8月29日 昼間 海水浴場
青い空と広い海。巨大な入道雲に燦々と照りつける太陽。そして、カラフルな砂浜。
砂浜には見渡す限り、右の果てから左の果てまで、人がひしめいている。鮮やかな物々があちこちに広げられ、もはや砂浜より、パラソルとシートの面積の方が広いかと錯覚しそうな程だった。
……いや、もしかしたら実際にそうかもしれない。
「混んでんな……」
食べかけのアイスの棒を口に咥えた竜司が、愚痴っぽくこぼす。
同感だった。この時期の海なんて、こうなるのも当然だが。ニュースでも混雑した海水浴場の様子はよく放送されていた。
蓮も首筋に冷たい飲み物を当てて熱を取っている。ここにたどり着くまでで全員、暑さと人混みにやられてぐったり、と言った感じだった。
今は着替え中の女子たちを待っている。更衣室に入ったタイミングは同時だったはずだが、俺たちは先に着替えを終え、荷物を広げる余裕まであった。支度を済ませてからも数分経過しているが、まだ出てくる様子はない。
「はあ……祐介、お前よく長袖で平気だな」
「日差しさえ遮れば問題ない。暑いは暑いが、普段からエアコンを切っているから慣れている」
「蓮の部屋もエアコン付いてねーし……おめーらいつか倒れんぞ」
「一応、下のが点いてれば少しは流れてくるから。シンは暑いの平気だろうけど、エアコン点けてる?」
「点けてる。溶岩に浸かっても暑くないが、湿度が高くて生温い空気はただただ不快だ」
「ずっこ!環境にわりーぞ!」
竜司の文句を聞き流しながらぼんやりと海を見つめていると、背後の更衣室の方から、ようやく女子たちの声が聞こえてきた。随分長かったが、双葉の着替えに手間取ったらしい。
「杏……水着、短か過ぎないか?」
「そお?トレンドだよ、トレンド」
杏に水着について問いかけていると、ふと、真が俺をじっと見つめていることに気がついた。刺すような、非難するような視線だった。何かしてしまっただろうか?
「なんだ?」
「……感想は?」
「感想?……真は白がよく似合うな」
「あら、ありがとう。……って違う。私じゃないわよ」
そう言われて、真の背後にいる春と目があった。春の水着は水色地に白い水玉の、ワンピースタイプだった。頭の上には真っ白な帽子を被っていて、涼し気な印象だった。
「春らしい色でいい。俺は彩度の強い派手な色より、淡い色あいのが好きだ」
「綺麗、もそうだが可愛らしさがある。いつも以上に」
「……ありがとう。はっきり言葉にされると、照れるね」
「というか、シンのその水着……」
「学校の指定水着かよ……。変じゃねーけど、地味ってーか、遊び心がねーっつーか……」
「買いに行くのが面倒だったんだ。泳ぎやすくていいだろう」
「そういえば……双葉は?」
双葉が更衣室出口の壁の裏にいることは気づいていた。恐らくみんな気がついていただろう。
蓮の問いかけに応えるように、双葉は壁の裏から気恥しそうに身体を出した。……頭には、お面よろしくタオルをまん丸に巻き付けていたが。あれでは前も見えないだろうに。
手探りで前進する双葉の手を、真が取りタオルを解く。ようやく露わになった顔に蓮が微笑みかけると、双葉も気が緩んだかのように笑みを返した。
「そろそろお昼だね。うちらもご飯にしよう?」
「じゃあ俺、適当に買ってくるわ」
「……俺は魚でも獲ってくるか」
「漁業権があるでしょ。よしなさい」
全員の注文を確認し、竜司と長い行列に耐え食事を確保する。あまりの列の長さに、本気で魚を獲りに行こうかと迷った。問題を起こして台無しにしては申し訳ないので、ぐっと堪えるしかなかったが。
買ってきた物を広げ、一部は持参物で腹を満たす。外で食べる食事は、普段と違う雰囲気がスパイスになり、なんだかやけに美味しく感じた。
「で、この後どうする?ビーチバレーでもやるか?」
「あーごめん、今から女子だけでバナナボート乗る約束してるから」
「四人乗りの、ひとつしか借りられなくて……ごめんね」
「え……それじゃあ、俺らは?」
「荷物番」
「ざっけんな!扱いが雑すぎんだろ!もっと丁寧に扱え!」
「かっこいいと思う時もあるんだけど……不思議よね」
「バナナボート、まだー?」
「あっ、ごめんね?すぐ行くから」
「終わったら交代するって。荷物番よろしくー!」
「ふふっ、ごめんなさい。シン君、荷物よろしくね」
「ああ。楽しんでこい」
「クソッ……あいつら、俺らのスゴさをわかってねえ」
「命かけて怪盗やってんだ。その辺の奴らと同じなワケねーだろ?俺ら、もっと現実でいい思いしていいんじゃねーの!?」
「確かに」
「だよな。祐介もそう思うだろ?」
「まあ……言われてみればそうかもな」
「杏たちは、俺らの近くにいすぎて分かってねえんだよ」
「そうは言うが、まさか自分たちが怪盗だと明かす訳にも行かないだろ。結局自身で勝負するしかないんじゃないか」
「わかってら!俺たちは天下の怪盗団だぜ。わざわざ言わなくても、内から溢れる魅力でバッチリに決まってんだろ」
「おい、どうすればアン殿に怪盗の凄さを知ってもらえるんだ?」
「そりゃ、盗むしかねえだろ……アレを」
「ハートか」
「杏にバカにされたからな。見返してやろうぜ?」
「なるほど、現実でもワガハイのテクを証明すれば……」
「怪盗でみがいたテクニックで、盗みまくってやろうぜ!」
「俺らのオーラなら、あっという間に女にモテモテだろ!」
「いいだろう、やってやる。現実での仕事も悪くない」
「俺は荷物番をしてる。春に頼まれた」
「つまんねーこと言うなって。言われたことだけしてる退屈な男じゃ、春ちゃんに見捨てられっぞ?」
「ああ、なるほど。会話に自信がないんだ。知らない相手に話しかけて友達になるとか、シンには向いてなさそうだもんね」
「……安い挑発だな。だが、舐めた発言をされてそのままにするほど、俺は温厚じゃない。話しかけて仲魔を増やすなんて数え切れないほど経験してきた」
「決まりだな。そういうわけで……モナ、荷物番頼むな?」
「は?」
「よしっ、さっさと行こうぜ」
「おいこらー!ワガハイを置いてくんじゃねーよ!」
蓮たちは次々と暇そうな女性に声をかけていく。しかし、反応は芳しくない。時には手酷く罵声を浴びせられ、肩を落として帰ってきた。そろそろ、試行回数も二桁に達する頃だろうか。
「惨めだな」
「うるせー!お前こそ威勢が良かった割に、後ろで見てるだけで誰一人声掛けてねえじゃねえか!」
「……ふむ。おい、あれを見ろ」
祐介の視線の先には、見るからに暇を持て余した女性が一人、パラソルの下で寝転んでいた。見たところ周りの荷物も一人分しかなく、誰かが来る様子もない。
「おっ!よし、あの人に声掛けてこい。いいな?」
そう言って半ば強引に送り出される。少し困ったが、挑発に乗ったのも自分だ。どう話しかけるべきか。威圧的に受け取られたら不味い。友好的に……。
「なあ、暇なんだろう。俺と一緒に来ないか」
「……はあ?なんだ、子供じゃん。声かけるなら他の人にしてよ。ほら、行った行った」
「待ってくれ、誰にでも話しかけてるわけじゃない。声をかけたのはあなたが初めてだ」
「はいはい。悪いけど、大人は大変なの。偶の休みに金のない子供なんて相手してられないから、どっか行きなさい」
「金?金ならある。今日持ってきてるのはこれだけだが……」
そう言って防水ケースの蓋を開け、ぎっしり詰まった中身を見せた。どこかから「ズルだろ!」とか「何年分だ……!?」とか聞こえてくるが、仲魔を増やすコツは手段を選ばないことだ。
「……!?ちょっと、どこのボンボン?いやいや、いくら金持っててもこんな子供じゃね……。第一、私の好みってもっと力強くて頼りになる人だし……」
「力か。俺より力が強い人間はそうそう見ないな」
そう告げ、俺は女の横にある、変哲のないスチール製の空き缶を手に取った。
それを片手で握って圧縮していく。ビー玉サイズに丸めた空き缶を、最後に親指と人差し指で平に潰し、女に差し出した。
「嘘!?細いのに、どんな力してんの……?アルミ缶でもこんなには……」
「あとは何が望みだ?全て叶えてやる」
「訳わかんない、クラクラしてきた……。ねえ、あんたみたいなのが、どうして私に声掛けたの?」
「簡単な話だ。今日この海で一番(都合が)良かった」
「ふぅん、よく照れずにそんなセリフ言えるわ……。君、全然瞳逸らさないね。よく見ると、顔つきも芯があって男らしいし。肌もすごい、まるで人じゃないみたいに綺麗で……」
「この後、私をどこに連れてってくれるの?その力がどこから来てるのか、じっくり吸わせて……」
「『力を吸わせろ』?安いものだ。どこで……」
「わーっ!馬鹿馬鹿!」
「あっ!ちょっと!」
女が俺に手を伸ばしてきた瞬間、俺は突然飛び出した三人に抱えあげられた。そのまま女を置いて遠くまで連れ去られる。
「急になんだ」
「誰がそこまでやれって言ったよ!CEROが変わっちまうだろーが!」
「何の話だ」
「しかも金の力と人外っぷりを存分に使いやがって!フェアじゃねーぞ!」
「使えるものを使っただけだ」
少なくとも竜司よりは会話スキルがある事を証明した。一足先にパラソルに戻っていよう。
「私たち、友達と来てるんで」
パラソルに戻ると、杏、真、春の三人が男性二人に声をかけられていた。中々しつこく、難儀しているようだ。ちょうどいいタイミングで帰ってきた。
「またまたぁ〜。俺たちの船で、クルージングでもどう?」
「今夜、パーティもあるんだ。有名人とか業界人、いっぱい来るよ」
「ごめんなさい、プライベートでまでパーティに行きたくなくて……」
「高校生じゃそんな経験ないでしょ?豪華で楽しいよ〜?」
「話、聞けっての」
「戻った。厄介ごとか?」
「あら、おかえり。別に大したことないけど、少ししつこくて」
男二人の視線を受け、俺は少し強気に睨み返す。するとすぐに、二人は明らかにたじろいだ様子になって視線を逸らした。
「な、なに……」
「よせって!た、楽しく過ごしてもらおうよ」
「ごめんね〜」
男二人はそそくさと立ち去った。
「穏便に済んだわね。よくやったわ」
「うん、ほめてつかわす」
「どこ目線なんだそれは」
「でも、来てくれてよかった。あの人たち全然わかってくれなくて……」
「ああ。美人が揃うと大変だな」
「何それ?似合わないわよ」
ナンパ続行中だった三人も、諦めて帰ってきたようだ。三人しかいないところを見ると、当然だが釣果はなかったらしい。いや、祐介の両手にいる二匹の伊勢海老は含めるか?
「途中から見てたけど、あの男たちは運がいい」
「どういうこと?」
「シンが来なかったら、向こうが病院送りに……いや、なんでもないっす」
「はあ……私はシンが二人をそうしないか心配してたっていうのに……」
せっかく海に来たのだから、のんびり泳ぐことにした。思い返せば、この体になってから泳いだことはほとんどない。
ボルテクス界では、銀座周辺に大きくはない海が広がっている程度だっただろうか。元が東京湾だった上に、人間界だった頃のゴミが多く流れ着いた、汚れた海だった。
ここの海もそこまで綺麗とは言えないが、東京から離れている分だいぶマシに見える。
海岸から少し離れた岩場を目標に、水を掻いて進んでいく。水掻きなんかは当然ないから、水を捉えにくくスピードがつかない。俺の身体能力ならまだまだ速度が出せるはずだ。
ゆっくり、水を掴む感覚を意識して、速く泳ぐ方法を模索していく。いつぞやに見た水泳の記事やら番組やら、記憶の中から知識を引っ張り出し、実践する。そうしているうちに、少しずつタイムも縮まっていくのが体感できた。
泳ぎ方の基本を掴んだら、気を練って水掻きとフィンの代わりにまとい、更に水を捉え易くする。その分抵抗も大きくなるが、俺一人の体重なんてわけない事だ。
人に見られないように何度か海底を往復した後、俺は岩場に腰掛けて休憩を挟むことにした。
遠く離れたみんなの様子を見ると、浅瀬で転ばし合いながらぎゃあぎゃあと騒いでいる。泳ぎ方も大体掴めたことだし……暇だな。戻るか。
「俺らバレーやっけど、どうする?」
「俺が入ったら一方的で面白くないだろう。屋台でなにか食べてくるから、気にしなくていい」
「あ、じゃあ私もそっち行ってくるね。かき氷食べたいと思ってたの」
そう言う春を連れ、二人で海の家へ繰り出すことにした。
海の家の屋台は、どれも大勢の人が並んでいる。今並んでいる目的は春が食べたいと言ったかき氷だが、一つの屋台でから揚げやら焼きそばやら、飲み物やらも販売しているため、それらを目的にした人々もまとめてすごい行列だ。
「ふう……混むね」
「ああ。暑さは大丈夫か?」
「私は大丈夫。シンくんこそ帽子もないのに、気を付けてね?」
「俺の心配はいい」
「それにしても……夏の海ってこんなに賑やかなんだね。一つ物を買うだけで、すごく大変」
「海、行かないのか?」
「行くこともあるけど……プライベートビーチだから」
「そっちのがいい。俺はせっかくならのんびり楽しみたい」
「自分たちだけってなるとはしゃぎにくくて。ここなら、周りの雰囲気につられて盛り上がれるから、楽しい」
話をしながら、列が進むのを待つ。二人でよかった。一人なら退屈すぎて、とっくに諦めていただろう。品の数が多い関係か、一度に入る注文数も多く、一グループ前に進むのに三分程度の時間を要している。
この炎天下の中、数十分立ち尽くすのは、中々堪えるのではないだろうか。気付かれない程度に風を起こし、春に少し冷えた空気を送った。
「こうやって屋台が出てると、夏祭りを思い出すわ」
「ああ。あの時は買い物はしなかったがな」
「始まってすぐ夕立が降ってきて、中止になっちゃったものね」
「そういえば祭りの時は、弁当の礼に俺が出すと言ったのに、ほとんど使わなかった。今日の支払いはさせてくれ。昼にまとめて買ってきた分ももらわなくていい」
「そう?じゃあ、今日は甘えさせてもらうね。ありがとう」
「私、屋台の食べ物ってほとんど口にしたことがなかったの。けど、特別な時のご飯ってとっても美味しく感じる」
「味自体はどこにでもあるものだがな。ただ、普段がしっかりした食事だからむしろ、ということかもしれない」
「ジャンクなものもたまに食べるとすごく美味しいよね。ダイレクトに感じるっていうか」
雑談をしているうちに、気づけば列も進む。ようやく順番がきたが、から揚げ、とんぺい焼き、トルネードポテト、更にホットドッグとケバブサンドと盛り沢山に買ってしまった。
かき氷は春の分だけにした。こんなに買ったのが悪いのだが、どうせ食べている間に溶けてしまう。
こんなに頼むのも仕方のないことだ。仮に食べたくなった時に、もう一度並び直す気力はない。買える時に買ってしまった方がいいだろう……と、言い訳が浮かぶ。
これだけ買うと食べ終わった後に出るゴミも多くなる。すぐに捨てられるよう、パラソルには戻らず海の家周辺で食べてから戻ることにした。
「なあ……待ってないで先に戻っててもいいんだぞ」
「待ちたくて待ってるだけだから、気にしないで。それに私……シンくんの食べっぷり、好きだから」
「そうなのか。人が食べているところが好きって感覚は、俺にはわからないな」
「ねえ、どれが美味しい?」
「全部美味い。……が、強いて好みを挙げるならケバブととんぺい焼きだ」
「ふうん、どういう所が?」
「肉と野菜と炭水化物全部あるところだ。最近野菜を食べる機会が増えたからか、野菜が多い料理が好きになってきた。この二つは他の屋台飯と比べて、比較的野菜も取れる上に、そこそこ大きいのもありがたい」
俺は栄養バランスを気にする必要はないが、という言葉は出さないでおく。実際、この味覚は人間だった頃の名残だろうか?
いや、野菜を持ち帰るようになってから、食の傾向が変わって慣れたんだろう。昔は野菜を摂っているかなんて欠片も気にした覚えがない。
「普段持って帰ってる野菜も食べてくれてるんだ。嬉しい」
「当たり前だ。ライドウのやつが今うちに住んでるんだが、料理ができてな。しっかり使い切ってくれている」
「ああ、学生帽の彼……。そうなんだ、ちゃんと使い切ってくれるなんて、感謝しないと」
「たくさんあるのに全部使い切れるなんて、手際がいいのね。私はたまに傷ませちゃうことがあって」
「うちが使い切れるのは、とりあえず調理しておけば俺が全部食べるからだ。春は消費してくれる人はいないのか?」
「うーん……。お父様は忙しくて家でご飯を食べることは少ないし……。夏だから収穫できる野菜が多いのよね。なるべく普段のお弁当に使うようにしてるんだけど……」
「余ったものは俺の弁当に入れてくれれば、全部食べられる。……催促したみたいになった。気にしないでくれ」
「ううん、食べてくれるなら嬉しい。今度からもっと入れるね」
「それにしても……春はどうして料理を?自分で作らなくても、出てくる環境だっただろ」
「もちろん、自分で作った野菜を無駄にしたくなかったから。だけど、今年に入ってから以前より上手くなったのよ。前はお弁当も、毎日なんて作ってなかったんだから」
「ありがたくいただいてる。上手くなったとは言うが、最初から美味かったぞ?春と真の弁当にはハズレがない」
残ったゴミを片付け、パラソルまで戻った。みんなは遊び疲れたのか、休憩しながら次に何をするか話し合っている最中だった。
戻ってきた春は、ポーチを開けてスマホを確認する。すると、急に申し訳なさそうにして、サッと手荷物をまとめた。
「みんな、ごめんなさい。少し家の用事で帰らないと行けなくなっちゃったの。もう迎えが来てるみたいで……。とても楽しかったから残念だけど、私、先に帰ります」
「えー、奥村さん帰っちゃうの?けど、家の用じゃしかたねえよな……」
「そう……春、気を付けてね」
「うん、ごめんねマコちゃん。……それじゃ」
春はすぐに着替えて、道路の方へ駆けて行った。向かった先を見ると、確かに一台の高そうな車が止まっていた。その隣に白いスーツを着た、茶髪を七三に分けた男が立っていて、非常に不機嫌そうな表情で春に話しかけている。
しばらく様子を見ていたが、その男はこっちに軽く視線を向け、一つ舌打ちをした。ムカつく顔だ。目付きからして、俺たちを見下しているのが伝わってくる。
春の家族ではなさそうだが、あれは誰だろう。一発ぶん殴ったらダメだろうか。
そんなことを考えているうちに、男は春と共に後部座席に乗り込み、車は走り去った。
思い返せば、春は時々、携帯を見ては嫌な顔をしていた事があった。これまでは訊ねてもはぐらかされていたが、恐らくあの男が原因か。今度、機会を見て事情を聞いてみよう。