9月1日 朝 学校
長い夏休みも終わり、新学期が始まった。俺たちはほとんど毎日来ていたが、それも始発近い時刻で、その時間では当然部活動の生徒たちも見かけなかった。
気怠げな顔をした生徒たちが大勢登校しているこの風景も久しぶりだ。
生徒たちの中には、怪盗団について興奮しながら語っている生徒も見られた。といっても熱心なファンというわけではなく、娯楽として盛り上がっているだけのようだが。
話を聞き流していると、話の内容は怪盗お願いチャンネルの新機能とやらについても触れていた。確かあのサイトは三島が立ち上げたとの話だが、これだけ知名度が高まるとは。きっと三島も冥利に尽きる思いだろう。
ぼんやりと学校までの道を歩いていると、学校手前の自販機で見慣れたモサモサ頭を見つけた。背後から蓮に近づくと、こちらを見もせず手を振り「待って」と合図をする。
「……よく気がついたな。そう派手な足跡もしてないはずだが」
「シンの気配はわかりやすいよ」
蓮は炭酸飲料のプルタブを上げながら得意気に言う。
「……そういえば、話しておくことがあった。修学旅行の部屋割りのことなんだが、念の為、知り合いと一緒になっておきたい。組めないか?」
「ああ、いいよ。わかった」
「助かる」
9月1日 放課後 渋谷駅通路
放課後。例の認知世界を使う悪党について、全員で状況を整理したいとの事で集合をかけられた。今日はバイト前のライドウとゴウトにも出張ってもらっている。
秀尽組が通路に着いた頃には、その他の三人と一匹はとっくに集合していたようだ。
「キタ……」
「双葉!一人で来たの?」
「下校の早かった俺が、拾いに行った」
「恩着せがましい、おイナリだ」
「待って。双葉、ライドウさんとは初めてよね」
「さっき挨拶はした。といっても、頷くだけだから一方的にだけどな。私よりしゃべんない奴は初めてだ」
「それよりこの猫!どっかにそうじろうが隠れてるのかと思った。触った感じ電話やレコーダーとか入ってるわけじゃなさそうだし……」
「な。最初はビビるよな。けど、出会った切っ掛けもその声だったんだぜ」
「ほーん。ま、それは後でいいや」
「ともかく、これで全員揃ったな。さて本題だ。これからどうするよ?また大物狙うか?」
「それもそうだが、例の『認知世界の悪党』とやらはどうする?」
「居るのはもう確実でしょう。しかも『廃人化』を引き起こしてる犯人……。放置なんて絶対許されないわ」
「つっても、手がかりねーんじゃなぁ……」
「けどさ!俺達いまメッチャ人気じゃん?学校も怪盗団の話で持ち切りだし、テレビで見ねえ日もねえってくらいだぜ!」
「このビッグウェーブ来た感、ヤバくね?」
「たしかにね。『怪盗お願いチャンネル』もランキングとかスゴい事になってるし」
「これか?」
「おおっ?何だこれ!?1位が……どんどん入れ替わってるっ!?」
「なうで投票されまくってるからな」
「こいつら狙ってきゃ、流石に1回くらい大金も入んだろ!お前だったら何に使うよ、蓮?」
「金目当てでやってるわけじゃないけど……もし手に入ったら、豪遊でしょ」
「いいね、世界中食べ歩き!?」
「双葉はいいの!?お母さんと関係あるのに」
「よくない!そいつは必ずぶっ飛ばす……!」
「廃人化の犯人……!よく考えりゃこれ以上の大物もいねえ。もしコイツを改心させて自白が出れば、俺らマジ、天下取れんぜ?」
「そん時はいっそ正体明かす?モテ期来ちゃうんじゃね、これ!」
「そんな、顔出しとか……!……アリ?」
「そうか、真犯人の自白が出れば、異世界の存在も知れる……。不審に隠れ続ける必要は……」
「ちょっと!目立つ為じゃないのよ!?」
「『正体不明』は怪盗の美学だぜ」
「うむ……浮かれる気持ちはわかる。だが、正体を明かすことだけは絶対に止すべきだ」
「ああ。俺も真とモルガナに賛成だ」
「けど、今でこれなら、実際とんでもねえ騒ぎくるぜ!?」
「金や名声に本気で命をかけれるか?明かした際のリスクについてはしっかり考えておくべきだ」
「お、大袈裟だろ……」
「例えば……俺が異世界を利用して、悪事を働き利益を得ようとしたとしよう。お前たちはどうする?」
「そんなん……ぶん殴って止めに行くに決まってんだろ」
「そうか。もし俺が本気でそうするつもりなら、お前たちは現実で皆殺しにしておく」
「あ……」
「当然今のは例え話だが、お前たちは現実での抵抗手段を持たなかった。故に、異世界での改心という方法を取ったんだろう。もし正体を明かせば、悪事に自覚のある奴らが現実で命を狙ってくる」
「ターゲットがお前たちだけならまだぬるい。家族、友人、知人……どこまで抱えきれる?身の回りの人間が大事なら、匿名性という武器は取っておけ」
「それに、うぬらを追い詰めるのは悪人のみならず。悪党に鉄槌が下されることを期待する大衆もだ」
「え……?どういうこと?」
「悪人共は山ほどいるが、うぬらのやり方では一人を改心させるのにも時間と手間がかかる。その間に被害を被った者共は、その責をうぬらに押し付ける。『もっと早く改心してくれれば』とな」
「なんだそれは?何故俺たちのせいになる?……とは思うが、確かに有り得る話だ」
「うむ。人というのは身勝手なものだ。勝手な期待を寄せ、それが裏切られたと思えば、そっくりそのまま怨みに変わる」
「少し調べたが、怪盗お願いちゃんねるとやらにも瑣末な内容の依頼が数多く来ているだろう。それらもそうだ。『こんなに困っているのに、どうしてやってくれない』とな。そんな言葉も見たことはあるであろう」
「そーな。知名度が上がったのもあってか、ちょぼい依頼もバンバン流れてる」
「……わーったよ。てか、別に本気で言ってたわけじゃねーし」
「どうだか。リュージの事だし」
「うっせ。けど、最低限、改心続けんのを止める気はねーぞ。俺らが止めちまったら、悪党どもが調子に乗っちまう。悪いことできねえように、改心でビビらせとかねえと」
「竜司も意外と考えてたんだな」
「全員いちいちうっせー!お前こそ絵のこと以外考えてねーだろ!」
「一番にやるべきは、廃人化の犯人を突き止めることだな。異世界での活動をする上で、目下最も危険なのはそいつだ」
「その件は、ほんとにアテは何も無いのか?姉のニージマが、確か調べてるんじゃなかったか?」
「そうだけど……根掘り葉掘りは訊けないよ。『首を突っ込むな』って怒られるだけ」
「訊けないなら、データ引っこ抜く?その人、私物のパソコンとかある?」
「まさか……」
「わたし特性の仕掛けが入ったストレージ、貸すよ?ブッ挿せば、内蔵ハードのデータ、丸コピー!OSの垢パスとか関係なし!ただ、本人のパソコンに直接ブッ挿す必要あるけど」
「できそう?」
「お姉ちゃん、ノートパソコンを持ち帰って来る事はあるけど……そこまでするのは……」
「お、またなんか双葉がスゲエ事やんの?」
「姉の本音を見てしまうのが怖いか?」
「そんな事!……ない。……わかった」
9月2日 朝 昇降口前
「……ん?おい蓮、あれ……」
昇降口前の花壇に、見知った人物が二人。奥村さんとシンだ。花壇の世話までしていたのか。聞いた話だと、屋上の菜園だけかと思っていたが。
「おはよう」
「蓮か。おはよう」
「あら、おはよう」
「うっす。集まって何してんだ?」
「竜司。花壇に水をやってたところだ。蓮は偶然通りがかった」
「あっちーのに朝からよくやんなぁ……。そいやさ、電車の広告、見た?」
「見てない」
「私も車だったから」
「ああ、なんだっけ。鴨志田の件で、学校側の隠蔽がどうとか……」
「そうそう!またマスコミが学校、来んだって。『怪盗騒ぎの秀尽学園、校長ら教職員が組織ぐるみの不祥事隠し!』」
「もう、すげえ騒ぎになってんだから。これ校長とか大丈夫なの?」
「退陣に追い込まれるかもな。この学校は私立の割にやけに校長の立場が強かったが、こうも不祥事続きだと流石に理事会も黙ってはいないだろう」
「だよな。ま、鴨志田を庇ってた以上同情はしねえけどよ」
「てかさ、メジエドの一件以来スゴくね!どこも怪盗団の話題で持ち切りだ!」
「坂本くん、怪盗団好きなの?」
「そりゃそーだろ!怪盗団は悪を懲らしめる正義のヒーローだぜ。奥村さんは、怪盗団のことどう思ってんの?」
「かっこいいよね。どうやってるのかはわからないけど、悪者をやっつけて誰かを助けるなんて、ほんとにヒーローみたい」
「だよなだよな!いや〜一体、正体はどこの誰なんだろうな〜!」
「怪盗団にお願いしたら……誰が相手でも助けてくれるのかな」
「春……誰か、改心させて欲しい相手でも?」
「あっ、違うのよ。困ってる人はたくさんいるけど、全員を助けるのは無理でしょう?どうやって選んでるのかな、って思って」
「きっと、明るみに出た時に影響の大きい人物じゃないかな」
そう蓮が告げる。ちょうど昨日の放課後話した事と近しい内容だ。
「影響の、大きい……」
「うん。そしたら、悪いことをしてる人たちは自分も狙われるかもって慎重になるでしょ?」
「そうよね。それならもしかして、怪盗お願いチャンネルにあるランキングとかも見てるのかな……」
「さあ、どうだろう?」
「あっ、もうこんな時間。シン君、屋上の子たちにも水あげないと」
「ああ、急ごう」
二人は荷物を持って、慌ただしく屋上に向かって行った。
「はあ……やっぱ奥村さん、可愛いよな」
「怪盗団、今キテるからさ、誰か誘ったらイケっかなぁ……。実は俺、怪盗なんだけど……って、言えねえトコが、つらいんだよなぁ」
「この前イケなかったばっかりじゃ?」
「俺はもう忘れたの、お前も忘れろ!切り替えが大事!」
9月2日 放課後 昇降口
放課後。時刻は既に十八時も過ぎ、部活動の生徒たちも順次帰宅を始めている。俺は着替えに戻った春を待ちながら、ぼんやりと花壇の花を眺めていた。
朝も夕も手をかけているが、この暑さでは雑草もぐんぐん伸びる。ふと片隅に抜き残しの雑草を見つけ、むしり、と引っこ抜いた。
雑草どもに恨みはないが、せっかく手をかけて世話をした花壇を荒らされるのも不愉快だ。同情はするが邪魔なのが悪い。
他にはないか、花壇を見て回っていると、やがて着替えを終えた春が小走りで駆け寄ってきた。
「お待たせ、暑い中ごめんね」
「気にするな。着替えに戻るのが面倒で、俺が好きで外にいただけだ」
「……ねえ、『怪盗お願いチャンネル』って知ってる?」
帰り道。春は車での通学だが、俺の利用する駅までは着いてくると言う。熱気の中を少し速足で駅まで向かっていたところ、春がそう切り出した。
「ああ、朝話したな」
「うん。シンくんも見たりする?」
「いや、特には。蓮も竜司もよく見ているようだから、話題に挙がることはあるが」
「そっか。その『怪盗お願いチャンネル』に、ランキング機能が追加されたでしょう。少し気になる事があって……」
「オクムラフーズ社長、奥村 邦和のランキング急上昇か」
「……そうなの。もしかしたら、お父様が狙われるかも、って」
「ありえない話じゃない」
「やっぱりそう思う?」
「ああ。最近、オクムラフーズはずいぶん好調らしいじゃないか。それにニュースでも……春の家の事だから記憶に残っていたんだが、どうも仇敵やライバル企業と言われていた相手に、不幸や事故、事件が多い」
「それに気づいたやつらがオクムラフーズの裏工作を疑っている。一部では既にずいぶん盛り上がっているらしい。もしその噂が事実なら、怪盗団が改心を行う理由としては十分だろう」
「春はどう思ってるんだ?」
そう訊ねると、春はうつむき気味に足を止め、眉間に皺を寄せた。
「分からない……分からないの。以前のお父様は仕事には一途だったけれど、優しかった」
「けどここ数年はすっかり様子が変わって……。自身の資産や権力を、なにかに駆られるように追い求めている。大事にしていた会社の評判や従業員の方たちすら犠牲にして、ちっとも目に入っていないみたい」
「お父様が何を考えているのか、どこを目指しているのか……。分からなくなっちゃった」
「もしお父様が改心されたら、昔の優しいお父様が帰ってくるのかな。それとも、今は少し焦ってるだけで、いつか元通りに戻ってくれるのかな」
「その犠牲の中に、春自身も入っているんだな。いつか訊こうと思っていたが、この前海まで迎えに来た男もその関係か」
春からの返事はなかった。姿勢と表情もそのままだったが、どこか思い詰めたような雰囲気だけが伝わってきた。
「俺は、奥村社長のことは何も知らない。今も過去もな。その上で、俺に言えることは一つしかない」
「戦え。不満があるなら、現状を変えたいなら、きっとそれは春にしかできない。そして、俺の知っている春はきっと正しい」
「無理なら逃げたっていい。だが、もし春が戦うというなら、俺はいくらでも手を貸してやる。俺は必ず春の味方をする」
春は少しだけポカンとした顔をして、やがて少し安心したように微笑んだ。
俺から伝えられる事はこれしかない。
かつて、俺はアサクサで見た。自ら戦う意志を持たぬ者達の末路を。そして、それら全て抱え込もうとした者の最期を。
結局のところ自分で動かなければ未来はない。誰かの庇護下で一時凌いでも、流されているだけの奴らはやがて不満を募らせる。自分の意思で選んだ、という自覚が大事なのだ。
「……ありがとう。私、今度お父様としっかり話してみる。私の想いを伝えて、お父様の本音を聴かせてもらう」
「それでもダメだったら……本当に逃げちゃおうかな。誰も私の事知らない場所、いっそ海外にでも」
「海外で一人旅は危険だからやめた方がいい」
「困ったら手伝ってくれるんだよね?言質とったよ?」
「……用心棒として着いてこいと?」
春はそういうと冗談めかして笑った。俺はその光景を見て、春に何か示せただろうか、と、とても嬉しく思った。