【完結】米ソ異世界代理戦争――1946年・大日本帝国陸海軍最後の戦い――   作:河畑濤士

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■20.主力戦艦として、華々しく。

 北都湾西方海域へ進出するべく先行してきた敵艦隊を撃破した戦艦『長門』は、東へ針路を変えた。

 迫る新手――装甲艦7隻から成る敵本隊へ吶喊しようというのだ。

 文字通り海を圧す巨艦は、A旗を潮風にたなびかせながら前進する。

 

「敵は七杯――飲み干さねば、冥土で大塚艦長に笑われる!」

 

 艦長を務める元・海軍大佐の男が大音声(だいおんじょう)を張り上げると、左右も面白がって頷いた。

 彼らはみな尽(ことごと)く、GHQ軍備縮小局の募集に応じた志願者であった。

 もう一度、戦艦『長門』に活躍の場と武功をもたらしてやりたい――その一念で集まった同志の集まり。

 艦内は元・戦艦『長門』乗組員の同窓会めいた様相を呈している。

 伊達酔狂どもの最後の行動、と言っても過言ではなかろう。

 

(だがその伊達酔狂で救われる国が、民がいるならば、それでよかろう)

 

 25ノットという快速で向かう先には、30㎝級艦砲14門と無数の中小口径砲が待ち構えている。

 元の世界でビッグセブンと称された戦艦『長門』であろうとも、無傷ではすむまい。

 刺し違える結果に終わるかもしれない。

 いや、勝利したとしてもこの世界に戦艦『長門』を整備出来る施設は存在しないのだから、その後は朽ちるのみである。

 

 それでも、最後の『長門』艦長は思うのだ。

 

(この戦艦『長門』が異世界にて朽ちるのも、敢闘の後(のち)のことであれば、それもよかろう)

 

 ……と。

 戦艦『長門』は、戦艦である。

 戦争がために生み出された。

 その彼女の最期の場所は、艦砲撃ち合う海戦こそ相応しい。身動きもとれぬまま航空機に鳥葬されるのも、あるいは戦勝国に接収されてスクラップとされるのも、この名艦の末路としては寂し過ぎはしまいか――そう思うが故に彼らは、ここにいる。

 

「右砲戦ッ」

 

『長門』は十分な間合いをとりつつ、装甲艦7隻の前にどてっ腹を晒した。

 数万メートル先の標的目掛けて41cm連装砲が旋回する。

 

『長門』の巨体が、震えた。

 超音速で空中へ弾き出された砲弾は、敵先頭艦から外れた海面をぶち破り、巨大な水柱を生み出した。

 この距離で初弾命中は困難である。

 が、次の射撃において、巨弾はもう敵装甲艦『バフティヤル』の左右に落着していた。

 

「やられるぞ! 面舵ッ!」

 

『バフティヤル』に座乗する艦隊司令官は、狂ったように「面舵だ!」と連呼した。

『バフティヤル』の左右に着弾したあたりからして、彼の直感は警鐘を鳴らした――というより誰がどう見ても、敵弾が飛び込んでくるのは時間の問題であった。

 実際、そうなった。

 艦隊司令官は何も感じないままに逝った。

 膨大な運動エネルギーを纏った約1トンの徹甲弾が、艦隊司令官らを防護する重装甲司令塔をぶち破った。

 散る火花。

 1秒後には徹底的に破壊された内部を劫火と煙が埋め尽くした。

 命中したのはこの司令塔への1発のみならず、もう1発あった。

 主砲塔近傍の甲板を破壊し、艦内に破滅をもたらした。

 それで全てが決した。

 黒煙と海水と、血肉、鋼鉄、火焔、木片、魂魄――あらゆるものが十数メートルまで噴き上がった。

『バフティヤル』の墓標は、混沌としている上に酷く醜かった。

 空中へ高く投げ出された四肢や、艦体を構成していた物体は、火を纏いながら海面に落下していく。

 はらはらと塵灰が舞い、その中で『バフティヤル』は急速に傾斜を始めた。

 

「怯むな、敵は単艦だ――」

 

『バフティヤル』の次に続く装甲艦『ベルグリューン』の艦長は青い瞳を細めて『バフティヤル』の死骸を見やると、周囲に「やるぞ」と声をかけた。

 敵前逃亡は重罪である。ここで尻尾を巻いて逃げ出せば、『ベルグリューン』全乗組員はおろか、その家族まで過酷な強制労働、あるいは死罪を申し渡されてもおかしくない。

 彼らが忠誠を誓う軍と党は、それくらいはやる。

 

 とにかく距離を詰めなければ始まらない。

『ベルグリューン』と続く5隻の装甲艦は、増速して『長門』へ吶喊した。

 が、容易に彼我の間合いは変わらなかった。

 戦艦『長門』の乗組員らは決死の覚悟で彼女を操っていたが、とはいえ最初から敵弾にその身を晒すつもりはさらさらない。

 優速を活かして敵艦砲の射程から逃れるように運動しながら、攻撃を継続する。

 

 しかしながら、戦艦『長門』にも弱点があった。

 

「万全ならば、背中を見せながらでも後部砲塔4門で砲撃出来るのだが」

 

 本来のところ戦艦『長門』は乗組員約1300名により操艦されるが、実際にはいま集まっている有志乗組員は1000名を切っている。

 そのため一部の装備は放棄されており、例えば後部主砲塔1基は無人のままであった。

 また終戦直前に特殊警備艦に指定された折、煙突やマスト、そして多くの副砲と対空砲を撤去されていた。

 このためGHQ軍備縮小局は1年をかけて米国本土にてこれを修復したものの、副砲は12門に減じ、高角砲・対空機銃はついぞ戻らなかった。

 加えて機関・推進系もガタがきている。

 終戦直後の『長門』は速力も数ノットから10ノット程度しか出なかった。

 それをGHQ軍備縮小局と、元・日本海軍系技術者は意地で修理し、廃艦に程近かった『長門』に全盛期の速力25ノットを実現させた。

 とはいえ、無理に無理を重ねた以上、本調子ではない。

 

「速力、18ノットに減じます」

 

 落ち始める速力――。

 

「アウトレンジで一方的に、とはいかないか」

 

「覚悟の上です、艦長。我々は『長門』に最後の手柄を立てさせるためにここにいます。どこまでも艦長と『長門』に、お供いたします」

 

 が、艦長以下乗組員らに焦燥の色はなかった。

 

 そこから小手先ではない、殴り合いが始まった。

 装甲艦『ベルグリューン』が放った30㎝砲弾が戦艦『長門』の後部主砲塔上面を叩いた。

 装甲に弾き返され、砲塔直上で炸裂した砲弾が破片を撒き散らす。

 その5分後、41cm砲弾が『ベルグリューン』の甲板を貫徹し、艦底近くで炸裂。

 艦体後部を文字通り消滅させ、『ベルグリューン』を廃艦とした。

 

 後方へ傾き始め、海面下の地獄へ引き摺りこまれようとしている『ベルグリューン』の脇をすり抜けた新手の装甲艦『ヴァンナウト』は、41cm砲弾が落着して生み出した水柱をすり抜け、あるいは砕きながら猪突猛進した。

 が、100m進むごとに『長門』が放った副砲弾が、『ヴァンナルト』の艦首を、マストを、艦橋を、甲板を削り取っていく。

 そして彼我距離6000mを切る頃には、彼女は火焔を噴きながら進む鉄屑と化した。

 

「『ヴァンナウト』艦橋下より発光信号――“我、操舵不能”」

 

「俺たち『スカーゲイル』が刺し違えてあの化物を止めるしかない」

 

『ヴァンナウト』艦上で未だ生きている副砲が連射するのを無視し、『長門』は次の目標へ41㎝連装砲を指向した。

 その先には装甲艦『スカーゲイル』。

 が、41㎝連装砲が火を噴く間際に、『スカーゲイル』が放った主砲弾の方が先に『長門』へ達した。

 一瞬、『長門』がつんのめったように見えた。

 主砲塔前面に激突した敵弾は砕け、無数の破片と火球になって散る。

 防盾に痛々しい弾痕残る41cm連装砲が、黒煙の中から姿を現す――次の瞬間、反撃の猛火を吐き出した。

 マッハ2で迫る鋼鉄の礫を『スカーゲイル』が回避出来るはずもなし。

 主砲塔の天蓋が吹き飛び、十数秒後には4、5メートル近い火柱が轟々と噴き出した。

 朦朦立ち昇る黒煙は艦橋にまで達し、艦体をすっぽりと包み込んでしまった。

 

「前部砲塔内で火災発生」

 

「何も見えない――」

 

 視界の悪化に伴って『スカーゲイル』の副砲が砲撃を中止するのとは対照的に、戦艦『長門』はその煤煙の塊目掛けて副砲を撃ちに撃ちまくった。

 副砲弾はみなことごとく『スカーゲイル』の装甲を破ることは出来なかったが、艦上構造物を滅茶苦茶に破壊した。

 

「距離4000!」

 

 黒煙を曳きながら航行を続ける『スカーゲイル』と『長門』の距離は、至近にまで達した。

 衝突を回避するため、『長門』は取舵をとる。

 が、それに食らいつくように『スカーゲイル』は舵を切り始めた。

 

「『スカーゲイル』をあの怪物にぶつける――あんなポッと出の巨艦じゃあない、最強はこの艦(ふね)だ!」

 

 装甲に守られた司令塔ではなく、艦橋に立つ『スカーゲイル』艦長が咆哮する。

 それに負けじと、『長門』が吼えた。

 41cm連装砲の斉射が、『スカーゲイル』を襲う。

 艦首が切断され、水中弾と化した一弾がどてっ腹を食い破る。

 惰性で前進する『スカーゲイル』は、そのまま前のめりに沈んでいく。

 

 残る敵装甲艦は、3隻。彼らは歩調を揃えて、『長門』と対峙した。

 

「まさに弾雨だな。『長門』の、そして俺の死に場所に相応しい」

 

「はっ――」

 

『長門』もまた、無傷ではいられない。

 彼我、数千メートルの近距離砲戦に突入し、敵3隻から無数の主砲弾、副砲弾を受け、艦上構造物は滅茶苦茶に破壊されていく。

 煙突が砕け、マストが千切れ、副砲塔が吹き飛び、装甲された全身が抉れ、歪み、砕ける。

 

「敵艦橋に直撃弾ッ」

 

「よし!」

 

 装甲艦『ラジキリヒト』の放った主砲弾が、『長門』の艦橋を消滅させた。

 火焔が弾け、虚空に建材が舞う。

 すでに『長門』の方々(ほうぼう)からは火も出ている。

 装甲艦の乗組員達は、勝利を確信した。

 

 しかし、『長門』は動き続けた。

『長門』の右舷側に遊弋する敵装甲艦を、41㎝連装砲による観測要らずの水平射撃で粉砕。

 左舷に迫っていた敵装甲艦は、副砲弾の乱打を受けて炎上し、廃艦と化した。

 

「は?」

 

『ラジキリヒト』艦長は、茫然自失に至った。

 

 何が起きているのか、理解が出来ない。

 

 敵艦は火を噴いているじゃないか。

 艦上構造物も滅茶苦茶に壊れているじゃないか。

 左舷側に傾斜し始めているじゃないか。

 なのに、なぜ、敵艦は――目の前に迫っている!?

 

「面舵一杯ッ」

 

『ラジキリヒト』と『長門』の位置関係は、いつのまにか1000メートルを切っていた。

 左舷喫水線下の被弾孔から浸水が始まっていた『長門』は、10ノットでそのまま直進する。

 舵が壊れているのか、それともその身もろとも敵を葬ろうとしているのかはわからない。

 対する『ラジキリヒト』は、舵を切ってこれを回避しようとする。

 

 が、間に合わない。

 排水量約4万トンの『長門』は、艦首から『ラジキリヒト』艦中央部に突入した。

 排水量1万トンの『ラジキリヒト』は彼女の吶喊に、耐えられない。

 ぐしゃり。そう表現するしかない様子で艦中央部が潰れた。

『ラジキリヒト』のボイラー室は潰れ、火が回り始める。

 一方の『長門』は激突後も前進を止めなかった。

 よって『ラジキリヒト』はその身に炎を宿したまま、押し退けられ、艦体を粉砕され、そして横転した。

 

「やったな」

 

 誰かがつぶやいた。

 生き残っている『長門』乗組員の呟きだったかもしれないし、『長門』乗組員の救助に向かおうとする『酒匂』、『雪風』の乗組員の呟きだったかもしれない。

 あるいは小舟で漂う観戦者達の呟きか。

 

『長門』は、やり抜いた。

 右舷の副砲塔が爆発し、さらに『長門』は左舷へ僅かに傾いた。

 

 もう、限界である。

 

『長門』の乗組員達は退艦を開始。

 洋上で救助を待ちつつ、異世界の海で最期の瞬間を迎えようとする『長門』を看取った。

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