【完結】米ソ異世界代理戦争――1946年・大日本帝国陸海軍最後の戦い―― 作:河畑濤士
肉片と土くれの混淆(こんこう)物が柱の如く立ち上がり、次々と血肉の水風船が破裂し、小便と脳漿と血液が混淆した液体が辺り一面にぶち撒けられていく。
爆風に薙ぎ倒される人垣。転倒した彼らの身体には、無数の破片が突き刺さっている。頭部を貫かれて即死した者もいれば、苦悶の表情を浮かべたまま辛うじて生きているような者もいる。
クラウヴィア公爵軍はエルマ村まで2000メートルほどの距離に達したところで、その組織的戦闘力を永久に喪失した。
戦列歩兵を先導する下士官達が斃れ、降り注ぐ弾雨が密集陣形を薙ぎ倒すと、もはやそこに指揮系統は残らない。
残ったものと言えば、右往左往する数千の遊兵のみ。
「何をしているか!? 早くこちらも反撃して、敵砲兵を黙らせよ!」
戦陣の中にいたクラウヴィア公は、焦って左右に指示を出した。
指示というよりは、難詰に近い。
このとき彼は戦列歩兵の背後、エルマ村東方約3000メートルの位置にいた。
当初、王国軍教導団が砲撃を実施しなかったため、勝手に勝ち戦だと勘違いし、高級貴族の最高指揮官としてはありえないほど前に出て来ていたのである。
それが、命取りとなった。
砲兵教導連隊の機動九〇式75mm野砲が放った一弾が、クラウヴィア公の真正面に落着した。
瞬間、周囲に居合わせた人生が消え失せた。
超高速の爆風はクラウヴィア公を虚空に吹き飛ばし、無数の破片が彼の顔面を突き破り、その頭脳と頭蓋骨を完全に破壊した。
それだけにとどまらない。
空中を舞った彼の身体はその強力な衝撃波に耐えきれず、四散して地に墜ちた。
周囲の士官達も同様である。五体の損壊具合こそ違えども、みなことごとく絶命した。
こうしてクラウヴィア公爵軍は何事も為すことなく壊走の憂き目に遭った。
しかしながら、王国軍教導団の戦闘はこれに留まらなかった。
クラウヴィア公爵軍に続いて、エルマ村に押し寄せる諸侯の軍勢が次々と先制攻撃を仕掛けて来たからである。
最初こそ話し合いの場を設けようとしていた若城以下、王国軍教導団の人間であったが、半ばからもう疲れていた。
「諸侯連中は全員みな殺しにしておいた方が、後腐れがなくていいでしょう。死人は抗議して来ることはありませんから」
砲兵教導連隊の中には、そう公言して憚らない者もいた。
流石に若城もこれには賛同出来なかったが、相手方が「クラウヴィア公爵閣下の仇を討つ」などと喚いてやって来るのだから、懇切丁寧に殺してやるしかない。
前時代的な戦列歩兵の密集陣形は、王国軍教導団の前では単なる自殺志願者の大群に過ぎなかった。
クラウヴィア公爵軍に続いて攻撃を仕掛けて来た高級貴族達は、それをどれだけ理解していたのだろうか。
あるいは理解していても、退くに退けなかったのかもしれなかった。
自軍の総大将であるクラウヴィア公が干戈(かんか)を交えた相手に、頭(こうべ)を垂れるなど面子が立たない。
そうしてみな、無謀な戦いに挑んだわけである。
「グ、クラウヴィア゛ごう゛の゛……っ、か、か、仇゛討゛づ……!」
「お嬢様、激し過ぎる武者震いで、お小水が御御足(おみあし)まで滴っておられますが」
ただ1名を除いては、である。
ジッキンゲン公爵名代として同公爵軍を指揮していたジッキンゲン公爵家長女・メイフォン女男爵は、先にエルマ村へ向かった諸侯軍が壊滅的損害を受けた旨を斥候や、敗残兵から聞くと同時に、「必ずや一矢報いん」と決死の覚悟を固め、憤怒のあまり膀胱が緩んだ。
紺色の軍袴(ぐんこ)が濡れている……。
「いやクラウヴィアが木っ端微塵にされたくらいなんだから勝ち目はねえし死ぬだろ、常識的に考えて……」
メイフォンを補佐する傭兵の男が、顎髭を撫でながらそう直言すると、メイフォンは「あ゛あ゛あ゛ぁあぁああ゛」と意味のない悲鳴を上げた。
最近発明された金無垢のつる付き眼鏡は涙と指紋でぐっちゃぐちゃに汚れている。ばっさばっさに揺れるハーフアップの銀髪。左右を憚らず頭(かぶり)を振りながら、髭面の男ににじり寄る。
「傭兵゛ブラ゛ッドレイ゛なん゛どがじろぉお゛ぉおおぉお! これぜっだい゛死゛ぬう゛! 死ぬ゛やつじゃん゛!」
「それではお嬢様、王国軍教導団に対して礼を尽くすべきかと」
傭兵の男に掴みかかる銀髪の少女を、背後に控える使用人が羽交い絞めにした。
使用人の言は正しい。死にたくないのならば、王国軍教導団と戦わなければいいだけの話だ。
だがしかし、メイフォンはまたもや「あ゛あ゛あ゛ぁあぁああ゛」と意味のない悲鳴を上げた。
「そん゛なごどしだら゛、お父様゛に怒゛られるでじょぉおおおぉお゛!? 高級ぎ族がクラウヴィア公に歯向゛かった平ッッッ民゛どもと手打ちにするどがあり得゛ないがらぁ」
「ええ……」
困惑顔の傭兵ブラッドレイに対して、使用人は表情ひとつ動かさず、「大丈夫です」と助言した。
「そもそも我々は民主共和国連邦軍なる賊を打ち斃すため、この辺境までやって来たわけですから、王国軍教導団とともに敵軍を破れば、多少の失態を演じても痛くないだけの武功を挙げられると愚考いたしますが」
「……」
使用人の意見具申に、メイフォンは狂乱状態を脱した。
貴族の面子と生命の保存、どちらを取るかという究極の選択を前にしていたところに第3の道が示されたのである。
「御想像を。あのツァイストラ辺境伯さえも一蹴した民主共和国連邦軍を、お嬢様の手勢が破ったともなれば、その絶大な功はすべてお嬢様とジッキンゲン公爵家のものになります。まあ多少は王国軍教導団に華を持たせてやってもいいかもしれませんが」
「な、なるほど(わかってない)」
平民出身であるがジッキンゲン公爵家当主から全幅の信頼を置かれている使用人の言を、メイフォンはあまり理解出来ていなかったが、それでも彼女に任せておけばなんとかなるだろうと今回も直感した。
先の戦闘でも「後衛から戦機を見定めた方がよろしいと愚考いたします」という彼女の意見を容れていなければ、おそらく今頃は死骸と泥土の海の中に溺死していたであろう。あるいは、絶命よりも酷い目に遭っていたか。
メイフォンは、涙を引っ込めるのだけは早かった。
垂れ流された小便を引っ込めることは出来ないが。
「じゃあそれで」
「ええ……」
困惑顔の傭兵とは対照的に使用人は表情ひとつ動かさず、「それでは私が軍使に立ちます」と頷いた。
使用人はメイフォンのことを能力に秀でているとは思っていないが、ただひとつ美徳があるとするならば、広く意見を聞き容れるところだと考えている。
面子を第一に考える貴族的思考は害悪極まるが、大した思考力も持たない癖に自分で全て決めたがる高級貴族よりは、遥かにマシであった。