6月21日 夜 渋谷 とあるビルの一室
「ったく……突然車で呼びつけられたと思ったら、血塗れの男を抱えて医者を紹介しろだと?驚いたぜ」
「馴染みに外科医がいたからいいものの……どうなってんだ?あの小僧。持ってるのは紛れもねえ真剣だ。腰に差してるのも、本物のコルト・ライトニング。あんな大昔の銃、今どきヤクザだって使わねぇ」
「しかもあの傷……間違いなく銃創だな。……どういう事情か、説明してもらおうか」
「それは……」
今、渋谷のとあるビルで少年に処置をしてもらっている。
メメントスを脱出した後、俺は岩井に連絡を取った。武見は内科だ。こんな傷、専門外だろう。
岩井なら昔のツテでそういう人脈があるんじゃないかと思ったが、やはり岩井に連絡して正解だった。大きな騒ぎになる前に車を回し、迅速に医者の元へ運んでくれた。
「……言えねえのか?そりゃそうだろう。まともな事情なら、俺なんかに連絡しないでそこらの病院に駆け込みゃいい」
「ごめん……」
「どうしてもと言うなら、事情は聞かないでおいてやる。だが、こういう事はこれっきりにしろ。今お前に何かあったら俺にとっても都合が悪い。……言っておくが、車の掃除は手伝えよ?」
「ありがとう」
岩井と話していると、奥の処置室から怪しい医者が出てくる。
「処置は済んだよ。具合について話したいんだけど、君でいいかな」
「はい」
「とりあえず、もう命の心配はない。目立った傷口は縫合して、出血も酷かったから輸血中。内臓に傷がなかったのは幸いしたね。弾も貫通してるみたいだし……しばらく安静にしておけば快復するだろう」
「他には、栄養失調と脱水による衰弱も気になる。でも、一時的な飢えによるものだから点滴を挿れて、それでもう大丈夫。経過を見る為に、しばらくここに入院してもらう事にはなるけどね」
「それにしても、今どきこんな患者は珍しい。なあ、ムネさん?」
「ああ。時代は変わったからな」
後ろから入口のドアが開く音。シンに連絡を取りに行った真が戻ってきたようだ。
「蓮、シンに連絡ついたわ。すぐに行くって」
「わかった。動物病院に行った他の三人は?」
「さっき杏から電話あった。黒猫、途中で目を覚ましたって。ただ、それがね……」
渋谷 病院の前 裏路地
「うぬが団の頭領か。我の名は業斗童子。此度は、ライドウ共々世話になったようだ。感謝する」
「……惣治郎?」
メメントスで出会った黒猫は、祐介に抱えられたまま流暢に喋りだした。その声はまさしく惣治郎のもの。いたずら……とは思えないし、説明がつかない。
ライドウというのはあの少年の事だろう。
「……ね?喋るのよ、この猫。私もまさかと思ったけど」
「まさかワガハイ以外にこんな猫がいるとは……。いや、ワガハイは猫じゃないが」
「声、マスターに似すぎだろ。紛らわしい……」
「そのおかげで助かったんだから、よかったよね」
「事情はそこの異人二人から簡単に聞いた。まさか、我が攻撃を受け気を失うとは、不覚であった。ライドウの様子はどうだ?あいつはこんな所でくたばるたまではないが……」
「無事だよ。しばらく大人しくしておけば治るって」
口では強がりつつも、やはり不安はあったのだろう。そう伝えると業斗童子は少しほっとした表情をした。
「ねえ、業斗童子……さんたちは何処から来たの?」
「ゴウトでいい。……我らは帝都から来た。とある標的を追って異界に侵入したのだが、出口を見失ってな。異界を彷徨い歩くことおよそ三週間……我にとっては支障ないが、水と塩だけでは人の身には少し堪えたようだ」
「三週間!?」
「ふむ……俺でも未知の領域だな」
「帝都……ってどこ?」
「文字通り帝国の都の事よ。今の場合、東京の事でいいのよね。日本が大日本帝国を名乗っていた頃の呼び方だから、このご時世もう使われないわ」
「ライドウさんは随分珍しい格好をしているけど……貴方たちの身分を訊ねてもいいかしら」
「うむ。ライドウは弓月の君高等師範学校の生徒だ。鳴海探偵社で書生をしていて、探偵見習いでもある」
「弓月の君……鳴海探偵社……検索にはかからないわね。そこの住所、わかる?」
「鳴海探偵社は矢来区筑土町、…………だ。鳴海 昌平という男を世帯主に、銀楼閣というビルヂングの一室を借りている」
「矢来区筑土町……。……あの、ゴウトさん。今年は何年だったかしら」
真はスマホの画面を眺めながら眉を顰める。疑問に満ちた表情でゴウトへと質問を続けた。
「む?今は大正二十年だ」
「大正……?あ?どんだけ前の時代だよ」
「大正二十年だと……?おかしくないか?大正は確か……」
「ええ、大正は十五年まで。ねえ、確認なんだけど、本当に記憶違いじゃないのね?」
「うむ。我とライドウは大正二十年……西暦1931年の帝都から来た」
ゴウトは自信を持って言い切った。
「決まりね。この二人は、私たちとは別の異世界から……パラレルワールドから来たんだわ」
「パラレルワールド……?」
「今俺たちのいる世界と極近い、平行世界の事だ。例えば、蓮が秀尽に転校してこなかったら?俺がお前たちに出会わなければ?そんな些細な出来事で、よく似た様々な世界に枝分かれしていく……というのを、パラレルワールドと呼ぶ」
「つまりこの二人は、十五年で終わったはずの大正時代が終わらなかった世界から来た、という事だな」
「……おい、なんか祐介の癖に頭良さげだぞ」
「オマエがバカすぎんだよ……」
「信じ難いけど……嘘を言ってないとすればそれしかないわ」
「そのぱられるわぁるどという言葉は初めて聞いたが、我も街の様子が大分違う事が気になっていた。教えてくれ、今は何年で、ここは大日本帝国のどこに位置する?」
「今は平成28年。西暦で言うと2016年よ。場所は貴方たちもよく知ってる帝都……東京ね」
「……そうか、ここが……」
黒猫は辺りを見回しながら呟いた。大分衝撃的な話だと思うが、あまり驚いている様子はない。
「驚かないんだな」
「職業柄な。別世界に行ったことや時を渡る者を相手にした事もある。いつかこんな事も有り得るだろうと思っていた。ふむ、だとすればうぬ等は我らの大後輩というわけだな」
「探偵ってそんなことすんのか……?……これからどうすんだ?」
「とりあえずライドウの快復を待つ。その後、食糧を調達してどうにか帰る方法を探ろう。我らはとある悪魔を追跡している。のんびりしている暇はないのだ」
……。シンの事だろうか……。
「その相手の事だけど……。もしかして、間薙 シンって名前じゃ……」
「……?何故うぬが人修羅の名前を……」
背後から聞きなれた足音がした。さっき連絡をしたので、誰が来たのかは予想が着いた。
「……久しぶりだな。ゴウト」
「貴様……人修羅!会いたかったぞ……!」
「俺もだ。ずっと聞きたいことがあった」
ゴウトがシンを睨みつける。シンは何も気にした様子がないが、ゴウトは明確に敵意を露にしている。
どういう関係だ……?
「……?待て。どうしてそんなに警戒する?」
「ふざけるな!貴様、自分のした事をわかって……」
「ちょっと、落ち着いて!貴方たち、どういう関係なの?」
「知人……いや、戦友と言ってもいい」
「いけしゃあしゃあと抜かしおって!ならば貴様は裏切り者だ!よくその顔を出せたものだな!」
困惑するシンにゴウトはヒートアップしていく。
「……ちょうどいい。俺もあの時に何があったのか知りたかったところだ。洗いざらい吐いてもらおう」
「貴様……っ!…………貴様、何か様子が……もしや、記憶を失っているのか?」
「最後だけな。お前たちと共に決戦に挑み……それからここに来る直前の記憶が無い。俺は勝ったのか?負けたのか?」
「…………ふむ。ならばこの話はやめておこう。今のうぬと話しても仕方がない」
ゴウトは俺たちに背を向ける。
「気が変わった。我らはしばらくこの世界に留まる。団長殿よ。うぬ等には何らかの形で必ず報いよう。……ではさらばだ、人修羅」
ゴウトは去っていった。途中から俺たちは置いてけぼりになっていたが……。
竜司と顔を見合わせていると、ビルのドアが開いた。岩井と医師が降りてきたようだ。
「またなムネさん。またいつでも運んできてくれていいから」
「馬鹿野郎、こんな事そうそうあってたまるか。……おう、車の掃除だ」
「ああ、すぐ行く」
「ちょっと待ってくれ。目を覚ました時に連絡するのは君でいいかな。……ところで君。これ、治療費と入院費なんだけど……」
医師が紙を出してくる。金額は……。
「……!?高すぎんだろ!」
「…………!?馬鹿な……!」
「よかったなぁ、事情を聞かずに治療してくれる病院があって。他じゃ中々ねえぞ?」
「分割でもいいよ。ムネさんの知り合いって事で、特別に利息はなしにしてあげる」
「……俺が払う。元々俺の知り合いだからな」