9月6日 放課後 メメントス
「よーし、揃ったな。そんじゃ、これから全員丸裸にしてやる」
みんなの戦闘データを集めるため……との事でメメントスに集合した。双葉からの強い要望で、週末ではあるものの、バイト前のライドウにも来てもらっている。
ライドウを拾いに行くのに少し遅れてメメントスに入ると、双葉はパソコンを叩きながら楽しそうに不気味な笑みを浮かべていた。
「ま、丸裸!?フォックス!まだ諦めてなかったの!」
「俺は何も言ってない!」
「あー、比喩だ比喩。てかおイナリはそんな事言ってたのか……。本物だったんだな」
「本気で怯えた顔をするんじゃない!」
「それで、どうするの?」
「普通にシャドウ相手に戦ってくれればいい。データはこっちで勝手にとるから。ただ、ある程度本気で戦ってくれないと上限がわかんないから、そこだけしっかり頼むぞ」
「よし。では依頼をこなしながらといこう」
「う〜っし、これでラストだな。ナビ、どうだ?」
「うん、みんなは十分だ。けど……」
「そこの二人!戦わないとデータが取れない!」
双葉はそう言って、不満気に俺とライドウを指さす。背後のネクロノミコンも双葉の動きに倣い、何本かの触手をビシッと俺たちへ向けた。
「何体かは相手にしただろう」
「全然ダメだ、ダメダメだ!あんな少し小突くだけのを戦いとは呼ばん!」
「そうは言うが、俺たちの比較になるようなシャドウはどの道ここらにいないな」
「ぬぅ……二人でやり合ってくれれば……。いや、この際データは重要じゃない、興味があるだけ。二人共同じぐらい強いんだろ?な!どっちかだけでもいいから!」
ワクワクと目を輝かせる双葉に気圧されつつ、さてどう拒否しようか、と考えていた。確かにカンの鈍りを自覚している。それはこの世界で過ごす時間が長くなるに伴れて、一層増していた。
しかし、今はライドウを相手にするのは避けたい。きっと、やり合えば敵わないだろう。一方的に切り伏せられてもおかしくはない。かつて共に戦い抜いた相手なだけに、今の凋落ぶりを見せるのは躊躇われた。
「相手が俺ならどうだ?」
答えに窮する俺を見て、口を開いたのは蓮だった。
何を考えているのか、見透かされた……のか?どちらにせよ、それは俺にとってはありがたい発言だった。
しかし、それを悟られないように、努めて挑発的に振る舞う。
「お前と?……データが取れるほどの戦いになればいいがな」
「本気でやらせてもらう」
「期待しておく。さっき良さそうな部屋があったな。そこに移ろう」
───────
シンを追って着いたのは……広さは学校の体育館二つ分程だろうか。中心に太い柱があり、複数の宝箱が設置されていた大きな部屋だ。
シンは部屋に着くと、小さく溜息をつき俺から距離を取った。その様子は心做しか観念した、あるいは渋々、といった様に思えた。
薄々感じてはいたが、いつからか、シンはライドウさんのいる場で戦うのを避けている。二人が直接試合う場面はこれまでもなかったが、特訓中にシャドウを露払いするぐらいは何度かあった。最近では、それすら『経験だ』と言って俺たちに投げる始末だ。
口では鈍るだの退屈だのと言うが、いまいち言動がちぐはぐしている。
以前、直接やり合ったら勝てない、と本人が言っていた。それが理由だろうか。だとすれば、随分弱気になった。初めて会った頃は、もっと獰猛な雰囲気だった。割れた硝子の様な冷徹さと痛々しさを放っていて、人間離れした印象だった。
今思えば、よくあれに協力を取り付けに行ったものだ。当時も切羽詰まっていたとはいえ、我ながら何を考えていたのだろう。
この変化をきっとシンは喜ばないだろう。だが、俺たちやライドウさんにとっては……望ましいことのように思える。
「じゃあ始めるぞ。ナビ、ジョーカー、準備はいいな」
「もちろん!」
「どうせなら勝敗をつけようか。鋭い一撃を喰らえばうぬの負けだ、シンよ」
「……それでいい。俺が倒れることはありえない。それなら少しは面白みも出るだろう」
考え事をしている間に、みんなはすっかり遠巻きに俺達を眺めている。思ったより考え込んでいたようだ。急いでどう戦うか考えておかなければ。
俺とシンの実力差は歴然だろう。しかし、以前に比べ俺たちは劇的に強くなっている。シンも、本人の言う通り少しは弱くなっているのだとすれば、案外まともに戦えるかもしれない。
素早さと身のこなしには自信がある。いつも通りであれば、撹乱を仕掛けダメージを蓄積させ、動きの鈍ったところで勝負を仕掛ける。これが俺たちの基本パターンだ。
今回の勝利条件は、強力な一撃を直撃させること。しかし、ダメージの蓄積やスタミナ切れは期待できない。なんなら全力の火力をぶち当ててもピンピンしているだろう。どうすれば隙を作り出せる?
戦闘開始までの僅かな時間では、とてもじゃないがいい作戦は思い浮かばなかった。万全のシンを相手に、意識の隙を突くしかない。果たして、見つけられるだろうか?
「いつでもいい」
「よし。……データの為だ。少しは本気で行くぞ」
「『マハスクカジャ』!」
向こうが構えるのも待たず、パワーを召喚し速度を上げる。一矢報いるつもりなら戦法を選べる相手ではない。ナイフを抜き飛び掛ろうとしたその刹那。
シンが右足を一歩下げたのを知覚したと同時に、突然全てが真っ白になった。そのまま、全身何かがぶつかった感覚。何か飛んできた?いや、どうして俺は壁に張り付いている?
そこまで考えて、ようやく気がつく。これは壁ではなく地面だ。俺は何かを食らって、床を転がったのだと。
平衡感覚もままならないまま、無理矢理に顔を上げる。既に二打目が振り下ろされんとしていた。
「危ない!」
「くっ……!」
誰が叫んだのかも分からない声に反応し、攻撃を逸らそうと無我夢中でナイフを振る。それは振り下ろされる拳の圧に呆気なく弾かれた。咄嗟に胸元を庇った左腕に拳がめり込み、腕の骨が砕けたと思うほどの衝撃で、俺の体はさらに後ずさる。
左のこめかみに遅れてきた痛み。最初にここを殴られたのだと、遅れてようやくわかった。左腕は痛むが動作に支障はなさそうだ。衝撃で麻痺した頭を起こしながら、ダメージを確かめる。シンから視線は外さずに。
やがてシンが動く。一歩地面を蹴ると、気づけば手を伸ばせば触れられる距離にまで迫っていた。攻撃を躱せたのは運が良かっただけだ。直感か反射か、屈んだ頭の上を鋭い蹴りが通り過ぎた。
「オセ!『五月雨斬り』!」
頭上に向け連続の斬り上げ。上半身を仰け反らせ回避されたが、予想済みだ。身体が戻ってくる位置に、本命のナイフを突き出した。しかし、シンの胴体は戻って来ず、後方に倒れ込んでいく。
瞬間、痛みと衝撃。─────サマーソルト!?
顎を思い切りカチ上げられ天井を見上げた。不味い。身体ごと浮きあげられ、地面から離れた足では身動きが取れない。咄嗟に両腕足を畳み体を丸め、追撃の正拳を受け止めながら、俺はゴロゴロと転がった。
ダメージは浅い。ここで怯んだら何も出来ず終わる。そもそも受け身に回って対処出来る相手ではないのだ。
強気な思考を強引に引っ張り出し、戦意を取り戻す。
とにかく手を出さなければ。だが半端な攻撃じゃダメだ。ハッタリや虚仮威しでは意に介さずねじ伏せにくるだろう。どの攻撃が当たっても勝負を着けるつもりで放つ。
「ギリメカラ!『アギダイン』!」
ギリメカラの剣の峰を火球が滑る。俺自身も、火球に追随し低い姿勢で突進し、思い切りナイフを突き上げる。
正面から火球、下からナイフ。更に頭上からは、ギリメカラが剣を両腕で握り、渾身の一撃を振り下ろした。
しかし、そのどれ一つ届かない。
火球は裏拳の一振で霧散した。ナイフは踏みつけにされ地面に深く食い込む。振り下ろされた一撃も、練気の剣を握る片手で軽く受け止められてしまう。
鍔迫り合いの状態ではあるが、思い切り力を込めるギリメカラとは対照的に、シンは涼しい顔だ。
ナイフを踏みつける足を跳ね除けようと試みるも、ビクともしない。ならばいっそとナイフから手を離し、ガラ空きの腹部を思い切り殴りつけた。
「そのガムシャラさは嫌いじゃない」
そういうと、シンは空いた片手を握り込み、ギリメカラに向け真っ直ぐ突く。同時に、ギリメカラの物理反射シールドが形成される。自分の攻撃が反射されれば、多少は怯むんじゃないか?そう思ったのも束の間、その予想はすぐに裏切られた。
シールドは粉砕。拳はギリメカラの腹部に突き刺さり、ダメージは俺にもダイレクトに伝わった。強烈な攻撃に崩れ落ちかけた体を支え、吐き気を堪えながら転がるように距離をとる。
双葉のパレス以降、新たに用意したペルソナも通用しない、か。
足が鉛のように重い。戦闘時間自体は短いものだが、飛んでくる攻撃は全て一撃必倒のものだ。
その緊張感で神経はすり減り、蓄積した疲れやダメージで知覚も反応速度も鈍っている。これ以上回避し続けるのは無理かもしれない。
息を整えていると目の前にナイフが転がってくる。地面に突き立ったままだったのを、シンが蹴って寄越したようだった。
「続けるか?」
「まだ物足りないな。……だが、正直勝ち目は見当たらない。だから、次の一撃で最後だ。今出せる最大の攻撃で行く。もちろん、受け止めてくれるんだろう?」
「面白い」
シンは軽く足を開いただけの姿勢を崩さない。しかし、ただリラックスしているわけではない。ゆったりとしているように見えつつ、力みはなく、どこからでも対処出来るように警戒しているのだ。
「ヘカトンケイル!『チャージ』、『リベリオン』、『タルカジャ』!」
補助魔法を重ねる。シンはただじっと、俺の準備が整うのを待っている。
扱うペルソナに寄っては、俺自身の気分も引っ張られ多少問題が出てきたりもする。ヘカトンケイルもその一つだ。力を解放したい、なにかにぶつけたいという衝動に支配されそうになる。普段は抑え込むそれを、今は存分に解放しよう。がっかりはさせない。見せつけてやる。
「『ガトリングブロー』!」
ヘカトンケイルがゆっくりと動き始める。右拳を出す。引いて、左。何に当てるでもなく、機関車のようにじっくり、ゆっくりとした加速。半ば暴走気味なその力が臨界に達した時、とうとうその力が標的に牙を向いた。
シンは体を落として頭を伏せ、両腕を顔の前で交差させた。その身一つで拳を受け止め続ける。まだ嵐は止まない。
一撃一撃が鉄板もひしゃげさせる威力だ。大型車でもバラバラにする自信がある。防御の姿勢をとったところからも、当たりさえすれば通用する威力のはず。
たっぷり十秒ほどだろうか。半ば暴走気味に攻撃を続けたヘカトンケイルは、雄叫びをあげながらトドメに特大のアームハンマーを叩きつけた。
これだけ叩き込めば、或いは。
そんな希望を抱くと同時に、防御の姿勢のシンが、ガクリと前のめりになった。驚いている俺を他所に、前のめりのままどんどんと腰が下がっていく。
まさか、本当に通用した?
そこまで考えた瞬間だった。シンの姿が視界から消え、次に気づけば俺の懐の中、数センチの距離まで突っ込んでいるのが見えた。
疲れきった中で、感覚だけが研ぎ澄まされ時間が止まったかのようだった。見えてはいる。が、既に回避する体力は残っていない。
右腕を畳み胸をガードする。しかし、自分の動きすら重りをぶら下げたように、水の中でもがくようにゆっくりだ。
その間にシンの身体は更に深く沈みこむ。何とか動かした腕よりも更に低く俺のガードをすり抜けると、抉り込むような衝撃が身体を突き抜けた。
効いていたわけじゃなかった。あの姿勢は溜めだったんだ。余りにも単純な、そして純粋な『突撃』。
既に膝はくず折れ、眼前には地面が迫っている。何を喰らったのかを理解するまでを限界に、俺は意識を手放した。
「データはどうだ」
「バッチシ、ありがとう!……けど、まだまだ本気じゃないんだろ?上限は全然見えない」
「それなりだ」
「……にしても、ジョーカーはシャドウ共を相手にしてた時よりずっと高い実力を発揮してる。テンション次第で強くなるのは予想してたけど、予想以上だ。こりゃ〜みんなの数値も補正しとかないとな〜」
「それに最後の一撃……。受ける瞬間、お前の出力が急上昇したな。ちょっとヒヤッとしたんじゃないか?」
「ああ。驚いたさ」
双葉は「さっすがリーダーだな!」と得意気だ。
俺も、蓮の実力については純粋に驚かされていた。蓮はどちらかといえば、手数やスピードを活かした撹乱、対応力を軸に戦闘を組み立てるタイプ。どんな役割でも担える万能型ではあったが、火力に関しては少し器用貧乏、というのがこれまでの印象だった。
だが、今の戦闘の後ではとてもそんな感想は出てこない。どの攻撃も、当たれば決め手になりうる威力だった。最後の攻撃は、半端な防御なら上から叩き潰す強引さを持っている。
確かに準備に時間はかかる。だがあいつらはチームだ。誰かが時間を稼ぐこともできるし、敵の意識が蓮に集中すれば、竜司や祐介、魔法なら杏が攻撃役にバトンタッチしてもいい。逆も然りだ。
シャドウ、または悪魔であっても、そこらの雑魚では最早相手にならないだろう。
全ての戦いを把握している訳じゃないが、夏休みの前とは別人のように強くなった。もしかしたら、この伸びにこそ俺の求めるもの、奴の言っていた『更なる力』を手にする切っ掛けがあるのかもしれない。
「どうしたの?いつもに増して眉間にシワがよってるわよ」
「なんでもない。明日からの修学旅行について考えていただけだ」