今日から僕は夜雀(偽物)です   作:清水岩マミズオ

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七割フツフツもーまんたい

 雀が飛べる高度は30メートルが限界らしい。更に云えば、そこまでの高度で飛ぶ必要がないので、その半分、15メートル程度が普段の雀の制空権だ。本気を出す機会がなく、出したところで程度が知れている。まるで以前の私のようだ。

 

 窓枠に留まった雀たちとちょっとした合唱をしながら、そんな事を考える。

 

 キィーッと甲高い、金属が擦れる音が響く。驚いてしまった雀たちが一斉に飛び去ってしまう。私は窓枠に頬杖をつき、ろくに乗客も乗せずに出発する電車を恨めしく見つめる。

 窓から寂れた駅と、どんよりとした空を眺める。今日は曇り。天気予報でいえば晴れらしいのだが、ほとんどの人の感覚からすれば曇りだろう。空が八割の雲で覆われていても晴れ、というあまりにも広い定義に辟易する。せめて七割、体感では残り三割の方が多く感じる不思議な数字である七割にしてくれた方がまだ納得できるものだ。

 空を眺めていると、遠目に電車の騒音から逃げた雀が目に入る。なんともフットワークが軽いものだ。同じ雀の私は逃げられずにいるというのにね。あの雀はきっと地上15メートルの空を体感しているのだろう。私は0メートル。良く言えば、しっかりと地に足がついた堅実な雀だ。悪く言えば、本気を出す以前に行動すらしていない雀だ。"夜"雀というだけあって、私は夜にしか飛べない羽虫だな。

 自由に空を飛んでいる雀を見て、夜にしか飛んだことのない自分を自虐する。悲観するのはもはや日常である。穏やかな午前に、空を眺めながら物思いにふける。これはこれでちょっとした幸せを感じる。

 緩い空気が包む部屋の中、私は頬杖をし続けながらボケーとしている。貧乏暇なしとは言うが、今の私は暇をもて余している。自分で言うのもなんだが、なんともお気楽なものだ。

 

 空を見ていると、私の羽が羽ばたき始めた。

 

 本日は吉日のようだ。飛んでみるとしようか。

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 雀百まで踊り忘れず、と言うが、ミスティアとして生きた記憶が無くても"忘れず"とは不思議なものだ。あの夜もそうだったが、飛ぶことに何の違和感も疑問も感じない。もともと高所恐怖症の気はないが、何の命綱もない状態であれば、常人なら足くらいすくむものだろう。しかしその忌避感がない。それが当然のように受け入れられている。どういう理屈か知らないが有り難いものだ。

 綿菓子のような雲に全身を突っ込んで、湿った空気を肌で感じる。下層雲を突き抜けフライアウェイ。雀は30メートルまで、しかし私は妖怪なので論外の模様。少なくとも雲を突っ切るくらいの高度は飛べるらしい。この高度なら気を付ける程ではないのだけど、バードストライクの可能性も頭に入れておこう。あくまで頭に入れておくだけだ。本当に気を付けるべきものが他にある。人の目だ。

 雲に隠れながら目的地へと向かう。ちょうど良く今日は曇り(当社比)なのだから、これを使わない手はない。雲が無いときは身体の周りに弾幕を展開して目眩ましだ。これでUFOだとは思われども、みすちーだとは感づかれないだろう。

 正体不明の妖怪から御株を奪っているような気もするが、これも私の保身のため。許せぬえちゃん。

 

 向かうのは二つ県を超えた先の商店街。そこに安い八百屋があるという情報が手に入ったので向かっている。へたに近くの商店街にいけば身バレの危険性もあるし、防止のためにも、財布のためにも、遠くの商店街まで向かうのだ。

 ミスティアになってからは、もやしはネットスーパーで買っていた。だが、やはり無駄にお金がかかってしまい、そこで私のもったいない精神が発動してしまった。

 今までならわざわざ向かうのは交通費の無駄だと通うことはなかっただろう。しかし今は飛べるようになったので無問題(もーまんたい)だ。疲れるには疲れるが、そんなのは些細な問題だ。たまにはもやし以外の野菜も食べたいし、そのくらいは頑張らなくては。

 

 人気の無さそうな裏路地に着陸し、マスクを着用し表通りに出ていく。格好はもちろんミスティアスタイル。羽も露になっている。どうせこれからは様々な都道府県を転々と飛んで行くのだ。飛べるなんて誰も予想できないし、どこに行くにも予想されない。追いかけられても撒くことは造作もないことだ。身バレの可能性は無いに等しい……ハズだ。

 

 賑やか、というには少々物寂しい商店街だ。人通りは平日の昼間ということもあるが、疎らに降りたシャッターが"寂れ"を演出させる。今時はどこでもコンビニがある。車を走らせればショッピングモールだってすぐに行ける。わざわざ一つ一つの店を回る必要がなくなっているのだろう。これも時代なのだろか。いつか幻想郷で福引券を集めてガラポンを回す日も近いかもしれない。

 

 すれ違う人の目が私に集まるのが分かる。妖怪になって感覚が鋭くなったからか、何人かがこっそり私をスマホで撮っているのも分かってしまう。それはマナー違反だ。まぁ、コスプレという体で訪れているのだ。予想は出来てたし、いちいち相手をしていたらキリがない。その程度は甘んじて受け入れよう。

 目的の八百屋を見つけたので中に入る。小さなお店なので、羽が少し邪魔になっている。頑固そうな八百屋のおじさんも少し顔をしかめている。迷惑になってはいけないし、少し羽を縮こめて対応する。少しはマシになっただろう。

 

「もやしくださいな」

「悪いがもやしは置いてねぇよ」

 

 おっと、今日買うのはもやしではないが、つい口に出してしまった。買う予定のものは、白菜、ねぎ、春菊、えのきだ。このラインナップから分かる通り、今日の晩ごはんは鍋だ。

 実は前回の配信からチャンネルの登録者が増えはじめて、とうとう千人を突破したのだ。これで投げ銭機能や広告が解禁できるようになったので、やっと生活費の当てにできるようになったのだ。まぁ、皆が投げてくれる保証はないのだけど、お祝いや景気付けとして鍋にするのだ。

 

「これくださーい」

「あいよ」

 

 お金を渡して、野菜を纏めてくれた袋を手に取る。

 

「あれ? おじさん。ほうれん草とトマトは買ってないよ?」

「サービスだ。持ってけ」

「でも……」

「ちゃんと栄養取れよ。苦手でも食え」

 

 まるで私がもやし生活をしていることを見透かしているかのような口振りだ。マスクもしているし、見えているのは目元だけ。顔色の悪さから予測したって訳じゃなさそうだ。もしかして、野菜に携わる者としての勘なのだろうか。 

 

「……うん、ありがとう!」

「おう、今度は顔見せてくれよな」

 

 それは、今度ここに来た時の話だよね? そうなんだよな? もしかしてリスナーだったりしないよね?

 自意識過剰だぞ、私。こんな底辺配信者を知ってるわけ無いだろう。脳裏を過った疑念を振り払い。素直な気持ちでおじさんに感謝することにしよう。

 

 袋を左手に引っ提げて、おじさんに手を振ってその場を後にする。次に行くのは肉屋だ。そう、肉屋だ。今夜は景気付けの鍋。久しぶりに肉を食べられるのだ。

 八百屋から少し歩いたところにあった肉屋で足を止める。美味しそうな匂いについ立ち止まってしまった。このジューシーな匂いは、コロッケだろうか。商店街を一通り見てからどこで買おうか決める予定だったのだが、匂いに抗えない。釣られてフラっと立ち寄ってしまう。

 

「え? あ、あら、いらっしゃい」

「あの、コロッケ一つと豚の細切れ肉ください」

 

 コロッケがおいしい肉屋は良い肉屋だ。勝手な持論で、匂いに釣られた言い訳にしか聞こえないだろうが、わりと的を射ていると私は思う。肉の調理が良い店は肉の扱いも良い。そんな安易なイメージで勝手に言っているだけなのだが。

 

「はいよ、揚げたてだから気を付けてね~」

 

 細切れ肉と一緒にもらい、肉屋のおばさんにお礼を言って立ち去る。最初は困惑していたおばさんだが、すぐに調子を戻したようだ。接客のプロだな。見た目に反して私の中身が庶民的だったのも作用しているのだろうか。まぁなんにせよ、ラッキーなことに受け取ったコロッケは揚げたてだというのでこのまま食べ歩く。

 

「……おいしいなぁ」

 

 久しぶりのたんぱく質が身体に染み渡る。一口一口を味わって食べていく。サクサクの衣は味覚だけでなく聴覚にまでその旨さを訴えかけてくる。荒く挽かれた肉の、庶民的ながらに贅沢な食感と、甘く炒められたタマネギの良い食感が絶妙なハーモニーを生み出す。火傷しそうなくらい熱々な肉汁が溢れだし、口の中が旨味で満たされる。昔ながらのシンプルなコロッケだからこそ味わえる絶品だ。

 

「やっぱり当たりの店だったな」

 

 これは今夜の鍋も期待できそうだ。

 

 買い物はこれで終わり。後は帰るだけなんだけど……。

 

「さっきから等間隔で着いてきてるよなぁ」

 

 どうやら現在進行形でストーカー被害に遭っているようだ。人影が電柱や看板に隠れて私を追ってきている。初めての経験なのでどうすればいいのか分からない。

 とりあえず気づかないフリをして、コロッケを食べながら商店街をぶらついていたのだが、もうコロッケは食べ終わったし、鍋の下ごしらえもあるし帰りたい。

 考えすぎは良くない。考えなさすぎも良くない。()(ミスティア)の性格をちょうど足して二で割れたらいいのに。……そうだ、私以外を参考にしてみよう。頭に浮かんだのは今朝の雀、あの雀たちのフットワークを真似してみたい。

 私は意を決し、勢い良く走り始める。幸いなことに人は疎らで走りやすい。急なダッシュにストーカーは慌てたようで、急いで私の後を追う。もはや自分の姿を隠してもない。スカートを履いている。女の子のようだ。たとえ女の子であっても、ガチ目の尾行をするような不審者とは関わりたくない。このまま逃げ切らせてもらう。

 店と店の隙間に急カーブで入り込み、一気に飛び上がる。そして屋上に着地する。気分はグレートサイヤマン。彼女はビーデルさんといったところか。髪型もちょっとだけ似てるし。

 屋上から見下ろして様子を見てみる。入ってきた彼女は驚いた様子で辺りを見渡している。続く道がないのだ、そりゃあそうもなる。彼女は着けていたメガネをかけ直して、またキョロキョロと見渡している。どうやら完全に撒けたようだ。

 

 ふぅ、ちゃんと逃げることが出来た。私もやればできるじゃないか。普通の雀の15メートル分の頑張りはしただろう。堅実なだけの雀じゃない。フットワークの軽さはそこらの鳥には負けない自信がある。もう夜だけの雀じゃないぞ。

 フットワークの自信が沸々と湧いてきた。

 

 フットワーク、の自信が沸々(フツフツ)()湧く(ワク)。……うん、なにも問題はない。無問題(もーまんたい)でしょ? 

 

 

 

 




すみません。リアルの方が忙しく、全く投稿できませんでした。

19連勤ってなんだよ……ちくしょー。

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