うーん否決w』
『羽とかめっちゃリアルじゃん』
『めっさ動くやん』
『コスプレの範疇越えてない?』
『実際はえてるんじゃねw』
『まじか、天使だったか』
やはり、羽は目立つか。この反応を見るとあまりのリアルさに訝しむ人と、あくまで作り物だと割りきっている人で分かれているようだ。だが、さすがに羽がリアルでも、本物のミスティアだと判る人はいないか。これなら適当に流しても大丈夫そうだ。
「まぁ、羽はめっちゃ頑張って作ったってことで、次の曲に行こう。なにかリクエストない?」
『レミリアのコスプレ』
『じゃあフランのコスプレで』
『ならば射命丸』
『したらば俺はきめぇ丸』
『↑お前がきめぇ丸だったのか』
『日本語ムズカしいネ』
『顔出しして♥️』
本物だとは思われてないものの、凄腕の羽職人かなんかだと思われているらしい。リクエストされたって私には作れるはずがない。だって嘘なんだから。
「曲のリクエストだってば。コスプレはみすちーしかやらないよ」
『えー』
『なんでや!』
『コスチュームでプレイしようや』
『↑きめぇ!』
『顔出しして♥️』
「お金がないの。配信機材揃えたせいで最近もやししか食べてないし」
そう、配信機材は意外と高かった。安物を買ったといっても、パソコンも買い換えたせいで、十五万円、用意できるギリギリのお金がほとんどぶっ飛んでしまった。
『あ……(察し)』
『かなしいなぁ……』
『投げ銭させろ』
『顔出しして♥️』
『↑顔出し提案ニキしつこいと嫌われるぞ』
『↑♥️だけ赤くて鬱陶しいわ!』
「そんな要求されなくても、配信に慣れてきたらするつもりだよ、顔出し」
『やったぜ』
『マジか』
『見たいような見たくないような』
『夢が壊れる可能性もなきにしもあらず。俺は歌声だけ聞いてるぞ!』
「安心して、美少女だよ。こころして待つといい」
『ほんとぉ?(懐疑)』
『自分で言うか~?』
『美少女(自称)は当てになんねぇ』
『↑いやここまで自信満々なのは逆に本当の可能性が素レ存』
『↑微粒子じゃなくて素粒子なのかよ……』
こいつら……好き勝手言いやがってからに、顔出しした時覚えてろよ。
「外見はどうでもいいんだよ。歌わせろ」
『正体表したね』
『イラついてんねぇ!』
『羽、震えてますよw』
『ちゃんとキャラ守ってホラ』
『距離感が男友達みたいだなお前ら』
「……リクエストは?」
♪♪♪
結局この後もリクエストはなく、雑談だけで終わってしまった。さっきまで配信を見てくれるみんなを楽しませたいと思っていたのに、急激に冷めてしまった。いや、いかんいかん。自分をしっかり持て、私。たしかにこのやり取りはイラつきはしたものの、同時に楽しくもあった。視聴者のみんなだって、きっと楽しんでくれたからこそ今の距離感でコメントしていたのだろう。そう思えばむしろ視聴者が可愛らしく見えてくるはずだ。……ごめんやっぱ無理だわ。
最終的に視聴者は三十人まで伸びていた。初回からこの人数ならなかなかのものだ。この調子でコツコツ頑張っていこう。コツコツと同時にガツガツと行かなければ。早めに収益化や投げ銭機能を解禁されないと、もやしすら底をついてしまう。そうなれば土木のバイトで稼ぐしかない。なんとかそれだけは回避せねば。
取り敢えず食べていける分を稼いで貧乏脱却が小目標だ。中目標が五十万円を稼ぎ屋台を経営することだ。それが大目標じゃないのかって? いや、それは今回の配信で更新された。
大目標は私が夜雀として、ミスティアとして胸を張って生きていくことだ。あの日、ミスティアになった日に、過去の自分とは決別したつもりだった。しかし私は自分で思っていたよりもネガティブだったようで、ミスティアとして生きていくことに罪悪感を感じている。久しぶりの楽しいという気持ちに臆病になっている。だから大目標にしたんだ。存分に、心の底から、やりたいことを、楽しいことをするために。
なるべく早く私がなるべくして夜雀になったと胸を張って生きられるようにするんだ。
……ダジャレだけは胸を張れないな。
行き当たりばったりで展開考えるのツラいなぁ。ストック作っとけば良かった……。