籠姫   作:紙粘土

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後編

-1-

 

ユクモに名を馳せるそのハンターは、龍の頭を模したボウガンを背負うベテランだった。武器はヘビィボウガンと呼ばれてる。

男のやや後ろをアイルーが走る。アイルーは男と揃いの古龍の防具を身に付けて、顔には傷を持っていた。

 

「旦那、次はどこですか。相手はなんですか」

 

アイルーは楽しそうだった。旦那と呼んだ彼を心底慕っているようで、共に戦うことを自らの誇りというふうに。アイルーの名をレオという。

 

「ちょっとな、古い知り合いから便りが来たんだ。管轄はドンドルマの方だから、割に遠いぞ。地底火山に行く」

 

「へえ、地底火山!火口が山頂じゃなくて地底にあるんですよね、すごい。それで、火山ってことはグラビモスとか?それともブラキディオスですか」

 

はしゃぐレオに男はくっくと笑みを漏らして、悪戯な顔で「炎王龍だ」と囁いた。まだ観測隊の調査段階で確定じゃないけどな、と付け足したけど、レオは目をパチクリさせてる。やがて、顔色がさぁっと青褪めた。

 

「テオ……?」

 

「なにビビってんだ」

 

男はけらけら笑い出した。レオのリアクションを面白がった。

 

 

 

 

 

 

 

-2-

 

村人の大半が同じ血脈の一族というその村は、独自の信仰と血筋のこだわりから、どこか排他的な雰囲気を醸し出していた。

男が便りを貰った時は、巨大なクレーターと地形の変化にテオ・テスカトルではと疑惑が上がり不安に悩む状況だった。

しかしユクモからそこまで移動している間に、状況は更に悪化してしまったらしい。

まず、疑惑は確定的な事実になった。テオ・テスカトルが地底火山で観測された。そして観測されただけでなく、村人が命を落としたらしい。

暗く澱んだ瞳に怒りを携えて、知人であり族長である男は言った。

「犠牲になったのは義理の息子だ」

墓はまだ新しく、聞けばつい最近のことという。男の嫁、つまり族長の娘は赤子を抱いて泣いていた。村全体が、悲しみと恐怖にすくみあがってるようだった。

 

 

「そうか……テオで確定か」

 

「遠路遥々感謝する。そうだ、今協会が観測隊の情報をもとに危険度について吟味してる。……多分G3以上と制限がかかるんじゃないかって話だ」

 

男は神妙な顔で頷いた。彼はG3の更に上、金の冠を模した特別許可証を持っているけど、一人で挑もうとはしなかった。

相手が炎帝と呼ばれるテオともなれば、確実な討伐にはもう少し人手を要するだろう。古龍とはそれほど強大なのだ。

彼は自他共に一流と認めるベテランだけど、軽はずみに「任せろ」などとは口にしない。古龍の討伐や撃退の経験は、今日まで数度ばかりはあった。いずれも針穴に糸を通すような死線を潜る戦いだった。村一つの命運を背負う状況とあらば、ドンドルマからの応援を待つのが確実なのだ。

 

面子が揃うまでこの村の中に滞在し護衛に努め、本格的な討伐は人数を揃えてからにするべきか。場数の多さが瞬時に最善策を思い描く。炎王龍と真っ向から対立して、一対一で打ち勝つのは難しい。だが防戦なら話は別だ。仮に村に炎王龍が襲いかかってこようとも、住人を避難させる時間稼ぎなら出来るだろう。これが、最も村人達を危険に晒さない方法だった。

 

「……まあ、四人揃うまで待機がてら護衛に努めるってのが堅実だろうな。宿はあるか」

 

「無論だ、一番良い部屋を用意させる」

 

族長はそう言って、頭を深々と下げてみせた。

どうやら暫く滞在することになりそうだと、傍らの〝相方〟であるアイルーに言う。正式に大老殿にクエストが並ぶにはもう少し時間を要するし、クエストを受注したハンターがここに来るまでの移動時間もそれなりにいる。長くなりそうだ。

 

だが、その夜にベテランガンナーの方針は、がらりと変わることになる。

一人の少女の話が耳に入ったのだ。

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

「あのガキがテオの怒りに触れたのだ。だからこんなことになった」

 

陰鬱な空気にやさぐれるようにして、男達が車座になり酒を飲んでた。一人が言えば、全員が頷き同意を示す、

「テオの怒りに触れた」とはまた穏やかでないから、ベテランガンナーが興味を持ったのは然りであった。

 

「あのガキのせいでワギは死んじまったんだ……いい奴だったのに」

「まだ娘は一歳だろ。いたたまれない」

「族長の娘さん……あんなに泣き腫らして可哀想に」

 

どうやらワギとは、先日テオに裂かれて亡くなった若者の名前らしい。族長の義理の息子と聞いていた。男達は、その死を悔やんでいるようだった。

だが気掛かりは「あのガキ」の方だった。察するに子供が何かやらかして、そのせいで若者が亡くなったらしい。それで恨み言を連ねてる。ベテランガンナーは車座の中に割り込んで、「詳しく教えてくれねえか」と言葉をかけた。

 

排他的な性質の村人達も、彼が自分達を守護するものだと知っている。よそ者であるのに敬意を払い、「ええ」とぎこちない敬語で返事は述べられた。

 

「ワギは、俺たちの目の前で殺されたんだ。テオはどこかへ飛び去って、泣きながら遺体を運んで帰った。その夜ですよ。あのガキが……ひょっこり村に帰ってきやがって」

 

帰ってきたと表現するなら、〝あのガキ〟とやらは元々この村に住む子なのだろう。どこへ行っていたのか知らないが、帰ってくるだけで忌み嫌ったような発言である。ベテランガンナーは眉を顰めた。どうにも不穏な空気がしてくる。

 

「お祈りしただの神様がどうのだの、ぐだぐだ言い訳したから頭にきましたよ……。ああ、あんなガキのせいで、あんないい奴が死ぬなんて」

 

どうにも話がわかりにくい。族長の息子、ワギとやらはテオに殺されたのではなかったか。たった今、目の前でテオに裂かれたと言ったばかりだ。

それがどうして、〝あのガキ〟とやらの責任なのか。

率直に彼が尋ねると、男は興奮したように「だから!」と声を大にした。唾が飛び、それに嫌な気持ちが擡げる。

 

「だから!あのガキのせいでテオの怒りがこちらに向いてきたんです!お怒りに触れたから、ワギが殺されちまったんです!」

 

こいつは酒のせいで支離滅裂に聞こえるのか。ベテランガンナーはため息を隠しはしなかった。呆れたような面立ちで、「怒りに触れたってなんだ」と尋ねる。

 

「なにしたんだい、そのガキとやらは。その場にいもしないのに、どうしてその子のせいなんだい」

 

嫌な村だと彼は思った。どんな経緯にせよ、人の死を子供のせいにするなど悲しい話だ。まして古龍ともなれば、絶大な力は人の理解しうる理の外の生き物だろう。族長の息子の死は残念だったが、どうしてこのような解釈が生まれてしまったのか。

 

「お、お役目を果たさなかったんだ」

 

興奮した男の代わりに、痩せ型の男がぽつりと言った。目にげっそりとしたくまがあり、頬はこけて窶れて見える。口調は神経質そうだった。

 

「村に、被害がないように、あ、あの子は供物なんだ。なったんだ。なのに、逃げたから、だから怒りを買ったんだ。ワギはそのせいで、とばっちりだ……」

 

 

〝供物〟

その言葉に耳を疑う。この村に独自の信仰があるのは知っていた。それ故に特異な価値観が根付いているのも知っていた。だけど、人間が供物とは、一体なにを言っているのか。

 

 

「ワギが死んだ日、帰ってきたんだ。自分で歩いて。供物が、帰ってきた。だからワギが殺されたのだと、確信したよ。みんな怖いんだ。次は、自分かもしれない。あの子が、ちゃんと、供物にならなかったから、村が、あ、危ない」

 

 

痩せ型の男がどもりながら述べる言葉に、また車座の男達がウンウン頷く。なんということか、この村では、このような価値観が常識だとでもいうのだろうか。腹の奥から、酷く胸糞の悪い怒りが沸き立つようだった。

 

「……一つ聞くが、そもそもテオが出現したのも、その子供のせいだったりすんのかい」

 

今にも殴り倒したい怒りを堪えて、冷静さを努めるように彼は問う。答えたのは更に別の男であった。でっぷりと太った中年だ。

 

「いや、知らん。なにせ突然現れたからな。だから俺たちは、村が襲われないように生贄を出したんだ。なのに、その生贄が逃げたんだ。結果これだよ。何も悪くないワギが死んだ。あのガキが逃げて、のこのこ帰ってきやがっ」

 

「んなわけあるか」

 

最後まで聞かずに拳を飛ばした。ベテランガンナーは、その強靭な腕で男を殴り飛ばしたのだ。

 

「独特の信仰だか知らねえが、トチ狂ってやがる。テオが人を食うなんざ聞いたことないぞ。生贄に意味なんか最初からねえ。なにをしてるんだ」

 

古龍が恐ろしいのはわかる。だが、その結果何故生贄だなんて手段になるのか。モンスターのうようよいる火山に子供を置き去りにして、しかし奇跡的に生還したというのになんて言い草をするのだろう。ワギとやらが死んだのを、あまつさえその子のせいにするなど。

突如振るわれた暴力に、車座の面々は驚愕と恐怖を顔に浮かべた。瞳には恨みの念すら篭るけど、ハンターたる彼に腕っ節で敵わないと知ってるのだろう。やり返す者はいなかった。

 

「で、その子はどこにいるんだ」

 

さぞ肩身の狭い思いをしてるに違いないと、味方のいないだろう子供を思って彼は怒った。だがその返事は、更に残酷な者だった。

 

「こ、今度こそ、ちゃんと、生贄になるように、縛って、地底火山に……」

 

 

 

 

 

 

 

-3-

 

「レオ、出発だ」

 

怒りに形相を歪ませて、ベテランガンナーは相方のアイルーにそう言った。

 

「旦那、もうドンドルマからハンターが来たんですか?」

 

充てがわれた部屋でのんびりしていたレオは、予定よりずっと早い行動に、しばし目をパチクリさせた。

 

「いや、俺たちだけだ」

 

言いながら彼はガンナーポーチに弾薬を詰め、クーラードリンクや回復薬を用意してゆく。有無を言わさぬその雰囲気に、レオは一度疑問を引っ込める。長い付き合いだ。なにか理由があるのとすぐにわかった。

 

「すまねえな、詳しいことは行きながら説明する」

 

「……わかりました。でも旦那、協会にはなんて?」

 

「あくまで偵察だと伝えておけと、あの馬鹿どもに言ってある」

 

〝あの馬鹿〟が誰を指す言葉かわからないけど、とりあえずレオは頷いた。

 

 

「目的はテオの討伐じゃねえ。ちょっと、人探しだ。死んじまってるだろうが、亡骸だけでも、な。

だがテオに会ったら戦うことになるだろう」

 

言いながら扉を開け放てば、驚いたことに部屋の外には殴られた痕のある男達が正座をしていた。その中には、鼻血を垂らした族長の姿まであるではないか。異様な光景にレオがギョッと目を丸くする。

 

「か、考えなおしてくれんか。お前と入れ違いにテオがここに来たら……」

 

怯えを露わに、しかし皆々を代表するよう族長がいる。だがベテランガンナーはその様を、虫を見るように睨むのだ。

 

「知るか。祈ってろ。それでも駄目なら、今度はお前さんが生贄になればいいだろう」

 

「そんな……」

 

「何も悪くない少女にあんな仕打ちをして、それで生きようとするお前らに賭ける命なんざ持ってねえんだ」

 

そうベテランガンナーは吐き捨てて、それきり振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-4-

 

一頻りの経緯を聞いたレオは、彼同様に怒りにうち震えてた。信仰は自由だ。だがそれを、他者に強制する権利など誰にもないはずなのに。

 

少女を放ったという場所目指して、ベテランガンナーは早足に行く。高い崖を躊躇することなく飛び降りて、最短ルートを目指してた。

 

少女には食料や水はおろか、クーラードリンクさえ与えられなかったという。泣き叫ぶ小さな体を縄で縛って、そのまんま放置するという残虐な措置を取ったのだ。遡ること数日……いや一週間近く前だという。その日数だけで、少女が死んでいるのは明白だった。子供でなく大人でも、鍛え抜かれたハンターであっても死ぬだろう。火山という過酷な環境の中に、そんな状態で人は一日たりとも生きられない。

 

それでも彼が走るのは、屍がイーオスたちに啄ばまれたり、溶岩に溶かされるのだけは避けたかったからかもしれない。

手遅れでも、亡骸だけでもきちんと埋葬してやりたいのだ。生前にこれでもかという責め苦を受けて、この上死後まで蔑ろにされてしまっては、魂に救いが無さすぎたのだ。

 

「……せめて、一欠片の骨だけでも拾ってやれたら。

まあ、そのためにも今はテオに会いたくねえがな」

 

そう言って彼は、ポーチからクーラードリンクを取り出した。この先は灼熱地帯と知るから、先に飲んでおこうというわけだった。

だが目尻に赤い鱗粉を微かに捉えて、背中の産毛が一気に逆立つ。ちか、ちか、と光った気がした。彼はクーラードリンクを飲むのをやめて、全力で後方へ駆け抜ける。

 

カチ

 

牙同士を鳴らしたような、そんな独特の音がした。起爆装置を連想させる、微かな物音の後に周囲が一気に爆ぜあがる。地面が抉れた。レオが驚いて悲鳴をあげる。

間一髪、爆破を逃れたベテランガンナーは舌打ちをした。同時にかなり驚愕してる。まさか、こんな麓にいるとは思わなかった。全身に纏った龍炎と、その立派な鬣を見て彼は思う。もっと、最深部に腰を据えてると思っていたのだ。だのにテオ・テスカトルは、ズワロポスのうろつくような麓に鮮やかに降り立ったのだ。

 

 

「なんでこんな麓に!旦那!」

 

一瞬前に感じた疑問と、全く同じことをレオは叫んだ。

わからない。わからないが、遭遇しちまったものは仕方ない。彼は背中の武器を取る。

 

「レオ!撃退するぞ!」

 

相方の背中をどんと叩けば、ビビリ越しだったアイルーもまた背筋を伸ばした。

 

 

……尻尾だ。転がりながら、慎重に、しかし迅速に位置取りしながらスコープを覗く彼は言う。尻尾を狙う。頭も腹もどうだっていい。ひたらすら尻尾を狙うべきだと、数多の知識は知っていた。

 

その尻尾が風を切って振りしだかれれば、鱗粉が風下に向かい流れ出す。赤い風が舞うようだった。これらが全て爆破するから恐ろしい。折角絶好のポジションまで転がったのに、躱すしかないのを悔やみながら側転する。

実に素早い。

 

 

「旦那!!」

 

レオが叫んだ。ガンナーの彼にとって、最も厄介なのが突進だった。

モンスターは様々な攻撃パターンを持ってるが、必ずそれらには予備動作があるものなのだ。防御力が低いガンナー達は、その予備動作から次の動きを予測することによって立ち回る。だのにテオの突進は恐ろしいことに、その予備動作が存在しない。それでいて凄まじいスピードで突っ込んでくる。それも直線とは限らずに、相手が回避することを予測して微妙にカーブするのだ。これほど厄介なこともない。

 

すれすれのところで彼は避けた。数センチ真横を駆けるテオは、しかしそれでは止まらなかった。突進は一度とは限らないのだ。

たった今かわした彼のところへ、急旋回して二度目の突進が向かってくる。追尾性に優れる上に、執拗に連続攻撃を仕掛けてくるから恐ろしい。人間の嫌がる動きを知っているのだ。

一度でもこの突進ループにはまったら、すっ飛ばされて、起き上がりにまた轢かれるという悪夢のようなコンボにあう。それを彼は知っているから、必死に横へ横へと転がるのだ。ガンナーの守備力では、おそらく一度、致命傷を避けたとしても二度食らったら死ぬだろう。

 

 

「旦那!旦那!くそ!」

 

レオが武器を手に突っ込んでくる。回避一方の彼から注意を逸らそうと、半ば無謀な動きであった。レオの武器が腹を目指すが、テオはそれもひらりと躱す。

後方へ軽やかに跳躍し、そのまま翼が風を仰いだ。……ただの風ではない。黄色い鱗粉が混ざってる。

 

また先ほどの鱗粉爆破だと予見して、レオは距離を取ろうとした。その首根っこを彼が掴む。

 

「違う!黄色は近付け!赤は近くを爆破し、黄色は遠くを爆破する!離れたら逆にやられるぞ!」

 

そう言ってテオの眼前まで滑りこみ、そのまま彼は銃口を鼻先に捩じ当てた。

 

カチ

 

また起爆装置のような音がする。直後に後方の周囲が爆ぜる。接近した彼とレオは無事だった。

 

 

「こっちの番だ」

 

弾丸が鼻先を撃ち抜いた。嫌がるテオは体を翻し、ずっと撃ちたかった尻尾が眼前に現れる。……狙い通りだと彼は笑った。

 

 

「旦那!今のうちに!」

 

レオは一瞬テオが怯んだのを見逃さず、頭にしがみついていた。視界を奪われテオが暴れる。しかし攻撃は見当違いの方向だった。隙だらけだ。

 

 

「いいぞ、レオ!」

 

彼の銃が、連続して発砲する。龍の頭を模した銃口から、凄まじい威力の弾丸が的確に尻尾を抉る。

五発、十発、十五発、一度リロード。それから四発。そこでようやく、テオはレオを振り払うことに成功し、改まって彼を睨んだ。その瞳が殺意に満ちてる。

 

振り落とされたレオは彼の足元に尻餅をつき、しかしすぐに体勢を立て直す。直後、緊迫した顔でレオはぽつりと言った。

 

「旦那……あのテオから、人間の匂いがする。べったり匂いがついてる」

 

その言葉は、彼に一つの仮説を浮かばせた。

 

 

 

テオ・テスカトルが人を食うということは、今日まで報告のないことだった。逆に、熱石炭を食すなどの報告例が多いことから、テオは肉食でないのかもとの見解が強い。

人を食べないはずのテスカトルに、人の匂いがべったりとつく。戦闘による返り血の可能性を指摘したけど、レオはそれを否定した。

「旦那、血の匂いはしない」

 

古龍種の中でも特に凶暴で攻撃的な性格をしており、広大な砂漠一帯を一夜で焼き払ったという報告もある特級の危険生物。それがテオ・テスカトルだ。なぜそいつから、人間の匂いがするのだろう。血の匂いはしない、人間の匂いとはどういうことか。

 

口外に露出した鋭い牙と赤い鬣。威厳と風格に満ちた古龍が、何故こんな麓に降り立ったのか。彼は最初の疑問を振り返る。とはいえじっくり考察する余裕などなく、テオの猛攻は止まらない。

避けて、避けて、尻尾を撃つ。ひたすらその繰り返しだ。だがキリがない、スタミナがじりじり削られて、彼の動きも鈍くなる。レオもまた激しく攻撃を繰り返してたが、どうやらテオは「先に彼を始末すべき」と決めたようで、執拗に彼だけを狙ってくるのだ。賢いというのがこれほど厄介なことも稀有だろう。

 

だが彼とてまたベテランと言われるに足る腕がある。弱点特効のスキル編成により撃たれた弾が、的確に尻尾を打ち続けるのだ。古龍とはいえ、ダメージが蓄積されないわけがなかった。

目に見えてテオが大きく怯んだ。……ああ、やっとアイテムが使えると彼は思う。回避行動で立ち回りを行うヘビィにとって、スタミナは生命線なのだ。早く、元気ドリンコを飲まなくては。動けなくなる前に。

急いて納刀しながらポーチを取ろうとした刹那、さっきまであった距離が一瞬にして縮んでた。まるで、瞬間移動でもされたみたいだ。あの厄介な予備動作ゼロの突進だった。くそ、と舌打つ。そのまま奥歯を食いしばる。

かろうじて身体を逸らすけど、間に合わないとわかってた。

 

だが奇妙なことに、身体に痛みは走らなかった。テオが、外したのだ。

 

あの突進は、人間が避けることまで計算に入れ、先読みのもと行われる。逆にいえば、先読みがはずれればテオが勝手に攻撃を外すこともあるということだ。これは偶然にも、そして幸いにも命拾いしたのだろうか。彼は思う。そうとするには違和感がある。果たしてテオは、外したのか……?すれ違いざまにかすったポーチが揺れている。

 

テオの先読みが外れたのでないのなら、テオは何を狙っていたのか。ポーチを見る。テオを見る。今、彼は元気ドリンコを飲もうと瓶をポーチから覗かせた。その瞬間の突進は、彼の体躯を捉えなかった。テオは何に向かって走ってきたのか。

最初の攻撃は……。あの時も彼は瓶を持ってた。クーラードリンクを飲もうとした瞬間に、テオが鱗粉を撒いたのだ。

 

 

「……おいおい、それじゃあ、お前は瓶が欲しいみたいじゃあないか」

 

そんなものに惹かれるモンスターなど聞いたことない。メラルーでもあるまいし。だのに何故、彼がポーチからクーラードリンクを取り出して、地面に転がした瞬間だった。

 

テオが、彼をそっちのけにクーラードリンク目指して背を向けたのだ。

 

その隙を見逃すはずなく、無防備な尻尾を撃ち抜く。

 

……おいおい、本当にクーラードリンクが欲しいというのか。なんで、そんなもん必要なのは人間だけだ。まして炎王龍ともあろうテオが、間違ったって必要とするものじゃない。

連射しながらも疑問が絶えない。テオの痛み呻く声がする。

 

そうだ、テオが必要とするはずがない。ではなにが必要なものかといえば、言わずもがな人間だ。そしてテオからは、人間の匂いがべったりとする。

 

だが妙なのだ。族長の息子が死んでから、村の人間は誰一人として火山に立ち入ってはいなかった。テオに匂いをつける人間などいやしない。

 

 

「……いや、一人、いる」

 

クーラードリンクを欲しがるテオ・テスカトル。通常ならあり得ないような麓の邂逅。

村人は誰一人火山に来ない。ただ一人、生贄にされた少女を覗いて。

 

テオは、どうしてクーラードリンクを欲しがってるのか。

 

 

彼は、銃を撃つ手をピタリと止めた。そのまま銃口が下に向く。だって、なら、どうしてトリガーを弾けるというのか。

 

 

次の瞬間、周囲がぐにゃりと歪むのを見た。

目の前のテオが突如として滞空し、周囲の空間に橙色の粉塵を撒き散らすと共に炸裂する様な音を鳴らした。右側に何かが集中してく。そのせいで空間が歪んだような錯覚をする。自身の周囲に広範囲を巻き込むド迫力の大爆発を巻き起こす、それはスーパーノヴァといわれる大技だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

-5-

 

泣き声がする。

とても悲しい声だった。

 

同時に、旦那、旦那と呼ぶ声がする。これは、レオの声だ。では泣いてるのは誰だろう。彼はゆっくり目を開けた。

 

 

 

 

 

「旦那……女の子が……」

 

信じられない光景だった。それはレオも同じのようで、口をパクパクとさせている。

 

「あ、回復。先に回復です、旦那。秘薬、秘薬……!」

 

咄嗟に回避をしたけれど、テオのスーパーノヴァは悍ましい。身体の右半分が、見るも無惨な有様だった。まともに食らってたら、今頃骨まで燃えていたろう。とはいえ大分に重傷で、戦えそうにない状態だけれど。

 

それでも命の危険を感じないのは、眼前のテオが全く臨戦態勢にないせいだろう。

テオは前足を折って座り、彼のポーチを漁ってる。その横には、とても小さな少女がいた。手には縛られた痕がある。彼は全てを理解した。

 

 

「……君は、あの村の子か。縛られて、火山に置かれたのか」

 

少女は泣きながら頷いた。怯えさせたのかもしれない。なにせ右半身が血塗れなのだ。子供には恐ろしすぎる状態だろう。レオが秘薬を手に押し付けてくる。彼はそれをぐびりと飲んだ。怪我が魔法のように治りはしないが、体力は大幅に回復する。それに強い鎮痛作用も持っているから、身体は大分に楽になるのだ。

 

 

「それで、テオが、君を守っていたのか」

 

少女はまた頷いた。

イーオス一頭にすら敵わないであろう少女は、肉食のモンスターの住まう火山で、どうやって生き延びてこれたのか。クーラードリンクは、テオが彼女のために欲しがったのか。だから、こんな麓に現れたのだ。奥地にいては、少女が死んでしまうから。

 

テオはここで、村に帰れない小さな少女を、ずっとモンスターから守ってた。そして現れた彼から、食料やクーラードリンクを奪ってやろうとしたのかもしれない。

 

 

「……レオ、俺は気絶してたか」

 

問えばレオは頷いて、三分くらいですと彼に言う。

 

「そうか。悪いが、その三分間に何があったか教えてくれ」

 

何故テオがとどめを刺さなかったのか。目が覚めたら少女がいて、テオの戦意は失せていた。にわかに信じがたいことではあるが、事実なのだから仕方ない。

 

 

「女の子が、走ってきて……そうしたら攻撃しなくなって。いや、倒れた旦那の、荷物は漁ってたけど」

 

「なるほどなあ」

 

 

どこにも味方のなかったと思われた、少女の味方はここに居たのだ。きっとそういうことなのだろう。

 

 

「君は、モンスターと意思の疎通が出来るのか」

 

彼は問うたが、少女は首を左右に振った。言葉はわからない。会話もできないと。

 

「でも、ずっと助けてくれたの」

 

泣き腫らした声で少女は言った。奇跡のような出来事だろう。言葉は通じないけれど、絆のようなものはあるかも知れない。

 

 

「モンスターと人間が……そんなこと、あるんですね、旦那」

 

「……まあ、俺たちもモンスターと人間だろうよ、レオ」

 

「あれ。確かにそうでした」

 

 

テオは静かに、少女の横にいるだけだった。その瞳に、彼が意思や感情を読み取ることは出来そうにない。だけど少女には、わかることがあるのだろう。

 

それから彼は静かに言った。

 

 

「……君は、火山では生きていけない。わかるか」

 

少女は頷く。

 

「村に帰れないんだったな。大丈夫だ、別の村に送ろう。ナグリ村という、明るくていい村がある」

 

「……でも、」

 

「そこのテオと一緒にいたいか」

 

少女はまた頷いた。テオもどこかで、それを望んでるようにも見えた。

 

 

「なら方法が一つある。時間はかかるが、君が努力すれば、クーラードリンクがなくても火山で生きられる方法だ」

 

「……ほんと?」

 

「本当だ。だけどたくさんの修行がいる。もっと大きくならなきゃならない」

 

「頑張ったら、戻ってこれる?」

 

「勿論だ」

 

泣きながら少女は頷いた。テオが、人間の会話をどこまで理解するのか知らない。だが彼女を連れてくことに一切の妨害をしないのは、テオもまた少女がここで生きられないのを知っているからかもしれない。

 

少女はテオの鬣に顔を埋めて抱きつき、別れを惜しみながら囁いた。

 

「戻ってくるね。お墓に、行くからね」

 

 

彼はポーチから、モドリ玉を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-6-

 

その背に大仰な笛を持ち、火山を歩く女がいる。脳裏にはたくさんの思い出がある。

幼少の頃の悍ましい記憶の数々や、命を救ってくれた一人のハンター。そして、ずっと再開を願った炎王龍。

 

彼女は背の笛を手に構え、じりじりと間合いをつめるイーオスを見た。肉を喰らいたいのだろう。彼女を捕食対象と見て、イーオスの群れがにじり寄る。それに怯える様子はなかった。

 

笛を振る。笛といっても楽器ではない。本質は武器なのだ。

横殴りに一撃、振り下ろしてまた一撃。それから、身体を軸に回転しながらまた一撃。打撃の音はハンマーに近い。女の細腕に不似合いなほどの重量は、容易くイーオスたちを蹴散らした。

美しいのは旋律だった。彼女の戦いは奏でを伴い、清らかな音色が流れ出す。それが自身に力を与えてくれるから、狩猟笛使いとはなんとも神秘的な存在だった。

 

敵を蹴散らして、彼女が更に奥へと進む。その道は、かつて籠に乗り運ばれてきた道だった。

あの時は巫女などと担がれた。だけど今、巫女はハンターになっていた。

 

 

「お祈りしたのよ。また会えるように」

 

彼女は言った。背の笛を振るえば音が鳴る。そのせいか、まるで踊っているようだった。旋律が彼女に力を齎してくれるから、彼女はクーラードリンクがなくてもこの火山に生きられるのだ。

目の前には、幼い日に作った墓がある。あの日の墓標は朽ちていたけど、見間違えよう筈もない。

 

 

「この旋律には暑さ無効の効果があるんだ。まあ、装飾品でもそれだけなら補えるけど、笛の耐暑はもっと凄いんだよ。溶岩だってへっちゃらだし、なにより、炎王龍の炎のバリアーでもダメージを受けなくなるんだ。あの日のハンターさんが教えてくれたの」

 

テオ・テスカトルは近付くだけでダメージを伴う。それだけ人間とはかけ離れた存在だった。だから彼女は、狩猟笛を手に取って、ナグリ村で過ごした時間の全てをその修行に励み続けた。この火山で、一緒に生きていけるように。

 

 

「ただいま」

 

テオ・テスカトルはそこにいた。彼女が笛を奏でる様を、温かい目で見つめてた。

 

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