7月20日 夜 ルブラン
みんなと一緒にルブランに帰って来ると、惣治郎はカウンターに腰掛け苦々しそうに手紙を読んでいた。大事な内容なのか、俺たちに気付く様子はない。一歩前に出たところで、惣治郎はようやく俺たちに気づいたようだ。
「…………。……おう。なんだ、揃って?」
「こんばんは。今日は夏休みの計画でも、練ろうと思って」
「ん?そちらのお嬢さんときみは初めて?」
「初めまして、新島 真です。お邪魔します」
「……初めまして。間薙 シンです」
「シンの敬語、初めて聞いた」
「私も」
「余計なお世話だ」
「真、生徒会長なんスよ。で、こいつは蓮の後に来た転校生」
「新島……?」
「どうかしましたか?」
「……いや、なんでもねえ。生徒会長サンとは驚いた。二人とも、こいつをよろしくお願いします」
「佐倉 惣治郎。マスターで構わんよ。……それ、お前宛てだぞ」
惣治郎はカウンターに置かれたもう一通を指さした。
「オッサンはお暇するわ。じゃ、店、よろしくな」
『先日、声明を発表して注目されていたハッカー集団『メジエド』の続報です。先程、メジエドのホームページに新たな声明が発表されました』
『メジエドは声明で、怪盗団に対する勝利宣言を発表しました。更に、怪盗団を称賛する一部の日本国民に対し称賛を止めるよう、警告を発しています』
『メジエドの今後の動向が注目されます』
流れたニュースに反応して、みんなが次々にスマホを見始める。
「って英語じゃねーか!」
「えっと……」
「『我々の質問に怪盗団は沈黙した。これで我々の正義が証明された。日本の大衆よ、目を覚ませ。あなたたちは怪盗団を崇拝してはいけない』」
「はぁ!?ざけんなっ!」
「最後まで聞け」
「『怪盗団を崇拝する者には罰が下るだろう。その罰とは財産の没収だ』」
「『我々はメジエド、不可視の存在。姿なき姿を以て悪を打ち倒す』……だそうだ」
「どういうことだよ!?」
「怪盗団のシンパをターゲットにするって言ってる」
「財産の没収か……」
「銀行か、もしくは個人情報か……なんにせよ嬉しくないことでしょうね」
「そこでなんで俺らがやり玉になるわけ?」
「あくまで怪盗団が悪って事にしたいんじゃない?怪盗団さえいなければこういうことは起こらなかったって」
「冗談じゃねえよ」
「厄介な奴らに狙われたもんだ……」
「……なあシン、何とかできねえのか?」
「悪いが、この手の事に関して俺は全く役に立てない。相手の事が分からなすぎる」
「……そうだ、ライドウさん達なら何とかならない?探偵なんでしょ?」
「いつの時代の人達だと思ってるの?無理よ。現代の誰だって、正体が分からないのに」
「じゃあ、このまま、ほっとくしかないの……?」
「俺たちじゃ手も足も出ない……」
打つ手が思いつかないまま、時間だけが過ぎる。長い沈黙に耐えきれなくなった竜司が、澱んだ雰囲気に抵抗するようにテーブルの上の手紙に手を伸ばした。
「おいコレ、なんの手紙だよ?これ以上面倒なもんはゴメンだぜ」
「手紙ぐらい普通にくるだろ……」
「でも珍しいよな、オマエ宛なんて」
話の流れで、手紙の封を開け中身を取り出す。中に入っていたのは、『予告状』とだけ書かれた一枚の赤い紙だった。
「予告状……?」
「他には!?てか、誰から来たのコレ?」
「そもそも、切手がないじゃない。誰かが、ここへ直接投函したのよ……」
「もしや、アリババが……?」
「そういえば、『必要な道具』を用意したとか何とか……。まさか……これのことか!?」
「もう、どうなってんだよ……」
「今、私たちにできることは、アリババからの指示を待つことくらい。いつ何が起きてもいいように、気持ちを引き締めて待機しないと」
「参ったね……」
「……はぁ。とりあえず、俺は帰るぞ」
「おいおい、集まっとくって話だろ?」
「お前たちはな。金城のときは俺も当事者だったが、今回の件は俺には直接関係ない」
「ちょっと……。冷たいんじゃない?」
「どの道、メジエドもアリババも俺にはどうしようもない。俺にできるのは戦闘だけだ。……だから、俺は俺でやれることを考えておく」
「……と言うと?」
「金城との戦闘を見て、それなりに力をつけたのが分かったからな。そろそろいい頃合いだろう。それぞれの特長も測れた。俺の持つスキルをいくつか教えてやる」
「おい、マジ!?」
「覚悟しておけ。楽に使いこなせるスキルはない。メジエドについてはさっきも言った通り俺にできることはない。進展があったら教えてくれ」
7月24日 夜 四軒茶屋
自宅で適当に過ごしていると、蓮から着信があった。アリババの正体に関して、とある仮説が立ったらしい。やる事もなかったので合流したのだが……。
「寿司屋に行くなら呼んでくれてもよかったんじゃないか」
「ごめん、シンと行くと予算が足りなくなりそうで……。折り詰めの分で我慢して」
「……ここが、マスターの家?もしその仮説が正しければ、アリババ……いや、双葉は随分手の込んだ事をするやつだな」
「まったく、藁にもすがる思いとはこの事だな」
「けど、他に手がかりもないよ」
真が意を決してベルを鳴らす。しかし、人が出てくる気配はない。その後、何度か呼び鈴を鳴らすも、変わらず応答はなかった。
「……出ないね?でも、明かりついてる……」
「寝てんのか?」
「これだけ鳴らせば起きるでしょ」
「フタバがいるなら、出てきても良さそうだが」
「それはないな。宅配便の運転手ですら双葉の事を知らなかったんだろう?」
「そうね……。シン、気配を探れない?」
「どれ……」
軽く目を閉じ、周囲の音を集める。住宅地なので少し雑音が多いが……。
家の二階からタイピング音。椅子の軋む音と、微かな話し声。
一人だけだ。通話でもしてるのか、独り言か。声の性質としては、若い女性。年齢ははっきりしないが、恐らくこれが佐倉 双葉だろう。
1階側に人の気配はない。テレビがつけっぱなしらしく、番組の音声だけが聞こえる。意図的に動かずにでもいない限り、家の中には双葉だけだ。
「一階には誰もいない。マスターは留守だな。というか、まだルブランは営業中か?二階から若い女の声がするが、これは恐らく佐倉 双葉のものだろう。家にいるのは双葉だけだ」
「惣治郎は店にはいなかったはずだけど……まさか、家の中全部聞こえたの?」
「これぐらいの距離なら大体聞こえる」
「まさに地獄耳ってやつだね」
「……門の鍵、開いてるぞ?」
「勝手に開けんなよ」
「でもあれ、よく見たら中の鍵も、うっすら空いてるんじゃない?なんでかしら。不用心ね……」
門の前で話し合っていると、遠くから雷の音がする。気温も急に下がったらしく、吹き抜けた風は冷たかった。
「おっと、ひと雨来そうだな……。とりあえず入ろうぜ?」
「……いいのかな?」
「大丈夫じゃね?」
「マスター、ごめんなさい!」
「ごめんください!……」
真の呼び掛けに、誰も出てくる様子はない。状況からして双葉が出てくるとも思わなかったが。
「留守、じゃないよね」
「ドア開いてるし、テレビの音聞こえるし」
「ぶっ倒れたりしてねえだろうな?マスター、そこそこ年いってんだろ?」
「その辺り、聞こえない?」
「動きがないと分からないな」
「ちょっと心配。見に行ったほうがよくない?」
「お邪魔します……」
風の音が強まる中、俺たちはマスターの家に足を踏み入れた。大分年季の入った家だ。床を軋ませながら奥の部屋へと歩みを進める。
近づいてみてもやはり一階には人の気配はない。ドアノブへ手をかけた瞬間、落雷の音と共に家中の電気が消え、二階から双葉の絶叫が聞こえた。
「悲鳴!?ねえ、今のなに!?」
「二階からだ。普通に考えれば双葉しかいないだろう。冷静になれ」
「そ、そうよね。これも、ただ停電しただけ……」
「1回出よ、ね、帰ろ?」
「何ビビってんだよ?」
「ビ、ビビってなんかない」
「どの道出ないか?ぶつかって物を壊しちゃまずいしな」
「そうしよう」
「ごめん、捕まってていい?」
「構わないが……」
普段からは想像もつかないが、真がこんなに怖がりだとは……。停電でこんななのによくシャドウ相手に戦えるものだ。俺からしたらお化けも悪魔もシャドウも違いがわからない。
「ひィ!」
「気配が……」
二階からの物音に真が悲鳴をあげる。階段をゆっくり、軋ませながら降りる音がする。ブレーカーでも見に双葉が降りてきた様だ。
「誰……?誰……!?」
「だから双葉だろう」
「もうヤダ!出る!」
「おい、慌てると危ない」
「え……うそ、腰、抜けた……」
「……持つぞ」
腰を抜かした真を持ち上げようとした途端、背後を見た真が絶叫する。降りてきた双葉と暗闇で鉢合わせしたようだ。二人はお互いに叫び声を上げ、双葉は二階へ逃げ帰ってしまった。
「アリババ!双葉!ねえ!?おい!どこにいんのよっ!」
「ホントにハッキングできんだよね!?できるなら出てこいっ!」
「杏、静かに。通報されちゃう」
「ごめんなさいごめんなさい!助けておねえちゃん助けて……」
杏と真の二人は半狂乱でもう収集がつかない。真は俺の足にしがみつき、抱き抱えようにも離さない真を、無理やり抱えて玄関へ向かう。落ち着くまでルブランにでも帰ろうとしていると、外から騒ぎを聞きつけ、帰ってきたマスターが慌てて声をかけてきた。まずいんじゃないか?
「大丈夫か双葉?」
「やべっ、帰ってきた!」
「誰だテメエら!動くな!いいか?一歩でも動い、た……」
「ごめんなさい助けてごめんなさいおねえちゃんごめんなさい……」
惣治郎が懐中電灯で照らされた俺たちを見て目を丸くする。俺たちと蓮以外は横の部屋に隠れ込んだ。真はマスターが帰ってきた事にも気づかず、ひたすら姉に謝り倒している。惣治郎からすれば、何が何だかわからないだろう。
「お前ら……何で勝手にうちに入ってやがんだ?」
「あ……」
「きみ……」
「あ……こ……んばんは。おじゃま……してます……」
「新島さんと間薙くん?……え、付き合ってんの?」
「と、とと、友達です!」
「最近の高校生って友達を抱き上げんだ……?」
「違います!これはその……色々あって……」
「臆病なんでさっきの雷の音で腰を抜かしたんです」
「さっきのか。近くに落ちたからな……。一帯は停電だってな」
脇の部屋に隠れてた三人がぞろぞろ出てくる。人数に流石の惣治郎もギョッとしていた。
「お前ら……」
「あの、寿司折のお土産持ってったんですか、チャイム鳴らしても出なくて、鍵開いてて……」
「テレビ着いてて、マスターが倒れてたら大変だと思って……」
「鍵、開いてた?」
「はい」
「……たまにやんだよな。俺も、年だな」
「あの、すみません。お聞きしたい事が……」
「ん、俺に?」
「誰か、いますよね?」
「……ああ。娘がな……」
「もしかして、佐倉 双葉さん……?」
「お前、新島さんにも喋ったわけ!?」
「あ、あの……双葉さんにお会いすることはできませんか?たぶんさっき驚かせちゃったので、お詫びがしたくて……」
「いやぁ……それはなあ……」
「どこか、ご病気とか……?」
「いや、そういうわけじゃ……」
言葉に詰まった惣治郎は少し考えたが、やがて観念したように口を開いた。
「何か、変な誤解されても嫌だしな……。隠さず、話しておくべきだったな」
「ここじゃあいつに聞こえるから。店行くぞ」