「…………お?」
久方ぶりの外出で赴いたデパート。
必要な生活雑貨を購入してそろそろ帰ろうかと1階に降りたところで、人だかりができていた。
《バレンタイン・フェア》
なるほど。どうやらチョコレート菓子を売っているらしい。バレンタインデーにはまだ少し早い気もするが、祝日ということもあってたくさんの女性や家族が楽しそうにチョコレートを選んでいる。
チラッと人だかりの向こうを覗くと、あまりそういう事に興味がない俺でも知っているような有名店やパティシエの名前が見える。
チョコレート、といえば。
今朝、自分の指揮下にある艦娘たちがチョコレート菓子をくれたことを思い出した。
『司令官! お礼は3倍返しでいいよ!』
そう言って渡されたのは、たけ〇この里。
『司令官。ふふっ……はいっ!』
そう言って渡されたのは、き〇この山。
『司令官、これあげるね~』
そう言って渡されたのは、お徳用大袋のミルクチョコレート。
『……いつもの礼だ。遠慮せず受け取れ』
そう言って渡されたのは、カント〇ーマアムの詰め合わせ。
「お礼、返さないとな……」
なんで急にチョコ菓子を渡してきたのかと首を傾げたが、なるほどバレンタインの義理チョコってやつらしい。
職場の上司にまで義理チョコをくれるとは、幼いながら律儀な子たちじゃないか、と感動するのはさておき。
せっかくもらった可愛い女の子たちの優しさを無下にするほど性根が腐ってはないつもりだ。
1人からは「3倍返し」と念押しされてしまったしな。
そうと決まれば、この《バレンタイン・フェア》でお返しのチョコレートを買わなければならないだろう。
俺は意気込んで、三密極まりない人混みの中に出撃していった。
※※※
「ぬぁあああああああ!!」
長月が吠えた。
「うるさいよ、ながなが」
「どうして……どうして袋菓子なんかを……」
水無月が呆れた顔で注意しても聞いてるのか聞いてないのか、枕に顔を埋めて「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と唸ってる長月を見て、文月が苦笑する。
「仕方ないよ~。だってキッチン空いてなかったんだも~ん」
「だとしても、あんなお徳用のチョコじゃなくてもっとしっかりしたのを買えば……」
「鎮守府の酒保でそんなの売ってなかったじゃん」
ボクがそう言うと、ガックリと肩を落とす3人。
「やっぱり手作りを渡すべきだったのでは……」
「それを言い出したらキリがないってばぁ」
司令官に手作りチョコを渡そうと計画したのは長月だ。だからこそ後悔してるのかもしれない。ほんの1週間前じゃなくて、せめて1月前から計画してればキッチンも借りることが出来たのかもしれない。
でもしょうがないじゃんか。まさか1週間前から2月14日までキッチン使用の予約が埋まってるなんて誰も予想できなかった。みんな、それぞれの司令官に手作りチョコレートを渡そうと必死の形相で料理してる姿は、ちょっと――かなり怖かった。
外出許可を取って外で作ろうか、という案も出た。けど、司令官たちとデートしようとする艦娘たちの先約があって外出許可が下りなかった。
ボクたちの司令官は「祭日祝日は休む!」って宣言して休暇入れてたから今日は1人で外出。羨ましい限りだ。
「…………『いつもの礼だ。遠慮せず受け取れ』」
「!?」
「長月ちゃんのカッコつけたがりは相変わらずだよね~」
「や、やめろぉ!?」
あんまり落ち込むもんだから、とうとう水無月と文月がからかい始めた。恥ずかしいのは分かるけど、顔を真っ赤にして枕をブンブン振り回すのはホコリが散るからやめてほしい。
「そもそもあんな数百円の袋菓子でお返しを期待してる皐月は意地汚すぎるだろう!?」
「あ、それは思った」
「がめついよね、皐月ちゃん」
「はぁ!?」
なんかボクの悪口大会になってない!?
「やっぱりたけのこ派は意地汚いんだね。お里が知れるよ」
カッチーン。
「きのこなんてお上品ぶった底辺高校生みたいな菓子食べてる水無月に言われたくないんだけど?」
「ケンカ売ってるのかな? いいよ上等だ買ってやるよこの野郎!」
コイツだけは許せない! 許しちゃいけない! 深海棲艦をはるかに超える大敵だ!
邪悪なきのこはこの世界から抹殺しないと!
「おい、やめろ! 殴り合いのケンカはさすがにやりすぎだ!?」
「どっちも頑張れ~」
「なに応援してんだ文月!?」
外野がギャーギャーうるさい。ボクはいま水無月のあってないような貧相な乳をえぐり取って凹ませてやろうとしてるんだから邪魔しないでほしい。
「さっちんだってまな板のくせに!」
「あんだと華厳の滝みたいな胸してるくせに!」
「「ブ ッ コ ロ ス ! ! 」」
「もういい加減にしろぉ!」
ボッファ!
顔面に何か柔らかいのが当たる。地面に落ちたのを拾い上げると、さっきまで長月が振り回してた枕だ。
でも、いつも嗅いでる長月の匂いとはちょっと違うような……?
「……………………」
「ど、どしたのさっちん。ながながの枕をジッと眺めて」
「なんか甘い匂いがする」
「どれどれ?」
一時休戦。水無月と長月の枕に鼻を近づける。
「お、おい! なに変態みたいなことしてるんだ!」
怪しい。長月がこんなに焦るってことは何か隠してるな。
シャンプーを変えた? いや、たしかいつもボクたちと同じやつだったはず。
今日1人だけどこか行ったってこともないし……。
「……………………香水?」
「水無月、それビンゴ」
長月の顔が真っ青になったのをボクは見逃さなかった。
このミドリ頭、1人だけ司令官に『女』アピールしようとしてたな?
「吐けぇ! 誰から買った!?」
「たしか酒保の購入履歴では買ってなかったはず!」
「なんで私の購入記録知ってるんだお前ら!?」
同室が何を買ったかチェックするなんて基本中の基本でしょ。愛はルール無用、なんでもありの戦争なんだから。
「ふ、文月から借りたんだ!」
「ちょ、なにバラしてるの!?」
お前か文月ぃ! ちょっと人気あるからって香水なんて色気のある代物いつから隠し持ってたんだ!
「2人だけ抜け駆けしようとして!」
「これはおしりペンペンの刑が執行されるよ!」
「完全な私刑じゃないか!」
「悪いのは香水使わせろって脅してきた長月ちゃんだけだも~ん」
「私はそんなことしてない!?」
阿鼻叫喚。4人で掴み合い叩き合い殴り合いの大喧嘩が始まった。
司令官が買ってきてくれた高級チョコレートに目を輝かせる幼女4人へと変貌したのは、その数十分後の話だ。
司令官は各部隊ごとに担当する人がいっぱいいる設定。