7月18日 昼間 校門前
花火大会当日。蒼山一丁目駅で、と約束をした俺は、人波を外れベンチに座りながら春が来るのを待っていた。周辺には、同じく花火大会へ向かうであろう人々が絶える事無く流れ続け、これは大変そうだ、と今から俺の気を滅入らせる。
道行く人達を眺めしばしぼうっとしていたが、何気なく改札に目を惹かれると、ちょうど春が構内に入ってくるところだった。立ち上がると向こうも俺に気づいた様で、笑顔で手を振っている。
遮る人の波と格闘しながら、ようやく合流することが出来た。
「おまたせ。ごめんね、混む前に行こうって話だったのに、着付けに手間取っちゃって」
「気にするな。……浴衣、良く似合ってる」
「……!ありがとう」
実際に、白地にピンクの花をあしらった浴衣は春によく似合っている。いつもと違って後ろで結んでいる髪も、暑い夏に涼しげでとても綺麗だった。
杏と真から散々褒めるように念押しされたから、というだけじゃないが、どうやら功を奏した様だ。
電車の中はぎゅうぎゅう詰めだ。春を端に立たせて、潰されないように俺が壁になる。加減速に合わせて津波の様に揺れ動く重量を受け止める。まあ、俺にすれば何も無いに等しいが……。
「大丈夫?」
「ああ。それより、狭くないか?」
「もっとこっちに来ても平気よ。周りも狭そうだし、なるべく空けてあげましょ」
「そうか?なら……」
もう一回り小さくスペースを取る。ほとんど春に覆い被さる状態だが、春に重さは感じさせてないはずだ。
しかし、春はみるみる顔を赤くさせ黙りこくってしまった。
「………………」
「どうした?重いか?」
「ち、違うの。気にしないで」
「悪いが、少し我慢しててくれ」
「うん。……それにしても、凄い人の数ね。普段、電車は使わないから、面食らっちゃったわ。普段の登下校もこんな感じなの?」
「春はいつも車だからな。朝の電車は常に満員だから……まあ、大抵こんな感じだ」
「そうなんだ。……一緒に通えるなら、電車通学も悪くないかも……」
「危険だからやめておけ」
駅を出てからも混雑は続いていた。道路脇には少しずつ出店も見え始め、頭上には提灯の列がずっと奥まで続いている。道は進む人、戻る人、並ぶ人に止まる人まで合わさりめちゃめちゃだ。10m先もよく見えない。
急な動きに春が流されかけた瞬間、咄嗟に春の手を握りしめる。表情は遮られて見えなかったが、向こうも握り返してきたので、少なくとも嫌がられはしなかった様だ。
何とか人と人の隙間を掻き分けながら進んでいく。喧騒を抜けて調べておいたスポットに着くのと、最初の花火が打ち上がるのは、ほぼ同時だった。
「わぁ……!とっても綺麗!」
「ああ。花火なんて見るのは久しぶりだ」
「あんなに混んでたのに、ここは空いてるわね。花火も綺麗に見えるのに。調べておいてくれたの?」
「どうせならいい場所で見たいだろう。大した手間じゃない。大通りからは外れるから、出店は遠いがな」
「そんなの……。……あ、それより……手……」
「……すまない、咄嗟だったから」
「いいの!もう少し、このままで……」
離そうとした手を強引に強く握られる。まあ、春がいいなら俺は構わないが。
二つ目の大玉が打ち上がる。落ち着いて見られなかった一発目と違い、眼前に大きく広がったそれは、俺たち二人の意識を夏の夜の深いところまで一気に吸い込んだ。
大都会のビルの隙間で、それ以上言葉も交わさずに花火を見ていた。
もう二度と見るかもわからない花火と、それに照らされ鮮やかな世界の中にいる春を、俺は静かに、この世界から切り離された様な気分で見つめていた。
その時間は、唐突な雨に洗い流された。
「きゃっ……雨?」
ぽつりと春の顔に雨粒が落ちる。それを契機に、大粒の雨が俺たちを打ちつけた。黒い雲が急速に広がり、豪雨と共に稲光が走る。……近くで落ちたようだ。強い光と共に身体に響く程の轟音に、春が悲鳴をあげる。
我に返った俺は急いで用意しておいた傘を広げ、大きめのタオルを春に手渡し、近くのビルの軒先へと手を引いた。
「ありがとう。用意いいのね」
「天気予報でもやってたからな……。この勢いじゃすぐにはやみそうにない」
「花火大会、中止かなぁ……」
「残念だが、多分。……帰るか。また、今度どこかへ行こう」
「うん、そうだね」
同日 夜 コンビニ前 雨宮蓮
唐突に降り出した雨に、俺たちはコンビニの軒下へと避難した。人波で移動もままならず、ようやく辿り着いた時には全員服が絞れるほど濡れてしまった。
「うえぇ……びっちょびちょ」
「全くだ。この身体は、濡れても乾くまで待つしかないのが難儀でな」
ゴウトは身体を震わせながら水滴を弾いている。モルガナはというと、バッグの中までは無事だったようだ。
「ライドウ、うぬも鞄を使わぬか?なに、両手はなるべく空けておきたい?」
「どうだった?この世界の花火は」
「見事であったな。あれだけはいつの時代も変わらぬ。中止になったのは残念だったが……」
「良かった。……今度、みんなでやろうか。最近は手持ちの花火もあるんだよ」
「なんと。素晴らしい。是非やろう」
「……待て。あれ、シンじゃないか?」
祐介の指す先に、傘を差す一組のカップルの姿。男の方の顔は見えないが、傘の下の服にはよく見覚えがあった。
「ん……?あら、そうね。春も一緒だわ」
「呼ぶか。おーい!シン!」
竜司に呼びかけられた事に気づいたシンは、振り向くと、横の女性の手を引いて道路を渡る。
色恋沙汰には興味無いみたいな顔をしといて、結構積極的じゃないか。
「傘にタオルまで……。用意がいいね」
「ほんと!こいつら何も持ってないんだから」
「よお、シン……。どうだ?楽しかったか!?あぁん!?」
「楽しかった。そっちは、浴衣美人は捕まえられたか?」
「見・りゃ・わかんだろコラテメー!そのうち誰かにぶっ飛ばされんぞ!手まで繋いじゃってよー……」
「こんばんは、春。どうだった?」
「こんばんは、マコちゃん。とっても楽しかった!……みんな、二人の友達?」
「前も一度だけ会ったかしら。……改めて、初めまして。奥村 春と申します」
「た、高巻 杏と申します!」
「喜多川 祐介だ。よろしく」
「俺、坂本 竜司」
「雨宮 蓮です。こっちは猫のモルガナ」
「猫じゃね……いや、猫か」
ライドウは無言で力強く頷いた。
「や、喋れよ」
「我はゴウトだ。こやつは探偵見習いの葛葉 ライドウ」
「聞こえないでしょ……」
「……こっちはシンの昔馴染みの葛葉 ライドウさん。で、飼い猫のゴウト」
「わぁ可愛い!二匹とも賢そうな猫ちゃんね」
「俺たちはもう帰るつもりだったが、お前たちは?」
「あー、こんだけ濡れてちゃどこも行けねえし、帰るか?」
「ああ。残念だけど」
「今度はみんなで遊びましょ」
7月19日 昼休み 昇降口
「あ、成績もう出てんじゃん」
「ねえねえ、どうだった?」
「ヤベェ……オレ、死んだわ……」
生徒たちが、掲示板に貼りだされた順位表を見てそれぞれ感想を述べている。割と手応えはあったが、どうだろうか……。
今回の成績は……学年で十位内に入れた!
「やるじゃねえか。二学期も頑張ろうぜ」
「ねえ、アレ見て!今回の学年一位って……」
「おい見ろよ、シンのヤツ学年トップだぞ。すげーなー……。お前も教えてもらうか?」
7月20日 放課後 アジト
蓮から相談したいことがあると言われたので、連絡通路へと来ている。まだよく聞いていないが、緊急事態らしい。
全員が集まり、蓮が普段使用しているSNSアプリを開く。そこに映し出されたものは、俺にとっても驚かざるを得ない内容だった。
「『心を盗む』って、バレてるよな、これ?」
「みたいね……」
「どうしてバレた?」
「チャットのログを辿られたのかも……」
「迂闊だったな……」
「でも、そんなことぐらいでここまで詳細に……?」
「要因は別にあるというのか?」
「うん、分かんないけど、何となく、そんな気が……」
「ねえ、他人のチャットログって簡単に見れたりするの?」
「私も、そんなに詳しくないけど……できなくはないんじゃないかな?」
「どうやって?」
「携帯のデータを抜き取るとか……」
「返信しようとしたらエラーってどういう事?」
「うーん……送信先が存在しないとか?」
「そんなことできるのか?」
「全部私に訊かないでよ。詳しくないんだってば」
「正規の使い方で無理なら、アプリの運営側ならどうだ?警察の捜査でログを辿ったりもするんだろう」
「あれは特定個人相手だからできることなのよ。プライバシーの問題もあるし、大きなアプリだから、運営スタッフでも簡単には見れない様になってるはずだわ」
「もし盗み見れたとしても、このアプリを利用している人がどれだけいると思う?膨大なアカウントの中から私たちを見つけ出すなんて……」
「おい、それはもしかして、ハッキングというやつじゃないか?」
「ってことは、こいつ、ハッカー!?」
「ハイテクはワカラン!要するに、どういう事だ?」
「正体不明のハッカーがコンタクトしてきたのよ!」
「なるほど、よく分からん……」
「じゃあ、こいつがメジエドか?」
「違うでしょう。『メジエドを片付ける』って言ってるし。言葉を鵜呑みにすれば、だけど」
「確かにな……」
「素性も何も分からないのよ?信用できないわ」
「悪くねえ取引だと思うけどな……」
「アリババが悪党でもか?そんな奴に手を貸すのは御免だぞ」
「あ、そっか。そりゃダメだな……」
「『必要な道具を用意した』ってのも意味不明だぞ」
「もしかして、ただのイタズラ?」
「イタズラにしては妙に知り過ぎてる」
「逆に言えば、異世界などは知られていないという事だな。アカウントから辿られて、スマホのカメラやマイクまで握られている、という訳ではなさそうだ」
「正体がバレてるなら、私たち、捕まっちゃったりしない?」
「いや、通報したいなら、とっくにしてると思う」
「何らかの目的があるに違いない。現に取引を持ちかけてきただろ?必ず向こうから連絡が来るさ」
「その連絡が、いつ来るか分からない。もしものとき、すぐ動けるように、今日は一緒にいたほうがいいわ」
「そうだね。隠れて長時間待てる場所……」
「ルブランは?」