6月27日 放課後 病室
ゴウトとの再会から数日。未だ目を覚まさないライドウを前に、椅子に座って時間を潰している。
身体はもう問題ないらしいが、やはり疲れが溜まっていたのだろうか。丁度下校ルートにビルがあるので、暇を見ては立ち寄っているのだが……。
「今日も来ていたのか。連日殊勝な事だな」
窓枠に目をやるとゴウトがちんまりと座っている。情報収集から帰ってきたようだ。六日前の再会から見かけていなかったが、俺の動向は把握されていたらしい。
ゴウトの言葉は少し冷めていた。棘があるという程露骨なものではなかったが、歓迎されてはいないらしい。
「下校のついでだ。別にいいだろう?」
「うむ……。ここ数日うぬの動向を監視させて貰っていた。うぬの言った言葉、一先ずは信じるとしよう。……まさかあの混沌王が、農業に勉学に、逢い引きとはな。以前のうぬでは考えられん」
「俺は昔からこうだ。……あと、逢い引きじゃない」
寝息をたてるライドウを眺め、病室には沈黙が流れる。室内は空調がよく効いていたが、射し込む陽光に照らされた制服が少し熱を帯びている。
誰も居ないうちに、ゴウトと今後について話を済ませてしまおう。
「あいつらには俺のことは……俺の使命については、話さないで欲しい」
「ほう。だが、我も同感だな。たとえ知るだけでもどう影響が出るかわからん。うぬがするのはそういうことだ」
「頼んだ。それともう一つ。ボルテクス界への帰り道を知っているなら教えてくれ」
「知らんな。我らが通ってきた道は全て塞がってしまった」
「そうか。……お前たちはこの世界でどうするつもりだ?」
「時代が違えどもここは帝都に違いない。それに、人がいるならば悪魔もいるだろう。我らは葛葉の使命を全うする」
「それは好きにすればいいが、生活の当てはあるのか」
「…………ライドウ共々、しばらく世話になる」
「仕方ないな」
「それにしても、ライドウがここまで傷を負うとはな。何が相手だ?」
「鎖を巻き付けた妙な悪魔二体だ。無論、普段であれば決して遅れをとる相手ではなかったが……。ライドウはあくまでも人間だからな。補給もなしに、我らの様な無茶は効かん」
「なるほど。あいつは、確かにこっちでは中々の相手だ」
話題もなくなり、病室には再び沈黙。気にせず本を読み進めていたが、いつの間にかもう日が暮れかけていた。
「さて……俺はそろそろ帰る」
「うむ」
6月29日 放課後 教室 雨宮蓮
授業が終わった。連絡がないか確認すると、この前の医者から留守電が入っていた。ようやくライドウさんが目を覚ましたらしい。
荷物をまとめていると、教室に入ってきた竜司が声を掛けてくる。
「よう、今日パレスどうするよ?」
「今日はこの前の病院に行ってくる。ライドウさん、目を覚ましたって」
「あー、うし、じゃあ一応集合かけっか。シンならさっき屋上に行くの見たぜ。声掛けてくるか?」
「ああ……いや、やめておく。今日は俺たちだけで行こう」
病院前
「うむ。では改めて自己紹介と礼をしておこう。我の名は業斗童子。そして、デビルサマナーの葛葉ライドウと申す。我らはゴウト、ライドウと気軽に呼んでくれ。この度は真に世話になった」
ゴウトはライドウの肩に乗りながらそう言った。続いてすっかり元気な様子のライドウも軽く頷く。怪我はもう良いらしい。
「身体はもういいのか?」
ライドウは力強く拳を握りながら頷いた。……平気だという意思表示だろうか。
「……喋れんだよな?」
「ライドウは寡黙でな。話なら我が代わりにしよう。少し聞きたいこともある。人修羅が居ないということは、そちらも同じだろう」
「ええ。それじゃ、場所を変えましょうか」
カネシロパレス
「で、なんでパレス?」
「いいじゃない。どうせ話すのはこういう事なんだから。攻略も途中だし」
「うむ。して、うぬらのその姿は……?」
「怪盗服だ。こっちでは勝手にこの格好になる」
「ふむ……力を実体化して全身に纏っているのか。退魔具を己で具現化しているような……。珍しい術式だが、有効かもしれん」
「自らの心をトリガーに発現する、ペルソナという力だ。俺達もまだ目覚めたばかりだがな」
「なるほど。興味深い……」
「それで、聞きたいことなんだけど……」
「待て。その前に、うぬらは人修羅についてはどこまで知っている?」
「え?え〜っと……強い、大食い、本が好き……」
「妙に気が強い。けど意外と押しに弱い。渋っても結局手伝ってくれたりするわね」
「何だかんだ優しいからな」
「そうかぁ?すっげー我儘だと思うけど」
「オマエの扱い方を心得てるんだろ」
「我が聞きたいのはそういうことではなかったが……なるほど」
「……あと、敵に対して、すごく凶暴になる事があるの。まるでスイッチでもいれたみたいに」
「金城と接触した時もそんな感じだったな。少なくとも、穏便に済みそうな様子ではなかった」
「それ以前にもそんな事が?」
「ええ、一度ね……」
「ふむ。……一つ、頼みがある」
「なんだ?」
「普段の人修羅の様子を我らに伝えて欲しい」
「それはどうして?」
「我らが最後に見た人修羅と、この世界で見る人修羅は大きく乖離している。我らは奴を目的にこの世界に来たが、奴次第で目的自体大きく変わる。その判断の為だ」
「我らも出来るだけ様子を伺うつもりだが、学舎の中までは入りにくい。うぬらならば、この世界での自然体の奴を知れる」
「それなら、こっちからも提案がある。俺たちが知りたいのは逆に、シンの過去について。それと、二人の目的も」
「人修羅の過去を知りたいのは何故だ?」
「シンを何処まで信用していいかわからないからだ。俺たちはシンととある取引をしている。もちろん仲間ではあると思っているけど、シンの素性と目的を確かめたい」
「……悪いが、おいそれと教えられる内容ではない。そして我らの目的についても、お前たちが知れば正確な情報を得られなくなる可能性がある」
「それは、俺たちが伝える情報を操作するかも……ってこと?それなら、交渉は決裂だ。一方的に条件を受けるつもりは無い」
ゴウトはライドウに視線を向ける。ライドウは俯いて少し考えたあと、無言で頷いた。ゴウトはそれを見るとやれやれといった感じで首を横に振り、改めて俺に向き直った。
「人修羅の過去と目的については、知ることですら影響があるかもしれない事だ。これはうぬらの身を案じて言っている。……だが、うぬらが一人前と言える実力をつけ、己の選択に責任を負えるというのならば、いつか教えてやろう」
「我らの目的は……うぬらが正確な情報を伝えてくれると信頼して教えよう。だが、これはあくまでも目的になり得ることであって、今日まで人修羅の様子を見た限りでは、むしろその可能性は低いという事を念頭において聞いてくれ」
「わかった」
強い念押しに何となく話の雰囲気を察せられる。あまり良い話では無さそうだ。
ゴウトは俺たちをぐるりと見渡し、一拍おいて話し始めた。
「結論から言おう。我らがこの世界に来た目的は、人修羅を殺す為だ」
「……穏やかじゃないわね」
「人修羅の力についてはうぬらも知っている事だろう。もし奴がその気になれば、この世界の一つや二つ簡単に滅ぼせる」
「世界って……さ、流石にそれはねえだろ?」
「直接的に全てを……というのは無理だろうが、それでもほぼ滅亡と言っていい状況までは持っていけるだろう。だがそれよりも、奴があらゆる霊的高位存在を滅ぼし、その力を自らのものとすれば?」
「……どうなるんだ?」
「……さてな。どんな影響が出るか、はっきりした事はわからん。ただ間違いなく言えることは、世界の均衡は崩れ、魔界から現れた膨大な悪魔達は人々を喰らい始める、ということだ」
「それは……まさに地獄絵図だな。たとえそれを逃れたとしても、破壊された世界でまともに生きれるとは思えん」
「うむ。帝都、ひいてはそこに住む人々を護る我らとしては、そんな事態を見過ごす訳にはいかぬ。そして、我らが奴を最後に見た時、そうなる可能性は高かった」
「シンが、本当にそんな事を?」
「あの時の人修羅は今とは別物だ。奴は自身の為ならばあらゆる犠牲も行為も厭わず、人としての心は擦り切れ死んでいた。身も心も、完全なる悪魔へと堕ちてしまっていたのだ」
「そうなる前、かつての……今の人修羅を知る我らは、奴自身そのような事を望まない事はわかっていた。ならば、我らは人修羅を狩らねばなるまい」
「……つまり、シンに罪を重ねさせない為にシンを殺すつもりだったんだな?」
「なんだ……結局貴方達もシンを想って動いてるんじゃない」
「ふん。だが、記憶がなかろうと奴は確かに我らを裏切った。その落とし前はつけてもらわねば」
そう言いながらも二人に恨みの表情は見当たらない。やはりシンを殺すのは望むところではなかったのだろう。
「この話は奴には伝えないでもらいたい。下手に刺激して妙な事態になっては困る」
「約束する」
「とはいえ、人修羅がいつまでもこのままという事は考えにくい。我らは人修羅の様子を見ながらどうするか考えておく。最低でも、人修羅が以前の状態にならない様にするつもりだ」
「では、うぬらも約束についてはよろしく頼むぞ」
「ええ。……それじゃ、話もまとまったところでパレス攻略といきましょう」
「ついでだ。我らも同行する。お手並み拝見と行こうか」