ペルソナ5 混沌の反逆者   作:結露

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30.プラネタリウム

 

8月4日 昼間 屋上

 

「さて、それじゃ私も手伝うわ。あと何が残ってるの?」

 

 

ジャージ姿の真が袖をまくり、気合十分と軽く伸びをする。……せっかく用意してもらった真には悪いが、俺たちは明け方から来ていたので作業はほとんど終わっていた。後は道具をしまいに行くだけだが、それなりに重いので普段から俺の仕事だ。

 

 

「ありがとうマコちゃん。でももうほとんど終わってて……」

 

「なんだ、そうなの?それならもっと早く来ればよかった」

 

「疲れてるんだろ。手は足りてるから休んでていい」

 

「あとは片付けだけかな。倉庫にしまいに行かなきゃ」

 

「俺が行ってくる。ついでに自販機に寄りたいから着替えたら先に食べててくれ」

 

「ありがとう。あ、私は水筒持ってきてるから」

 

「私も。じゃあ行こっか、マコちゃん」

 

 

三階で二人と別れ、カゴを持った俺は階段を降りていく。昼近くにもなると校舎の中は部活動中の生徒も多く、校庭からは運動部の掛け声が遠く聞こえてくる。

倉庫は校庭の外れにある。靴を履き替え出た校庭には、汗だくの生徒たちが行き交っていた。今日の気温は30……何度だったか。それを意識してみても、俺にとっては『今日は暑い』という情報をただ得るだけだった。

 

校庭を抜け倉庫の扉を開くと、途端に埃臭さが鼻につく。巻き上がる埃が日差しを浴びて、舞い上がっているのがよく見える。この身体なら特に何ということはないが。とはいえ、気分がいいものじゃないので手早く用具を片付け、埃っぽい倉庫を後にした。

 

校舎に戻り、中庭へ出て自販機に目を向けると、白衣を着た一人の男の姿が目に入った。どれを買おうか迷っているのか、丸喜は腕を組んで自販機の前に立ち続ける。

さっさと戻ろうと丸喜を無視し、俺が隣の自販機のボタンを押したところでようやく俺の存在に気がついたようだ。

 

 

「ん……?おおっと!間薙くんか。久しぶりだね」

 

「随分反応が鈍いな。夏休みなのに何してる?」

 

「ごめんごめん。ちょっと考え事をしててね。夏休みでも教師陣は持ち回りで出勤してるよ。僕もほとんど毎日保健室に来てる。……本当は、僕まで出勤する必要はないんだけどね」

 

「大変だな」

 

「そうでもないさ。保健室でも論文は書けるしね」

 

「論文なんて書いてたのか?」

 

「非常勤講師なんてやってるのもそれが理由でね。お金はないけど、自分の時間は確保しやすいから」

 

「それで休日まで保健室に来てるなら世話ないな」

 

「あはは、まったくだ。でも、もし僕のいない時に何か起きたら、なんて考えちゃってね。けど大丈夫。必要な分の休みはちゃんと取ってるから」

 

「いっその事非常勤なんて辞めて正式な教員になった方がいいんじゃないか?」

 

「そういう訳にも行かないのさ。……今書いてるのは僕が大学時代からずっと取り掛かっているもの……。僕の人生を懸けた、なんとしても完成させたいものなんだ」

 

 

重苦しい語り口から察するに相当思い入れのある論文らしい。内容自体はどうでもいいが、そこまで言うからには、と、多少興味が出たのでそのうちに読ませてもらおう。

 

 

「そうか。完成したら読ませてくれ」

 

「ああ、もちろん!おっと、ごめん。僕のことばかり話してて……こうして二人で話すのは、以前保健室に来てもらった時以来かな。授業では何度か会ったけど」

 

「実は、結構心配してたんだよ。あの後なんの音沙汰もなかったから」

 

「生憎暇じゃなくてな。そもそも、俺は自分にカウンセリングがいるとも思ってなかった」

 

「うん。確かに、今は大分雰囲気が和らいでるよ。自覚はなかったみたいだけど、以前の君の雰囲気は酷く荒んでた。だから、顔を出してくれない事がすごく不安だったんだ」

 

「でも……。授業中にも思ったけど、最近の君は良くリラックス出来ているみたいだね。確か最近は、屋上で奥村さんや新島さんと野菜の世話をしてるんだっけ。そのおかげかな」

 

「知ってたのか?」

 

「屋上の鍵、君たちはよく借りに来てるだろう?廊下で見かけた時も楽しそうに話してたし……。これでもみんなのことはよく観てるんだ」

 

「あんまりコソコソしてたらそのうち通報されるぞ」

 

「ええっ!そんなつもりはないんだけど……確かに、ジロジロ見られたら、あまり気持ちいいものじゃないね。……ごめん」

 

「……そんなに真面目に受け取らないでくれ。冗談にもならない」

 

「そ、そう?ならよかった」

 

「……考えてみればこうして過ごしているのは、丸喜に友人を作れと言われたおかげもあるかもしれないな。お前に言われなければこっちで知り合いを増やそうなんて気はなかった」

 

「そんなことも言ったね。そう言ってくれるならなによりだよ。本来、僕ら大人が下手に手を出すより、周囲の友人に助けられた方が健全だ」

 

「間薙くんは、前の学校での友達とはまだ連絡してるのかい?」

 

「いや、してない。友達と言える相手はいたが……」

 

「ならどうして?」

 

「なんでもいいだろ。……ただの、喧嘩別れだ。よくある話だろう」

 

「喧嘩別れか……。確かに、よくある話かもしれない。けど、当人にとってはとても辛く、苦しいことだ。決して浅い傷なんてことはない」

 

「その事についてどう思う?後悔、してるかい?」

 

「どうしようもなかったことだ。もしも最初からやり直せれば、もっと円満な結末も有り得たかもしれない。だが、今更そんな事を考えても意味はない」

 

「当時の俺ではどうすることも不可能だった。後悔があったとしても、何が出来るわけじゃない」

 

「そうだね。どんなに悔やんでも過去を変えることは出来ない。今の君がこうして元気なら、それはそれでいいんだ」

 

「色々教えてくれてありがとう。今度暇な時は、また保健室に来てよ。この前みたいになにか用意しておくから」

 

「気が向いたらな。人を待たせてるから俺はもう行くぞ。丸喜も茹だる前に保健室に戻るんだな」

 

「そうするよ。……またね、間薙くん」

 

 

丸喜と別れ生徒会室に戻ると、二人はとっくに着替えを終えて弁当の包みを広げていた。だが、まだ手をつけていないようだ。先に食べてていいと伝えたが、戻ってくるまで待っていてくれたらしい。

予想外に時間を喰ったのもあるが、少し悪いことをしたな。

 

 

「遅かったわね。時間はあるけど」

 

「丸喜と偶然会ってな。少し話してた」

 

「そう。じゃあ、お昼にしましょうか」

 

 

 

8月4日 午後 プラネタリウム

 

人混みとビル群による過酷な猛暑を乗り越え、俺たちは空調の効いた屋内に足を踏み入れる。自動ドアが開き冷たい風が吹き抜けると、二人はしんどそうに汗を拭い、その後少し表情を和らがせた。

 

 

「はぁ……暑かった」

 

「本当……。……ねえ、いつも思うんだけど、シンくんは汗ひとつかかないよね。熱中症とか脱水症とかになってるんじゃ……」

 

 

春の指摘につい顔を背け、誤魔化すように軽く額を拭う。今更ながら確かに、この暑さの中汗をかかないのは不自然極まりないだろう。

だからといってどうする方法もないのだが。魔法で氷を出しても、効果が切れれば水にならず消えてしまうし……。

 

 

「……まったくかかない事はない。かきにくいのは体質だ」

 

「そうなんだ。羨ましいような気もするけど……体温が下がりにくそうで少し心配」

 

 

出入口付近でそんな話をしていると、背後で自動ドアが開き見知った顔が入ってくるのが見えた。

鞄を担いだその男は、先の女性陣よりさらにうっとおしそうな表情をしていて、眼鏡を外して顔や首元を拭い、へばりついた長い髪をかきあげては涼しい空気を取り込もうとしていた。

 

 

「おはよう」

 

「……シン。おはよう。っていう時間でもないけど」

 

「こんにちは。蓮くん、で合ってるよね。今日は誘ってくれてありがとう」

 

「ああ……。こんにちは、奥村さん。気にしないで。俺も誘われた側だから」

 

 

挨拶もそこそこのタイミングで、鞄からモルガナが身を乗り出す。猫の表情はよく分からないが、鞄の縁に身体を引っ掛け項垂れる様子から、熱にやられているのは確かなようだ。

 

 

「あぢぃ〜……もうちょっと口開けてくれよ……。熱が篭もりっぱなしで死んじまいそうだぜ」

 

「あ、ごめん」

 

「あら、モルガナちゃん、こんにちは。鞄の中、暑くないかしら」

 

「はあ〜……ワガハイを気遣ってくれるのはハルだけだぜ……」

 

「あまり顔を出すな。猫なんだから」

 

「ムギュっ!」

 

 

鞄の中に弱めに『アイスブレス』を吹き込みながら、モルガナの頭を押し込む。少し冷やし過ぎた気もするが、さっきまで暑かったのだから釣り合いが取れたということにしよう。

 

 

「……そういえば、真は?」

 

 

蓮に訊ねられ辺りを見回す。すると、いつの間にか受付の列に並んでいる真の姿を見つけた。行列は想像していたよりも長く、戻ってくるにはまだ時間がかかりそうだ。

 

 

「混んでるね」

 

「夏休みとはいえ、中々にな。次の上映で入れればいいが」

 

 

適当に時間を潰しているうちに、ようやく受付が済んだようだ。戻ってきた真からチケットを受け取り、上映ホールに向かう。

上映にはまだもう少し時間があるが、俺たちに続くように人が入り始め、段々と席も埋まり始めた。

 

 

「そういえばチケットに席番が書いてないが」

 

「ここ、自由なのよ。まとめて空いてればいいけど。手分けして探そうか?」

 

 

そういうと、真はちらりと目配せする。恐らく、例の変人を探しに行くから、という意味だろう。この点は混んでいる事が少し幸運だったな。

 

 

「そうだな。空いてなければ、仕方ないから別れて観よう」

 

「ええ。じゃあ蓮、私たちはこっちに……」

 

 

俺たちも二人が行った方向とは逆側に進む。席を探す振りをしながら、俺もついでに辺りの人物を伺うことにした。

 

如何にもな人物が見つかるまで、そう時間はかからなかった。

上映を待つ館内は、多少の話し声は聞こえるものの静けさを保っていて、当然ながら大半の客は大人しくしている。そんな中、独り言を呟きながら両手を挙げて奇妙な動きをする人物がいれば、その目立ち方と言えば想像に難くないだろう。

恐らくあれが噂の変人だ。だが仮に、それが見知った人物だった場合どんな顔をすればいいだろうか。

 

 

「いいぞ……意欲が掻き立てられて止まらん!今日はどこを集中して観るか決めておかねばな。なぜ俺の目は前にしかないんだ……!ああ、世界中で人々の心を魅了して放さない星空!この神秘をキャンバスに落とし込められたなら、素晴らしい出来になるに違いない……!」

 

「シンくん、あの人……」

 

「下手に関わらない方がいい。他の席を探しに行こう」

 

「え、でも……」

 

 

かつてないほどの変人ぶりにこの場では関わらないでおこうとしたが、逃げるのが少し遅かったようだ。その人物は俺に気がつくと大股でズンズンと近寄り、声をかけてきた。

 

 

「奇遇だな……」

 

「……しくじったか」

 

「やっぱり喜多川くん。こんにちは。喜多川くんもマコちゃんに誘われて?」

 

「君は確か……奥村さん。いいや、俺は一人だ。絵の着想を得たくてな。マコちゃんというと、真も来ているのか?」

 

「蓮も入れて四人だ。今は別行動だが」

 

 

そう告げながら春に気付かれない程度に視線を向ける。すると祐介もうっすら事情を察したようで、頷きを返した。

 

 

「なるほど。なら、二人にも顔を見せてくる。では、また後でな」

 

 

去っていく祐介を見送り、ふと気がついた。事前に伝え聞いた例の変人の特徴からすれば、というか疑いようもなく正体は祐介だ。ならば調査は終了、もう離れる意味もないだろう。

そうと決まればさっさと席を探しておこう。五つもまとめて空いていればいいが。

 

ぐるりと見回すと、ちょうど蓮たちの近くに空席が固まっていた。春に告げ、踵を返し二人の元へ戻る。

 

 

「これ以上追求するのはやめておきましょう……」

 

「……?」

 

「とにかく、もうすぐ上映が始まるぞ。席に着いたらどうだ」

 

「そ、そうね」

 

 

こちらでも一応の解決は見たようだ。無事に済んだことは良かったが、まったく傍迷惑な話だった。

 

 

 

 

『間もなく上映が始まります。上映中は携帯電話の電源をお切りになるか、マナーモードに設定の上ご使用はお控えくださるよう……』

 

 

無機質な声でアナウンスが読み上げられる。薄暗かった場内は更に照明を落とし、少し離れればもう顔も見えないだろう。

まあ、完全な暗闇でない限り俺には問題ないが。

 

俺たちは幸いまとまって座ることが出来た。二列に別れ、前の列に左から真、祐介、何故か居た三島。その後ろに春、俺、蓮の順で座っている。

 

 

「プラネタリウムなんて久しぶり……」

 

「マコちゃんも?私もそう。最後に来たのは、小学校の遠足とかだったかなぁ……」

 

「俺も。小学生の頃校外学習で行った覚えがある」

 

「ワガハイは……多分行ったことがある。ニンゲンだった頃にな」

 

「へえ」

 

「オマエ疑ってんな?みんな行ってんなら、ワガハイだって行ってたはずだ」

 

「シン君は?やっぱり来た?」

 

「ああ。だが、星には興味のない子供だったから、まともな思い出は無い。春は星は観るのか?」

 

「人並みには好きよ?綺麗だし、たまに夜空を見上げると思わず息を呑んじゃうの。……この辺りじゃ、あんまりよく見えないけど」

 

「都会じゃどうしてもな。どこか、観に行くか?」

 

「せっかくのお誘いだけど、ごめんなさい。あんまり遅くまで出歩いてるとお父様に叱られちゃうから」

 

「そうか。しかたない」

 

「でも……。いつか、一緒に観たいね」

 

 

春の『いつか』という言葉に、俺は少し言葉に詰まった。返答に困った俺は、結局何も返せず沈黙するしか無かった。

一区切りついたタイミングで、蓮がアナウンスに紛らせこっそり耳打ちする。

 

 

「ねえシン。さっきの本当?」

 

「何がだ?」

 

「昔プラネタリウムに行ったって話」

 

「……さあな。モルガナと同じだ」

 

「そう」

 

 

とうとう全ての照明が落ちる。そして、ぽつりぽつりと。闇の中に、光の点が生まれ始めた。『カグツチ』なんて紛い物じゃない。それらはゆっくりと俺たちの上で廻り始める。

星だ。喩え様もないほど綺麗だ。もちろん、作り物だなんて事は言うまでもない。それでも、俺たちは宇宙の真ん中で、ただ光を見上げていた。

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