私の生徒たちが、自分を恋人だと思い込んでいる! 作:雨あられ
「はぁ……今日は廃棄のお弁当、もらえなかったなぁ……」
とぼとぼと、黒い耳が下がったツインテールの少女、黒見セリカが夜道を歩く。
多額の借金を抱えるアビドス高等学校のために、日夜アルバイトに勤しむ対策委員会所属の普段は気難し屋だがその実、真面目な生徒……。
「それに昼のバイトも最低だったわ……賢そうな凄いバイトだと思ったのに、まさか新興宗教の勧誘の手伝いだったなんて……思い出しただけでもムカムカする~!」
自らの騙されやすさに苛立ちすら覚えながらも、握った拳は、やり場のない気持ちとともにため息となって出すほかなかった。
バス停のベンチに腰掛けると懐にしまっていた端末をゴソゴソと取り出して足をブラブラと揺らしながらネットを開く。
「他のアルバイト探さなきゃ……時給が良くなくても良いから、まともな待遇のバイトがあれば良いけど……?え?」
ペタンと垂れていた耳がいっぺんにそそり立つ。
「カフェのアルバイト!?し、しかも、この場所って……っ!!」
私の生徒たちが、自分を恋人だと思い込んでいる!
「先生も人が悪いんだから。アルバイトなんて募集しなくても、言ってくれれば私が手伝ってあげたのに」
早起きをしてやってきたのは先生が運営しているというシャーレ併設カフェ。
ここに居る先生という人物は……正直、かなりの変わり者だと思う。
今まで私たちに干渉してくる大人なんて一人も居なかったのに、急にどこからともなく現れて、それで私たちのことを手伝ったり助けたりしてくれる~だなんて、そんな都合のいい話ないでしょ?だから、私は初めから警戒していて、仲良くするつもりなんてなかった。
だけど、先生の言葉は本当だった。
一緒にアルバイトをしたり、不良たちから学校を防衛したり、時には銀行強盗なんかやっちゃったりして……なんだかんだ、楽しく過ごしているうちに先生という存在は私たちの中に自然と溶け込んでいて……次第に、居なくてはならない者に変わっていた。
「普段、色々と手伝ってくれているんだから、こう言うところでお返ししていかなくっちゃ!」
ギュっと両手を握りこむ。
シロコたちの居ないところで、二人っきりでバイトを手伝ってもらったことだってある。その時も、思い返せば先生は何気ない優しさで何度も私を助けてくれて頼りになって……。
「べ、別に先生のことが好きってわけじゃないのよ?でも……」
……気になるっていうか、お世話になったお礼に、何か役に立ちたい気持ちになるっていうか……。
う、うが~!もう!
ぐーっと空に向かって伸びをすると、ドアを開ける間に、慌てて携帯に映った自分の前髪を直して服の皺をまっすぐにのばして深呼吸をしてから扉を開けると元気よく声を出す。
「先生!私がカフェを手伝いに来てあげたわ……よ?」
ドアを開けると目が合ったのは3人の生徒……!?
二人はゲヘナの生徒?ウチ一人は制服の上からエプロンとバンダナを付けた小さめの少女で、私を見ると小さく控えめにお辞儀をした。
もう一人はふわふわしたグレーブラウンの髪色に大きな赤いリボンとおさげ、そして全く私に興味がないのか美味しそうに「チョコレートを挟んだハンバーガー」を頬張っている幸せそうな生徒。口の端っこに盛大に食べカスがついている……
そして最後に、艶やかな黒髪にきめの細かい褐色肌、鋭い金色の瞳がどこかミステリアスな雰囲気を纏ったメイド服姿の少女。あれって確かミレニアムサイエンススクールの「C&C」……どうしてこんな子が!?
この子たち、一体先生とどういう関係……!?
“あ、セリカ、いらっしゃい”
「え、ええっと、先生!私、アルバイトの募集を見てきたんだけど……」
“ああ、そうだったの?じゃあ、みんなと一緒だね”
みんなと一緒!?じゃあ、ここに居る3人も……!?
狼狽えていると褐色メイドの方が一歩、前へと歩み出て優雅にスカートの裾を引きお辞儀をする。
「どうも初めまして。私はC&Cの角楯カリン……。今日は先生……いや"ご主人様にご奉仕"をするためにここに」
「は、はぁっ!?どういうこと!?」
「ご、ご主人様!?ご、ご奉仕……!?」
声を荒げる私と戸惑うエプロン姿の少女。
それに構わずメイド、カリンは言葉を続けた。
「言葉の通り。普段お世話になっている……ご主人様のために働くのはメイドとして当然のこと」
そう言って先生へと一瞬クールな目を向けるカリン。だけど、その顔は、とてもじゃないけれどただの主従の信頼から来るだけのものとは思えなかった。熱を帯びたもっと別の……!
「あ、愛清フウカです!わ、私も今日は給食部として先生をサポートするために来ました!」
負けじと声を出したのはエプロン姿の少女、フウカ。
「よく一緒にいると”先生の新妻”だと勘違いされちゃいますけど、”まだ”そういうわけじゃないですから!」
「に、にい!?わかってるわよそれくらい!」
「新妻……イイナ…」
っく、気弱そうだと思ってたのにさり気にマウント取ってきたわね!?しかも結構強めの……!
私も負けてられないわ!
「……私は黒見セリカ……!数々のアルバイトを先生とこなしてきた、そう”先生のパートナー”よ!」
「……先生の」
「ぱ、パートナー!?」
「そ。夜通し同じ部屋で一緒に働いたことだってあるんだから」
「「…………!」」
バチバチバチッと3人の視線が交錯する。
ただのアルバイトじゃない!こいつら……二人ともあわよくば先生と仲良くなろうという最っ低な下心を持っている!!
こうなったら負けてられない……!
……そう言えば、もう一人いたような。と視線がハンバーガーをもきゅもきゅと頬張っていた少女に集中する。
「……?もぐもぐ……!」
少女は自分が自己紹介をする番とわかったからかハンバーガーを一気に食べ終えて指先を口に含んでからぺろりと舌を出す。
「私は美食研究会の獅子堂イズミ!今日は美味しいものを食べにきました!」
…………こいつは恐るるに足りないわね。
「いらっしゃいませ~!」
先手は貰ったわ!
「2名様ですね、こちらへどうぞ~!」
普段、紫関ラーメンで働いている経験と手腕を見せる時!
営業スマイルで素早くお客さんを案内し、オーダーを受けて、料理を運ぶ!
「はーい!サンドウィッチとコーヒーお待たせしました~!」
その手際たるや、我ながら惚れ惚れしちゃうくらい。先生も私に惚れ直しても良いの……!?
「おかえりなさいませ。お嬢様方」
う、うそ!?
「4名様ですね。ご案内させていただきます」
「「「「は、はい~!」」」」
あのメイドの方は、お客さんをお嬢様と呼び、とても上品且つエレガントな接客を開始した。何処か忙しい私の給仕とは対照的に、落ち着いた大人っぽい雰囲気で……。
「すご、なんだか本当にお嬢様になったみたい……!」
「ちょっと~!後ろ向いたままだとあぶな……」
「きゃ!」
「危ない!」
咄嗟に、転びそうになったお客さんの元へと滑り込むと、倒れ込む前に身体を抱き支えるカリンさん……。
「……怪我はない?」
「は、はい……!」
「無事でよかった……」
「はう!!」
そう彼女が微笑むと、胸を抑えて苦しそうにする少女。なんてイケメンムーブなの!あんなことされたら堕ちちゃって当然……!
「あの、注文良いですか!メイドさん!」
「私も!」
「……少々お待ちください」
キャーキャーと騒ぎ始めるお客たち。
……不味いわね。
その様子を一部始終見ていた他のお客さんたちまでも、私じゃなくて露骨にカリンの方へと声を掛け始める。
うぅ、こんなはずじゃなかったのに……!!
「負けないわよ!!」
ホールがある程度落ち着いてきたので今度は厨房に入る。
店長直伝の鍋さばきでチキンライスを炒め始める。この火力を操って美味しい料理を作る姿を見たら先生も私をお、奥さんにしたくなるはず……!?
「はい!モンブラン出来上がりました。次はショートケーキとミートスパゲッティですね!
……早い!
圧倒的な速さで厨房を移動するフウカ。
生クリームを泡立て始めたかと思えばスパゲッティを茹でる下準備を始め、合間の時間にお皿洗いまで……!?
その手際の良さに驚いていると今度は私の方を向いてオタマを突き付ける
「そこ!お鍋を動かす!」
「!!は、はい!」
思わず敬語になって鍋を動かす。
これが”あの”無法地帯、ゲヘナの給食を作っているという給食部の実力……!?
こんなの、私程度の付け焼刃じゃどうやったって……。
「はぁ……」
お客さんが少なくなってきたころに、机の上を拭きながらため息をつく。
接客ではカリンに劣り、料理ではフウカに負けた。
まさか得意だと思っていた飲食店のバイトでここまで力の差を感じるなんて……。
あの後私は焦りから普段やらないようなミスを連発。お客さんの足をフンじゃったり、料理に入れる砂糖の量を間違えちゃったり……失敗続き。
“どうかしたの”
「あ!……先生、私……」
と、そこへ先生とにゅっと歯を出して笑顔を浮かべた少女、イズミが何かを私の口元に近づける。
「元気だしなよ!ほら、これでも食べて……!」
「うん……って、ごほごっほ!!!ナニコレ!!?これってコーヒーに入れるスティックシュガーじゃないの!?」
「美味しいよ!」
「食わすな!!!」
はぁ、まぁ案の定、イズミはまるで役に立たなかったけど、私が焦って失敗した料理を食べてくれたりしてなんだかんだ役に立っている。今だって、私のことを元気づけようと……それに比べて私なんか……。
「……先生、私なんか放っておいてあの二人に……あ」
ポフポフと先生の手を私の髪を優しく撫でる。
“そんなに落ち込むことないよ。セリカはよく頑張ってくれてる”
「でも……」
“焦る必要なんかない。いつも、私と一緒にアルバイトしている調子でやってくれればいいよ”
いつも、先生と一緒に……?
……いつもの私って、何を考えていただろうか。
ただ私は、先生と一緒にいると楽しくて、それで……あ。
そうか……そうだったんだ!
「先生」
“ん?”
「……あ、ありがと……」
“?なんて、良く聞こえない……”
「も、もう!二度は言わないんだから!!」
先生のもとを離れて仕事へと戻る!
揺れる気持ちを抑えようともせずに、口元を緩めて新しく入ってきたお客さんを迎える。うん、大事なのはきっと……!
セリカが落ち込んだ様子だったので心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。
明るい表情で接客をするセリカは、ミスもなくお客さんと円滑にコミュニケーションが取れているように見える。
いつも通り、楽しそうに。
「あれ、カリンさん。今のお会計間違ってないですか?」
「え?そんなはず……!!し、しまった。500円多く貰ってしまった」
どうやら、テイクアウトを注文していたお客さんの会計をカリンが間違えてしまったようだ。今度はカリンがズンとその場で頭を垂れて落ち込んでしまう。
「単純な計算ミス……今日は、先生と一緒に働くからそんなつまらないミス、したくなかったのに……」
「……カリンさん」
その様子を見て、セリカはグッと眉を吊り上げた。
「……まだ間に合いますよ。私、渡してきます!」
「え?!あ……!」
セリカはそう言うや否やとレジの五百円を持って、お客さんの後を追いかけ、店を出て走り始めた。不安そうにドアを見つめるカリンの肩に手を置くと、先生……と心細そうな声が聞こえる。
……暫くすると、息を切らしたセリカが帰ってきた。
「はぁはぁ……大丈夫、ちゃんと渡せました!」
とぐっと、額に汗を浮かべて笑顔を浮かべるセリカ。
呆気に取られていたカリンだったが……ふっと表情を緩めると
「……ありがとう。セリカ」
と顔を軽く赤らめながら微笑みを浮かべた。
「あれ、フウカさん。この料理、卵の殻が入ってませんか?」
「え?……あぁ!ごめんなさい!急いでいるとつい細かいことを気にする余裕がなくて……」
今度は料理を運び出そうとしたときにセリカが気が付いたらしい。
コーヒーを淹れていると厨房の方からそんな声が聞こえてくる。
フウカは普段ゲヘナの給食を大量に作る関係上、どうしてもクオリティに拘っていられないところがある。だからこそ、卵の殻が入っているくらいでゲヘナ学園的には手を止めていられなかったのだろうが……ここはカフェ。そんな料理をお客さんに出すわけにはいかない。
セリカはあたりを見回してから殻をポイポイっと箸で取り除くと、これで大丈夫ですね。と内緒話をするように人差し指でしーっとしながらウィンクをする。
「今度は忙しいときは私も厨房のお手伝いをするので、声をかけてくださいね」
「!!あ、ありがとう~セリカちゃん!!」
フウカは普段の給食部では絶対に聞けない台詞と気遣いの数々に、泣いていた……。
「終わったー!」
看板を仕舞い終えると伸びをしながらセリカが声を上げた。
4人とも、本当によく頑張ってくれた。おかげで今日は比較的楽に仕事をこなすことが出来た。
“お疲れ様。……そうだ、"まかない"でも食べていかない?”
そう言うと4人、特にイズミは待ってましたー!と目を輝かせて喜びを露にした。
「えへへ~。このために今日一日頑張ったんだ~!!」
「あんたはつまみ食いと皿洗いしたりしかしてないでしょ……」
「そうよ!隙あらば厨房の食材を狙ってきて~……!」
「う~!許して!だって働いているとお腹がすいちゃうから……」
「少しは後輩のセリカちゃんを見習って!!」
「あう~!」「あはは!」
コポコポと4人のために紅茶を淹れていると、先生お手伝いしますと、カリンがそっと私の手を取って給仕を手伝ってくれた。……彼女は細かいことによく気が付き、本当に気が利いている。
“ありがとう。カリンは良いお嫁さんになりそう”
「よ、嫁っ!?」
?顔を真っ赤にしたカリンに紅茶の方は任せて、自身は腕を捲くると厨房へと入る。今日は……何が良いだろうか。そうだな。アレにしてみよう……。
「わぁっ!!!!!!」
「このパンの上に乗ってるのって、グラタン!?」
「良い匂い!それに見た目も凄いです!」
作ったのは賞味期限の近いパンと食材で作ったごった煮のグラタントーストだった。
厚いトーストの上にエビやブロッコリー、鶏肉や玉ねぎなど……結果的に様々な種類の具材がとろとろのチーズと一緒にこぼれるほどに乗っていて、グツグツと未だに煮立っている。
「いっただきまーす!!…………っ!!!!美味しいっっ!!!」
「どれどれ……って、あ、熱々……!……ん~!本当、美味しいわね!」
伸びるグラタントーストと戦いながらもハフハフと口元を動かして幸せそうに食べてくれるセリカ達。ついでにサラダとコンソメのスープも出してと……。
「先生、こんなに料理がお上手だったんですね!今度、給食部も手伝ってほしいです!」
…………考えておこう。流石にあの戦場を見て安請け合いするほど私も人間が出来ていなかった。
「…………」
?カリンの様子が……おかしい。
俯いて何かをブツブツとつぶやくカリン。口に合わなかったのかと耳を凝らしてみる。
「先生とカフェ……共同経営……りょ、良妻賢母…………!!」
良く聞き取れないが、なんだかほっぺたに手を当てたまま本人は幸せそうなので放っておこう……。
「あ、先生手が止まってるよ!食べないならもらってあげる~!」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!もう、先生、足りないなら私の分、あげるからね……?」
「あ、だったら私が新しく何か作って……」
「ハフハフ!う~ん!みんなで食べるご飯ってやっぱり、最高~!」
すっかり暗くなった夜道とは対照的に、明かりの灯ったカフェの窓からは楽し気な声が夜遅くまで続いていた……。