【完結】デート・ア・ロスト~華恋アンリクワイテッド~ 作:詠符音黎
自分で自分自身を見つめる。
人生に迷ったときの比喩のようだが、ここではあいにくそうではない。
言葉通り、私が“私”自身を見ているのだ。
その時点で、ああこれは夢だ、と私は理解する。だって、自分を第三者の視点で見るなんて、夢かおばけになったときでもないと無理だろう。まあ、私の識別名はまさしく〈ゴースト〉なのだけど。
ともかく、私は“私”を見つめていた。
私はどうやら犬小屋か何かを作っているようだった。それも一人ではない。モザイクに隠れた、誰かも分からない人物と一緒にだ。
「こんなの、私の力を使えば一瞬なのに」
夢の中の“私”が言う。そうだ、わざわざ自分の手で苦労しなくても、私なら簡単に――
「――――」
すると“私”の横にいたモザイクの影が、何かを言った。でも私には聞き取れない。
「モノを作る楽しさ? ……よくわからないけどまあ、君が言うなら……」
しかし“私”には聞き取れていたようで、返答する。
そのまま“私”はモザイクの影と一緒に、その犬小屋を完成させる。
「……なるほど。これはなかなか」
なんだか嬉しそうにしている“私”。ああ、そうだ。私はこのとき思ったんだ。
楽しいと。心地が良い、と。
それは、私にとっては未知の感情で。
そして、私にそんな感情をくれたのは、間違いなく――
◇◆◇◆◇
「……ん」
華恋はベッドの上で眠たげな眼をゆっくりと開いた。
窓の方を見ると、光が射し込んでおり晴れ晴れとした朝だということが分かる。
彼女はまだぼやけている頭をゆっくりと起こし、ベッドから体を出す。
「……随分とはっきりした夢を見たもんね」
そう言ってベッドから降りる彼女は下着姿だった。
黒のレースが淫靡な雰囲気を漂わせている。しかし、まだボケっとしている彼女の表情からは色気を感じられない。
華恋はその姿のまま洗面台に向かい、顔を洗った。
「ふぅ……さっきの夢は、私の過去、なのかな……?」
顔をタオルで拭きながら確証なさそうに言う華恋。
理屈的に考えればそうなのだろうが、いまいち華恋には実感がなかった。
それはやはり、他人の視線で自分を見たというのが大きかった。
「実感がいまいち薄いのよね……確かに、感情としてはまだこの胸に残っているというのに」
そう言いながらも華恋は服に着替える。
いつもどおり、黒のブラウスに白のロングスカートだ。
「ま、あやふやな記憶についてあれこれ考えても仕方ない……。さて、今日はたしか二亜さんと六喰ちゃんとだったわね。準備しないと」
華恋はわざとらしく話を変えるように言った。
頭をとにかく切り替えたかったからだ。
胸にわだかまる、言葉にできない感情をごまかすために。
「おー! よく来てくれたねぇー! ささっ、入って入って!」
それから少しして。
華恋はいつも通り士道と待ち合わせをし、彼に連れられて元精霊のいる場所へと案内された。
この日華恋が案内されたのは、元精霊達の住むマンションではなく、市内にあるタワーマンションであった。
どうやらそこが、今日一緒の時間を過ごす予定の二亜のマンションらしい。
そして、そのマンションに入り士道に連れられた部屋の扉を開けた瞬間に、二亜の過剰に明るい声が飛んできた、というわけだ。
「え、ええ……」
朝からテンションの高い二亜に若干気圧されながらも、二亜と士道は部屋に入る。
部屋は独特のインクの臭いが漂っており、華恋に不思議な印象を与えた。
だが、もっと驚く光景が彼女の目に入ってくる。
「一〇ページのベタ終わりました」
「では十一ページ目お願いします。こちらはトーンのカットをします」
「一二ページ、ゴムかけ終わりました」
同じ顔の少女達が、それぞれ漫画の作業をしているのだ。
華恋はその顔を知っていた。〈フラクシナス〉の管理AIがボディを持った姿、マリアだ。
そのマリア達が、長机に向かって色々と手を動かしている。それはなかなかに珍妙な光景であった。
「えっと……お忙しいご様子で?」
華恋は状況がよくわからないながらも口を開く。
すると、二亜が迫ってきて言う。
「そうなんだよ! いやーさすが! よく分かってらっしゃる! だからね、今日は華恋ちゃんに、一緒に漫画作りを体験してもらおうかなーって」
「おい何が『だからね』だ! ただ華恋に自分の仕事手伝わせようとしてるだけじゃねぇか!」
士道が指差しながら叫ぶ。その言葉に、二亜は「てへ」と自分の頭を小突いて舌を出した。
「てへ、じゃねぇよてへ、じゃ! よくまだ会って日が浅い華恋にそんなこと頼もうってなるな!?」
「ははは、いいじゃん少年ー。こういうのも経験のうちだし、もしかしたら過去に漫画描いてたかもしれないじゃん?」
「いやーその可能性は薄いかな……」
苦笑いしながら言う華恋。一方で、二亜は二人にバシッ! と両手を合わせて頭を下げてきた。
「お願い! 正直尻に火がついてるの! ね、これも風変わりなデートだと思って、さ!」
「お前なぁ……」
「……まあ、いいよ」
士道が呆れ返る中、華恋は少し困った顔をしながらも了承した。
「いいのか? 華恋」
「ああ、大丈夫だよ。さっき二亜さんも言ってたように、何事も経験だしね。それに……」
華恋は思う。この作業を手伝ったら胸にわだかまっている感情の正体が分かる、そんな気がすると。
「それに?」
「ああいや、なんでもないよ」
聞き返してくる士道にごまかすように言う華恋。
こうして、二人は二亜の作業を手伝うことになった。
「ささ、こっちの席で! 少年はトーン貼り、かっちゃんはゴムかけお願いするよ!」
「かっちゃんて……私の事か……」
「はいはい」
突然つけられたあだ名に困惑する華恋に、呆れたように返事をする士道。
二人はそれぞれ二亜にそういった顔を見せながらも、席につく。
と、横を見るとまた見知った顔があった。六喰だ。
「おお、主様に華恋。おはようじゃ」
「おはよう六喰。今日は六喰も一緒なんだな」
「うむ。元々二亜と一緒に華恋殿とデートする予定だったのじゃが、何の因果がこんな形になってしもうた」
「因果も何も二亜の怠慢だけどな!」
士道が言い、華恋はハハハと笑う。対して、六喰は落ち着いた様子で二人を見ていた。
「まあ、むくとしては別によいのじゃが……華恋は大丈夫かえ?」
「うん、大丈夫よ。さっきも言ったけど、こういうのも経験だから」
「ふんむ、ならよかった。さて六喰の作業はベタじゃ。こう筆でベタベタとするのじゃ。なので、ゴムかけが終わったら渡してくれ」
「うん、分かった」
「それが終わったら俺だな。任せてくれ」
六喰に頷く華恋と士道。
こうしてマリア達に更に華恋達が参加する形で、二亜の作業手伝いが始まった。
これから黙々と作業をするのかと、華恋は思った。
のだが……
「二亜、早く描いてください。作業が詰まっていますよ」
「そうですよ、ただでさえ精霊である華恋に手伝ってもらっているのですから、それなりのやる気を見せてください」
「もー分かってるよー! 相変わらず厳しいねーロボ子ちゃん達は! もうちょっと優しくしてくれてもいいんじゃない?」
「そうやって厳しくさせているのは誰ですか。二亜はもっと責任感というものを持ってください」
二亜とマリアのやり取りがなかなかに騒がしく、賑やかな現場になっていたのだ。
「華恋、今のうちにちゃんと報酬を要求したほうがいいですよ。タダ働きなどする事はありません」
「えっ、いいの?」
「ええどうぞ。二亜の代わりに私が許します。がっつりと要求してやってください」
「ちょっとー! 雇用主に代わって何勝手に話を進めてるのさー!」
「では二亜は華恋にタダ働きをさせるつもりなのですか? これはいけませんね、労基に連絡せねば」
「あははーそんなわけないじゃん! ちゃんと報酬は支払うつもりだって! だから労基は勘弁してくださいお願いします」
マリアに頭を下げる二亜。一方で、士道と六喰はそんなの日常風景と言わんがばかりに作業をしている。
だが、その光景を始めてみた華恋は、
「……ふふっ、あはははははっ!」
と思わず笑いだしてしまった。
「いやー漫画の作業ってもっと黙ってやるものだと思ってたけど、案外楽しいね!」
「そうだな。少なくとも、二亜と一緒に作業してると飽きることはないよ」
「むん。仕事を溜め込むのはどうかと思うが、少なくとも手伝うのは嫌ではないしの」
士道と六喰が笑う華恋に言う。
華恋はそんな彼と彼女を交互に見る。二人共、話しながらも手は動いている。慣れているといった様子だ。
「二人共よくこうやって手伝っているんだね。なんとなく分かるよ」
「ははは……ま、時折SOSが来ることは確かだな。しかしまさかお前まで巻き込むとは思わなかったが……」
「元精霊達は皆一度は二亜の作業を手伝ったことがあるからのう。毎回大変そうにしているから、皆技術をどんどんと蓄えていっておるぞ」
「へぇー」
感心しながらも消しゴムかけを終えた華恋は、六喰に原稿を渡す。すると、彼女はまたささっとベタを塗っていく。
なるほど技術があるというのは確かなようだ、と華恋は思った。
「主様、できたのじゃ」
「おう、ありがとな六喰」
その原稿を士道が受け取る。そして原稿に士道がトーンを切って貼っていく。
一連の流れ作業。それをこなし、華恋はふと思った。
「……いいもんだね、こういうの」
「え?」
士道が聞き直す。華恋は、そんな彼に柔和な笑みで答える。
「いや、こうやってみんなで協力して、一つのことを成し遂げる。それは、とてもいいものだなって」
「……そうだな。俺もそう思うよ」
華恋の言葉に頷く士道。そんな彼に、柔和な笑みを浮かべる華恋。
そんな二人を見ながら、六喰が口を開く。
「むん、その気持ちは六喰も分かるのじゃ。大切な家族である主様達と一緒に過ごしながら、みんなで様々な事を経験する。これは、とてもかけがえのない時間じゃと、むくは思うのじゃ」
「六喰ちゃん……なるほど、良い事言うね」
華恋はそう言いながら六喰の頭を優しく撫でる。
そして、彼女の頭を撫でながら華恋は気づいた。朝からずっと胸に抱いていた感情が、今自分が抱えている感情と一緒だということを。
つまり、誰かかけがえのない人と共に同じことをする。それが、とても尊い時間で、心安らぐということを。
「……そっか。そういうことか」
「どうしたんだ、華恋?」
「いや、なんでもないよ。ただ、胸のつっかえが一つまた取れたってだけの話さ」
華恋の何かを悟ったかのような様子に、士道は頭に疑問符を浮かべる。
が、悪いことではないとすぐさま理解したのか、士道はそれ以上は何も言ってこなかった。
「さ、じゃあ頑張ろうか。二亜さんの原稿落としたら可哀想だしね」
「ははっ、まあそうだな」
「うむ。むく達がいる限りそんなことはないのじゃ」
そうして作業をより捗らせていく面々。途中で合間合間に休憩を取ったり、何度も二亜とマリアの楽しげな口論を聞いたりしながら、一枚また一枚と終わらせていく。
そうした作業が進み、いつの間にか夜の六時を過ぎた頃だった。
「終わったー!」
二亜の開放感にあふれる声が響く。ついに作業が終了したのだ。
「ふぅー、疲れたー」
「そうだなぁ。すっかり肩が凝っちまったよ」
「むん……さすがのむくも目がしばしばするのじゃ……」
「いやーみんなお疲れ! 今日はありがとねー! これで今回も原稿を落とさずに済んだよー!」
あっけらかんに笑いながら言う二亜。
そんな彼女に、華恋達は苦笑する。
「じゃ、さっそくお礼に近くのレストランで晩ごはん奢るよ! じゃんじゃん好きなもの頼んじゃっていいよー!」
「二亜、それではいささか報酬とは言いづらいのではないですか?」
「そうですよ二亜、もっとちゃんとした報酬を支払うべきです」
「そして私達も給与の支払いを要求します」
「うっ、分かったよ……じゃあとりあえずロボ子ちゃんのところには口座に振り込んでおくから! 少年達のも後でまたちゃんと渡すから! とりあえず今はごはんー! お腹空いたー!」
駄々っ子のように言う二亜に、一同は彼女に半眼を向ける。
ともかく、晩ごはんを二亜のおごりでみんなで取ることにはなったので、二亜、士道、六喰、華恋の四人でマンションを出た。
そのとき、空を見上げると既に夕日が沈み始め、少しずつ星空が見えてきていた。
「おお……なんだか、なかなかに情緒があるね」
「そうじゃのう……なあ華恋よ」
「ん? なんだい六喰ちゃん」
六喰に呼びかけられ横にいる彼女の方を向く華恋。すると、目を合わせながら六喰は言った。
「食事を終えた後、主様やむくと一緒に星を見ぬか? むくが、星の事を色々と教えてやるのじゃ」
「へぇ、星、詳しいんだ」
「うむ。まあそこそこにの」
少し得意げな六喰。そんな彼女がなんだかとても愛おしくなり、華恋は満面の笑みで答える。
「うん、いいよ! 一緒に星、眺めよう! 私に星の見方、教えてよね」
「うむ。任せるのじゃ」
「ははっ、またこの後の楽しみが増えたな」
「えーそこには当然私もいるよねー? 後でお酒買わないと……」
「星見るっつってるだろうが! 酔っ払ってどうするんだよ!」
「えー! いいじゃん星見酒ー!」
そんなことを話しながら、四人は日が沈む街中を歩いていった。そして、華恋はまたひっそりと過去の感情を取り戻したのだった。