私の生徒たちが、自分を恋人だと思い込んでいる! 作:雨あられ
-シャーレ併設カフェ-
静かな雨の降る平日の昼下がりだった。
今日はバイトの皆もお休みで、さっき1時間前に出て行ったお客さんを最後に客足も途絶えてしまった。
一文字も埋まっていないクロスワードパズル。
心地良い雨音と、一滴一滴下に落ちていき波紋を作るコーヒーサイフォン。
ペンを持ち、雑誌を広げたままこくりこくりと船を漕ぎ、無意識に出たあくびは隠す必要もない。
“ふわ……”
大口を開けていたらカランカランと、突然入店を告げるカフェのベルが鳴った。私は慌ててあくびをかみ殺す。
“いらっしゃいませ……?”
ドアの奥には雨音が広がるだけで誰も入って来ない……?いや
「よいしょっ、と……」
ワンテンポ遅れて見えたのはラベンダーを思わせる薄いピンク色の長髪だった。
その少女はずぶ濡れのまま、背中を向けて”何かを引きずりながら”部屋に入ってくると、大げさに額の汗を腕で拭う仕草をしてから、その場でターンすると私を見つけて笑顔を浮かべる。
「あ!こんにちはー!先生!それとも、ここはカフェだから……1名様で!って言うべき?」
濡れた髪をかき分けて、口元に手を当てて上品に笑っている少女。
トリニティの純白の制服に、腰元から生えた天使の羽、長いまつ毛に少し垂れた瞳は黄金の三日月を彷彿とさせる。
彼女こそ、トリニティ総合学園の生徒会、ティーパーティーに所属している三人の生徒会長の一人……。
聖園ミカ。
彼女は以前様々な問題を起こし、一時は地下に幽閉されることとなっていたが……今は問題も解決してこうして外出もできるようになった。もちろん、償いと言う名の生徒会の”宿題”がたくさん残っているらしいが……。
“ミカ……ずぶ濡れじゃないか”
「突然降ってくるんだもん、びっくりしちゃった」
すぐ近くの引出からタオルを取り出して彼女の頭にのせてあげ、ついでに後ろを覗いてみるが他の人影は見当たらない。
そして、その拍子に目に入ったのは、先ほどミカが引きずって持ってきた……大きな茶色い旅行鞄だ。ベルトで止めなければ中身がはち切れんくらいにパンパンの。
“それは……?”
「あ、これ?私のお泊りセット!」
“お泊りセット……!?”
「うん、そうだよ!」
髪や服についた水滴を拭いながら目を輝かせるミカ……
なんだか嫌な予感がする……。
“えっと、どこか遠くへ行く予定なの?”
「……ううん、もう目的地にはついてるよ」
“じゃ、じゃあ、ここにそのお泊りセットを持ってきたってことは……?”
「…………」
ミカは、沈黙の中、暫く口元だけ笑みを浮かべていたが、やがてその整った表情が崩れていき目尻に涙を浮かべて、かと思えば目を瞑って勢いよく胸の中へと飛び込んできた。
“ミカ……?”
「……お願い…………先生…………先生しか頼れる人が居ないの」
先ほどまでとは打って変わって、不安そうなか細い声音を震わせるお姫様に……私は、彼女の濡れた髪をそっとタオル越しに撫でた。
私の生徒たちが、自分を恋人だと思い込んでいる!
暖かい紅茶を淹れてカウンターの上に置くと、彼女は既にリラックスした様子でそれを飲み始める。
“寒くはない?”
「うん、ありがとう、先生……あ、良い匂い!それに……美味しい!」
何処か、優雅さを思わせる品の良い仕草でカップを冷ましながら匂いを楽しみ、カップを傾けるミカ。
「ねぇねぇ、先生?先生さえよかったら、毎日ティーパーティーのために紅茶を淹れに来ない?そしたら、つまらない会議にも楽しみが出来ると思うの!」
“ありがとう。毎日は無理だけど、たまにならお邪魔させてもらおうかな”
「本当!?約束よ?先生」
そう言って嬉しそうに笑うミカ。まるで先ほど見せていた表情が嘘のように明るい。
彼女が本題を話してくれるまで待とうと思っていたが、どうにもあの巨大な”お泊りセット”が気になって仕方がない。それに、先ほどから僅かに動いているような……。
チラチラと旅行鞄に目を向けていると、彼女は何かを察したように席を立つ。
「あ!中身が気になっちゃう感じ?ふふ、良いよ。先生になら特別に教えてあげる!まずはドライヤーセットでしょ、寝るときのためのフェイスパックにそれから……」
ポイポイと中身を取り出していくミカ。あぁ床を散らかして……と見ていると、あ!とミカから驚いたような声が聞こえた。
「そうだった、それから……はい、コハルちゃん!」
“そうコハルまで……”
“…………え!?コハル!??”
ぬっと、スーツケースから姿を現したのは間違いなくトリニティ総合学園所属、補習授業部の……下江コハル!?
ピンク色をしたツインテールの小柄な少女で、本来は正義実現委員会の所属だったが成績が落ちて強制的に補習授業部へと入れられてしまった、少し困った妄想癖を持つ少女。
そんな彼女がミカに抱えられるようにしたまま目を回している。
そして、ぱちりと目が開いたかと思えば、え、え、え!?とあたりを見回し始めて、次第に顔を赤くする。
「ひゃあっ!!こ、こここここ、ここはどこ!?わ、私に何する気……!?」
混乱するコハルの顔を覗き込む。
“コハル、落ち着いて……”
「せ、先生っ!?……わ、わかった。わ、私にや、やらしいことするつもりなんでしょ!!?」
“……えっ!!?”
「わ、私を鞄に詰め込んで……こんな人気のないところに連れこんで……!!あ、あんなことや、こんなことするつもりなんでしょ!?わ、私、何でも知ってるんだから!」
“えっと、ごか……”
「変態!変態!変態っ!!先生が私の事、そ、そんな如何わしい目で見てたなんて……!!抵抗するけれど、虚しくも私は先生に敵わずに、きっと……は!じゃあ、今まで私に優しくしてくれていたのも、こうして私を連れこむことが目的で……こ、こ、この最低変態っ!!」
フーフー!と猫のような目をしながら真っ赤な顔で威嚇するコハル。説明する間もなく浴びせられる罵倒の嵐に当惑しているとあはっ、あははっ!と笑い声が響く。
「コハルちゃんってもっと、内気で大人しい子だと思ってたけど……相変わらず凄いね、あははっ!」
「え!?あれ、あなたは!?それにここって……シャーレのカフェ?」
新しく紅茶の入ったカップをコハルの前に置くと、すこし申し訳なさげに両手でカップを受け取った。
「あ、ありがとう。そ、それからごめんなさい、先生」
“良いんだよ。それよりも……”
少しだけ責める様にミカの方をみると、あ~っと、ミカは視線を逸らしながら頬を掻く。
「えっとね、コハルちゃんを連れてきたのは……偶然なの」
“偶然?”
「うん、たまたま先生の所へ行く途中で見かけたから……一緒に連れていけば楽しいんじゃないかなって!」
目を >< のようにして言うミカに、コハルは口を開いて絶句する。
「わ、私そんな理由で誘拐されたの!?」
「あはっ!ごめんね?コハルちゃん。」
少しも申し訳なさそうじゃないが、ミカが隣に座っているコハルの頭をよしよしと撫でる。コハルは突然頭を撫でられたことに驚き、顔を赤くした。
「でも、もう十分楽しめたし、外も暗くなってきたから、帰ってもらっても大丈夫だよコハルちゃん。お詫びに今度ケーキと紅茶を送っておくね」
「え?でも、ミカ……先輩は帰らないんですか?」
“ミカは……”
「私は、ほら、今日は先生の家に”お泊り”しちゃうから!」
「え、えええええええっ!!??」
言ってしまうのか……コハルは席を立って叫んだ後に、再び顔を真っ赤にしてぼそぼそと何かを呟き始める。
「せ、せせせ、先生と生徒が一つ屋根の下!?でお、お、おお、”お泊り”!?そ、それって実質……!?密室、二人きり、何も起きないわけがなくて……じゃあ、私が居なくなった途端に、このカフェの中、二人でいつ誰が来るかもわからないスリルを楽しみながら……濃厚なシチュエーションを……!!?」
“えっと、コハル?”
肩をわなわなと震わせるコハルの誤解を解こうとすると、キッと目を上げて私とミカを睨みつける。死刑!!死刑!!とでも言われるのかと身構えていたが、コハルは次に驚くべきことを口にした。
-シャーレ・居住区 シャワールーム-
ど、どどど、どうしよう!!
シャワーのお湯を頭に浴びながら私はその場で屈みこむ。
私は確か、下校途中で”新作”をチェックしようと”いつもの場所”に向かってた途中だった。それが、急に目の前が真っ暗になっちゃったと思ったらここに居て……それで、ミカ先輩に制服を着せられてウェイターみたいなことしてから、それから今は、せ、先生の居る居住区でシャワーを……!!!?
「こ、この後先生に……」
お風呂上がりの姿、じっくり見られちゃうんだ……!
それから、ちょっと夜のいい雰囲気に当てられて。も、もしかしたら……そ、そんな!
「ま、まだ早いのに!!?」
「コハルちゃーん。大丈夫?」
「ひゃ!?ひゃい!大丈夫ですっ!!」
そ、そうだった~!私一人じゃないんだ……!全身が火照っていくのがわかる。
隣のシャワールームを使っているのは聖園ミカ先輩。
昔、エデン条約の時にトリニティのホストになろうとして、ゲヘナを滅ぼそうとしていた……ちょっと怖い人。
今日だって、私が居れば面白そうだからって、急に誘拐まがいなこと……で、でもとっても綺麗な人だから、先生が変な気を起こしたりする可能性も……そんなことになっちゃったら、今度は先生が一緒になってトリニティを……!!?。
「わ、私が止めないと……」
「ところで、コハルちゃんも使ってみる。このシャンプー。すごく使い心地いいんだよー!」
「え、あ、はい。良いんですか?」
「もちろん!じゃ、投げるよー」
しゃっと、投げ入れられてきたのは……ミルズ型の手榴弾っ!!?
「ひゃああ!!?」
手の中でお手玉してたけど、つるりと滑って地面に落としてしまって慌てて頭を抱えたけど……?あれ、これ、ピンが抜けてない。
「あ、ごめーん!間違っちゃった。こっちこっち」
そう言って、今度こそシャンプーの容器が投げ入れられてくる。
……あ、これ私でも知ってる!TVとかでもやってるとっても高いやつ!
「あ、ありがとうございます!」
「いっぱい使って良いからね~!」
……ミカ先輩って怖いところもあるけれど、そんなに、悪い人じゃないのかも。
今日も、ウェイターをしていた時にミスしちゃった私のフォロー、たくさんしてくれたし……。
シャンプーとそれからコンディショナーも貸してもらったけど、本当にサラサラになって、改めてお礼を言ったら、ナギちゃんのだから気にしないでって。
…………わ、私は悪くないよね!?
-シャーレ・居住区 メインロビー-
「それでそれで!何して遊ぶ?トランプ?先生のお宝さがし?あ、王様ゲームとか!」
「お、お宝に……王様……!!?き、禁止!やらしいことは禁止!!王様ゲームなんてやらしいんだから!!」
「え?コハルちゃん。王様ゲームってやらしいの?私もやったことないんだけど……」
「そ、それは……ごにょごにょ、とにかくダメ!やるなら健全なこと!」
お風呂を上がった二人はピンク色のレディースパジャマに着替えて今から何をするか討論している。コハルはミカに借りたものだからか、若干ぶかっとしており袖が余っていたり、肩がずり落ちそうになっている。
「健全なこと……例えばどんなこと?」
「えっと……先生と一緒にお勉強、とか!」
「えー……先生のお家にいるのにわざわざ?」
「だ、だからこそ、勉強するの!!」
「むー……先生はやりたいよね?私たちと王様ゲーム!」
流し目でこちらを見るミカに、涙目でこちらに訴えかけてくるコハル。
“……コハルの意見に賛成かな”
「あ、当たり前じゃない!」「え~、だからってお勉強しようだなんて……」
と言いかけてここで何かを思いついたような顔をするミカ。先ほどまでの渋面と打って変わってニヤリと笑う。
「うん、そうだね。学生の本分はお勉強だもんね!……先生に色々と教えてもらおうかな!」
ミカが何を企んでいたのかわからなかったけれど、勉強は予想以上にスムーズに進んだ。
初めの方こそ、ミカも私によくわからない質問をして困らせていたけれど、コハルが一生懸命勉強しているのを見て、気が付くと彼女自身も問題集の方にのめり込んでいったようだった。
「せ、先生、ここってどういうこと?」
“ここは……”
コハルは基本を理解する力が弱く、初めで躓いてしまうとその後もどんどんとわからなくなって授業についていけなくなってしまうタイプだ。だが、一度じっくりと説明して自分の中で理解すると、するすると問題を解けるようになる。
「ねぇねぇ、先生ー。私も教えて!ここは……」
ミカも似たようなタイプだった。初めはナギサやセイアのような頭の良い子なのだと思い込んでいたが、素の彼女は寧ろ勉強が苦手で、ちょっとした長文にも拒否反応を示してしまう。だが、根気強く、彼女にわかるように教えてあげれば、その後の応用力は……。
「出来た!見てみて先生!どうかな?」
“……うん。正解。教えていない応用問題なのにすごいよ。ミカ”
優しくミカの頭を撫でる。うん、彼女はとても素晴らしい発想力を持っている。
……?ミカは私のことを見たまま、目を丸くして首先まで赤く染める。
「おー……な、なるほどね……た、確かに先生となら勉強も……頑張れるかも……」
“ミカ?”
「う、ううん!そ、そーだ!コハルちゃん。補習授業部でも、こんな風に先生と授業をしていたの?」
「え?えっと、はい。そうですけど……」
「ふーん。良いな良いな~。だったら私も補習授業部に入っちゃおうかな!」
「え!?み、ミカ先輩が!?」
それは……色々と大変そうな。
「嘘嘘。冗談。そんなに嫌がらなくても……私傷ついちゃうなー」
「そ、そういうわけじゃないです。ただ、ミカ先輩って補習授業受けなくても良いくらい頭が良いんじゃ……」
「私なんて全然だよー!いっつもセイアちゃんとナギちゃんに泣きついてるってだけ。まぁ二人の解説は先生みたいにわかりやすくなくって、すっごく時間が掛かっちゃうんだけど」
二人が苦労している様子が目に浮かぶ。
セイアもナギサもあまり言い回しがストレートな方ではないから、ミカのように彼女が理解できるように話すことが重要な生徒には相性が悪いかもしれない。
「……でもね、どれだけ私が悪態ついても、わからないって言っても、二人ともいつも私のことを見捨てたりしないんだよ……なんでだろう」
寂しそうに笑うミカ。
空気が、一瞬重くなったが、すかさずコハルがえっと!と珍しく声を大きくする。
「そんなの決まってるじゃないですか、”友達”だからですよ!」
「”友達”……」
「そ、そうですよ!わ、私だってあんまり頭は良くないほうですけど、友達が助けてって言ってきたら……見捨てたりしないです!」
しばらく呆けたようにコハルの方を見ていたミカだったが、あは、あはは!とまた声を出して笑う。
「み、ミカ先輩……?」
「やっぱりすごいよコハルちゃんって……尊敬しちゃうな」
「わ、私別に……」
そこで、ぐ~!と、腹の虫が鳴った。
自分ではないそのお腹の主は茹蛸のように顔を赤く染める。
“じゃあ、勉強はこの辺りにして……”
-夜 キヴォトス 夜道-
「こんな時間に生徒を連れ出すなんて……イケない先生だね?」
先生とコハルちゃんと、3人で夜のキヴォトスの街を歩いた。
雨はすっかり上がっていて、地面は濡れていたけれど星空の見えるどこか爽やか夜道。
先生は、いつもみたいにニコニコして歩きながら
“今日は特別”
って、そう言った。
その言葉に深い意味はないはずなのに、私に向けられた言葉だって意識すると……ムズムズと背筋がくすぐったくて、でも、全然悪い気はしなかった。
「……えへへ、そっかぁ特別かぁ」
「イケない先生と、ととと、特別……!?」
私は自分の顔が情けなくにやけちゃうのを感じ取っていた。ぐにぐにと頬の緩みを直すと、暫く、黙って先生の隣を歩く。
「……」
"……"
「…………ねぇ、先生。その今回の……”家出”のお話なんだけど」
“うん”
「喧嘩、しちゃった」
足を止めた私と同じように、立ち止まる先生。
その目は私の目をじっと見ている。まるで、全部を見通しているような優しい目で……。
「あのね、私って、みんなに酷いことしちゃったよね?」
「……アズサちゃんやセイアちゃんに、取り返しのつかないことしちゃったし」
「ナギちゃんだって。もし、先生たちがいなかったら……」
"……"
「でも二人は相変わらず優しいから……一緒に居るのがちょっと息苦しくなっちゃって…………」
“……ミカ”
二人は……私のことを許してくれた。
普段から私は頭からっぽで、何でもストレートに言いすぎって怒られる。
こんな私なのに、本当は二人は私のことを嫌いかもしれないのに、それでも、やっぱり二人は私を輪の中に入れてくれた。
それが何でかって今となっては答えはわかっているけれど……あの時の私には、二人の優しさが……惨めで辛くて、苦しくて……怖かった。
二人に責められる夢を、毎日見るくらいに。
“……ミカ。大丈夫。だから、泣かないで”
「え、私……!!?」
……気が付くと目が燃えてるみたいに熱くなっていた。先生が近くに居て、私の頬をハンカチで拭ってくれた。
……先生は本当に凄い。何回だって、私のことを助けてくれる……。
先生の温かさが、コハルちゃんの勇気が、そして、ナギちゃんやセイアちゃんの優しさが……。
「えへへ……なんかね……今日は先生にたくさん……甘えたい気分」
“…………良いよ”
「え!?……う、うん……今日だけの、特別?」
“……それは……”
「ひゃああああぁぁ!」
っ!!二人で後ろに振り返る、聞こえてきたのは……コハルちゃんの叫び声!?
いつもみたいに、少しぼーっとしちゃってる間に置いて行かれちゃった!
慌てて二人の後を追いかけようとした時、ドン!と誰かにぶつかってしまう。
「きゃ、ごめんなさ「いってー!!」え?」
「おいおい、何してくれてんだよ、あたしの相棒にさ~」
「いたいよー!たぶん腕折れちゃったよ~」
「な、何言って……」
ぶつかったのは口元にバッテンのついた黒いマスクをしたセーラー服の不良学生たち。そのうちの一人が腕を抑えてわざとらしくわめき声をあげていた。
「可哀想になぁ相棒。なぁ、あんたよぉ、可哀想だと思うならあたしらに治療費くらい払ったらどうだ?なぁ?」
「え、え?で、でも、私軽くぶつかっただけで……」
「あぁん!?うだうだ言ってねぇで!有り金全部おいてけって言ってんの!!」
「ひゃああああ!!?」
バババババっと!構えていたマシンガンを乱射してくる不良学生。怖くなってその場にうずくまってしまうとハハハハ!と不良たちの笑い声が聞こえてくる。
「おいおい、ちびっちゃうんじゃねぇのコイツ?」「だっせー」「怪我したくねぇなら今のうちにさっさと……」
『その汚い手を離したら?』
ズパパパパンッ!!!
「え?ぎゃあ!?」「へぐ!」「ひん!」
!?発砲音が聞こえたかと思えば、先ほどまで目の前にいた不良たちは全員地面に突っ伏していた!?
弾が飛んできた方に居るのは黒いランチェスター短機関銃を構えたミカ先輩……と先生!
“大丈夫?コハル?”
「う、うん!でも……」
「なんだ~?」「て、てめらよくも姉御を……」
ざっざっと、その場にいた他の不良たちも姿を現し、狼狽え始める。
みんな強そうで、私は怖くなってそっと先生の裾を握ってしまったというのに、そんな中でもミカ先輩はいつもの調子で頬に人差し手を当てて笑っている。
「何笑って……ってこいつ!?」「ま、まさかトリニティの魔女!?」「な!?じゃ、じゃああたしら……」
「えーっと、なんだっけ……こういう時は……そうそう!」
「『イジメなんて。こんなの私が許さないんだから!』」
-夜 紫関ラーメン-
「す、すごい!本当に屋台で座ってラーメンが食べられちゃうんだ!?」
先生に連れられてやってきたのは柴関ラーメンという屋台のお店だった。
赤い提灯に、湯気の溢れる暖簾の向こう側、そこには茶色いスープがぐつぐつに煮立ってて良い匂い……それに、誰かと夜の屋台なんて初めてくるし、ドキドキが止まらなくなってる。
"こんばんは柴大将"
「見てみて、先生!あっちに吊るした豚肉が……」
「み、ミカ先輩、ほ、他の人にみ、見られてますから……」
「うん?あ、ごめんなさい。シェフの方も」
そう言うと先生が柴大将と呼んだ人物が大きな声で笑いだす。
「ははは!シェフなんて、初めて言われたなぁ……なぁ先生」
“えっと、大将。彼女はこういうお店は初めてで……”
「お、そうなのかい?ならちゃんと良い店だって覚えて帰ってもらわないとな!」
そう言うや否や、ザクザクっと具材を切り、麺を細切れにして熱湯の中に入れると、勢いよく湯切りをして出されたのは……湯気の煮立った熱々のラーメン。
いただきます、と食べ始めた先生やコハルちゃんを倣って自分も薄い膜の張った茶色いスープをレンゲで掬って一口飲んでみると……!?
「……美味しいっ!!」
「はははそりゃよかった」
醤油の味がお口の中に広がって、良い匂い。それにあったかくてこの寒さにはピッタリ!
麺もつるつるしてて、チャーシューも歯ごたえが程よくて……こんな時間に食べているという背徳感も相まって……。
「禁断の味だね。これって」
「き、禁断の!!?……そ、それって!?」
あわわとまたコハルちゃんが暴走を始めたのを微笑ましく思いながら、改めて先生の方へと向き直る。
「せ、先生。あのね、明日……」
“明日、一緒にナギサたちに謝りにいこうか”
「っ!!」
そう言って、優しく私に笑いかけてくれた。
……敵わないなぁ。先生には。
あはっ。ラーメンが美味しいのだって。今胸の中がポカポカしてるのだってきっと……
「先生。今日はいっぱい甘えてもいいんでしょう?」
“うん?え!?”
目を瞑って先生の腕をぎゅーっと抱きしめると、先生は珍しく驚いた顔をしていて、コハルちゃんはあー!!と叫び声を上げた。
……私、おバカさんだから。きっとこれからもたくさん間違っちゃうことが有ると思うの。
だけどそんな時に、先生が居てくれたら……。
私、良い子にするよ?
だから、先生には……私との毎日を”特別な日”にして……ほしいな。