【完結】米ソ異世界代理戦争――1946年・大日本帝国陸海軍最後の戦い――   作:河畑濤士

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■17.A旗翻る艦隊戦。(前)

 民主共和国連邦は言わずもがな大陸国家であるが、一方で建艦にも注力してきた歴史がある。

 

 艦艇と言えば海賊の取り締まりを目的とするようなコルベットを揃えてきた諸国に対し、民主共和国連邦軍海軍はそれを圧倒する防御力と攻撃力を兼ね揃えた戦列艦と、快速のフリゲートを多数就役させた。

 

 彼らはその性能よりも、その威容を愛した。

 劣等の周辺諸国はボートに毛が生えたような艦艇しか持たないが、我が民主共和国連邦軍は優れた巨艦を有している。

 これこそが我が民主共和国連邦の社会制度と人民が最優である証拠だ、というのであった。

 

 実際、周辺諸国は民主共和国連邦との建艦競争において大敗を喫した。

 中央集権が徹底されていない君主制国家は、諸侯が自身の財力に見合った艦艇を就役させるばかりであり、速度性能もサイズもまちまち。

 数は勿論のこと、質でも民主共和国連邦軍海軍に遠く及ばなかった。

 強力な国軍を有する統一国家であっても、まずは陸軍に投資せざるをえない。

 仮想敵の民主共和国連邦は陸軍大国であり、建艦はバフティヤル・ステイグリッツ民主主義人類社会前進党委員長・兼(以下略)の趣味が多分に含まれている。

 その趣味に付き合ってやる余力は、周辺国にはない。

 そのため、民主共和国連邦軍海軍はこの世界においては、最強無敗の沿岸海軍として名を轟かせていた。

 連邦軍海軍籍の戦列艦・フリゲートで戦没した艦艇はほとんどない。

 大規模な海戦の生起自体が珍しく、沿岸砲台と殴り合う機会にも乏しかったためであった。

 

 で、あるから民主共和国連邦軍海軍は、有り余る巨艦の数々を以てパナジャルス方面艦隊を編成することが出来た。

 その数、17隻。

 しかも従来の木造戦列艦とは異なり、いずれもが蒸気機関を有した装甲艦である。

 旗艦の装甲艦『バフティヤル』は30cm級連装砲2基を有し、最大速力は15ノットを誇る――当然、パナジャルス王国の海軍では歯が立たない相手であった。

 

「竜が卵を踏み潰すようなものよ」

 

 装甲艦『バフティヤル』に座乗する艦隊司令官は不敵に笑った。

 世界最強の水上艦艇と共に望む初の征途であったが、何の不安も彼は抱いていない。

 パナジャルス王国には、国王直轄軍と諸侯軍を見回しても、木造戦列艦すら数えるほどしか存在していなかった。

 彼らが海軍と名乗る組織が有する艦艇のほとんどが、航路の防衛にあたるフリゲートやコルベットだ。

 

「海軍ではなく、水軍の間違いか」

 

 と、艦隊参謀の中には嘲る者もいた。

 高慢もいいところだが、装甲艦『バフティヤル』の艦橋でそれに同調しない者は、寡黙なことで知られる艦長のみであった。

 その艦長も戦闘で『バフティヤル』が万が一にも撃破される心配はしていない。

 彼はただ遠大な航海に伴う補給の困難さと、機械的なトラブルだけに気を遣っていた。

 最大の敵は味方の軍港から敵の軍港までの距離だ、と彼は考えていたのである。

 万が一にも最高権力者の名前を冠した艦艇が征途から落伍でもすれば、面子は丸潰れになるだろう。ただそれだけを心配していた。

 

 対するパナジャルス王国海軍と王国軍教導団海軍部は、この西進する民主共和国連邦軍海軍の大艦隊を北都湾から200㎞以上離れた沿岸海域にて捕捉していた。

『鳳翔』に小数機搭載されている複葉機の九六式艦上爆撃機・攻撃機が別任務に従事中、これを発見・通報したのである。

 

「敵艦隊は長駆、北都湾を直撃するだろう」

 

 北都湾周辺の制海権と北都湾が敵艦隊・海兵の手に陥ち、敵が輸送船団を投入してこの方面に新たな戦線を構築すれば、パナジャルス王国は滅亡必至だ。

 エルマ村にて寡兵の王国軍教導団が敵を撃退出来ているのは、その狭隘な地形に拠るところが大きい。

 北都湾に敵地上戦力が展開すれば、いかに奮闘しようとも彼らを海へ追い落とすことは困難であろう。

 

「もとより刺し違える覚悟だ」

 

 新たに北都湾に転移して来た巡洋艦『酒匂』に『鳳翔』からその身を移した元・海軍中将の男は、『酒匂』と駆逐艦2隻を以て海戦に挑む腹積もりだった。

 敵艦艇は対空戦闘をほとんど想定していないため、機動艦隊があれば一方的に殲滅出来ただろうが、現実には航空基地が完成するまでの繋ぎを期待されていた『鳳翔』しか手駒にはない。

 

(敵装甲艦は我々の世界に直せば、巡洋艦『春日』や戦艦『河内』よりも旧式にあたる)

 

 男は若き日の職場を思い出していた。

 敵艦艇の性能は著しく劣っており、敵ではない――と言いたいところであったが、『酒匂』・『鹿島』らの主砲で敵装甲艦を撃ち抜けるかは疑問だった。

 となれば、敵の懐に飛び込んでの水雷戦で不可逆的損害を与えるほかない。

 2年前のマリアナ沖海戦で採ったアウトレンジ戦法とは対照的である。

 

『酒匂』ら3隻の巡洋艦・駆逐艦は、北都湾を進発した。

 

 パナジャルス王国海軍は助力を申し出たが、王国軍教導団海軍部はやんわりと断った。

 王国海軍の戦列艦は船足が遅い。

 元・海軍中将以下、艦隊参謀はこの世界ではあり得ない高速力を以て夜戦に臨むつもりであったから、王国海軍は足手まといになるだけだ。

 同じ理由で最大速力20ノット未満の巡洋艦『鹿島』も北都湾に残している。

 

 最先頭を往く『酒匂』には、Z旗ではなくA旗が掲げられた。

 穢れなき純白に海の青が染められた旗がはためく。

 Z旗が“最終決戦(あとがない)”とするのであれば、A旗は全ての始まりを表すところであろう。

 元・海軍中将はこの異世界に死に場所を求めていた節があったが、王国軍教導団海軍部の大勢はこの地に新たな海軍を作ろうとしていたのである。

 ちなみにA旗には事前に“我らは義によって起ち、海戦に臨まん”という文言が割り当てられていた。

 

 3隻はいったん北上し、沖合で単縦陣を整えて東進を開始した。

 西進する敵艦隊に対して反航し、すれ違いざまに水雷戦を挑むつもりである。

 近距離から61cm魚雷20発を叩きこめば、数隻に命中・撃破出来るだろうと艦隊参謀達は期待をかけていた。

 

 対する民主共和国連邦軍海軍パナジャルス方面艦隊は呑気なものである。

 前述の通り、艦隊首脳部は慢心しきりであったし、見張りの水兵達は西の水平線に沈みゆく夕陽を眺めて、ほうと嘆息をもらすばかり。

 他の部署の人間も夜食のことばかりを気にかけていた。

 つまり、彼らは弛緩していたのである。

 

 であるから月の光が満ち満ちている夜であっても、右前方に姿を現した影に気づくことはなかった。

 否、気づいていた見張り役はいたのかもしれないが、小島か何かだろうと切り捨てて報告を怠ったのだろう。

 

 艦隊最先頭より5番目、30㎝級艦砲を有する装甲艦『データリス』の右舷に、突如として水柱がぶち上がった。

 衝撃波が艦体と人体を襲い、鋼鉄と鋼鉄が擦れる唸り声が殷々と響き渡る。

 

「事故か――」

 

「『データリス』右舷に至近弾」

 

「右方向に艦影見ゆ」

 

 艦隊が何らかの脅威に晒されていることに気づいた時には、もう遅かった。

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