【完結】デート・ア・ロスト~華恋アンリクワイテッド~ 作:詠符音黎
空が燃える。地が燃える。世界のすべてが燃えている。
視界に入るものすべてが焼け、崩れ落ち、息絶えている。
何も残っていない、空虚な世界。死が支配する、絶望の世界。
そんな世界に、私はいた。
一人ぼっちで、そこにいた。
私の胸は締め付けられるように苦しくて、喉は息ができないほどに痛くて、頭は強く殴られたかのようにぐらついて。
そしてなにより、心が剣を突き刺されたかのように悲鳴を上げていて。
無限とも言える悲しみ。
底のない絶望。
そんな暗く、果てしない苦痛が、私を支配していた。
ああ、どうして、どうして――
いくら問うても答えは帰ってこない。いや、もともと答えは知っているのだ。
問いかけるまでもなく、私は答えを持っているのだ。
すべての元凶は自分自身だという、残酷な答えを。
それを思い返すたびに、私は枯れ果てた涙を流し続け、消え果てた声で叫び続けるのだ――
◇◆◇◆◇
「……んん」
彼女が乱れたベッドから上半身を起こすと、ダボダボのTシャツ姿が露わになり、長い黒髪がバサリと揺れる。
「……なんだか凄く嫌な夢を見ていた気がする」
彼女は胸中にわだかまる不快感で顔を歪めながらそう言った。
夢の内容は覚えていないが、とても辛い夢を見ていた。それだけは覚えている。
だが、思い出せないせいで余計にそれは彼女を苛んだ。
顔にはうっすらと涙が流れた跡すらある。
「はぁ……またか、最悪」
華恋は涙の跡を抑えながらそう呟く。
彼女は時折そういった夢を見ていた。内容はいつも忘れるが、辛いことだけは分かる夢。
そのたびに彼女は頬を涙で濡らし、憂鬱な気分になっていた。
「……せめて、夢の内容すら分かればこの不快感も薄まるのかしら」
華恋は不機嫌な表情でそう呟きながら、ふと時計を見た。
「……って、ああああああああああああああっ!?」
そして、叫ぶ。
「もうそろそろ一限始まるじゃん!? 今日遅刻したら出席日数不足で単位消えるのにっ! やばやばやばっ!」
華恋は慌てながらベッドから飛び抜け、急いで準備をして部屋を出るのだった。
「ふいーっ……」
それから少しして。華恋は彼女の通う天宮市にある大学の講義室の席に疲れた様子でついていた。
「思ったよりは余裕あるタイミングで入れたか……」
体にかいた汗をハンカチで拭いながら言う華恋。
彼女は今、黒のブラウスに白のロングスカートである。髪は起きたときのボサボサ具合が分からないぐらいに流れるように綺麗に伸びている。
が、そんな美しい黒髪も七月の夏場の暑さで汗だくになっているせいでいまいち栄えない。
「この時間ならもうちょっとゆっくり来ても大丈夫だったかな……? いやしかし始まる直前なのは変わらないわけで……」
「おう華恋、今日もギリギリだな」
華恋がブツブツと呟いていると、彼女に話しかける声がした。声に反応し彼女が横を向くと、そこには声の主を筆頭に、三人の男女が席にかけているところだった。
一人は中性的な顔立ちをした男。もう一人は夜色の長髪をまとめた、水晶の如き幻想的な双眸が印象的な女性、そしてもう一人は、肩口をくすぐるほどの髪をした、人形のような顔立ちの女性。
それぞれ、華恋の大学からの友人である五河士道、夜刀神十香、鳶一折紙の三人である。
「ははっ、おはよう士道。まあね、どうも朝は弱くて……」
手をヒラヒラしながら笑いかける華恋。そんな彼女に士道は苦笑いをする。
「ははっ、まあ気持ちは分かるよ。俺も朝は苦手だし……」
「うむ、士道は毎朝琴里に起こしてもらっているからな」
「えっ、妹にいっつも起こしてもらってるの? 何そのギャルゲー……」
「べ、別に毎朝って訳じゃないからな! たまにだよたまに!」
華恋の反応に、慌てて否定する士道。だが、妹に起こしてもらう日がある時点でやはりギャルゲーなのではないのかと思う華恋である。
「私に言ってくれれば、住み込んで琴里の代わりに毎朝起こしてあげる。おはようからおやすみまで、ゆりかごから墓場まで見守り続ける」
「むっ!? なんだと!? な、ならば私だって士道のことを一生見守り続けるぞ!」
「いや、そんながっちり見守ってくれなくていいから……」
「ははは」
折紙の言葉に対し返す十香と士道を見て、笑う華恋。
「相変わらず三人共仲がいいなぁ、ちょっと妬けちゃうよ」
「はは……まあな」
華恋の言葉に、照れくさそうに笑う士道。
彼らと華恋は、大学からの付き合いだったが、士道と彼女らは高校からの付き合いらしい。だが、華恋にとってそれは意外な事だった。
なぜなら、三人から伺い知れる絆は、もっともっと深い関係のように見えたからである。
別に断言できる証拠があるわけでもない。だが、華恋にはそう思えた。
「……羨ましい限りだねぇ」
わいわいと話す士道達を見ながら、華恋は小さく呟く。
「ん? なんだ?」
「いや、なんでもないよ」
華恋の言葉に気づき問いかけてきた士道に対し、華恋はごまかすように笑うのだった。
その胸中に、説明できない寂しさを抱えながら。
◇◆◇◆◇
「んー今日はどうしよっかなぁ……」
華恋は大学の終わった夕方、天宮市商店街にあるスーパーを訪れていた。
その日の夕食を買うためである。
「……お弁当でいっかぁ面倒だし」
と言っても、彼女は食材を買わずに惣菜と弁当コーナーへと向かっていった。
「……ん? 華恋か?」
そんなときだった。華恋の後ろから聞き慣れた声が聞こえてきたのだ。
「え? あ、士道」
振り返ると、そこにいたのは士道だった。彼の手にある買い物かごには、沢山の食材が入っている。
「偶然だねー士道。士道も夕食の買い出し? 一人って珍しいね、十香達は?」
「ああ。十香は折紙とちょっと二人で寄りたい場所があるからって言ってたから今日は俺一人で買い物だよ。そう言う華恋もか?」
「そ。まあ買い出しと言っても私はお弁当だけどね。そっちはすごい買い込んでるじゃない。なんかパーティでもあるの?」
「いや、うちって結構大人数で食べるから、定期的にいっぱい食材買い置きしておかないといけなくて……」
「大人数で? 士道の家ってそんな大家族なの?」
「いや十香達とかが……あ」
「……ほほう?」
士道がうっかり口を滑らせたと言った感じだったのを、華恋は見過ごさなかった。
ニヤリを笑う華恋。士道はそんな彼女から目を逸らす。
「……何でもない、忘れてくれ」
「いいや、見過ごせないね! 士道、十香と一緒にご飯食べてるの? しかも、その口調一人じゃないね? ははーん、さてはあの噂は本当だったのかな?」
「……大方予想がつくけど、噂って?」
「いや、士道はかなりのプレイボーイで家にハーレムを形成してるって」
「大学でもその扱いかよチクショウ!」
叫ぶ士道。そんな彼を見てカラカラと笑う華恋。
「はははっ、まあ人にはいろいろ事情があるだろうけど、十香や折紙を悲しませるなよー? 特に折紙は下手な事したら怖そうだし」
「別に変なことはしてないからそこは信じてくれ」
「分かったよ。……でも、羨ましいなぁ」
「へ? 何がだ?」
華恋の羨む声と表情に、士道は疑問を返す。
「いやさ、そういう仲のいい友人がいることにさ。士道はそういうの、恵まれてそうだなって」
「……そうだな、それを否定する気はないよ。俺には、大切な仲間達が沢山いるから」
「ふうん、言うじゃない」
そう言ってニカっと笑う華恋。
「でも、それは華恋もそうなんじゃないか? 華恋の気持ちのいい性格だったら、仲のいい友達は沢山いそうだけど……」
一方で、士道はそんな彼女に疑問を口にする。すると、華恋は笑いながら返す。
「ああ、実は私そういうの全然いないんだ。いや、いないっていうか分からないって言えばいいのかな」
「分からない?」
「うん、だって私、昔の記憶がないから」
「……えっ!?」
士道は思わず驚きの声を上げる。
「ああ、そんなに大げさに取らなくていいよ。私別に気にしてないし」
それに対して、華恋は横にヒラヒラと手を振って答える。
「いやでも、記憶がないって……」
「うん。私、大学に入る前の記憶がないんだ。なんていうか、気づいたら大学に入っていた感じ? まあ一般常識とか勉強とかはしっかり頭に残ってたから生活は苦労しないからいいんだけど」
「…………」
士道は思いがけないカミングアウトに、少し口をつぐんでしまう。
だが、相変わらず華恋は笑っていた。
「だから、そんな気にしなくていいって。今は今で楽しくやっているからさ。それに、友達って言うなら士道達がいるじゃない。それとも、私がそう思っているだけで士道達にとっては私は友達じゃなかったとか?」
「へ!? い、いやそんなことないって! 華恋は俺達にとって大事な友達の一人だよ」
「そっか、ありがとう、士道」
そう言ってはにかむ華恋。その可愛らしい笑顔に、士道は思わず顔を赤くする。
「あ、ああ……」
「よし、じゃあそんな友達の私の買い物にちょっと付き合ってよ。弁当買おうと思ってたけど、士道と話してたらたまには自前で作ろうと思っちゃった」
「お、そうか。なんならアドバイスするぜ」
「うん、ありがとう」
そうして華恋は、士道と一緒にスーパーの各所を回ることにしたのだった。
「いやーいろいろ買った買った」
スーパーからの帰り、華恋は両手に食材が入ったレジ袋を持って士道と一緒に夕暮れに沈む帰路についていた。
途中までは帰り道が一緒なのである。
「本当、色々買ったよなぁ。大丈夫か? 一人で消費しきれるかそれ?」
「まあ、大丈夫でしょう。私、ものぐさだけど食べ物は粗末にしない自信あるし」
「ははっ、そうか。それなら安心だな」
談笑しながら並んで歩く二人。
そんなときだった。
――パキッ。
華恋達の目の前で、空がひび割れた。
「――え?」
華恋がその光景に思わず抜けた声を出す。
空間にひびが入る。そんなありえるはずのない矛盾した現象が、彼女達の目の前で起きていた。
ピキピキと、赤いひびがなにもない空に走っていく。
そのひびはやがてどんどんと大きくなっていき、そしてついには、パリンと、ガラスが割れ飛ぶように空間が弾け飛んで――
「危ないっ!」
その瞬間、士道が華恋を掴んで倒れ飛ぶ。
「きゃっ!?」
華恋は思わず声を上げる。持っていたビニール袋が地面に落ちる。だが、そんな事を気にしている余裕はなかった。
なぜなら、先程まで華恋がいた場所に、眩く赤く輝く不可思議な怪物が、四足歩行で飛びかかっていたのだから。
「あれ、は……」
その怪物は四つの足で地面を歩き、輪郭をおぼろげに燃えさせていた。
不定形の、存在すらおぼつかない謎の存在。
それは見るものに否応ない恐怖を与える。そんな存在だった。
「グルルルルルルル……!」
狼のように唸る怪物。
だが、なぜだろうか。
「あ……れは……」
それを見た瞬間、華恋の頭は、まるで霞が晴れていくかのように冴えていくのだ。
「華恋、逃げろっ!」
士道の声が響く。どうやら華恋を一人逃がそうとしているようだった。
だが華恋は、逆に、立ち上がってその怪物に一人近づいていった。
「華恋!?」
「……わ……たし……私……は……」
華恋を見ると、再び襲いかかるために跳ね跳ぶ怪物。
「ガウッ!!」
「華恋ーっ!」
彼女を助けるために、駆け出す士道。
だが、次の瞬間だった。
「――!?!?」
ズン! と、道路から無数の棘が伸びて、その怪物を串刺しにしたのだ。
「ガ……!!」
それだけではない。いつの間にか、華恋の姿が変わっていたのだ。
左が黒、右が白の二色に分かれた、しかし豊満な胸と白絹のような肌が目を奪わせる肩を露わにした着物を羽織り、流れる大河の如き美しさを持つ黒髪に、彼岸花のかんざしを差した、まるで日本人形かのような姿に。
その場違いな美しさと、絶命している怪物という異様な光景に士道は目を奪われていた。
「私、は……」
一方で、彼女は口を開く。
自分自身の存在を、確かめるように。それを口にすることで、夢を現にするように。
「私は……そう……精霊。精霊、だった……」