8月12日 昼間 屋上
『やるぞ』
日課の農作業とその片付けを終え、生徒会室へ向かおうとした時。スマホの画面を見ると、そんな簡潔な一言がグループへ投稿された。
送り主は蓮。その後少しして、複数の返信を振動が伝える。ルート確保から三日、万全の体調でようやくオタカラを奪いに行くらしい。
『わり!今から『俺のべこ』で飯食うとこだからちょっと待って!』
『ちょうどいい 今渋谷駅の地下通路にいるところだ ご相伴に与るとしよう 』
『出さねえからな?』
『心配するな 今は金がある』
『私も駅のモールのとこにいるよ 近いからそっち食べ終わる頃に店の前行くね』
『店の前ってクレープ屋だろ どーせクレープ食うんだから早めに来とけよ』
『そんなこと』
『あるかも じゃ後でね』
時刻はちょうど正午に達するところだった。会話を追いながら春と連れ立って生徒会室へ向かう。
「前見ないと危ないよ?」と忠告を受けつつ生徒会室の扉を開くと、不意に冷えた空気が肌を撫でた。まさか昨日、エアコンを消し忘れたか?と思いながら顔を上げると、そこには既に弁当の包みを広げた真の姿があった。
「なんだ……来てたのか」
「ええ、少し用があって。そっちにも顔を出そうかと思ったけど、想像より手間取っちゃってね」
「ご苦労さま。今からお昼?」
「二人とも来ると思ってたから、そのつもり。じゃ、食べちゃいましょうか」
「用事ってなんだったんだ?」
「修学旅行についてちょっとね。二年生は夏休み明けにすぐあるでしょう?」
「ああ、確かハワイだったか。自分たちが行く訳でもないのに大変だな」
「それがね、どうやら私は行く事になりそうなの」
「ええっ、どうして?」
「五月から慌ただしい状況が続いてるでしょう?色んな対応で引率の先生が足りないらしくて、三年生から何人か手伝いで連れていくんだって」
「頼まれたのか?」
「ええ。強制されたわけじゃないわよ?自由時間もある程度取れるから、みんなに着いて行くのも楽しそうだしね」
「へえ……。あの……その引率の枠って、まだ空いてるかしら」
春がおずおずと訊ねる。
「春も行きたい?今なら何とかなるわよ」
「ほんとに?こんな口実でもないとみんなと泊まりで遊びに、なんて行けないから。すごく楽しみ!」
「こっちの手筈は進めておくから、準備はしておいてね。夏休みが明けたら直ぐに出立よ」
「……そういえば、旅費はどうしたんだ?」
「欠員が出たところに滑り込むだけだから、かからないわよ。貴方こそ一年の間の積立がないでしょ?平気なの?」
「一括で払った」
問われても知らないので適当に答えておく。
興味もさして無いが、そういえばその辺りの話は一切聞いていない。特に咎められることもないので、恐らく何らかの手が回されているのだろう。
たまに残高を除くと少しずつ減っているため、毎月の学費や光熱費なんかは勝手に引き落とされているようだが。
口座から現金を引き出しに行くたびに、クレジットカードが無いことを不便に感じる。保護者の証明もない一高校生の立場だが、作れるカードはないだろうか。
支払いの手段が現金に限られるのは、どれだけの金を使ったか実感しやすい、という点ではいいが。実際にカードで支払うようになったら、無駄遣いが相当嵩みそうだ。
同日 午後 ルブラン
食事を終えたあとは特にすることもないので、今日は解散する事になった。……俺も一度ルブランへ行くつもりだったので、結局真とはルブランで合流したが。
途中コンビニに立ち寄った分到着は真より少し遅れ、俺がルブランへ着いた時既に他のメンバーは揃っていた。テーブルの上にはお菓子の残骸がとっ散らかっていて、それらが入っていたであろうレジ袋に、真と蓮がゴミとして詰め直している最中だった。
「おう、来たな」
「首尾はどうだ?」
「あー……結局何があるかわかんねえから、なるべく気ぃつけろって事しか話してねえ」
「実際、それしかないだろうな。未知を相手に絶対の安全はない」
「それでもやれるだけの準備はしてきたつもり。成功させるよ」
「ああ。今回、俺はここで待たせてもらう。どうも最近、なんだかんだと着いて行ってたからな……」
「自分から着いて行った俺が言うことじゃないが、本来これはお前たちが選んだ道だ。最後はお前たち自身でケリをつけてこい」
「任せて」
「準備はいいんだな?フタバに予告状を見せたらその足でそのままパレスに向かうぞ?」
「ああ、決行だ」
その後、双葉に予告状を渡す算段を軽く立て、ぞろぞろとルブランを出ていった。
……不安要素が一つ。前回パレスから脱出する直前に感じた大きな気配。双葉のシャドウではない。姿こそ見せなかったが、強烈な存在感だった。
決行にあたって、間違いなく立ちはだかるだろう。とはいえ、あいつらに勝ち目のない相手だとも思わない。
なんにせよ、今日までに伝えられることは全て伝えた。後は、ここで経過を見守るだけだ。
フタバパレス 虚ろの間
「ここが、双葉の部屋の奥なのね」
「いかにも、ハッカーの心の中って感じだな」
ピラミッドの残骸が、闇に浮かぶ無数のプログラムコードに包まれ浮かんでいる。表すとすればそんなところだ。
明滅する記号や宙に浮くウィンドウは、双葉が普段目にする景色なのだろう。そこが何をする場所なのかは、俺には検討もつかない。
この空間の中心、俺たちの立つ地面は、ピラミッド内で使われていた建材と同じものだ。それらが歪に積み重ねられ、これまで見た他のパレスの中心と同じく非現実的な形状を維持していた。
「で、オタカラはどこだ?」
「その上から強い反応を感じる。間違い無く出現しているぞ」
「まだ、何が起きるか解らないわ。慎重かつ迅速にオタカラに向かいましょう」
移動を開始する。しかし、ルート確保までの道中に比べてシャドウはほとんど居らず、罠の類も無さそうだ。
この場所はシャドウから身を隠せそうな場所はないが、壁もない為移動を遮られることもない。宙を揺蕩う瓦礫にワイヤーを引っ掛ければ、目的地まで簡単にショートカットすることが出来た。
「間違いない。この先にオタカラの反応を感じる」
「いったい何が待っているのか……」
「何が起きても対応できるよう気を引き締めて行くぞ!」
「行くぞ!」
「絶対、双葉ちゃんを助けよう!」
扉を抜けると、ぼんやりとした緑に照らされた暗い部屋だった。中央奥には人間大の箱が鎮座されている。棺、だろうか。このパレスでは棺にさんざんと酷い目に合わされたので、思わず視線が吸われてしまう。
「んだこりゃ?想像とちげえ!」
「金銀財宝の山でも想像してたのか?」
「あそこにあるじゃん」
「あれだけかよ……」
「オタカラはあの中ね?」
「よっしゃ、頂こうぜ」
そう、竜司が箱に寄った瞬間だった。
獣の咆哮?いや、女性の金切り声?不快な叫び声が鼓膜を震わす。正体はわからない。が、その声の大きさから、声の主がどれだけの体躯なのか、否が応でも想像させられた。これほど分厚く積み重なった石壁を貫き、その声を俺たちに届かせたのだ。
「何かいるな……」
「このタイミング……ヤな予感しかねえ……」
異変に身構えていると、頭上の壁が破砕音と共にこじ開けられる。穴から射し込む急な陽光に目を慣らしている間に、襲撃者はガリガリと擦過音をかき鳴らし、壁の穴からぬっと顔を覗かせた。
『フゥゥタァァバァァァ!』
激情で血走った瞳。悍ましく雄叫ぶそれは、比較するものに困るほど巨大な女性の顔。襲撃者は、その身に満ちる全ての憤怒を込めたような形相で俺たちを睨む。身構えていなければ射竦められそうな、恐ろしい表情だった。
「シャドウ……?違う!誰!?」
「双葉じゃない!」
「これは……」
怪物がその巨体をピラミッドへ叩きつける。あれだけ頑丈だった石積みは軽々と弾かれ、最後には開いた穴から吹き込んだ突風に、残った壁と天井も全て剥がし取られた。
危うく俺達も吹き飛ばされそうになりながら、飛来する瓦礫を避け踏みとどまる。
視界が開けた事によってようやく襲撃者の全貌が顕になった。人の頭にライオンの身体。背中に生えた巨大な翼。現存する実物に翼はないが、あれは正にスフィンクスだ。
怪物の大きさは尋常ではない。俺たちが攻略してきたピラミッドにも匹敵するその巨体。近郊の街程度なら、ほんの一暴れで更地に出来るだろう。或いは、このピラミッドさえも。
「デカすぎでしょ!?」
怪物は俺たちを見下ろすと、絶叫と共に力強く羽ばたいた。打ちつける砂ぼこりと砂利を前に、俺たちは必死に顔を覆う。
「シャドウじゃねーなら、何なんだ!?」
「こいつは……認知だ!フタバの認知が作り出した化け物だ!」
「そんなことって……」
ふと、前方に一つ残った柱から、メキリと嫌な音がした。危惧した通りその柱は半ばからへし折れ、真の正面へ飛び込んでくる。
「オイ、あぶねえ!」
竜司の叫びと同時に真へ飛び込み回避する。ほんの一秒前まで俺たちが居た空間を抉りとると、石柱はそのまま遥か後方へ吹き飛ばされていった。
「平気か?」
「ええ、ありがとう!」
「来るぞ!」
「撃ち返す!」
祐介が弾丸を放つ。眼球を狙ったその弾は、体格に比例した分厚いレンズによって遮られた。
しかし、怪物はそれを反射的に嫌がったようだ。顔を顰めると大空へ舞い上がり、こちらの様子を伺いながらひたすら旋回している。攻撃の手が届かない場所で、俺たちをどう始末するかと練っているのだろう。
『王の墓に……近づくな!』
『災いが……訪れるぞ!』
「ヤツめ、悠々と飛びやがって!手が届かねぇ!」
「仕方ない……。銃とスキルで仕留めるぞ!」
「OK!とりあえず……カルメン!『マハラギオン』!」
「キッド!『ジオンガ』!」
各々の放った魔法と弾丸が怪物へ飛んでいく。しかし、届いたのは杏の火球と祐介のライフル弾のみ。それも、火球は衰え僅かに毛皮を炙るに留まり、弾丸もその体躯の前にはさしたる傷を与えられない。
「遠すぎる……」
「弾丸も効果は薄いな。これ程大きさに差があっては、蟻に噛まれた程度のものだ」
「向こうも遠くからの攻撃手段は無さそうだ。近寄ってきたところにカウンターを狙うぞ」
「攻撃は受けないように。あれじゃガードしても吹き飛ばされるわ」
「来るぜっ!」
飛来した怪物は、ピラミッドの頂上に腕を何度も叩きつけた。剥き出しの爪は鋭く巨大で、頑丈そうな岩も容易く削られていく。人の身体など掠っただけでバラバラにされるだろう。みな出力は増しているが、果たしてペルソナで受け切れるだろうか。
とはいえ、動き自体は単純。集中していれば回避は難しくない。それぞれ避け際に銃弾や魔法を撃ち込む。
「くそっ、毛皮が硬ぇ!」
「胴体には効果が薄いか?何とか顔面を狙いてぇが……!」
攻撃のほとんどは分厚い毛皮に阻まれた。まともに届いている分さっきよりは効果もあるはずだ。だが、この体格差の前ではさしたる差もない。
全くの無傷というわけではない。当てれば痛みを感じたような素振りをみせる。だが、その程度には効いてしまうことが今回は裏目に出た。
反抗に苛立った怪物の攻撃は一層勢いを増し、最早狙いも何も無く出鱈目に腕を振り回す。狙っての事ではなさそうだが、足場は不安定になり、予測不能に飛び散る瓦礫も無視できる威力ではない。これではカウンターどころではなくなってしまった。
「せええぇいっ!」
荒れ狂う剛爪を前に、祐介が紙一重の隙を突き渾身の居合を放つ。真一文字に閃いたそれは怪物の手首から先にかけて激しくマグネタイトを散らすも、強引なカウンターは祐介にも重い代償を支払わせた。
切り裂かれた腕は勢いを衰えさせず、祐介の身体を激しくはね飛ばす。そのままではピラミッドの頂上から放り出される程の勢いだった。落下していく祐介に、杏が鞭を絡めてなんとか踏みとどまらせる。
「フォックス!」
「ぐ……一先ず、攻撃は治まったな……。」
「ああ、よくやった!モナは治療、パンサーは余波から守ってやれ!」
この隙を無駄にはしない。傷口を舐めていた怪物が再び動き出そうとしているが、そうはさせるものか。
「アルセーヌ!『原色の舞踏』!」
目も眩む色彩のうねりが怪物の頭部を包む。最初は何をされたのかわからず呆気に取られた表情をしていたが、直ぐに効果は現れた。
突如として苦悶の表情を浮かべると、頭をガリガリと掻き乱して暴れ回り、原色の空間から逃れようとする。しかし、更に範囲を広げて逃がさない。
やがて身体を痙攣させながら、力を失いくずおれていく。頭部には自らの爪痕が刻まれ、血にも似た赤い粒が宙へ溶けていった。
『原色の舞踏』は効果的だが、俺のSPも消費が大きくこれ以上は使い続けられない。仕方なく『原色の舞踏』を解除すると、怪物は疲弊した表情でゆっくりと面をあげ、消耗しつつもまだ力を残した眼光で睨みをきかせる。
「スカル!こっちは下からやるわ!」
「おうよ!」
見計らったクイーンのアッパーが怪物の顎に突き刺さる。同時に、飛び上がっていたスカルが棍棒を額に叩きつけた。万全の体勢、完璧なタイミングで見舞った二撃が、上下から力を逃がす先もなく叩き込まれる。さしもの怪物も、流石に効いただろう。
「おかわり喰らっとけぇ!」
更に、治療を終えたモナが豪快にエンジン音を轟かせ、怪物の鼻面へ衝突。ダメ押しを喰らった怪物は大きくのけ反り、よろめきながらピラミッドを転がり落ちていく。
「やった!?」
「……いいや、残念だがまだだな。みんな、下を見ろ」
モルガナの発言は正しかった。硬い斜面を転がり落ちたダメージもあり、少しふらついているが、まだまだ致命傷には至っていない。体勢を立て直した怪物は大きく翼をはためかせると、構える俺たちを余所に姿も見えぬほど遥か上空へ飛び立っていく。
「ど、どこまで飛んだ!?何する気だ!?アイツまさか……落下攻撃する気か!?」
「ヤツめ、いつ仕掛けてくる……!?」
先程までの猛攻が嘘のように、戦場は静まり返った。荒れた鼓動と呼吸を落ち着かせ、体力と精神を回復させる。想定通りではあるが過酷な戦闘だ、僅かな休憩でも取っておきたい。
やがて、重く響く地響きにも近い音が迫ってくる。震える大気は、そのまま迫り来る攻撃の威力を表していた。
「全力で避けろっ!」
「暴食の指輪よ!」
「防げゴエモン!」
激突の瞬間、あまりの轟音に、身体が痺れた。視界はホワイトアウトして何も見えない。意識が途切れ途切れになって、思考が普段通りかどうかすら、自分でわからない。まるで身体の内側から破裂したみたいだ。
喰らったのは激突の余波だけ。真と祐介の張ってくれた防壁で、飛び散る瓦礫と衝撃波の幾分かを受け止めてこれかと思うと、馬鹿らしくなる威力だ。
もし落下地点、身体であれを受けていたら……指先一欠片でも残れば御の字だろうか。
眩んだ意識を必死で引き戻し、みんなの無事を確認する。
「無事か!?」
「砂ぼこりで何も見えねえ!」
「ゾロ!」
モルガナが風を巻き起こし、視界を確保する。全員無事だ。次いで周囲を確認するとピラミッドの上部が崩れ、足場の三割程が消し飛んでいた。そして、怪物の姿も見当たらない。
「くそっ、ヤツはどこに行った!?」
「上!また飛んでった!」
「こんなの何発も耐えらんねえぞ!」
「うぐっ……不味いな。ヤツがいつ仕掛けてくるか、全然わかんねぇ……」
「何だよわかんねぇって!モナ、しっかり教えてくれよ!」
「し、仕方ねーだろ!ワガハイにも出来ない事はある!」
「危ないっ!」
再びの落下攻撃。衝撃波は先程より強烈に身体を突き抜ける。吹き飛ばされ、降り注ぐ瓦礫があちこちに鈍い痛みを残す。身体を起こそうとするも、痺れた手足はガクガクと言うことを聞かない。喉の奥から込み上げるものを吐き捨てると、足元が真っ赤に染った。
二度目は飛び立ってからさしたる間も空けずの攻撃だった。一度目は飛びながら回復を図っていたのか、落下攻撃が有効だと知り攻勢を強めたのか、両方か。
どちらにせよ非常に不味い。今回は混乱に乗じられたため二人の防壁も間に合わず、破片も衝撃波もモロに喰らってしまった。全身の感覚が戻るまで凌ぎ切れるかどうか……。
「ぐ……。んだ、アイツ!空にばっか逃げ回りやがって!」
「……?追撃が来ない?」
予想していた攻撃は来なかった。まともに動けず隙だらけの俺たちにトドメを刺さず、怪物はただじっと睨みつけている。何故だ?
疑問を抱きながらも、最優先は少しでも早く動けるまで回復することだ。いつ気が変わってもおかしくないのだから。
時間にして二十秒ほど。指先の感覚も戻りようやく身体を起こせた頃。怪物が仕掛けて来なかった理由が、背後から姿を現した。
「え?双葉!?まさか……入ってきたの!?」