8月1日 昼間 アマラ深界第一カルパ1F
長い長い落下のあと俺たちが行き着いたのは、また先程と同じような空間だった。先に着いていた竜司は辺りを探っているが、特に危険はないようだ。
元の部屋と違うのは、部屋の中心にあった柱が謎のオブジェに変わっていること。オブジェの中心には、七又に分かれた燭台に火が灯され設置されている。
「また似たような部屋ね。奥に道があるのも」
「気配が濃くなってきたな。そろそろなんか出てきてもおかしくないぜ」
奥の扉を開け中へ入る。何が待ち構えているかとひやひやしていたが、出た先は明るい色調の、美術館か神殿を思わせる様なフロアだった。
壁には緻密な装飾、床にも手の込んだ模様や大きな絵がはめ込まれていて、天井は照明が強く輝き俺たちを照らしている。
「地獄という割には……」
「明るい雰囲気だな」
「見た目だけわね。ほら、早速お出迎えよ」
俺たちに釣られたのか、正面には数匹の悪魔。マントを着た青い肌の女悪魔と、翼を生やし錫杖を携えた修験者の悪魔だ。
シャドウではなく悪魔との交戦は初だったが、このフロアは小手調べということか、大した強さではないようだ。俺たちは難なく撃破して歩みを進める。
探索を続けていると、入った小部屋で青いもやの塊が浮いている。これはなんだ?
手を伸ばすとそのもやは、細部は判然としないが人型へ形を変え、驚く俺たちへ言葉を発した。
『おや?珍しい、人間がこんな所へ呼ばれるとは』
「ヒッ!お化け!?」
『お化けか。なるほど、確かにその通りだ』
「お前はなんなんだ?」
『会ったことがないのか。私のようなものは思念体と呼ばれている。肉体を失い、精神だけがこうして残った。戦う力もなく、彼女の言った通り、漂うだけの幽霊と同じだ』
「へえ……。なあ、ワガハイたちはここのボスに呼ばれてやってきたんだ。道案内を頼めないか?」
『悪いが、危険な下層へ行きたくはない。だが、アマラ深界の簡単な説明ならしてあげよう』
『アマラ深界はカルパと呼ばれる全五層から成る。現在いるのが第一カルパだ。下るにつれ二、三と続く。先へ進みたければ道を下っていけばいい』
「メメントスと同じ形状ということか」
『君たちを招待したあの御方は第五層の最奥に御座す。しかし、並大抵の強さでは謁見することさえ叶わない。各層の住人たちが、門番として侵入者の排除を義務付けられているからだ』
「呼びつけといて侵入者扱いかよ。最近はこんなのばっかだな」
『あの御方は力無きものを嫌う。お目通り願うにも『相応の力を示せ』という事だろう』
「それだけ大きな組織なら、トップ一人で仕切っている訳じゃないわよね。他にも強力な悪魔がいるんでしょう?」
『以前まで魔界第二位と目されていた強大な魔王が、第四カルパで構えている。平時に全軍の指揮権を持っているのもこの方だ。鉄壁を誇っていたが、つい最近一匹の悪魔によって墜とされ、その軍門に下ったそうだが』
『力になれそうな情報はこのくらいだ。君たちも、あの御方に招かれたということは何かを期待されているのだろう。頑張りなさい』
「情報、助かった。ありがとう」
思念体に別れを告げ探索を再開する。特筆して強い相手と遭遇する事はなく、探索は順調に進んだ。
とある小部屋のはしごを降りると、硬い硝子のような物質の扉に行く手を阻まれた。扉の向こうにはハシゴが一つあり、わざわざ通れなくしているからにはこの先が第二カルパだろうと予想させる。
「お、見ろよ。もしかしてこの下が二層か?」
「かもね。でも、このドア開かないや……」
「スイッチとかは……この辺にはなさそうだな。だとすると、誰かが鍵を持ってるか、別の場所にスイッチがあるのかもしれん」
「んじゃ探しに行くか」
道を引き返し未探索のエリアに足を踏み入れる事にした。入口から見て右方向に進み探索していると、丸いトンネル状の通路を発見。
大きくカーブしたそのトンネルを進む。分かれ道はなく一本道だ。行き着いた先にあったのは、下へ向かう一本のハシゴ。
ハシゴを降り、さらに道に沿って進む。見つけたドアを一つ抜けた先は、各面にドアがある広い四角形の部屋だった。
「ふむ、道がいくつかあるな」
「片っ端から見てこうぜ。じゃあ、左の道から……おわっ!」
竜司が正面へ歩き出し数秒。突然竜司の足が床にめり込んだ。いや、よく見ると床が透過し、上に置かれたその足を飲み込んでいる。竜司は実体のある床に手足を突っ張らせなんとか、と言ったところだ。
「大丈夫か?スカル」
「アホ!言ってる暇あったら手ェ貸してくれ!落ちる、落ちる!」
「まったく……。気をつけなさい。ほら」
竜司を引っ張りあげようと、俺たちも前へ歩を進めた。その瞬間、竜司の足が刺さっている穴が急激に口を広げる。俺たち全員を呑み込める程に。
「なっ……!」
「嘘!」
唐突に足場を失った俺たちは、重力に逆らう事もできず真っ逆さまに奈落へと吸い込まれていく。だが、落下しながらも何とか空中で体勢を建て直し着地。
しかしその途端、全身に鋭い痛みが走った。周囲を確かめると、足元には謎の赤いモヤ。もしや、毒?
急いで周囲を見渡し、断続的に走る痛みに耐えながらモヤのない箇所を探す。安全であろう場所を発見した俺は、みんなに避難するように指示を出した。
「みんな、あそこだ!」
「あいた!くそっ、走れ!」
「これを使え!ゴエモン!」
祐介が氷で足場を作り、各自それを足場にモヤの外まで辿り着いた。もう痛みはなく、やはりあのダメージはモヤが原因だったのか。
「みんな、無事?」
「突然穴が拡がるとは……」
「痛たた、それなりに喰らっちゃったかな……」
「パンサー、今回復する」
「とりあえず平気そうね。モナ、手伝うわ」
真とモルガナが回復魔法を唱える。その間壁に寄りかかり身体を休めていると、何人かの思念体が近くに寄ってきていた。
若干警戒したが、思念体たちが姿を変えたのは、派手な服装をした若い女性。いつの間に用意したのか、テーブルとその上に酒らしき瓶やグラスまで用意されている。まるでホステスとその手のお店だ。
『おにいさんたち、お疲れのようね。どう、休んでいかない?500マッカで大サービスするわよ?』
「結構です。先を急いでるので」
「マッカとは、初めて聞く貨幣だな」
「マッカ……魔貨かしら。悪魔にも経済はあるみたいだね」
『キレイな顔してるのね。女の子でも平気よ?』
「いらないって。スカルは揺らいじゃってるかもしれないけど」
「生身がねーのはさすがに……。あでも、飲み物貰うくらいなら……」
「未成年でしょ。バカ言ってないで行くわよ」
回復も済んだので探索を進める。見つけたハシゴを上り正面のドアを開けると出たのは、さっき落とし穴があった広間だった。現在地は、さっき入って来た入口の真反対だ。
「さっきの部屋に戻って来たのか。だが、どうする?見分け方もわからないんじゃまた落ちちまうぜ」
「ああ、それなら多分もうわかったわ」
「ホント!?」
「ええ、天井を見て。照明のあるところとないところがあるでしょ?多分、ついてないところが落とし穴なんだと思う」
「なるほど……。しかしクイーン、よく気がついたな」
「さっき落ちた時に、つい上を見上げたの。それでもしかして、って思って。戻ってきた時、真上の照明がついてるタイルをなぞったらドア同士が結びついたから、ほとんど確信に変わったわ」
「さすがだなクイーン!おっしゃ、ここから行けるドアはっと……ここか」
ドアを開けた先には、赤い玉の浮かぶ台座があった。近づいて玉に触れるとそれは虚空へと消え去り、どこかで重い物体が動く音が聞こえた。
おそらくこれがスイッチで、道を塞いでいたドアが開いたんだろう。
「お、なんか動いたな。ドアのとこ戻ってみようぜ」
最初に見つけたドアの下へ戻ると、やはりドアは開いていた。奥のハシゴを降りた先は長い直線の下り坂になっていて、その奥には扉が一つ。長い通路を見つめていると、その深さに、不意に背筋が寒くなった。
これは恐怖だろうか。抗いようもない誰かに手を引かれているような。しかし、シンの真実を知る為。そして同時に、この先にあるなにかへの好奇心がそれをかき消す。
坂を下りドアを開け進むと、そこはアマラ深界へ侵入した直後と全く同じ風景だった。太い柱のある赤い円形の部屋。まさか、一周して戻ってきたのだろうか?
「あり……?ここ、最初に来たよな?」
しかし、その懸念はすぐに払拭された。柱の裏を覗くと、先の様子は違っていたからだ。最初の場所で五つに別れていた道は正面の一つを残し無くなっている。
残った一つも、第一カルパへ来た時と同じ深い穴だ。あれが下層へ通じているのだろう。
先へ進もうとした時、柱に網状に空いた複数の穴から強く呼びかけられた気がした。この気配は、間違いない。ルイだ。
意を決して穴を覗きこむと、俺の身体はその中へ吸い込まれた。柱の中の太い空洞を転がり落ち、その先で覗き込んだ穴と同じ網状の壁へぶつかる。
起き上がり、ぶつかった壁の向こうを覗き込むと、そこは広大で、静寂に満ちた空間だった。中央には幕の降りた劇場。それを中心に、俺が今覗き込んでいるものと似た穴が無数に、遠巻きに取り囲んでいた。
他の穴に気を払った途端神経が凍りつくような錯覚に襲われ、俺はようやく、ルイの語った地獄という言葉の意味と、ここはその中でも底の底なのだ、ということを理解した。
その穴一つ一つの奥から、侵入者に対する強烈な敵意が発されている。このアマラ深界の奥地に潜む、真に恐ろしい悪魔たち。それらが、この地獄を統べる主の出現を畏敬し、ただじっと待っている。
ルイはどれだけの力を持っているのか───。
昨日ルブランで出会った時は、ここにいる悪魔たち程の気配は感じなかった。今となっては、むしろそのことが恐ろしい。
ふと我に帰ると、降りた幕の前に一人の人物が……女性の姿をとった悪魔が立っている。黒い喪服を着た、妙齢の女の姿だ。遠く離れているがその姿と声は、くだらない物理的な距離など無視して、細部まで俺の脳裏に焼き付いた。
「ようこそ、アマラ深界へ。無事に第一カルパを抜けたようで何よりです」
「今、我らが主は奥で休まれてらっしゃいます。僭越ながら、私が代わりにお相手しましょう」
「主はあなた方がここに至る道程を、興味深く楽しんでおられました。そのお礼に、一つ知識を授けましょう」
「このアマラ深界にも漂う、悪魔やシャドウが死した時に変化する赤い粒。これは『マガツヒ』、または『マグネタイト』と呼ばれる物質です。これらは、我々悪魔の身体を構成する素材でもあります」
「マガツヒは悪魔がその命を繋ぐにあたり、他の何にも代え難い重要なもの。あなたがた人間で例えるなら、水、または空気と言った所でしょうか」
「しかしマガツヒの恩恵はそれだけに非ず。闘争に身を置く者たちにとっては、それ以上に重要な役目を果たします。……悪魔がその力を強めるのに、マガツヒの摂取は必要不可欠なのです」
「その為に、悪魔たちは闘争の為の闘争を繰り返し、マガツヒを奪い合う……。しかし、マガツヒを得るのに、もっと都合の良い存在がいます。それが人間です」
「原初より存在する最も強大な悪魔たちを除き、我々悪魔の大半は人の心より生まれし存在。人の心の海にある恐れや憎しみ、悲しみ……様々な感情が形を得たもの」
「貴方の使うペルソナやシャドウが、我らと同じ姿をしているのもそこに理由があります。つまり……そう。マガツヒとは人間の感情そのもの。人間、その心が苦痛を感じた時、悪魔を殺すより遥かに上質で、甘美なマガツヒを生み出すのです」
「その為、弱き悪魔は力の持たない人間を襲い、生かさず殺さずマガツヒを搾り取るのです。彼……間薙 シンがかつて居たボルテクス界でも、生き残った人間たちはその憂き目に……」
喪服の淑女は語るのをやめ、物憂げに小さな溜息を落とした。直後、再び筋を伸ばし俺の目を見つめ直す。
「この話も、貴方の好奇心を満たす一助となることでしょう。貴方が主の下へ近づく度、その鍵となる情報をお教え差し上げます」
「第二カルパを越えた先で、またお会いしましょう。私も、その時を楽しみに待っています」
淑女がそう告げると、悪魔たちの拍手と歓喜の声に包まれながら、俺の意識は遠のいた。視界がブラックアウトし、気がついた時には俺の名を呼ぶ仲間たちの声が聞こえる。
「ジョーカー!おーい、ジョーカー!?」
「……ああ、大丈夫だ」
「おいおい平気かよ、顔青いぜ?穴を覗き込んだっきり動かなくなっちまって……」
「俺はずっとここに?……何があったかは帰ってから話す。とりあえず、先に進もう」