虎よ…虎よ…お前は虎となるのだ…!
ゼニヤッタ祭りで福ちゃん主役になっちゃって削除しようかと思ったけど、日が繋がっててラッキーだった
超ギリギリだけど一日で書けた自分を褒めてあげたい

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ざくざくアクターズ二次創作 アイ・オブ・ゼニヤッ・タイガー

 ただ生有る者で居ようとする事すらも、吹雪(ふぶ)く豪雪に(とが)められる極寒の大地。

 

 サムサ村奥地にある凍土の中に、獣性を宿した四つの赤い眼光が(またた)く。

 

 風雪合わさる刃にその身を切りつけられようとも、眼差しに宿った燃える闘魂は果てること無く気炎を上げる。

 

「……しゅっ! ……しゅっ!」

 

 舞い散る氷の刃に拳を打ち付けるようにして、握られた手が空を切る。口元から逃れる熱は最小限に、されど丹田より込められた膂力を拳へと余さず乗せるよう強く鋭く息を()く。

 

「虎よ……虎よ……! 我等は、虎になるのです……!」

 

 風の音に消え入りそうに思えた微かな呟きが、互いの絆に虎の心を植え付けるべく呼びかけていた――――

 

 

 

「ふぅ……」

 

 本棚の整理をする中で、幾つかのスキル書を抱え込んだゼニヤッタの耳に深い溜息が入り込む。

 

 誰の物かと疑問に突き動かされるまま振り向けば、常日頃から絶え間なく浮かべているたおやかな笑みが憂愁の嘆きに沈んでいるのが目についた。

 

 王国へ福を呼び込み、癒やし手として皆を支える戦時のみならず、頼れる大人として皆に慕われている彼女に何かが起きたのは明白だった。

 

 その身に起きた不幸を防げなかった自らの至らなさを呪いつつも、急ぎ解決の助力となるべく彼女の下へ静かに、そして鋭く優雅な足捌きで躍り出るように前へ出たゼニヤッタが何事かを尋ねる。

 

「如何されましたか? 福の神様」

「えっ? あぁ、ゼニヤッタちゃん……」

 

 呼びかける声に気付いて、暗く沈んだ顔に何時もの笑顔を呼び戻す彼女の気遣いにゼニヤッタは痛く感銘を覚えた。

 

 自らの身に降り掛かった艱難(かんなん)を、誰に感じさせる事無いようにと無理にでも笑ってみせる高貴なる振る舞い。幸福を(つかさど)る聖なる職務に就く、人格者としての一面に改めて気づかせられその心労に配慮を及ばす事の出来なかった己を恥じるのだった。

 

「ちょっと困ってて……」

「何なりとお申し付け下さい、私に出来ることなら如何(いか)なことでもお力添えさせて頂きますので」

 

 困った顔をしながらも、ちらちらとゼニヤッタの上から下までをしばし観察する。

 

 その顔を見て突然の申し出では不躾であったかと、不安に目を細めるが彼女も意を決した様子で視線を合わせて口を開いた。

 

「じ、実は……水着が、その、キツくなっちゃって……」

「なる程……」

 

 羞恥に頬を赤くしながら告白されるその悩みに、ゼニヤッタは思い当たる(ふし)があった。

 

 しかしこればかりは時が解決するのを待つしか無い。同じ神であり、同じ悩みを持つであろうポッコを思い浮かべ、慰めの言葉を思索しながらも先ずは案ずることではないと声を掛ける。

 

「まだ成長期だったので御座いますね」

「は?」

 

 太るという発想を持ってすらいない彼女へ、凍りついた血の様な眼が刃となって向けられていた。

 

「失礼致しました。不肖ゼニヤッタ、腹を切ってお詫び申し上げます」

 

 慈悲の化身が如く穏やかな優しさで、分け隔てなく平等に接する彼女の瞳に殺意が宿るのを見れば、何が悪かったのか分からずとも失言である事は理解できたのだろう。

 

 ハラキリスポーツコーナーで見繕った短刀を取り出し、畳を引いて屏風(びょうぶ)を立てる。初めての切腹に臆さず堂々としながらも、その眼には神の悩みに理解が及ばなかった己の不出来を呪う哀しみに満ちていた。

 

「切腹までしなくていいから! ……ほ、ほら私の参謀長効果って省エネでしょう? イリスちゃんみたいに戦闘だけで体型を保てる程、激しく運動するタイプじゃないから冒険に備えて体力を温存した時にいざ休みだと消費出来なくて……」

 

 何の贖罪もない内から(ゆる)しを(ほどこ)して貰えるばかりか、浅学の身に教えまで頂けるのかと思えば再びその優しさに胸を打たれる事になる。

 

 発動が低確率とは言え、ゴッドブレスオールはハーデスの三倍近いMP消費量を誇る大技。それをMPやTPを消費せず発動する事が肉体の負担にならない筈はない。

 

 しずしずとした柔らかな態度の中、相手に気を遣わせまいと気丈に振る舞う芯の強さは柳の様な質実を併せ持った(したた)かさとして悪魔の眼に映る。

 

 単にダイエットが上手く行かないことに適当な理由をつけて言い訳をしているとは夢にも思わず、王国での長い付き合いの中で彼女から何も学ぼうとして来なかった己の怠慢へ(いきどお)らずにはいられなかった。

 

「そ、その、ゼニヤッタちゃんは何か体型を維持する為にしてる事とかはあるの?」

「申し訳有りませんが、気にしたことすら有りません。この身を形作るのに思い至るは、朝昼のおにぎりとお味噌汁。夜はそれにお肉やお魚、きゅうりパンナコッタ等の惣菜を二品ほど加えた物を頂いております」

「う~ん、そうな……んんっ!? き,きゅうりパンナコッタ!?」

 

 パンナ・コッタまたはパンナコッタはイタリア発祥の洋菓子の一種である。イタリア語で「調理したクリーム」という意味である。ゼラチンでとろみをつけ、型に入れて作るつるりとした口当たりの甘いクリームデザートである。クリームはコーヒー、バニラ、または他の調味料で香り付けされていることもある。(出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

 

 こんな説明を一々するまでもなく、パンナコッタにきゅうりが入る余地などない事は誰にでも判ることだが、その凄まじい異物混入感は声を荒げて再確認してしまうのも仕方がない物だった。

 

「あっ、し、失礼致しました。デザートは食後に頂く物なのですが、お味噌汁と合うのでついおかずと一緒に……」

「違う、そうじゃな――」

 

 ギリギリの所で危険な波動を察知して言葉を止めるが、そうなればどう声をかけていい物か分からない。言いたい事も言えないこんな世の中を恨みつつ、ポイズンを食べるような流れになる事を回避する為に知力8をフル稼働させて奸謀(かんぼう)を巡らせる。

 

「そ、そう! そういえばゼニヤッタちゃんは運動長も兼任できるのよね? 良かったらそれに付き合わせてもらえないかしら?」

「運動能力で言えば私より優れた方は幾らでも居られますが、その中から私をと仰って頂けるならこれに勝る喜びは御座いません。本当に私で宜しいのですか?」

「モチロンよ! 正直言って雪乃ちゃんやマッスルさん程になると、ハード過ぎてついて行けなさそうだから……」

 

 気後れする事がないよう、それらしい理由を取ってつけてくれる心遣いにまたも胸打たれるゼニヤッタ。

 

 この様な優しく気高く尊い心を持った方が、己を選んで頼ってくれたのならば、それに必ず答えねばならない。奉仕に掛ける情熱が、特訓も半ばにして眠っていた虎の心に火を灯そうとしていた。

 

「それでは出かけましょう!」

「へ? ど、何処へ?」

「メニャーニャ様とシノブ様のお話を小耳に挟んだのですが、寒い環境での運動は体脂肪率の燃焼をなんと四倍に高めるという研究結果が確認されたそうです」

「よ、よよよよよ四倍ぃっ!?」

 

 凄まじい食いつきでゼニヤッタの肩を掴むその力は、魔法タイプ腕力ナンバー1の彼女に身の危険を覚えさせる程であった。

 

 その獰猛な力を前に、虎の素質を垣間見れば己の中に眠れる虎の眼が見開かれたのをゼニヤッタも感じ取る。涼やかな真紅の眼は、獲物を前にした猫科の猛獣の様に瞳孔を縦長に開いていく。

 

「ハイ、確かに結果が確認されたと耳にしました。これは仮説ではなく立証済みの効果です」

「……行くわ! 何処にでも! 冥府でも魔王タワーでも水麗層でも持ってこいやァ…!」

 

 危うく違う虎になりそうな様相を示しながらも、心に燃える闘志は確かな物である事が伝わってくる。

 

「フフ、流石の意気に御座います。ですが今回は寒さが第一、闘う為ではなく鍛える為にもサムサ村へ参りましょう」

「ええ!」

 

 こうして決意を固めた二人は、冒頭にある様にして極寒の吹雪の中へと足を踏み入れる事と相成った――

 

 

 

 

 

「打つべし……! 打つべし……!」

 

 最早ダイエットの事しか頭にない彼女は、何時ものようにキレ味鋭いツッコミも放棄して舞い散る雪華へ一心不乱に拳を放つ。

 

 己の中に燃える炎を感じ取る。それは脂肪の燃焼などではなく、熱く心焼く虎の闘志であった。

 

「っ……! 足りない……!」

 

 その漫画のタイガーは弱いから止めておけと声が掛かる前に、拳を止めて身を震わせる。それを見て、遂に来たかと悪魔の微笑みが氷雪の中に浮かび上がる。

 

「身体がどんどん熱くなる! こんなんじゃ、燃やし足りない!」

「流石に御座います。この短い期間に虎の心へ火を点けられた事、感服致しました」

 

 享楽の色を浮かべた悪魔の声が、風切る音の中にハッキリと響き渡るがその姿は影も形もなく消えていた。

 

「しかし心だけ虎ではまだ足りません。私もかつて虎を目指した身、半端者ではありますが知りうる限りを教えましょう!」

「こっ、これはっ!?」

 

 視界を塞ぐ雪風の奥、四方八方から彼女の背丈の二倍はあろうかという巨大な雪玉が襲い掛かる。手を(こまね)いては逃げ場なく押し潰されるのは必然。

 

 視界は雪で塞がれており、相手は生ある者でもなく気配は辿れない。

 

 なれば頼りになるのは勘。虎の心に次いで必要なのは、その動物的感覚であった。

 

「しゃおっ!」

 

 メニャーニャの薬で猫化した時の事を思い出す。薬に頼って手に入れた力が、心まで虎と化せば身体に自然と宿る事に気がついた。

 

 それでも福の神の敏捷性は魔法タイプ中ワースト2、陸地のウズシオーネより僅かにマシという程度。未だ虎の身体は未完成なれば、柔軟性を持ってこれに対処するべく身を伏せて下へ潜り込む。

 

 自ら潰される危険に飛び込むが、球体である事を考えれば当たり判定は左右よりも遥かに小さい。

 

 死中に見出した活路の中、伏せた状態で四肢を使った反復横跳びが末端へ凄まじい負担を掛け、身体に眠るエネルギーを燃やして虎の心へ()べて行く。

 

 遂に最期の大玉が目の前に来たれば、今度は立ち上がってそれに向かう。どう躱しても邪魔をする物は何も無い、立ち向かうことに意味も無い。

 

「しゃおうっ!」

 

 人はパンのみにて生くるものに非ず、虎もまた生きるのみが虎に非ず。

 

 気高い生き物は縄張りを持ち、その領分を犯す者を許しはしない。

 

 ゴールデンハンマーを呼び出し、つっかえ棒にして雪玉を止めるとハンマーの上を駆け上がり渾身のドロップキックで打ち砕く。

 

「見事! 疾き事、風の如しに御座います」

 

 自らの力で立てた氷柱の上で、腕組をしたまま福の神を見下ろすゼニヤッタ。その眼は付き従う者ではなく、獲物を見据えた虎の目であった。

 

「風林火山、風の試練を超え虎としての一歩を歩まれた事を嬉しく思います。とはいえ、今の貴女は親元を離れたばかりの若虎。次はこの野獣の(ひし)めく木々を潜って、静かなる林と一体になってみせるのです! とぅあっ!」

 

 そう言い残して、(しな)やかな跳躍で吹雪の中へと飛び込み姿を消すゼニヤッタ。

 

 (うん)十年前のバトル漫画っぽい試練を前に、凍りついた血の様に赤い目が熱い闘志に沸き立つ血潮となって燃えていた。

 

「これでまだ登り始めたばかりなのね……この長く果てしない虎ノ坂を……!」

 

 その後は順調に何事もなく林を抜け、火のように赤い樋熊(ヒグマ)を討伐し、姿を表さないゼニヤッタに痺れを切らして眠っていたら山の試練を達成したらしく風林火山を超えて真の虎となった。

 

「寒い所での運動は四倍の効果がある。つまり一日が四日分、今日はハードトレーニングだったからその倍の八日分、ゴールデンハンマーを使って疲れたからその倍の十六日分、真の虎となった事で三十二日分、つまりここに一ヶ月分の運動の成果が出たことになるわね!」

「その通りに御座います」

 

 ○ォーズマンがプレイアブルキャラクターになったら知力は8に相当するらしい。

 

 夕食の時間も近くなったので帰路に着き、完璧な計算式によって導き出された答えと共に体重計の前に立つ。唾を飲む音が部屋に響き渡る静寂の中、決意と共に計量器に向かって一歩が踏み出された。

 

「……増えてる」

「えっ?」

 

 体重計を覗き込むと、確かにゼニヤッタがジーナの持つハンマー位の物を持ったらこの位の目盛りが表示されるだろうなという数字になっていた。

 

 体重計から目を背け、虎の炎が消えた生気無き瞳がゼニヤッタに向けられる。

 

 その眼に込められた非難、哀しみ、怒り、言葉無く伝わってくる感情は責め苦の様にして彼女を苦しめた。

 

「申し訳有りません。()くなる上はゼニヤッタ、この腹を切って……!」

「おー福ちゃん! 絞ったねぇ!」

 

 痩せたという確信に燃える熱情が、二人に考えもないまま居間で人目も憚らず体重を計測させた事によって突然の横やりが入って来た。

 

「マ、マッスルさん……違うんです、かくかくしかじかで体重が増えちゃって……」

 

 魔法の言葉でこれまでの経緯を伝えると、なる程と頷いて能天気な笑みを浮かべる。虎の心を持ったタイガーアイスクローで喉笛を引き裂かれるより先に、マッスルの口が開かれた。

 

「筋肉の方が脂肪より重いんだぜ! 思い切って腹でも二の腕でも掴んでみな!」

 

 デリカシーゼロ。日頃の発言であったら氷漬けにされて冷凍牛肉として出荷されていてもおかしくない発言ではあるが、その言葉に一縷(いちる)の望みをかけて腹を掴んでみる。

 

「んっ!? へ、減ってる!」

 

 何がとは言えない何かが確かに減少しており、その奥にある腹筋が近づいているのを指先で確かに感じ取る。

 

 凍りついた眼に雪解けが訪れ、暖かな血を流せば塞き止められていた涙も溢れ出す。

 

「ごめんなさいゼニヤッタちゃん……私、貴女を疑って……」

「いいえ、私の浅はかな知識で勧めた事の結果で不安にさせてしまったのです。どの様に言われても当然の事」

 

 手と手を取り合って、芽生えた絆の美しさを見れば落涙を止めることなど叶わなかった。そして、この絆を永遠の物にすべく申し出る必要を若き虎は覚えていた。

 

「っ! それでは気が済まないわ、私を殴って! 私を殴ってくれないと、貴女を友と呼ぶ資格すらなくなってしまうから!」

「え? それ女の子がやる友情の確認じゃ無くない?」

 

 外野の言葉等、全く耳に入る事もなくにっこりと笑ったゼニヤッタが平手を見舞う。

 

「ぶべらっ!」

 

 二度受ければマッスルをも戦闘不能にしてしまう強烈な打撃に、首をもがれそうになるがこれを耐え切る。主にツッコミを担当する彼女に似つかわしくない悲鳴が上がると、今度はゼニヤッタが彼女の手を取る。

 

「福の神様、同じ位の強さで私をお殴り下さいませ。貴方の視線を受けて、どうして協力したのに理不尽に責めるのかと、貴女を呪った私をお殴り下さい」

「まぁ、実際に理不尽だったから多少はね?」

 

 脳が揺れる時こそ虎が炎を燃やす時、平手によって甚大なダメージを受けた彼女の闘魂溢れる平手がゼニヤッタを襲う。

 

「きゃっ……ん」

 

 小動物の様に愛らしい悲鳴を上げて、じんじんと痺れる頬の痛みを虎の絆と共に共有している事を嬉しく思えば自然とゼニヤッタの目にも涙が溢れた。

 

(えっ、これ俺も仲間に入れてって言ったら入れてくれる奴かな?)

 

 マッスルの脳裏へ原作に従って二人の仲に入ろうという(よこしま)な考えが浮かぶが、百合の間に挟まるには死を覚悟する必要がある。ヘタレである事が功を奏して、過激派の読者から逃れることに成功した。

 

「福の神様、こんな端女(はしため)を友とお呼びになって頂けるのですか……?」

「ゼニヤッタちゃん、福ちゃんと呼んで。皆には語感でちゃん付けされているけど、貴女にはそう呼んで欲しいからお願いするの……!」

「福ちゃん……っ!」

 

 心許し合い、敬称もなく呼び会える友人と熱い抱擁を交わす。マッスルもそんな感動的な友情を目の当たりにして、物理攻撃なら耐えられるし間に挟まれば良かったかなぁと後々になって後悔した。

 

 そして変わることのない友情を築き上げた虎達は、互いを高め合いながら数ヶ月の時が立った。

 

 

 

「へへ……負けたぜ福ちゃん」

「やりましたね! 福ちゃん!」

「……」

 

 鍛えに鍛え抜かれた虎の肉体は、全ての脂肪を筋肉と化した。

 

 そして遂にボディビル大会に参加して以降、ずっと王座を守り続けてきた無敵の覇者であるニワカマッスルを打ち破ってしまったのだ。

 

「こ、ここまでやる予定じゃなかったのに……」

 

 その体脂肪率は0.1パーセント未満。分厚いウェストはほぼ筋肉で構成されており豊満な脂肪に満ちていたバストもマッスルをも超える鋼の胸筋を身に付けていた。

 

「な、なんでゼニヤッタちゃんは変わってないの……?」

「体温を一定に保つ動物は、寒い地方で肥大化しやすい傾向にあるんです。ベルクマンの法則ですね。ゼニヤッタさんはずっと冷たいままで変温動物……まぁ古い呼び方なんですが、体温を気候に合わせて変化する動物として見れば逆ベルクマンの法則にしたがって縮小する可能性も有りました。筋力が福の神様と同等に上がっているのなら、姿が変わっていないのを縮小と見てもいいかもしれませんね」

 

 何処からともなく飛び出したメニャーニャによって疑問は氷解するが納得はいかない。

 

 ついつい周りに褒めそやされるまま、身体を鍛え続けてしまったがなんとかして後戻りしなければ。

 

 そう思う彼女だが、こうなる前に止められなかったのにも理由がある。

 

「うおおおお! 筋福神フク様だぁぁぁぁぁ!」

「仕上がってるよ! お目々が幸福なっちゃうよ!」

「○トシックス全額詰め込んだ貯金箱でもそんなデカさになれねぇぞ!」

「いよっ大黒天! シックスパックに残りの六天宿ってるぅ!」

 

 愛されたくて地上に降り立った彼女に、ビルダー達の忌憚(きたん)無き賛辞の言葉はどこまでも心に沁みる物だった。鍛え続ける限り満たされ続ける自尊心、自己顕示欲。

 

 全ての努力が報われる確証のないこの世の中で、鍛えれば鍛えるほど、結果を出せば出す程に必ず答えてくれる人が居る。

 

 努力する上で、それがどれだけの支えになるだろうか。彼女の場合、その支えが強く高くなりすぎて、自分が何処に居るのかを見失う事になってしまった訳だが。

 

「福ちゃん……凄いよ」

「ヤ、ヤエちゃん……」

 

 かつて大学の脂肪燃焼研究を共にして絆を育んだソウルフレンドが、涙を浮かべて祝辞を述べてくれている。

 

「一緒に雪乃の腹を引っ張って、皮しかついてねぇ! ってバター揚げを無理やり食わせてやったのを、私は昨日の事みたいに覚えてるのに……」

 

 ジャム派の彼女は熱々揚げたてバターを口に押し込まれガチ泣きした。しかし、そんなカロリー兵器を口にして太らないのは許せなかった。

 

 あの怒りを共有した友は、何処か遠くを見たまま目を合わせてはくれなかった。

 

「おめでとう福ちゃん……私は、福ちゃんみたいにはなれないわ……」

「そんな事無いから! 一緒に頑張ろ!? 風林火山の試練、意外と簡単だから! ねっ!?」

 

 道連れ欲しさに無理矢理にでも虎の道へ引き込もうとするが、顔を伏せてサイキッカーはクールに去るのであった。

 

 遠のいていく過去の残滓、背後から迫る虚しい栄光を称える歓声。

 

 振り返れば、華のような笑顔を浮かべた悪魔が立っていた。

 

「福の神様――」

 

 

 

「はっ!?」

「福の神様、これにて山の試練は終了に御座います」

 

 眠りについていたのを揺り起こされる。

 

 見渡せば吹雪く雪山の中、夢で試練を終えた所であった。

 

「では夕食時ですから、そろそろお(いとま)致しましょう。明日からも頑張りましょうね」

「へあっ!?」

 

 明日からも、これを続ければ今見た夢が正夢になってしまう事を考えて奇声が漏れ出てしまった。

 

 訝しげにこちらを見遣るゼニヤッタを前に、惨劇を回避すべく知力8のマックスパワーを開放する。

 

「い、いえ! やっぱりハードすぎて、ついて行けそうもないわ!」

「左様でしたか? 全ての試練を楽々と突破して居られた様にお見受けしましたが」

「全然全然! もーヘトヘト! クタクタ! ギバップ! サレンダー!」

 

 それを聞いて悲しげに目を伏せるゼニヤッタの姿に心を痛めるも、筋福神なる謎の存在になる訳にはいかなかった。

 

「そうですか、残念ですが福の神様がそう仰るのであれば……」

「え、えっと……ごめんなさいね? 後そんなに畏まらなくてもいいのよ、福ちゃんって呼んで……」

「いえ、そういう訳にも参りません。神様ともあろう方を、そんな気安くなど」

 

 夢の中で築いた絆に手を伸ばすも、それはここに存在し得ない。

 

 あれが正夢なら結果は既に見えているので、芝居を打てば一時の友情を取り戻せはするが。

 

「如何されましたか?」

「や、やっぱり……ちょっと位は厳しくないと、すぐ元に戻っちゃうし? 時々は一緒に運動させてもらえないかしら、なんて……」

「……ハイ、私で良ければ喜んで」

 

 夢と同じ、華のように美しい笑顔。

 

 この先に何があろうとも、もう捨てる事は叶わない気がする呪いの華。

 

 そうと知りつつ求めてしまう欲深さに、我ながら呆れるばかりであった。

 

「おー福ちゃん! 絞っ……」

「マッスルさん、今後もし私の体型について口を挟んだらそれが褒め言葉であれ貴方を冷蔵庫送りにしますからね」

「ハ、ハイ……」

 

 夢の中で得た賛辞の言葉は捨て難くあるが、しっかり釘を差しておく。

 

 今後二人がどうなるか、それは神と悪魔のみぞ知る話。



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