【完結】米ソ異世界代理戦争――1946年・大日本帝国陸海軍最後の戦い――   作:河畑濤士

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■27.正義の勝利を示せるか?

 彼我の間で激しい航空戦が生起する中、エルマ村では村民の大規模な避難が始まっていた。

 通常ならば平民の移動は固く禁じられているところだが、今回は王国軍教導団上層部がサークリッド公を通して国王らに強く働きかけたため、避難が実現した。

 もとより王国軍教導団の前線部隊は非戦闘員の保護の必要性を訴えていたが、いよいよエルマ村近隣にまで敵榴弾砲の砲弾が届くようになると、もう時間の猶予はないと若城以下の元・士官らは上層部をせっついた。

 それが功を奏した格好だ。

 

 村民らを輸送する手段は九四式トラックである。

 中央から武器弾薬を満載してやって来た九四式トラックはエルマ村で物資を下ろすと当然、荷台が空になる。

 そこに村民を乗せ、王都とエルマ村の中間地点にある王国軍教導団の駐屯地に送るというわけだ。

 村民はみな不安げな表情を浮かべたまま荷台に乗せられていくが、避難は予定通りに粛々と進んだ。

 生まれ育った地を離れることに対してさしたる抵抗がなかったのは、王国軍教導団に対する信頼の表れであった。

 

「半年後にはまた戻って来られるだろう」

 

 エルマ村の有力者は、そう周囲に説いた。

 彼らは王国軍教導団の勝利を純粋に信じた。

 根拠があるわけではない。

 あるとすれば、村民らが幼い頃から耳にしてきた御伽噺がそうであった。

 心優しき勇者が天地食らう怪物を倒す――つまり、正義は必ず勝つ。

 それが世界の真理であるならば、王国軍教導団が負ける道理はない。

 避難民を乗せた九四式トラックは、エルマ村へ向かう長い、長い車列とすれ違いながら走っていく。

 

 一方でその遥か高空では、エルマ村の西側に伸びる車列を襲撃せんとする敵航空機と、それを阻止しようとする教導隊機の間で鍔迫り合いが始まっていた。

 敵攻撃隊の中核は双発爆撃機であるが、中には前線基地から飛び立った襲撃機(シュトルモビク)も混じっている。

 対する教導団側は容易にこれを退けたが、敵の攻撃は複数回に及び、執拗であった。

 

 端的に言って、敵が攻撃を成功させる可能性はほぼなかった。

 彼らの狙いはエルマ村周辺の地上部隊と、村へ向かう車列であることは明白だった。

 故に王国軍教導団側は、防空網を構築して待ち構えるだけでよかった。

 ソ連製襲撃機が現れるや否や、空中哨戒に就く零式艦上戦闘機や一式戦闘機が殺到し、地表へ叩き落してしまう。

 それでも敵攻撃隊の機数が多ければ、そのうち数機は爆撃に成功したかもしれない。

 ところが、王国軍教導団側の航空攻撃によって飛行場の被爆と、爆撃機の地上被撃破が連続しているため、満足な数も揃えられずにいる。

 

(敵は焦っている)

 

 それでもなお送り込まれる攻撃隊と正対した元・帝国陸海軍の操縦士達は、そこに敵司令部の焦りをみた。

 無謀な攻撃を繰り返させるのには、理由があるはずである。

 例えば本格的な攻勢開始の瞬間が近づいており、そのために少しでもエルマ村周辺の守備を突き崩したい、といったところか。

 

(だが……)

 

 焦っているのは、王国軍教導団側も同様であった。

 連日のように一式陸上攻撃機と二式双発戦闘機による一方的な航空攻撃が行われたが、もはや敵地上部隊の規模は航空戦力によって阻止出来るものではなかった。

 眼下の敵が本格的な攻勢を開始すれば、エルマ村など容易く蹂躙されてしまうのではないか、という危機感が空中勤務者の間にはあった。

 

「峯岡さん、敵さんはそろそろまたおっ始めそうですか」

 

 最前線に近い退避壕の中で、峯岡は元・下士官の男にそう問われ、「俺はなんも知らねえよ。敵さんに聞いてくれ」と答えた。

 実際のところ峯岡は航空偵察の結果を耳にしているため、あと数日もすれば敵の攻勢が始まるであろうことを知っていた。

 が、それを教えたところでどうなるものでもない。

 壁に背中を預けたままの男は、ポケットから紙巻き煙草を取り出して咥え、火を点けた。

 

「噂じゃかつて栄華を誇った関東軍もびっくりする数の戦車が集まってるって。そうなりゃ、俺たちは玉砕ですかい」

 

 ふかした紫煙が日焼けした男の顔を包んだ。

 峯岡の記憶では男の年齢はいまだ20代のはずであったが、男の額や眉間、目尻に深く刻み込まれた皺と、表情に表れている疲労感のせいで、40代はくだらないように見える。

 

「もしかして、後悔してる?」

 

 峯岡はふと思ったままに、尋ねた。

 

「後悔?」

 

「この別の世界で、今日明日にはもしかしたら戦死するかもしれないからさ」

 

 言いながらいい話題ではないな、と峯岡は思った。

 周囲にはもっと若年の兵も座っている。

 彼らも手持ち無沙汰か、煙草を吸ったり、薄暗い中で手帳に何事か書きつけたりしているのだが、当然この会話を耳に入れているであろう。

 ……士気にかかわる。

 

「後悔……」沈黙。煙草の先端がじりじりと短くなっていく。ところが元・下士官の男は唐突に、そして決断的に言いきった。「ないですね」

 

「ない?」

 

「ええ。峯岡さんは南方でアメちゃんとやりあったんでしたっけ?」

 

「うん」

 

「俺は大陸ですよ。と言っても半分くらい遊んでいるようなもんでした。ゴボウ剣を持って鶏を追い回したり、物々交換でいろいろ調達したり、地元の子供らに菓子をあげたりね。古参連中から習ったいいかげんな中国語を見かねてか、現地の中国人どもが言葉を教えてくれましたよ。苦力(くーりー)との会話にはずいぶん役立ちました」

 

「フィリッピンに比べればのどかだな、そりゃ」

 

「でも戦争ですからね。地元の賊や中国軍と戦えば、流れ弾で家は壊れるし、家畜は逃げ出す。……人も、死ぬ」

 

 男の語り口はゆっくりだったので、すでに煙草の火は半ばまで移動していた。

 灰が、軍袴にこぼれる。

 

「だからね、戦争が終わったときに俺はなにやってたんだろう、って思いましたよ。日本を焼いた畜生どもと戦っていたわけじゃなく、ただスパイと敵の中国人どもを追い回していただけ。はっきり言って大して戦ってもない。町内のみんなに盛大に送り出されたのにね。こんなんだったら最初から戦わなくてよかったじゃないかって」

 

「気に病むことはないだろうよ。大陸に住んでいる、守るべき日本人だって大勢いた。それに大陸での健闘がなければ、今度は中国から飛び立ったアメさんの爆撃機が日本を焼いていただろうし」

 

「わかっていますけどね、そりゃ……」

 

 ふたつの溜息が生まれた。

 

「でもですよ、峯岡さん」男は煙草の先端を、地面に押しつけた。「俺はだからこそ、ここで戦うこと、後悔してないです」

 

 ふたりの視線が、持ち上がった。

 

「放っといたらこの村の連中はみんな殺されてました。俺たちが戦わなかったら、たぶんこの国の連中もみんな皆殺しだ。戦う価値、ありますよ。それに帰ったときに、露助かぶれから俺はひとつの村を守ってやったんだって、胸張って帰れますからね」

 

「なかなかのインテリだな、考えることが」

 

「もちろん、それだけじゃありませんよ。給与がいい……おい誰か、スパム缶持ってないか?」

 

 元・下士官の男の答えに、峯岡は救われた思いがした。

 

 さて。

 一部を除いてエルマ村から村民が消えた3日後、ついに民主共和国連邦軍第6軍の意思の下で決戦が生起した。

 鼠色の雲が立ち込める雨天の下、1時間あたり1000発以上の砲弾がエルマ村の周辺に撃ちこまれ、同時に敵機甲部隊が前進を開始した。

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