盛大にミスってますが特に影響がある箇所ではないのでそのまま進めさせてください。
7月31日 午後 アジト
「では……まずはシンの生い立ちから話そう。我らも本人から聞いた部分までしか把握しておらぬが」
「うぬらが察した通り、シンは元々人間だ。我らとも、うぬらとも違う世界の東京で、特別な力は何も持たない普通の人間として生まれた。確か、1986、7年と言っていたな」
「また別の世界か。一体どれだけの数の世界があるのか」
「私たちが生まれるより十年以上前……。思い出の内容が古いとは思っていたけど」
「あやつの人生が大きく歪んだのは、丁度うぬらと近い歳の頃、高校生の時だった。その日、シンの生きた世界は、数人の人間と廃墟と化した東京を残し、全て滅びた」
「……は?滅びた……って、何?」
「うむ。その世界で起きたのは、一人の男が引き起こした『東京受胎』という災害。その世界は一度死に、新たな世界として生まれ変わるという、しすてむだ」
「システム……?いえ、それでシンはどうなったの?」
「シンはその時、二人の同級生と共に、担任教師の見舞いの為とある病院を訪れていた。その病院は奇しくも、唯一『東京受胎』を逃れられる場所だった」
「なぜかは分からぬが、医者も患者も誰一人として居なかったそうだ。受胎を生き残り、悪魔の跋扈する廃墟と化した東京……『ボルテクス界』へ足を踏み入れたのはたった六人」
「六人……!?」
「シンが悪魔、『人修羅』となったのはその時だ。強大な一匹の悪魔の気まぐれによって、蟲を埋め込まれた。宿った主の身体を悪魔へと造り変える……寄生虫を」
「斯くしてシンは、人の心を持った悪魔となり。はぐれてしまった生き残りを探す為、そして世界はなぜ滅びなければならなかったのかを求め、命懸けの過酷な争いに身を投じる事となる」
「我らの知る素性についてはこれで全てだ。何かわからなかった事はあるか?」
あまりに衝撃的な話に、誰もが抱いた感情を言葉にできないようだった。
現実味のない話だ。しかし、俺たちは今まさにフィクションのような生活をしている事実。シンの強さや、穏やかさと苛烈さを併せ持った歪な価値観の一つ一つが説得力を持って、今の話は事実だと伝えている。
「なんだよそれ……。無茶苦茶じゃねえか!家族も、住んでた街も学校も、全部なくなっちまったんだろ!?」
「そうだ。引き換えに手に入れたのは悪魔の肉体だけ。それも、当初はなんの力もなかった」
「……とても想像つかんな。どれ程の孤独、絶望か……」
「シンは、どれくらいの間その世界で……?」
「正確にはわからん。我らがその世界を訪れたのは、東京受胎が起きて少し経った後だ。それから我らも『ボルテクス界』の調査を進めていたが、何度も我らの住む世界に帰りもした」
「我らは元いた世界ならばほとんど時間の誤差なく帰れるが、まるっきり別の世界となるとそうもいかん。我らが物資の補給に帰っている間、ボルテクス界ではどれだけの時間が経っていたのか……」
「とはいえ、シンや世界の様子を見る限り、あまりに大幅なズレではなさそうだった。受胎から我らと別れるまで、おそらく一年程……長くても二年程度だろう」
「……そうなると、シンは悪魔としては若い方なんだよね。なのに、既にあれだけの力を手にしている。それとも、悪魔は全員ああなの?」
「いや、むしろ悪魔の成長は遅い。しかし、あやつの実力は間違いなく最上位だ。理由は定かではないが、悪魔としての才能があったのかもしれぬ。そこに目をつけられた……」
「さっき、『東京受胎』は一人の男によって引き起こされたと言っていたわよね。シンが力を求めるのは、その男に対する復讐心からなの?」
「それは……悪いが、答えることはできん。というのも、どうやらやつの記憶は、その辺りの結末が抜けておるようなのだ。そして、完全な悪魔へと染まったのもそれと時を同じくする。それを伝えて、万が一にも口を滑らせて貰っては困る」
「今日聞いた話について、シンには絶対に訊ねるな。奴が気づいているのかわからぬが、自覚している記憶の欠けと、実際に失われている記憶の箇所……少なくとも、触れたがらない箇所にズレがある」
「んん……どういうこと?シンはこの世界に来る直前を覚えてないって言ってたけど……。実際はもっと手前の部分を忘れてる?でも、それって自分でおかしいと気づかないのかな?」
「出来事を事実として認識してはいるのだろう。しかし、それをどう捉えたか、それに対しての自身の感情を覚えていない。……ということだ。今日まで我らが見る限りでは」
「それが無意識に目を背けているのか、意図的に封じられたのかは……」
わからないと。ゴウトはここで話を打ち切った。本音を言えばもっと詳しく聞きたかったが、二人の懸念ももっともなので無理に聞き出そうとも思えなかった。
その後、話を終えた俺たちは解散することになった。少し不完全燃焼気味だが……。
祐介と竜司を除くみんなは帰るというので、駅まで見送りに出ることにした。残った二人は、帰っても暇なので夜まで店に居るらしい。
帰宅組を見送った後店に戻ると、椅子に座って新聞を読んでいる惣治郎。そして、カウンターの椅子に腰掛ける一人の男。モダンな雰囲気を醸す特徴的なアーガイル柄の靴下と、黒いハンチング帽から金髪が覗く、一見温和そうな優男だ。髪色と顔立ち、きめ細かい白い肌からすると、恐らく日本人ではない。
男は店に入った俺を見ると、カップを置いてニコリと微笑む。……不思議な雰囲気を纏った男だ。俺は、その一挙手一投足から視線を外せなかった。
「やあ。ここのコーヒーは美味しいね。毎日飲める君が羨ましいな」
男は流暢な日本語で挨拶をしてくる。初対面なはずだが、古くからの知り合いかのように軽い調子で。
男は固まったままの俺を見ると、クスリと、小さな子供へ向けるような笑みを漏らした。
「おい蓮、話しかけられてるぞ。こんな知り合いいたか?」
「あ、うん……」
モルガナに声をかけられてようやく我に返る。何故、唐突にそう思ったかはわからない。だがこの男、間違いなく人間じゃない。理由もないが、ここ数ヶ月で多少なり培った勘が、その事を強く訴えていた。
「何をそんなに怖がっているのかな。……でも、仕方の無い事か。それよりも、その鋭敏な感覚を褒めよう。随分成長したんだね」
「……?こいつ、何を言って……」
「シンがなぜ力を求めるのか……。知りたいんだろう。ライドウ君とゴウトの二人は、教えてくれなかったようだから」
「おい、こいつ……!」
「さっきから『こいつ』とは酷いね。僕の名はルイ・サイファー。ルイと呼んでくれ、モルガナ君」
男……ルイはそう言いながらすっと立ち上がり俺たちへと向き直る。
「……このアプリを君にあげよう。これを使えば僕へと道が通じる。話を聞きたければ、僕のところへおいで」
ルイの手には、いつの間に抜き取ったのか俺のスマホが握られていた。返されたスマホにはドラム缶に脚が生えたような、妙なアイコンのアプリが追加されている。
「このことは、彼らには伝えないように。彼らは君たちを止めるだろうし……そうなればもう会うことは出来ないな。少々手強い敵もいるだろうけど、君たちなら問題ないさ」
「君たちが自力でたどり着くことを、僕は楽しみに待っているとしよう」
ルイはそういうと、一万円札をカウンターに置き席を立った。呼び止めようとしたが、二階から俺を呼ぶ声がそれを遮る。
「おーい蓮!誰と話してんだ?」
「ちょっと待って、今……」
ほんの一瞬階段へ返事を返し、再び席へ向くともうそこには誰の姿もなかった。ドアが開いた音もせず、最初から誰もいなかったかのように。まるで白昼夢でも見たようだ。
しかし、カウンターに残されたカップと紙幣、そして新たな謎のアプリだけが、ルイが確かにいた事を証明している。
「ん?おい蓮、ここにいた客、知らねえか?」
「……わからない。いつの間にか、帰ったみたいで……」
「参ったな、コーヒー一杯で払い過ぎだ。外人の兄ちゃんだったから間違えたのかもしれねえ。蓮、悪いがその辺見てきてくれねえか」
惣治郎に言われ路地へ出る。竜司と祐介にも声をかけ手分けして探したが、もう、その姿を見つける事は出来なかった。
8月1日 昼間 アジト
「……で、それがそのアプリ?」
「昨日そんなことがあったなんて……」
杏が俺のスマホを手に取り、アプリのアイコンを眺める。昨日はアプリを起動する事はせず、翌日、シンとライドウさんを除いて集合をかけた。
「で、行くのか?」
「俺は行こうと思ってる。昨日の、ルイっていう男……。見た目は人間だったけど、感じる気配は明らかに人間じゃなかった。多分、シンよりも強力な悪魔かも」
「ねえ、それって昨日ゴウトさんが話してた……」
「シンを悪魔にしたやつか。確かに、その可能性は高そうだぜ」
「なるほどな。だが、わかってるのか?その悪魔から直接接触があったとすると、これはもうシンの素性を探るどうこうの話じゃない」
「それでも。ルイの目的はわからないけど、シンが何かに利用されてるんなら、俺は絶対に見過ごせない」
「俺もだ。初めて会った時はイケすかねーと思ってたけどよ、ダチになっちまった以上放っておけねえ。それとも祐介、お前は降りるか?」
「愚問だな。俺の肚はとうに決まっている」
「何があるかわからないけど。……覚悟はいいわね。行きましょう」
8月1日 昼間 アマラ深界
アイコンをタップすると、俺たちの身体を眩い光が包んだ。視界は白で埋め尽くされ、しばらくの浮遊感の後、どこかへと落下したようだ。
「うおっと。……なんつー不気味なとこだよ」
俺たちの姿は怪盗服へと変わっていた。ペルソナも問題なく使える。
周囲は赤と黒を基調とした円形の部屋だ。壁には真っ赤な目のような模様。部屋の中心には太い木の様な柱が建っていて、空気中にはシャドウが死ぬ時に変化する粒が大量に漂っている。
どことなく、メメントスを彷彿とさせる雰囲気だ。
「奥からはシャドウみたいな……。多分、悪魔の気配がプンプンするぜ。この辺りは安全みたいだがな」
「そうだね。見て、奥に道があるよ」
杏の指さした先には奥に続いている通路があった。通路の手前まで歩みを進めると、どこかからルイの声が響く。
『やあ、やっぱり来てくれたんだね。約束も守ってくれたようだ。……ようこそ、『アマラ深界』へ』
「アマラ深界?」
『そう。君たちにわかりやすく説明するなら、魔界、もしくは地獄と言えばわかってもらえるかな』
「地獄……。一度見てみたいとは思っていたが、存外静かだな」
『騒々しいのは嫌いでね。住民たちには、僕の統治下にいる以上大人しくしてもらっている』
「それで、何を企んでいる?俺たちをこんな所まで呼び寄せて」
『企む?誤解しないでくれ、ただの親切心さ。シンのことを知りたいんだろう?』
「よく言うぜ。なら素直に教えろっつーの」
『フフ、それじゃつまらないからね。それに……僕が何を企もうと、君たちにはどうすることも出来ないよ』
「このヤロウ……」
『さて、楽しいおしゃべりは一旦おしまいだ。続きは君たちが僕の下へ辿り着いたら……。僕はそれまでの道中を眺めながら、楽しませてもらうよ…………』
ルイの声は聞こえなくなった。
「チッ、胡散臭せー喋り方といい、明智並みにムカつくヤローだ」
「当然目的はあるんでしょうけど……。ろくな事じゃなさそうね」
「何考えてようと、絶対思い通りになんかなってやらない!ジョーカー、進もう!」
さっき見つけた短い通路を進んだ先には、壁を円形にくり抜いた、更に五つの道が並んでいた。しかし、そのうち右から四つまでは蓋をされていて、進むことはできなさそうだ。
「進めそうなのは一つだけね。随分深いわ」
「飛び降りろということか。罠ではないだろうな」
「殺す気なら最初からそうしてんだろーぜ。……うし、俺から行くわ」
「あっ、スカル!……行っちゃった」
「スカルの言うことももっともだし、私たちも追いかけましょう」