5月9日 朝 学校
「……というわけで、新しく転校生ね。ほら、自己紹介」
「間薙 シンだ。よろしく」
「また転校生……最近多いな。男ばっかだしつまんねえ」
「ねえ、顔カッコよくない?」
「え〜目付き険しいし私はないかな〜」
「あのクールな視線がいいのに……」
生徒たちは好き勝手に感想を言い合う。本人にも丸聞こえだと思うが……。
「……もうちょっと何かないの?好きな事とかさ」
「特にない。…………食べる事と寝る事と、文字を読むのが好きだ。雑音と人混みは好きじゃない」
しばらく川上に睨まれたあと、ついに耐えかねてシンはそう続けた。
「君視力問題ないよね?席は、一番奥のあそこね」
シンは促された席に座った。同時にスマホがメッセージを受けて振動する。
『蓮、あの転校生って』
『ご名答』
『やっぱり来やがったのか』
『知ってたの?』
『昨日偶然会った』
『どうする?』
『どうするって……問い詰めてでも見るか?』
『何を?こっちからは特に何も出来ない。手を出してこないならそれでいい』
『それしかないか……』
『それより、明後日からテストが』
『やめて!言わないで!』
『竜司は補習頑張って』
『まだ決まってねえから!テストまで勉強会すんぞ!放課後ビックリぼーい集合な!』
5月14日 放課後 間薙 シン
テスト期間が終了した。勉強なんて相当久しぶりだったが、ここ数日やる事がなく教科書を読んでいたおかげで多少は勘を取り戻せたようだ。手応えも充分ある。……俺は何のためにこんなことをしているんだろう、とつい自問した。
少しもやつきながら帰る準備をしていたら、川上に呼び止められた。何か用だろうか?
「なんだ?」
「君、カウンセリングね。好きなタイミングでいいけど、なるべく早めに」
「何故俺が?断る。無駄な時間を使いたくない」
「だからよ……。君、一人で引っ越してきたって聞いてるの。初めて会った時から、ずっとピリピリしてるからさ。そんなにストレス抱えてたら、そのうちどこか悪くするから……とにかく、一度は行くように」
面倒臭い。無視してもいいが、この先つつかれ続けるのは更に面倒くさい。いっその事、なるべく早めに済ませてしまうか。
保健室は実習棟だったな。図書室で新しい本でも借りて帰るつもりだったが、それはこの後でも間に合うだろう。
保健室の中に気配は一つだけ。先客がいないなら都合がいい。ノックをすると担当の保健教諭の返事があり、ドアが開いた。
「いらっしゃい。君は……間薙くんだ。来てくれて良かった、川上先生から話は聞いてるよ。おっと、その前に。はじめまして、丸喜 拓人です。これからしばらく保健室に居ることになったから、よろしくね」
「知っている。集会で言っていただろ」
「一回で覚えてくれてたのかい?いやぁ、嬉しいね。……さ、とりあえず座って。今、飲み物淹れるから……何がいいかな」
「コーヒー。……茶菓子はあるか?」
「もちろん!甘い物はいいよね、リラックス出来て。そうだ、特別にケーキを出そう。美味しい店のを用意してあるんだ」
丸喜がバタバタ準備をしている。そういえば、食事なんてずっとしてなかった。味を楽しむ余裕なんてあの世界ではなかったからな。テーブルに置かれたケーキとコーヒーの匂いに、思わず喉が鳴った。真っ赤に輝く苺がとても美味そうだ。
「さあ、じゃあゆっくりお茶会をしようか。君の話も聞きたいんだ」
「カウンセリングじゃなかったのか?」
「これもその一環さ。君の悩みを解決してあげたいけど、僕は君の事を何も知らない。それに、誰だって知らない相手に秘密を打ち明けるのは抵抗を感じる筈だ。だから些細な相談からでもしやすいように、最初にお互いのことを知っておきたいんだ」
「そうか。だが、俺は先生には興味が無い」
「うん、それは仕方がないよ。会ったばかりの人間にいきなり興味を持つ方が難しい。だから先ずは、僕が君の事を知りたい。……話に付き合ってくれるかな?」
「……しかたないな」
「ありがとう。……間薙くんは、甘い物は好きかい?」
「嫌いじゃない。しばらく食べてなかったが……このケーキは美味いな」
「本当?気に入って貰えたみたいで嬉しいよ。僕もこの店のケーキが好きでね。大事なお客さんには用意しておくんだ。冷凍ケーキだから保存も効くし」
「この味で冷凍なのか?凄いな」
「渋谷にある店なんだ。間薙くんは電車通学?」
「そうだ。渋谷に家がある」
「じゃあきっと通学路だ。駅中にあるから、教えてあげるよ」
「間薙くんは、随分成績がいいんだね。先生たちに話を聞いてみたけど、今回のテストも……。あ、これ、まだ生徒に話しちゃダメだったかな……」
「手応えはあった。良かったのか?」
「え〜っと……うん。採点が終わってる教科は、どれもすごくいい点を取ってるって聞いた。……この話、内緒にしといてね」
「引っ越してきたばかりで試験範囲も違うはずなのに……。普段からしっかり勉強してるんだね。編入試験の結果も相当良かったのかな?」
「編入試験……?受けてないぞ」
「え……?」
「受けてない」
「…………ま、まあこの成績なら合格間違いないよね。それに校長が許可したならそれで……」
「「…………」」
「あ、もうこんな時間か……。ごめん、思ったより長くなっちゃったね」
「別にいい。どうせ帰っても大してやる事はないからな」
「そっか。ご飯はちゃんと食べるようにね。僕も一人暮らしだから、何か困ったことがあれば相談に乗るよ」
「少し疲れてるみたいだけど……君ならすぐ友達も出来るよ。もっと周りの人に目を向けてみてもいいんじゃないかな」
「前向きに検討しておこう」
「うん。また、いつでも来てね。待ってるよ」
丸喜に別れを告げ外に出る。
甘かった……。お菓子がこんなに美味いとは、たまには食べてみるものだ。あの世界に甘い物なんてあっただろうか。記憶を探っていると、ふと、とある言葉が甦った。
『知ってるか?人間のマガツヒは、悪魔のそれと比べると格別に甘いんだぜ。俺もさっき味わってきた。お前も地下の人間のところに行ってみろよ』
……イケブクロでそんな話を聞いた覚えがある。その悪魔は俺が始末したが。……他にも何か思い出しそうな気がしたが……思い出せない。
とりあえず、図書室に新しい本を借りに行こう。
5月14日 放課後 メメントス
「確かにこの奥に……」
図書室で本を借りた後、帰る手がかりを探す為に異世界へ来た。どうやらこっちにいる間は、自動的に『人修羅』の姿に変わるようだ。現実でも変わっているのは見た目だけのようだが。
数フロア通り過ぎたところで行き止まりのホームへ着く。壁の奥には下へ繋がる空間があるのがわかるが、通じる道はなかった。
さて、どうしようか……こじ開けるか。
右手に気合いを集中させ、気を練る。普段は光弾にして放っているが、それを留めたまま思い切り壁を殴りつけた。強烈な反動に足が後ろに擦り下げられる。
「チッ……。ヒビも入らないか」
手応えに違和感がある。同等の力が加わったはずの足場にも変化はない。単純な硬さで壊せない訳ではなさそうだ。そうなると、強硬策は難しい。
何処かに仕掛けがあるのか……。しかし、ここに来るまでにそれらしいものは見つけられなかった。
「手詰まりか……」
蓮たちなら何か知っている可能性もあるが、あいつらは弱すぎる。ここに近づかないよう忠告しておいて、個人的な事にただの人間を巻き込むのも気が引ける。
ここは一度諦めよう。他の場所に何かあるか探ってからでもいいはずだ。