※陽炎がかなり嫌な性格になってしまっているのでご注意願います。
時間帯としては正午の少しばかり前であった。提督は自分のデスクに座りながら改めて一つの書類を手に取り、それに目を通す。
(今日、新規で配属される予定のコイツって確か……)
記憶をたどるようにそんな事を考える。
そのうち、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。提督が、
「入れ」
と言うと、一人の艦娘が入室してきた。
「陽炎、本日着任いたしましたあ!」
彼女は威勢よく挨拶をする。
ああやはりな、と思い、立ち上がりながら提督は、
「久しぶりだな。まさかここへ来るなんてなあ」
と懐かしそうに言うと、
「うん、そうだね」
と言いつつ陽炎はスマホを懐から取り出した。どうするつもりかと提督が思った瞬間、彼女は速やかに彼に近づいて来て抱きつき、そのまま写真を取る。
「えへへ、やったあ!」
「いきなり何してんだっつーの! 今日からキミの職場なんだかんな、ここ?」
楽しそうな陽炎の頭を軽くペチンと叩く。かつての手癖が出てしまったようだ。
「あはは、また会えたのが嬉しかったから、つい……」
バツが悪そうに笑いながら、陽炎は叩かれた辺りを片手で押さえて言う。
「ったく、しょうがねえなあ」
提督は苦笑気味に言った。
何やら顔見知りのようなやり取りをしている二人だが、実は提督、陽炎が海軍において艦娘の訓練生として過ごしていた時期の教官の一人だったのである。陽炎が正式に艦娘としてとある鎮守府に赴任したすぐ後、提督もまたその指導力が買われたのか、別の鎮守府の司令官になるよう、異動の辞令が下って現在に至っている。
提督の中における陽炎はその当時、出来の良い訓練生の一人、という程度の認識であったが、当の陽炎にとって彼の姿は一際印象に残る存在だったようだ。先程のやり取りほど馴れ馴れしいものではないものの、この鎮守府に着任して以来の陽炎は提督に対してやけに距離感の近い態度を見せ続け、そしてその事に対して提督は内心戸惑わざるを得なかった。
そんなある日の事である。陽炎が報告書を持って執務室に入室してきた。
「休み前の最後の仕事終わりい!」
翌日に休日を控え、気がほぐれたかのような様子の陽炎から報告書を受け取りながら、
「ああ、お疲れ。ゆっくり休めよ?」
と提督は言う。そんな彼に対して、
「確か司令も明日は休みだったよね? どうするつもり?」
と、期待感を込めたような目付きで聞く陽炎。
「ん、彼女と出かける予定」
報告書に目を通しながらの淡々としたこの返答を聞いて、陽炎はほんの一瞬だけ停止した。そして、
「……ああ、そうなんだあ。ゆっくり楽しんで来てね!」
と明るく言うものの、そこには少々ぎこちなさがあるようにも感じられた。
(もし、お前がマジだとしたらすまんな、陽炎)
提督は心の中でそう呟く。
彼はその実、陽炎が自分に対して好意を抱いている事に薄々ではあるものの勘付いていた。彼女自身が自ら転属を申し出て、元々所属する鎮守府からこの鎮守府に来たというのもその理由の一つだ。記憶にある限り、教官時代は彼女に対して甘い態度を取り続けていた事など無い。戦場で死んで欲しくないからこそ、むしろ心を鬼にしてそれなりに厳しい態度で接していたつもりだし、彼女が生き残る為のスキルを出来る限り身につけてくれるように指導していたつもりだ。だから嫌われる事はあったとしても、好かれる事は無いと当初は考えていた。
が、今の陽炎の態度は提督の想定するそれとは異なる。真逆と言っても良いかもしれない。それには流石の提督も内心驚くと同時に、困惑せざるを得なかった。提督には現在進行形で付き合っている恋人がいたのである。もっとも、最近はお互いに飽きがきていたのか、それとも相手の嫌な部分が気になり始めたのか、その関係には微妙な溝が出来つつあるのだが。しかしながら、今のところ提督には別れるという選択をするつもりもないし、だから仮に陽炎が自分に好意を抱いていたとしてもその気持ちを受け取るつもりもない。そんな訳で自分には付き合っている相手がいるという事をこの際はっきりと口にして、婉曲に陽炎とは付き合えないとあえて言ったつもりである。自分の推測が誤りだったのならばそれはそれで良く、ならば好意を寄せられているという事そのものが単なる思い込みであったと考えて片付ければ済む話だ。
その翌日。提督は鎮守府からそれ程遠くない繁華街にいた。その隣には提督と年代が近いであろうと思われる、なかなかに美しい容姿の女性の姿がある。
二人は喫茶店で会話を交わしていたが、あまり楽しんでいる様子はない。どちらかと言えば、お互いに少しばかり無理をしているかのような印象さえ受ける。
そして、そんな彼らを冷めた様子で適度な距離をおきながら観察し続ける一対の目。陽炎であった。提督に付き合っている相手が居るという事を知った時は確かにショックではあったが、それがどんな相手か、気になった彼女は提督をコッソリと尾行していたのである。
確かに、女性の見た目は悪くない。が、陽炎が気になったのは提督との間に漂う雰囲気の微妙さだ。
観察を続けていた陽炎は、半目で視線をやや斜め下へと向け、
「ふうん、そういう事……」
と呟く。そして、その表情には微笑と共に不穏さが浮かんでいた。
それから数日たったある日の事だ。提督は鎮守府の廊下を歩いていて突然呼び止められる。声をかけてきた相手は自分の部下の一人、もっと言えば陽炎型の艦娘の一人であった。何かと思って話を聞くと、提督が交際相手とうまくいっていないのではないかと気になったのだと言う。この艦娘が提督の率いる鎮守府に着任したのは陽炎より先で、彼には交際相手がいる事も元々知っていた。
「別に大した事にはなってねえよ。だから気にすんな」
と提督は答えるものの、どうもその艦娘は納得しかねた様子だ。
「別に心配しなくていいぞ。お前が気にする事じゃないしな」
と言ってその場を立ち去る。しかし、質問をした当人は不安そうな表情であった。
提督は先程のようなやりとりをその時限りの物だろうと考えていた。が、その観測は誤りであった。その子以外の一部の部下の艦娘、特に陽炎型の艦娘達もまた、交際相手との関係についてやたらと提督の事を心配してくるようになっていったのである。
取りあえず、先程同様に「大した事は無い」と答えているのだが、交際相手と会う度に、彼女との心理的な距離が広がっていっているように感じているのも確かであった。
そんな状況ならば、その事で鬱憤が溜まっていったとしても仕方あるまい。
そして更にしばらくしてからだ。その日の提督は、彼をよく知らない人間からすればいつも通りに見えるのかもしれない。しかし、その日の秘書艦を務めていた陽炎には彼の密かな落ち込みぶりが見て取れた。
「余計な事言うかもしれないんだけどさあ、何か嫌な事あった?」
「……いや? そんな事は無いけどな」
「なんか怪しいなあ。彼女さん絡みだったりして」
「…………」
提督は黙り込んでしまった。普段の提督もそれほど喋る方ではないが、この日の口数は更に少なく、ここですぐに返答が無いというのはやはりおかしい。
陽炎が不審そうに、
「あれ? ひょっとして図星?」
と言うと、悩むように提督はその首を彼女の位置とは別の方向へと向けた、
沈黙が続いたが、やがて提督は諦めたかのように、言う。
「正解だ。昨日アイツと喧嘩しちまってよ」
「ええっと、それは、うーん……」
陽炎はそう言い澱んだ。
「ほら、聞くんじゃなかっただろ?」
提督は自虐的な微笑みを浮かべ、陽炎に向かってそう言った。
「まあ、無理に聞いちゃったようなもんだし悪かった気もするけどさ。取りあえず、さっさと酒でも飲んで今日は寝ちゃいなよ。私で良いんなら愚痴聞くぐらいは付き合うよ」
陽炎が心配そうにそう言うと、
「酒なあ……確かに俺も飲むけどよ。別に強いほうじゃねえしな……」
と、提督は少しばかり考え込むような様子を見せた。
「いいんじゃない? こういう時くらい。普段私達の為に頑張ってるのにこっちが何も出来ないの嫌だもん」
そう言う陽炎の声には真剣さがあった。提督はなおもしばらく黙っていたが、やがて、
「そうだ、な。じゃあ、たまにはお言葉に甘えてみようかね」
と、ため息混じりに言った。
結局、陽炎は提督の私室で、彼が酒を飲みつつこぼす愚痴を聞く事になった。普段の提督がそういった言動を取る事が無いだけに、喧嘩をしてしまった事を含め、交際相手に対して余程腹に据かねる物があったのであろう。だからこそ、酒も進んでしまう。そんな彼とは対照的に、陽炎は普段の活発さを控えて、この場では静かに聞き役に徹していた。やがて、
「あー、ひょっとしたら酔い潰れるかもなー……」
話の途中で自分の酔い加減に自覚があったのか、提督はそんな事を言う。陽炎はそれに対して、
「悪いけど、リバースはやめてね? 上官の介護とか後片付けとか流石にキッツいよ?」
と、難しそうな表情で答えた。
「だなあ。気を付ける」
そう言いながらも提督は更に杯をあおる。
そうしてしばらくすると、提督は自身の予測通り、酔いが回り切ってしまい、寝入ってしまった。そんな彼の寝顔を覗き込みながら、陽炎はこう独りごちる。
「本当に酔い潰れたよこの人……」
この時の彼女には実に悪そうな笑みが浮かんでいた。
それから更に数日が経った。
そろそろ夕刻という時間帯だ。提督は一人、海を見ながらたそがれていた。スマホを取り出してもう一度彼女の番号に発信するが、聞こえてくるのは「ツー、ツー」という話中音である。
「……繋がんねえし」
提督は小さな声で吐き捨てるように言い、通話を切った。メールも改めて確認するが、新規の着信はない。彼女からの最新のメールは、提督がこのような状態になる原因と言えるもので、その内容は『浮気とか最低』という一言である。
要は、向こうが提督の番号やアドレスやらを着信拒否やブロックしているのだろう。すなわち、提督はフラれてしまったのである。
(何でだ?)
そう提督は自問自答する。浮気など全くと言って良いほど心当たりが無い。再び彼女の機嫌を取るかと思い、相手の好みそうな映画のチケットを購入してデートに誘おうと考えていた矢先であった。
「もしかして、フラれちゃった?」
突然の声に振り返ると、そこに居たのは陽炎。心配そうな表情を浮かべている。
「ご推察の通りですよ、と」
提督はうんざりとしたように前に向き直った。そんな彼に陽炎はこんな言葉を投げかける。
「そんな感じで相手を悩ませまくっちゃう人ってどうなんだろ? 結構、司令って女見る目ないよねえ?」
「うるせえ」
しばらくの間、二人の間に静寂が流れたが、やがて、陽炎がその静寂を破った。
「それにしても、ねえ……。あの人って司令の愚痴とかそんなのばっかり。ネットだったとしてもよくあんなに言いたい放題出来るなって逆に感心しちゃったもん」
この発言に提督は眉をひそめながら再び振り返る。
「どういう事だ? お前、アイツの知り合いだったのか?」
そんな彼の問いに対して、陽炎はすまし顔でこう答える。
「司令に彼女いるって知ってから色々調べたの。悪いけどね」
「調べる……? お前、マジで言ってんのか?」
今や提督の元カノとなった相手の事を、陽炎が自分の知らないうちにフラれる前から嗅ぎ回っていたなどとは、にわかには信じがたい。
「マジ、だよ。大マジ」
そう言う陽炎は薄暗い微笑を浮かべ、両手を後ろに回してのんびりとしたような動きと歩みで提督に近づいてくる。
「写真とか色々アップロードするし、ペラペラ喋ってるからさあ、アカウントの特定は割と楽だったよ。もっと時間かかるかなと思ってたんだけど」
と、簡単な種明かしをした後、陽炎は更にこう続けた。
「裏を取る為に妹艦にも尾行させたりとか色々手伝って貰ったから、それもあるんだけどね」
この時点で、提督には得心の行く点があった。陽炎の妹艦達が、やたらと自分と交際相手 ── いや、厳密には今となってはその文字列の頭に「元」がつくが ── の関係を心配している事に常々違和感を覚えていたのである。彼女達もまた元カノのアカウントを把握し、その言動を監視していたのであろう。
そんな事を考えていると、陽炎が問いかけてくる。
「司令はあの人のアカウント知らないでしょ?」
「ああ」
提督がそう短く返答すると、
「だよねえ、あんな事書いてるなんてバレたら速攻で大喧嘩だろうし」
と、陽炎は極めて不快げに提督から視線をそらしてそう言い、再度提督に視線を合わせて元カノのアカウントを特定した後の経緯についても説明する。
そんな交際相手に、自分の身元がバレないようにプロフィールを偽装し、発言内容にも気を付けながら慎重に近づいて行ったのだという。それは他の陽炎型の面々も一緒であった。
「で、向こうの言う事単純に同意してあげてるだけで簡単に気許してくれるようになってさ、そういう意味じゃチョロいんだけど」
そして、陽炎型姉妹は提督の交際相手の信頼を勝ち取る事に成功し、友人とも言える間柄になったのである。もちろん、これは相手にとってであり、陽炎型姉妹にとってはプロフィール同様に偽装でしかなかったが。その上で、それとなく提督と別れる事は考えないのかという問いを与えると、相手も素直なもので、言動が自分達の企図した通りの方向に変化していったと言う。
「ま、オフでも会ったんだけどさ。やっぱ良い感じしないね、あの人」
これは陽炎にとって、一種の仕上げと言っても良かろう。直接会う約束を取り付け、陽炎自身が相手と二人きりで遊ぶ事になったのだという。その際、ある喫茶店で休憩を取った時の事だが、向こうから出てきたのは当時の彼氏こと提督の愚痴である。
「最初は黙って聞いてたんだけどさあ、やっぱり好きな人の悪口聞かされるって腹立ってくるよねえ」
そう言いながら、陽炎はスマホを操作してとある写真を提督に見せる。
「で、この画像直接本人に見せてあげたの。よく撮れてるでしょ?」
そこに表示されているのは陽炎と提督が唇を重ねている自撮り写真であった。
「っ!? 何だよそれ!?」
提督は驚愕する。陽炎とこんな行動を取った記憶など無い。
「司令が前に酔い潰れて寝ちゃったじゃない? その時にそれっぽく撮ってみたって事。納得出来る写真が撮れるのに何回かやり直したなあ」
陽炎は悪びれることもなくクスクスと笑う。実際、事前の知識さえなければその写真は恋人同士のそれであるとあっさり信じてしまうであろう。それほどの出来であった。
「もう向こうさあ、固まっちゃってんの。こっちは爆笑したいくらいだったんだけど、そこは流石に黙っててあげてたわけ。それでも向こうもプライドあったんだろうね。『アタシが奢るわ。お幸せに』とかなんとか言ってすぐ帰ってちゃった」
そう言って陽炎は静かにではあるが更に笑う。
つまりは、元々の交際相手を蹴落とす為に、提督の目の前にいる陽炎という艦娘は裏で工作を行い、そして見事それに成功したという訳である。
苦虫を噛み潰したような表情をしながら提督は陽炎を見つめたままである。そんな彼に対して、
「……まさか今更、関係が修復出来るなんて考えてる訳じゃないよね?」
一気に無表情になった陽炎は提督にそう聞く。
「じゃないってなると……て事はアレか。俺はもうお前のモンって訳か」
何故か醒めたような表情でそう言う提督。
「私の妹艦達もみんなそういう認識なんだけど」
そう言った陽炎は更に一歩近づき、
「断ったらどうなるか、分かってるよね?」
と、提督の顔を覗き込むように言う。
「いいや? 仮に断ったらどうなるってんだ?」
あえて提督はそう問い返してみた。
「あー……まだ言い逃れ出来るって考えてるのかな」
そう独りごちて陽炎は改めて件の画像を提督に見せる。
「これなんだけどさ。見た瞬間みんなどう思うんだろうね?」
提督も思わず、それは、という言葉が出かかる。
「もしかして、拡散して良い? それって私とどういう関係かってのを認めたって周りは思うよね? コラとかの言い訳は通用しないよ?」
そう言う陽炎は提督の目を真っ直ぐに見つめたまま、更に続ける。
「ここの画像は別に消してもいいよ? 結局クラウドには保存してあるんだし」
ここまで言われれば提督にも分かる。陽炎にとって、提督の隣に居続けるというのは純然たる既定路線なのである。先程フラれた元カノに予めご退場願ったのは、彼女なりに道義を最低限守った上での結果に過ぎないのであろう。
恐ろしいヤツがいたもんだと思いつつも、提督は納得出来ない物があるのか、こう言った。
「一言言わせてもらうけどな、全っ然感心出来ねえぞそのやり方」
そう言われた陽炎はハッと笑い、言った。
「手段選べって言うの? それこそバッカじゃないのって言いたくなるんだけど」
更に提督に人差し指を突きつけ、
「自分の事誤魔化しながらでも付き合ってた方が良かった訳? あの画像が偽物かどうか疑いもしなかった相手に? 大体、別れる雰囲気簡単に漂わせてた時点で向こうだって本物じゃないのよ」
と一気に言ってから、その手を自身の胸において、
「その点、私はどう見える?」
と聞いてくる。
提督は陽炎から視線を外し、少しばかり考え込む。ここまで自分を捕らえる為に懸命になる相手が存在するだろうか、果たして、元カノはどうだっただろうか。そんな彼に対して更に陽炎は畳みかけるように言う。
「結局さあ、司令だって別れる理由が欲しかっただけなんじゃない?」
そう言われ、提督は一瞬軽く首を捻った後、フッと苦笑った。今や彼の心の中では、付き合っていた相手に対する残り少ない前向きな気持ちも急速に冷めてしまっていた。もはや幻を見ていたかのような心境ですらあった。
「かもしんねえな……」
と呟いた後、
「取りあえず、拡散はやめろな? こういうのは俺とお前だけでいい」
と、陽炎の目を真っ直ぐ見返しながら提督は言った。
途端、彼女は嬉しそうな顔をする。
そんな陽炎を見ながら、
「にしても、すげーなお前。たかが男一人でここまでやるか?」
と不思議そうに提督は聞いたが、それに対して、
「転属願いを出して追いかけた相手だもん。簡単に諦めたらそれこそ嘘でしょ」
飄々とした態度で彼女はそう答えた。
「そうか」
とだけ言った提督には、別の疑問が浮かんだ。
「陽炎型の連中も手伝ってたって言ってたな。よくこんなのに協力してくれたなあ」
流石の陽炎もこの質問には苦笑し、
「みんな、『もう二度とヤダ』って言ってたよね。で、今は色々お返し要求されてる訳」
と、手を横に振った。
そこで提督が再び軽く首を捻り、陽炎を見つめながら興味半分で更に問う。
「それは、妹連中にとって次は無いって事か?」
その途端、陽炎は真剣な顔つきになって、こう返す。
「そうだね、次は無いよ。妹艦だけじゃなくて、私もね……。私は司令の事、とことん大切にしてあげる。……ちょっと重いかもしれないけど」
この返答を聞いて、提督はすっかり呆れかえったような表情をしながら、
「ちょっとどころじゃねえだろ」
と言って軽くため息をつく。そして彼はほんの少しの間を置いた後、
「とりあえず、これ一緒に観に行くか?」
と言いながら二枚の映画のチケットを陽炎に差し出した。元カノと共に鑑賞しようとしていた映画のそれである。
陽炎は無表情でその二枚のチケットを受け取るが、やがてそんな彼女の口が開く。
「本気で言ってる? 私ってアウトドア派だからさあ、司令と一緒に行くなら……」
ビリッと大きな音を立てて映画のチケットが破かれた。
「やっぱり遊園地だよね!!」
と、もはや紙屑と化したチケットを投げ捨てながら陽炎はそう言ってのける。
そんな彼女が見せる表情は、これ以上ない程の笑顔であった。