6月29日 放課後 カネシロパレス地下大金庫
「ここが今回の異界か。外の景色とは裏腹に存外綺麗なものだな」
「今更だけれど、異世界での経験はあるのよね?」
「うむ、悪魔狩りは我らも専門とするところだ。任せておくがいい」
「悪魔狩り……なあ、俺たちその悪魔っていうのはよく知らねーんだけどよ」
「ほう?ならば何を相手にしているのだ?」
「シャドウという人間の心の歪みが実体化した存在だ。そして、その強い欲望に惹きつけられた精神生命体たちも、俺たちは同様にシャドウと呼んでいる」
「この異世界は人間の認知の歪み。ニンゲンは主観で物事を見る生き物だが、それが強い欲望によってあまりに歪んだ見方をしちまうと、こんな風に異世界が……。パレスが生まれちまうのさ」
「んで、パレスにはそんな悪党共の歪みの結晶、オタカラがある。俺らがそいつをぶんどってやれば、認知の歪みはなくなって、自分の罪を直視するって寸法よ」
「良心の呵責により自白してしまうということか。パレス……。我らの知る異界とは成り立ちからして違っているな。悪魔が自身の異界に人間を引き摺りこむのではなく、むしろまるっきり逆になっている」
「……これは、文明の発達によって信仰や畏敬が失われていった影響なのか……。世が平和なのは良い事だが、是非もなく消えていくというのは、多少の物悲しさがあるな」
「さて……悪魔というのは、おおよそそのまま思い浮かぶものを想像してもらって構わん。神話や伝承に描かれる様な者どもは確かにこの世界に存在している。我らはその中でも人に害を為す無法な悪魔共を、時には仕留め、時には鎮め、また時には使役しこの国を影から守護してきた」
「葛葉は千年以上に渡りそれを行ってきた一族だ。そして、この男は十四代目葛葉ライドウの名を襲名した、歴代でも屈指の実力を持つ悪魔召喚士だ。戦闘において我らの事は心配しなくていい」
「要は、陰陽師の末裔で、妖怪専門の警察みたいな感じ?」
「……随分軽く捉えられた気がするが、その認識で構わん」
「とりあえず平気なんだな。ま、今は病み上がりなんだしよ、俺たちが先行くから着いてきてくれ」
「うむ、よろしく頼む」
「0、9、3、1……と」
「今の音…また金庫が動いたようね」
「いよっしゃ、成功だな!」
「このパレスは……なんというか、随分と高度な技術が使われているのだな。この時代の異界はどこもこうなのか?」
「んー、そんなに高度かな?これ」
「時代が違うからね。大正じゃ電子ロックなんて一般的じゃないでしょうし」
「異世界の癖に妙に現実的なセキュリティだからな。面倒ったらありゃしねぇ」
「これは、我々には案外苦戦しそうだな、ライドウ」
「ここにもシャドウか…。奥にある何かを守っているようだな」
「なんだろ、ヤバそうな感じ…。戦うならちゃんと準備しないと危ないかも」
「……よし、ライドウ。どうだ?ここは一つ、リハビリ代わりにうぬが戦うというのは」
ゴウトに問いかけられたライドウは頷き、すっと前へ歩みでる。
やる気の様だ。
「アイツ、見るからに強敵だぞ。行けるか?」
「誰に言っている。ライドウ!手加減はいらぬぞ!」
「…!なぜここに!…この場所を見てしまったが最後、もうお前たちに未来はない!」
警備員姿のシャドウは、蛇の尾を持つ巨大な白い犬へと姿を変えた。ライドウも刀を抜き迎撃体制をとる。
シャドウの強大さは戦いが始まってすぐにわかった。見るからに鋭い大きな爪と牙が、身体から溢れ出す濃密な火の魔力を巻き込み、凄まじい速さで暴れ回るのだ。
あの炎の竜巻に巻き込まれれば、俺達は数瞬で刻まれ燃え尽きるだろう。
しかし、ライドウは一筋の炎すら触れる事を許さなかった。
一切の攻撃も、無軌道に揺らめき荒れ狂う炎も見切って避け切っている。恐らくシンでもあそこまで見事には避けきれないだろう。……必要ないというのもあるだろうが。
「すごい……」
「まさに神業だな」
「……ほう。うぬら、ライドウがどう動いているか見えているのか」
「かすかに見えるだけよ。私たちじゃとてもあんな避け方は出来ないわ」
「うぬらの経験を鑑みれば充分すぎるだろう。葛葉家もうかうかしていられんな。……ライドウ!もういい、決めてしまえ」
ゴウトがそう告げた後のライドウの動きは、今度こそ誰の目にも止まらなかった。瞬きにも満たぬ間で、気づけばシャドウは真っ二つになり、既に刀は鞘に収まっていた。
崩れ落ちたシャドウの肉体は赤黒い粒に解けていく。
「ふふん。目覚めて早々の戦い、多少の鈍りはあるようだが……流石だな。これも日々の鍛錬の成果だ」
「すっげぇ……。めちゃくちゃ強ぇじゃねぇか!」
「当然だろう。ライドウは幼い頃から、対悪魔用の厳しい鍛錬を積んできたのだから。うぬらも発展途上ながら中々の戦いだったが、年季の差というものだ」
「ライドウはどんな力で戦ってるんだ?」
「ライドウはうぬらの様な能力は持っておらんよ。葛葉に代々伝わる退魔刀『赤口葛葉』と『封魔管』、そして鍛え上げられた己の身と霊力のみだ」
「……は?生身って事か!?」
「生身であの動き?」
「本当に人間か?」
「……なあ、一つ疑問なんだけどよ」
「なんだ?」
「シンとライドウはどっちが強えんだ?」
「それは無論ライドウ……と、言いたいところだが、ちと厳しいかもしれん」
「あんなに強えのに?」
「ライドウの強さが理解できるなら、人修羅も強さの底が知れぬ事はわかるだろう。だが……ふむ、あやつはどうやら最も得意な戦い方をうぬらには見せておらん様だな」
「人修羅の強さの真骨頂は、威力の高さと両立した圧倒的な破壊範囲、そして大技を撃ち続けられるだけの莫大な魔力とスタミナにある。奴が少し本気になれば、街の一つや二つなら小一時間で更地になるぞ」
「以前の……我らと別れる直前の人修羅と言えば、それは凄まじいものだった。情け容赦も慈悲もなく、身に掛かる火の粉は塵一つ残さなかった。下手に戦えば仕掛ける間もなくすり潰されて終わりだな」
「……それを考えると、今は随分丸くなったものだ」
「そう……。でも、貴方達はシンを殺すつもりで追ってきたのよね。勝算はなかったの?」
「勝ち目が無いわけではない。大技が無意味な程の近距離に持ち込めば、体捌きや技術ではライドウに分がある。それも危険ではあるが、離れるよりはマシだろう」
「端から警戒されていればそれも難しいが……探る事はこちらも専売なのでな。どれだけ時間を掛けても仕留めるつもりだった」
「そうはならない事を願うわね。さ、そろそろ行きましょ」
「あった、あったぜ…ここだ!」
「なにもないじゃない」
「あのモヤがオタカラというものか?」
「ああ。こっからは、予告状ってのが必要でな」
「予告状…なるほど…」
「オタカラが危険だと対象に認知させることで、オタカラは顕在化される」
「随分大胆なトリックね」
「え?理解してる?」
「集まる時は我らも呼んでくれ。流れは正確に把握しておきたい」
「ジョーカー、タイミングは任せたぞ」
「よし、決行日に備えよう」
6月29日 放課後 屋上
いつものように屋上で本を読んでいると、真から連絡が入った。今日は忙しいので先に帰るらしい。
生徒会の仕事に家事に、受験生なのも相まって休む時間もそう易々と取れないということか。真の苦労が偲ばれる。
「今日、真は来れないらしい」
「そうなの?まこちゃんも大変ね」
「春だって受験生だろう。そろそろ焦り始める時期じゃないのか?」
「私の行きたいところはそこまでレベル高くないから。今の成績を維持してれば問題なさそうなの」
「それならいいが、足元は掬われない様にな」
「嫌な想像だけど……そうだなぁ、もしそうなったら……シンくんと一緒の所に行けるようにしようかな。それなら楽しめそうだし。シンくんは進学?」
「俺はまだ決めてない。来年どうしているかもわからないな」
実際いつまでこの世界にいるかも怪しいところだ。最悪今すぐ帰ることに……。いや、俺の目的は向こうに帰ることだ。むしろ、それが一番喜ばしいことじゃないか?
「……どうしたの?難しい顔して」
「いや、なんでも……」
「ふぅん?……じゃあ、来年シンくんが何してるか私が一つ決めてあげる」
「なんだ?」
「私の代わりにここの野菜のお世話をしてる事。約束よ?」
「……それは……」
「私と約束するの、嫌?」
「そういうわけじゃ……わかった、約束する」
「よかったぁ。守ってね?」
「ああ……善処する」
「じゃあ、お世話の仕方覚えないとね。大丈夫、シンくんならすぐに覚えられるよ。早速教えてあげるから、こっちおいで?」
「よろしく頼む」