【完結】デート・ア・ロスト~華恋アンリクワイテッド~ 作:詠符音黎
私の誕生は、静寂を伴っていた。
目が覚めたとき、辺り一帯は荒野だった。
その荒野は私が作ったことを、私はなんとなく理解していた。
そして、私が創り出された命であるということも、同時に私は知っていた。
私は精霊。世界中のマナを凝縮し造られた、人造の超常。私の存在を望む者が、世の理を捻じ曲げ私を作ったのだと。
だが私は、その意思に従う気はなかった。私は生まれた直後から私であり、他の誰にも侵される気はなかったからだ。
故に私は、私を利用しようと近づいてきた者を排除し、一人隣界へと姿を消した。
それが私の生の始まりであった。まるで追いかけっこのような私の生の。
隣界に潜む私を無理やり現実世界へ引き込もうとする者が数多いた。だが、私はそのすべてを排除してきた。
しかし私を求むものは後を絶えない。隠れは引き戻されの連続。私はほとほと嫌気が差していた。
そんなときだった。私が、彼と出会ったのは。
彼は私がいつものように現実世界に引きずり出されたときに、近くにいた。彼は私を呼び出した者達――所謂
だが、彼は彼の仲間を裏切り、私一人を連れ急にその場から逃げ出したのだ。
私は驚いた。人間とは集団で群れ、寄り添い合わねば生きていけない弱い存在であると私は思っていたから。そんな弱い存在が、急に集団から離脱するような行為をしたのが、そして更に、たたが人間如きが私に触れ、拐えた事が意外で仕方なかったのだ。
「人間、なぜ私を連れ出したの。君も私の力が望み?」
私は彼に問うた。
この者は私の力を独り占めにしようとしているに違いない。故に私を連れ逃げ出したのだろう。
それが最も理に適う理由であると、私は思ったのだ。
だが、違った。なんと彼はこう答えたのだ。
「いやその、君の事、凄い綺麗だと思って……そしたら、なんだか俺達の目的で君を利用するの、なんか違うなってなって……」
それはあまりに理解が及ばない回答だった。
私が綺麗だから? ただそれだけの理由で?
そんなことで、群れから離脱し危険に身を置いたというのか?
分からない、まったく理解ができない。私はそう思った。だから、言った。
「ふざけないで。君も何か私利私欲があって私を連れ出したのでしょう? それをそんな訳のわからぬ理屈で誤魔化して……不愉快だ、死ね!」
私は怒り彼の命を奪おうとした。だが、できなかった。
彼は私に抵抗し、私と拮抗して見せたのだ。
たたが人間が精霊である私に匹敵し、相対する。それは屈辱的な事であり、驚くべきことであった。
「……人間如きが!」
私はそれに怒り、力を奮った。だが、彼は私の手では倒れなかった。荒れ狂う私の攻撃をしっかりといなしていったのだ。
だが、その攻防の中で、私は思っていった。楽しい、と。
お互いが全力でぶつかり合うその空間は、とても健全な時間が流れていた。
ぶつかり合う力に嘘偽りはない。むしろ、ぶつける拳と拳から、彼の言葉が嘘でないことが伝わってきたのだ。
それは拳を突き合わせるものにのみ分かる事なのか、それとも単に魔力が共振し意思が漏れ出たからかは分からない。
だが、戦っていくうちに彼が本当に下心なく私を拐ったのだと、私は理解していった。
「……もういい」
ある程度の戦いを経て、私は言った。
「なんとなくだけど、君の言うことが嘘じゃないのは分かった。君がただ衝動的に私を連れ出し群れから抜けた馬鹿だという事もな。……だから、君の命を奪う事はしないでやろう。後は、せいぜい一人で頑張ることだな」
私はそう言って、彼に背を向けた。隣界へと帰るためにである。だが、そんな私の手をまた彼は握って、言った。
「待ってくれ! もしよかったら……俺のところで暮らさないか?」
「……は?」
私は思わずそう返した。彼が何を言っているのか分からなかったからだ。だが、彼が言うには下手に隣界に帰るより現実世界にいて潜伏したほうが身を隠せるのでは? との事だった。
なるほど確かにそれは一理あると思った。だが、人間世界に身をやつす場所がないために考えつかぬ事でもあった。
しかしそれを目の前の彼が提案している。ならば、乗ることもやぶさかではない、そう思った。
「なるほど……いいだろう。しかし、変なことを考えてみろ、貴様の首が飛ぶと思え」
そうして私は彼の提案に乗った。
「そうか! よろしく! えっと……」
私が彼の言葉を受けたことに彼は嬉しそうだったが、私に手を伸ばして握手しようとしたところで何か悩んでいるようだった。その姿を見て、私は察した。
「ん? もしかして名か? ならばそんなものは私にはないよ。私はただの“精霊”だからね」
「なるほど……でも、それだと生活がしづらいな……なら……うーん……そうだ! 華恋! 華恋ってのはどうだ?」
「どう、とは?」
「いや名前だよ! 君の名前! 我ながらいいセンスしてると思うんだけど……」
「そうか。ならばそう呼ぶと良い。私はさして興味はない」
こうして私は華恋……皇華恋という名を与えられた。
ある意味、一人の人格を持つものとして初めて認められた瞬間でもある。
そのとき私は自分でも気づいていなかったが、このとき、私は確かに喜びを感じていた。
こうして名前を得た私は、彼が世界中に持つという隠れ家のうち、一つを選びそこで生活することになった。
私は彼から色々な事を教わった。
人間社会の事や、人がどういう考えてで生活しているか、などである。
さらに、彼は知識だけでなくモノだってくれた。服だってそうである。
「ふぅむ……服なんて霊力で作ればいいと思うのだけれど」
「まあ確かにそうかもしれないけど……でも、いろいろとある服を選んで買うってのも楽しいことだと思うよ。ほら、これとか華恋に似合うって!」
そうして彼が示してくれたのは、黒のブラウスに白のロングスカート。
似合うと言われピンとかこなかったのだが、彼がせっかくだと言ってくれているので、私はそれを購入し着るようにした。
それだけではない。ある日、私は彼の家に犬を持ち込んだことがあった。
捨て犬だった。私はそれを見たとき、人間とは他の命を弄び、面倒も見られない愚かな生き物だと思うと同時に、その捨て犬を見捨てられない、そんな気持ちになった。
だから私は彼のところに犬を持ってきた。すると、彼は言った。
「よし、ならせっかくだし犬小屋を作ってうちで飼おう!」
と。
そのとき、私はなんだか嬉しくなった。今思うと、彼が他の人間とは違うということ、そして、私の気持ちを汲み取ってくれたことが嬉しかったのだ。当時の私にはそれが分からなかったが。
ともかく、犬小屋を作ることになった。そのとき彼は言った。自分で作ってみてはどうか、と。
「こんなの、私の力を使えば一瞬なのに」
私は彼に言う。無駄な苦労などする必要がない。私なら指一つ動かせば立派なモノを作れる。そう思ったから。
だが彼は答える。
「まあ確かにそうだけどさ。でも、モノを作る楽しさってのは、なかなかいいもんだよ。華恋にも、それを楽しんでもらいたいなって」
「モノを作る楽しさ? ……よくわからないけどまあ、君が言うなら……」
そのとき、私は彼への無意識の信頼が大分高まっていたのだと思う。故に、彼の言葉に従い彼と協力して二人で犬小屋を作った。
「……なるほど。これはなかなか」
そして私は感じた。彼と協力して作ることに対する、得も言われぬ達成感と興奮を。
こうして汗水流して苦労するのも悪くない。私はそう思ったのだ。
やがて、私は彼に心を開いていった。
彼ともっと一緒の時間を過ごしたい。彼ともっといろいろな事をしてみたい。彼にもっと自分を見て欲しい。少しずつだが、そう思うようになっていった。
お菓子作りもその一環だった。彼に手作りのお菓子を食べて欲しい。そう思って、私は彼がいない間に頑張ってケーキを作った。
「おいしい! おいしいよ華恋!」
彼は私の作ったケーキを子供のように喜んでくれた。そんな彼の顔を見て、私も嬉しくなった。
そうして私はどんどんと色んな事を彼としていった。
一緒にゲームをしたり、一緒に映画を見たり、一緒に料理を作ったり、と。
その時間は一つ一つが濃厚で、矢のように過ぎていった。そんなある日、彼が言った。
「いつか、全部のケリをつけて、君と一緒に大学にでも通ってみたいな」
「大学に……?」
「うん。ちょうど俺の年がそれぐらいだから言ってるだけだけどさ、学校って楽しいんだよ。知らない事を学べて、沢山の仲間と一緒の時間を過ごして……俺は、華恋にもそんな時間を過ごして欲しいんだ」
「……ふぅん。大学か。君が言うなら、きっと本当に楽しいんだろうね。いいね、大学。全部が終わったら、一緒に通おう」
私はそう彼と約束した。
きっとこのときからであろう。私の心に、彼を想う気持ちが――恋心が芽生えたのは。
当時の私にそれを自覚できてはいなかったけど、あのとき明確に彼を見る目が私の中で変わったのは覚えている。
彼を見ているとドキドキする。
彼に笑っていて欲しいと思う。
彼とずっと一緒にいたいと思う。
そんな気持ちの波が、私の中で大きくなっていった。
だが、そんな私の気持ちはすぐに潰えることとなる。
ある日、現れたのだ。彼が所属していた
そいつは私達の前に現れて言った。準備は整ったと。
一体なんの事かと思った。例えどんな障害にぶつかろうと、彼となら乗り越えられる。そうも思った。
だが、そいつが強大な魔力を地面に流し込んだかと思うと、私の意識は途切れた。
そして、気づいたとき……私は夕暮れの中で、燃える街の中で取り返しのつかない事をしていた。
命を、奪っていたのだ。彼の、命を。
そいつがしかけたのは私の理性を奪い私を暴走させる術式だったらしい。
彼はそんな私を止めるために全力を尽くし、そして、自分の命を投げ出す事で、私の正気を取り戻させたのだ。
「う……そ……?」
私は思わず呟く。
だが、私を抱き寄せる彼の腹部に大きな穴が空いている事実は、どうやっても覆そうにない。
「だい……じょうぶ……だ……から……」
取り返しのつかない事をしてしまったのに、まだ私の身を案じることを言う。私の頬を、力なく撫でてくれている。
だがそれが、彼の最後の言葉だった。彼はそう言うと、血を大量に吐き出して、目から光を失わせ、崩れ落ちた。
その血が私の顔にかかる。
視界が血で染まる。
夕暮れの
「あっ……あっ……うわああああああああああああああああああああああああああっ!!!!????」
私に絶望が押し寄せてくる。憎しみが押し寄せてくる。私が私でなくなりそうになる。
私は私でなくなりかけていた。それが、やつらの目的だったのだろう。私の意思を奪い、力だけを手に入れるのが目的だったのであろう。
だが、私は反転しなかった。あまりにも強い憎悪が、私を支配した結果、私は私のままでいた。憎しみが、私をつなぎとめたのだ。
やつらは動揺していた。そんなやつらに私は一言、告げた。
「――【
それは私の天使〈
霊装を白一色に染めながら放つ、最悪の一手。
星に存在するすべての命を支配し、すべてを消滅させる、禁断の一言。
それにより、私の世界は崩壊した。
人間も、動物も、植物も、すべてが死に絶えた、まさしく死の世界へと変わり果てた。
「…………」
その後、私に去来するのは虚無だった。
憎しみを破壊として放出した私には、もう何も残っていなかった。
何も残らない世で、唯一残ってしまったのは肉体だけだった。
心は、すっかり壊れてしまったのだ。
「…………」
それから、いったいどれほどの時を一人で過ごしたのだろう。
どれほどの時を虚無に任せていたのだろう。
いつしか私は、私の世界から消えてしまった。
次元の狭間へと、私は消えたのだ。理由は分からない。ただの偶然かもしれない。あまりに空っぽになった私の中で、ふと感情が芽生えて現実逃避をした結果かもしれない。
ともかく私は、自分の世界から逃げ出した。
そして、記憶も力も何もかも失って、ただの『皇華恋』という一人の大学生になった。
自分一人すべてから逃げ出して。嫌なものから目を背けて。
これが私の辿ってきた道程。
想い人に想いを告げることもできずに迎えた、身勝手な女の愚かな末路である。