私の生徒たちが、自分を恋人だと思い込んでいる! 作:雨あられ
買い出しを終えてカフェへの帰路についていると、目の前の少女がフラフラと路地へと入っていくのが見えた。
少女は左右を確かめてからツバのある帽子を目深に被り、長くて綺麗な黒い髪を靡かせた、どこかで見たことのある後姿であった。
気になった私は路地の方へと踏み込み、そこでトンと何かが足先に当たったことに気が付く。
“さ、サオリッ!?”
「はぁ……はぁ……」
苦しそうに息を荒げ、壁に倒れ込んでいるのはアリウススクワッドのリーダー。
戦うことを学ばされ、目的のためなら手段と方法を選ばないよう教育を受けた冷徹な少女……。
錠前サオリ。
彼女は縛り付けられていた悪い大人の足枷が外され、自由に生き始めたところだ。
つい最近もブラックマーケットで危険な任務を受けていたが……まさかそこで何かが……心配になり駆け寄っていくと、サオリが苦虫を噛み潰したような表情でこちらを見上げる。
「せ、先生……か。私が困っているといつも……」
“大丈夫?どこかが痛む?”
「いや、これは……」
そこでグゥ~!キュルルルルッ!!っと大きな音が聞こえてくる。
音がしたのはもちろん、露出した白いおヘソの見えている……サオリのお腹からである。
「……」
サオリは私と目が合うと、バツが悪そうに帽子を深くかぶりなおした。
私の生徒たちが、自分を恋人だと思い込んでいる!
-シャーレ併設cafe-
ガツガツとサオリは一心不乱に出された食事を掻き込み始めた。
様子を見るに、もう何日も食べていないのだろう、出してあげたスープもお肉も瞬く間に消えていく。同時に、やつれかけていた顔の精気も見違えるほどよくなってきた。
「……もぐ……」
っスと、サオリが無言で空になったお皿を私に差し出す。
今度はオムライスを出してあげるとサオリは再びスプーンを動かして頬張り始める。
見ていて気持ちが良いくらいだが……同時にとても不安になってくる。
彼女は非常に従順……というか、人を疑うことをあまり知らない。
この間も不当な雇用主に契約書で騙されていたし、策謀や欺瞞の渦巻くブラックマーケットで彼女のような純粋な存在が生きていくのは難しいと言わざるを得ない。
彼女は自由にはなったが、この世界ではまだ飛び方を知らない生まれたてのヒナなのだ。
そんな彼女が食事も碌に取れない環境に身を置かれている……それは、枷を外した私にも責任の一端があることだ。
「……ご馳走様」
出されていた冷たいアイスティーを飲み干すと彼女は席を立って出ていこうとする。
“ちょ、サオリ!?”
「お代がない。何か稼いでくるからツケにしておいてくれ」
“そんなもの、要らないよ”
「……先生には返し切れないほどの恩がある。感謝もしている。けどこれ以上、恩を重ねるわけにはいかない。だから私は……」
身を翻してドアまで歩くとこちらに振り返って笑みを浮かべる。
「ご馳走様。久々にまともな食事を……」
と別れの言葉をつげようとする彼女の座っていたカウンターに、とあるお皿を置くとサオリは目を見開いて顔色を変える。
“デザートもあるけど。要らない?”
「………………」
彼女は目を瞑って暫く考えごとをした後に、黙ってカウンターへと戻ってきた。フォークをすぐにその手に取って。
「私を雇うだと?」
先生にはこれまでの経緯を一通り話した。
ブラックマーケットでの日々だ。
ペロロなるグッズを転売する仕事を手伝っていると、覆面を被った少女たちに襲われた。ファウストと名乗る謎の人物が特に恐ろしく、私は任務に失敗してしまった。
それに、幻の珍味と呼ばれる赤イノシシの護送を命じられた時には美食屋を名乗る謎のゲリラ集団に襲われ、守り切ったというのに建物に損害が出たからと給料から全て差し引かれ……まぁそんなつまらない話ばかりだ。
だからこそ驚いた。そんな私の話を聞いた先生が目元に涙を浮かべてそう提案をしてきたのだから。
確かに先生の身の回りには危険なことが多い。ボディガードが必要なこともあるだろうが……
「……気持ちは有り難いが、同情でそのようなことをされる必要はない。それに先生にも立場というものがある。私が先生のボディガードとして傍に居れば、快く思わない者もいるだろう」
私たちの、いや、私のやってきたこと全てが許されないことだと思っている。だから私が先生の隣にいる資格など……
“いや、私が言っているのはカフェの手伝いだよ”
「……は?」
“最近バイトの子たちはみんなテスト期間でね。中々手伝いに来れないから……”
「ま、待て……この私がカフェの従業員だと!?」
“?何か変かな。それともサオリはここで働くのは嫌?”
何もかもが変に決まっている!
しかし、先生の方は微塵もそう思っていないらしく、まるで私がおかしいかのような……。短い付き合いではあるが、この状態になった先生が頑固なのは知っている。
「……っぐ、わかった。しかし、私はあまり経験が……」
“大丈夫、そこはばっちり教えるよ。あ、契約書もちゃんと書こうね”
「…………よ、よろしく頼む」
半ば押し切られるような形で先生にそう言われてしまい、断ることが出来なかった。
その日から、私の新生活が始まった。
「でさー、テスト期間だからって誘ったのに断るわけ!!」
「えー!」「ないわー!」
ギャル風な少女たちの話し声が店内に響いている。他のお客さんにも迷惑になっていると思うくらい大きな声だ。そろそろ注意でもしようかと思っていると、隣に立っていた髪を結ったエプロン姿のサオリが私の袖を引いた。
「先生、あれはやはり黙らせた方が良いか?」
“え?まぁ確かに声が大きいし、少しくらい注意した方が良いかな……”
「わかった」
サオリ?
彼女はツカツカとギャル風な少女たちに近づくと、懐から銃を取り出して、パンパンパン!!とテーブルに弾丸を撃ち込んだ。
シーンと静まり返ったカフェの中で青い顔をしたギャル生徒たちが戦々恐々としたオーラを纏ったサオリを見上げる……
「……声がでかい、静かにしろ」
「……あ、ああ」「す、すすす、すみませんでした」「っす」
……サオリがこちらに戻ってくると、少女たちは小声で何か話した後、いそいそとお会計を済ませてカフェを後にしていった。というか、他のお客さんたちも全員逃げる様にお勘定を始める。
「……これはもしかして失敗、してしまったか……?」
“……えっと、ちなみに今のは”
「これがこの世界(キヴォトス)でのやり方だとブラックマーケットで学んだ」
“そっかぁ。まぁ、場合によっては間違いではないのだけれど……”
すっかりお客さんの居なくなったカフェを見ながら奥歯を噛み締めるサオリ。
「すまない先生。私にはやはり向いていな…………先生!?」
そんなサオリの頭を優しく何度か撫でる。
“サオリなりに注意しようと思ってやってくれたんだよね?だから、ありがとう”
「……!い、いや、その…………う……」
あまり褒められ慣れてないのか、サオリは顔を赤くしながら目を泳がせ、拳を握って耐えていた。嫌そうな感じではないが……。
その後も、ダラダラと注文をするお客さんのオーダーを聞き間違えて理不尽に怒られたサオリの仲裁に入ったり、タダ飯をたかりに来たラビット小隊とひと悶着あったりと中々にスリリングな日々が続いた。
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“サオリはちょっとくらい手を抜く方法を覚えた方が良いかもね”
「手を抜く?」
それが先生の教えることか?
と私は一瞬先生の言葉を疑った。
しかし、それは言葉通りの意味だったらしく、先生はマガジンラックに入っていたいくつかの雑誌を持って私の前で広げて見せる。
“はい。今はお客さんも居ないし好きなの読んでていいよ”
「今は就業時間中だと認識しているが……」
“もちろんずっとサボった方が良いって言ってるわけじゃなくてね。ただ、仕事も一通り終わって、ずっと張りつめていても疲れちゃうからほどほどにねってこと”
「……そういうものか」
確かに、昔ミサキやヒヨリにも似たようなことを言われたことがあった。だがあの時は自分がリーダーとして皆を導かなければならないという使命感と、失敗することによる恐怖心でいっぱいだったから、手を抜くなどと言う考えは生まれなかったのだ。
……何気なく一冊の雑誌を手に取る。
それはどうやらファッション雑誌というものらしく、色鮮やかな服をまとった可愛らしい少女たちの写真がいくつも載っていた。
私たちがいた世界とは、まるで違う。
白いドレスに、ピンク色の爪、チェリーローズカラーのグロスに、透き通った肌。
どれも美しく、輝いていて、そして……私とはかけ離れた存在だった。
「……」
“その服、サオリにも似合いそうだよね”
「ッ!!」
何を言って……と言いかけたところで先生の顔がすぐ隣にいることに気が付き、更に鼓動が早くなる。
“サオリはお化粧もせずにそんなに美人なんだから、きっとこのモデルの子より綺麗に着こなせると思うんだよね”
「な!?」
“それに、スタイルもすごくいいし、うん。そうか、サオリならモデルみたいなお仕事も出来るんじゃないかな”
先ほどから耳元でそういう先生の言葉の数々が脳に焼き付いて離れない。
私がモデルを?この写真の娘たちのように?
無理に決まっている!
だが、先生は冗談で言っているような様子はない。ほ、本気で私を綺麗だとか……
“サオリ?”
「も、もう、わかった。これは試しに見ていただけだ。それに、私にはこんなものは似合うわけが……」
“そんなことないよ!サオリは可愛い!絶対に似合う!”
「~~ッ!!!」
顔を抑えて冷静さを取り戻そうとするも、更に先生は可愛いとか綺麗だとかと言って私のことを囃し立てる。そして、あれよあれよという間に乗せられて、その日の仕事終わりに化粧品だの洋服だのを買いに行くこととなった。
-デパート(婦人服/化粧品/婦人雑貨フロア)-
冷静に考えてみれば、これはデート……というものになるのだろうか?
先生と並んで歩いているとそんな考えが浮かんできたがすぐに首を振って否定する。先生はあくまで私の可能性を模索してくれている。ただそれだけなのだから。
だが、だが、どうしたことだろうか。
一緒に街中を歩く気分は、他の誰とも味わったことがない高揚感があり、緊張してしまう。だが悪い気分ではない。そんな不思議な気持ちだった。
「あ、ご主人様だ~!」
「……?」
しばらくしてやってきたのはデパートにあるテナントの一つ。こまごまとした小物や良い匂いのする小瓶が並んだ店だった。
そして、先生の方に人懐っこい笑顔を浮かべているのはブロンドの髪を持つ、プロポーションの優れたお洒落な店員……しかし、その顔には見覚えがある。
一之瀬アスナ。
ミレニアムサイエンススクール、Cleaning&Clearingのエージェント「ゼロワン」。
その戦闘力は極めて高く、また、勘と称して行動するトリッキーな動きは作戦行動において一番恐れられているイレギュラーを引き起こす……アリウスの要注意リストに入っていた危険人物の一人。
しかし、先生に懐いているのかして、腕に抱き着きながら浮かべる笑顔は……まるで大型犬の様だ。
“アルバイト中にごめんねアスナ、良かったらサオリに似合うメイク道具を見繕ってもらえないかな”
「サオリ?」
指に口元に当てたままこちらを向く一ノ瀬アスナ。
私は何時でも戦闘を行えるように、懐にしまってあった銃へと手を伸ばす……。
だが、相手は次には
「ふふっ、まっかせてー!」
と私の手を引き椅子に座らせ始める。
戸惑ったのは私の方だ。
「ど、どういうつもりだ?私のことを知らないわけじゃないだろう……?」
「え?ん~だって、あなたってそんなに悪い人じゃないんじゃない?だったら仲良くしようよ!」
白い歯を見せて笑顔を浮かべる一ノ瀬アスナはせかせかと準備を始める。
彼女はいくつか商品を持ってくると、それではお客様と店員口調で口を開き質問を始めた。
「お客様は普段どのようなスキンケアをなさっていますか~?」
「スキンケア……?あぁ、基本的に朝は水で顔を洗っている」
「え?お水だけ?夜寝る前の保湿とかは……」
「保湿?……考えたこともなかったな」
一ノ瀬アスナは絶句していた。
「えっと、じゃあ他に美容のためにやっていることとか……」
「美容のため、というわけではないが、強くなるために鍛錬はよく行っていた」
「…………」
そして、私の話を聞き終わった一ノ瀬アスナは目を閉じて暫く考え事をした後に、うん!と言って笑顔を浮かべる。
「全然だめ!」
と言って、次々とそこら中に飾ってあった商品を買い物かごに放り込み始める。
「ま、待ってくれ。あまり持ち合わせが……」
「大丈夫!これ全部試供品だから!あ、普通の商品もちょっとあるけどご主人様が出してくれるよ!」
「いや、しかし……」
「それよりも、お客様!せっかく綺麗なお肌しているんだからちょっとはケアしないとダメだよ~!カサカサの曲がり角になってからじゃもう遅い!ケアの方法お教えてあげるから、今夜からやってね!あ、それからマニキュアも塗ってこう!」
ぽいとまた新たな化粧品をかごに入れて一ノ瀬アスナが微笑む。
「それに、綺麗になるって楽しいよ?」
-シャーレ居住区-
「起きているか?先生」
先生の寝室にやってくると、私はゆっくりとベッドへと近づき腰かける。
布団を蹴飛ばして、大きな口を開けて寝ている先生はどうやらぐっすり夢の中らしい。
無理もない。
今日は色々と連れて行ってもらったからな……。
デパートの後は水族館にまで行って、それから少し高そうな夜ご飯を食べて……。
どうやら、今日は私の給料日だからそのお祝いでと、そういうつもりで色々と連れて行ってくれたらしい。慣れない化粧に、履きなれないパンプス。履いたことがなかったスカート……全てが新鮮で、気恥ずかしく、そして……楽しかった。
どうしてここまで良くしてくれるのだろうか。
先生は自分が大人だから当然だと言っていたが、そうではないと私は確信している。
それは先生が先生だからだ。
他の大人は私たちを助けてはくれてなかった、これまでも、そしてこれからも。
きっとこの人だから……私は……
「……」
パジャマからはだけた腹部には銃創と比較的新しめの縫い傷。
そうだ。私が撃ったその消えない痕だ。許されざる罪の証明。私に隣にいる資格などない。
そっと触れると、先生は少しくすぐったそうに身じろぎした。だが、先生ならきっと……
「先生、私は……」
傷痕に手の平を合わせながら私の手の平で包み込むように先生の身体を抱きしめると、少しずつその温もりで睡魔に誘われる。
全てが無意味だとしても。この瞬間、今感じる熱い鼓動だけは、意味があるような、そんな気が……。
-シャーレ併設cafe-
「いつもよりもよく眠れた?……そうか」
カチャカチャと食器の用意をしながらそう呆れた様に答えるサオリ。しかし、その表情は微笑みを浮かべていてどこか優し気だ。
サオリもすっかりこのカフェの仕事が板についてきていた。接客の方法や、金勘定のこと、それから力を抜いて生きていく方法。
この調子で学んでいけば、いずれ私の手が無くたって生きていける様に、やりたいことを探せるようになるはずだ。それは寂しくもあるが、同時にとても喜ばしいことだ。
「……やけに機嫌が良いな」
“サオリこそ、楽しそうだね”
「……?私が……?そうか、私は楽しんでいるか……」
少しおしゃれに気を遣うようになった彼女は見込み通り、いや、想像以上に美しくなった。
それに、あのお客さんを黙らせて発砲した時の彼女のかっこよさに惚れ込んだ固定客も何人か要るようだったし、少しずつ彼女の存在は皆に認知され始めている。
ギャル風の少女たちに爪を塗られたりしていて、困っているサオリの表情は記憶に新しい、まぁ本人も満更ではないらしいし。良い変化だろう。
「……先生、私は役に立てているか?」
“うん?”
「もし、私が、このままここにずっと居たいと言ったら、先生は……どうする」
“…………それは”
不安や期待の入り混じった眼でこちらを見るサオリ。
「……いや、なんでもない忘れてくれ」
”もちろん、サオリさえ良ければずっと居てほしいな!”
「!」
“サオリと二人で先生をやって、カフェを経営するなんてのも幸せそうだしね”
「そ、それって……プロ……ッ!??」
?首筋まで真っ赤にして目を見開き、口を半開きにするサオリ。いつもは冷静で落ち着いた彼女の初めて見る表情だった。最近はそういう顔も見せてくれて嬉しいと思う。
「…………ふぅ、いや、そうか。わかった。先生。これからも……よろしく頼む」
“うん、よろしく!”
「……ほら、肩に糸くずが付いているぞ、少し屈んで……」
そう言われて屈むとサオリの顔が少し近づき、そして
「ふえ~ん先生~!助けてください~!」「……外、暑すぎてもう無理」「先生のところに、避難させてもらおうってみんなで……」
丁度、サオリと顔と顔が触れそうな距離に迫ったくらいでカランカランと入ってきたのは他のアリウススクワッドのメンバーであるヒヨリ、ミサキ、アツコ……。
3人は私たちの方を向いてギョッとする。
「え?り、リーダーと先生!?い、今キスしようと!?ど、どうして……」「まさか……抜け駆け?」「サオリ?」
「ち、違う!これは糸くずを取ろうとしただけで」
3人はサオリのその声を聴いて顔を合わせるとドアを締めながら声を出す。
「お邪魔しました」「サオリ、赤ちゃんできたら教えてね」「ず、ズルいです!私もこのクーラーの利いたお部屋で先生とお茶飲んだりケーキ食べたりしt」バタン!!
「ま、待ってくれ!!」
慌てて3人を追いかけ始めるサオリ。
私はそんな慌ただしい後姿を見ながら3人分のアイスティーとアイスクリームを用意し始めるのだった。