窓越しから聴こえてくる騒音がやっと鳴り止んだ。終電の時間だ。バイトも大学も辞めた今、この強引な目覚ましはただの厄介者である。ずっと家に籠りっぱなしのため、早朝から深夜までの強制スヌーズ機能が耳に残る。
せっかくほぼ無職状態のホワイト自営業に転職したというのに、サラリーマンと同じように電車に苦しめられている。今日はぐっすりと寝ようと思ってたが、まさかここまでうるさいとは思わなかった。目が冴えて仕方ない。そりゃ家賃も安いはずだ。
なので今日は気分をスッキリさせるべく、散歩をしようと思う。ミスティアの服装で、夜の街を出歩くことにする。なぜわざわざその格好で? と疑問に思うかもしれない。別に深い理由はない。ただ一回、夜の街でやってみたかったことがあるので、それを動画のネタにして投稿したい。なのでこの服装なのだ。まぁ、ほかに持っている服がみんなダボダボで歩きづらいというのもあるのだが。
「ふふ、初めての夜遊びだ」
ドキドキするなぁ。七時以降に遊び歩くなんて今までなかった。小学生までは門限で、中学生からはバイトで時間なんてなかった。ミスティアになって初めての外出ということもあり、変な緊張感と興奮で心臓が高鳴っている。胸に手を当てて深呼吸をする。落ち着かない気持ちを引き締めて、カメラなどの道具を持ちいざ外出。
「これは小さな一歩だが、自分にとっては大きな魅惑だ」
夜の街には危険な魅力がいっぱい。慣れない刺激にハマって火傷してしまわなければいいが。
♪♪♪
季節は夏、熱が籠った体に冷たい夜風が気持ちいい。満月の光がそそぐ夜道を、私は鼻歌を歌いながら練り歩く。
通りかかった大通りの真ん中を堂々と歩く。話し声や車のエンジン音など、昼間には生活の音で満たされていた大通りは、すっかり様子が様変わりし、静まりかえった街並みとなっている。
草木も眠るド深夜に、聞こえる音は鼻歌と足音のみ。人の気配が感じられない、まさに人ならざる者の時間。夜を廻り活動しているのは、この瞬間、街頭に群がる羽虫たちと、妖怪だけだ。
ここが目的地というわけではないが、歩みを止める。ちょっと思い付いたことがあるので、それもついで撮影してみよう。
ライトが下向きの街頭を見上げる。円錐形に延びる光が私を包む。街頭には蛾などの羽虫たちが群がっており、このままだと撮影に映えないだろう。なので私は羽虫たちにお願いし、彼らのスポットライトを間借りする。
夜雀の姿は雀であると同時に、蛾の姿であると伝えられている。羽虫たちとの意志疎通もわけないことだ。カメラに背を向けて準備OK。そのまま私は直立しながらゆっくりと宙に浮いた。
「UFOに拐われる人~」
ふふふ、満足。空を飛べたらやりたいことナンバーワン、キャトルミューティレーションごっこ。幼稚園児の頃に妄想していたことが現実になったのだ。
文字通り浮き足だった私は夜の街で妖しく笑う。目的地への足取りは軽いものだ。だって実際に浮いているのだもの。
深夜特有の薄気味悪い雰囲気が、今の私に心地よい。きっとこれは妖怪の本能なのだろう。今宵は満月。それもあって今の気分は爽快だ。散歩で気分をスッキリさせるという目的は達成できたが、まだまだ夜を満喫するのだ。
閑静な住宅街を通る。眠らない街である都会と違い、穏やかな時間が流れ、気ままに眠るのがこの街だ。こういう街の夜が心地よいと感じるのなら、人の気配が絶えない都会は、妖怪たちにとってそれはそれは居心地悪いものなのだろう。夜の神秘性が失われた現代で、妖怪たちが勢力を失ってしまう理由がよく分かる。
「ふんふーん♪」
静寂の中に鼻歌がよく響く。ここらで一曲歌いたい衝動に駆られるが、常識人としてのなけなしの理性でなんとか口をつぐむ。
上機嫌で向かう先は公園だ。最近の世情で遊具がほとんど撤去され、ベンチや水のみ場くらいしかない寂れた公園だ。ちっちゃい頃はよく遊んでいたが、もはやその頃の面影はなくなっている。懐かしさ、郷愁、ノスタルジー。言い様のない感覚に苛まれるが、今抱いているのはこれらの感情なのだろうか。
この公園で、これから始めるのは火遊びだ。火でこの公園の夜のとばりをズタズタに切り裂いてしまうのだ。火遊びは人を引き寄せる危険な魅力が秘められている。かくいう私も火に入る夏の虫の如く、その魅力に引き寄せられた一人。一度も使ったことのない、新品ながらに古いライターを手にし、不敵に笑う。カメラをセット、持参したバケツに水を入れ、準備完了。
ライター片手に目標に引火させる。先端の紙製の導火線が火薬に燃え移り、右手に携えた棒が火を吹いた。
赤い火のシャワーが輝かしい。
やっぱり楽しいな、花火は。
火傷をしないように振り回し、黒のキャンバスに光で絵を描いていく。
もう一本、手持ち花火を袋から取り出して、吹き出す火花を近づけ燃え移らせる。二刀流だ。
もやし生活のくせに花火は買うのかと、非難が飛んできそうであるが、動画のネタ探しもあったので、これは必要経費だ。もしやもやしは嘘じゃないかと思うかとしれないが、本当にもやしだけだ。もしや、もやしは。……うん。
花火は小学生の頃にやって以来だったし、久しぶりにできて嬉しい。まるで童心に還ったようだ。
一本目の発火が終わり、続いて二本目も消えてしまう。バケツに燃えかすを投げ入れる。さらにもう一本とりだし、またライターでつけようとする。おっといけない、花火を使って実践してみたいことがあったのを忘れていた。買ってきた花火セットは小さいもの。この調子で遊んでいたらすぐに無くなってしまう。早めにやっとくことにしよう。
カメラをベンチに置き、タイマーをセットする。それだけでは不十分、この撮影方法は、一人だとなかなか撮るのが難しい。なのでそこらの羽虫に協力してもらい、手伝って貰うことにする。塊になった虫たちに、ボタンを押してほしいとお願いする。シャッターを開けっ放しにしてもらい、準備が完了する。
手持ち花火を両手に持ち、点火。横、縦、縦、斜め、縦。出来るだけ一直線に、一筆書きでカメラに向かって振って行く。シャッターが切られた。
点火した花火で一頻り遊んでから、できた写真を見るためカメラをチェックする。その写真には、光で作られたTNTNの文字が浮き出ていた。成功だ。
花火文字、一度はやってみたかったんだ。この写真は、動画のサムネイルにでも使おうかな。
これだけでは動画として盛り上がりにかけるし、残った花火を盛大に使って、編集で、完成した私の歌をBGMとしてながしてみよう。
手持ち花火、吹き出し花火を使い、動画の撮影を開始する。さらに多くの羽虫たちを呼び、カメラマンとしての協力を仰ぐ。噴水のように吹き出す花火をバックに、手持ち花火を片手に、空中浮遊を取り入れ、アクロバティックに動き回る。縦横無尽に飛び回る羽虫カメラマンたちのカメラワークが光る。
そんなこんなで花火をすぐに使いきってしまう。少々派手に使いすぎてしまったようだ。
「あ、そうだ。弾幕使ってみよう」
色とりどりな花火を見て思い付いた。ドカンと一発、空に向かって弾幕花火を打ち上げるのだ。
腕を空へ掲げ、手のひらから無数の弾幕を打ち出す。赤、紫、青、緑。色鮮やかな光球が、夜空一面を照らし出す。散らばった弾幕が中心に集まり、一点になったとき、弾幕同士がぶつかり合い弾けた。光輝く残滓が花びらの如く散っていく。一尺玉にも劣らない、それは見事な花火が打ちあがった。
「やば、やり過ぎたかも」
そんな花火が打ち上がったのだ。激しい閃光はもちろんのこと、爆発音もそれなりに響いている。近隣住民は何事かとびっくりして飛び起きるに違いない。事実、辺りの家の電気が次々と付き始まる。静かな街の眠りを妨げてしまった。何やっているんだ、私は。騒音の気晴らしに騒音問題を起こしてしまうなんて……。
騒ぎになる前に、私はその場から飛び立った。
「最後に線香花火やりたかったのに~」
後悔先に立たず。私は家まで逃げ出した。
♪♪♪
自分の家のベランダに降り立つ。初めての長距離飛行を終え、ふぅと一息ついた。まったくもう、考えなしにも程がある。近隣にも迷惑をかけてしまった。童心に戻りすぎだ。ため息を付きながら、引戸を開けて部屋に戻る。
「……楽しかったことには変わりないけど」
ドキドキする。恐怖とか不安でではない。あんな事態引き起こしておいて、楽しい、だなんてプラスの感情でドキドキしてしまっている。
「これじゃ迷惑系じゃないか」
私の動画はあくまで健全に、合法でやるつもりだ。これからはちゃんと考えて行動しなくては。ふと時計を見ると時間は未明。いつも通りの就寝時間だ。この悪しき生活習慣は直さなくてはな。
もういい時間だ。反省会は次の機会。今回の失敗を次に活かすため、たとえ鳥頭だとしても、この出来事は忘れないようにしなくては。程よく身体も疲れて良い塩梅。今日はもう寝よう。
動画の編集をどうこうするかも明日考えよう。どうこうして
……うん。急に眠気が襲ってきた。最高の睡眠導入剤だな。
季節感あるなぁ