ペルソナ5 混沌の反逆者   作:結露

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40.修学旅行 後編

 

9月9日 深夜 ホテル

 

消灯時間もとうに過ぎ、既に零時も通り過ぎた深夜。俺と杏がそれぞれのベッド、竜司がソファー。シンはベッド脇の椅子に深く背中を預け、天井を見上げている。

身体は疲れているものの、昼間の興奮冷めやらぬまま頭はやけに冴えている。それはみんなも同じなようで横になったまま寝付こうとしない。ゆっくりと夜が更けていく中、ポツポツと雑談を繰り返していた。

 

 

「修学旅行か……。志帆、楽しみにしてたな……」

 

「お前……」

 

「……ゴメン。なんか暗くなっちゃって。でも、あれからもう半年近く経つんだっけ?何か不思議だね」

 

「学校の騒がせ者が、今や世界だぜ?信じらんねえよな」

 

「でもさ、私たち、まだお互いのこと知らないと思わない?」

 

「ほら、たとえばどういう子が好みとか……。竜司、ぶっちゃけどうなの?」

 

「俺!?えっと、そうだなー……。やっぱ性格だろ。おしとやかで優しい子なら誰でも……」

 

「じゃあ、同じぐらい性格の良い子が二人同時に告白してきたら、どうする?」

 

「同じぐらい優しいんだろ?じゃあ、スタイルの良い方」

 

「要はスタイルが第一、ね」

 

「えっ!?」

 

「先に答えたのは建前でしょ。本音は二言目。ふーん、やっぱ竜司ってそういうヤツ……」

 

「今のズリィ!」

 

「蓮はどう?ぶっちゃけ、どういう子がタイプ?」

 

「かわいい後輩」

 

「お前そんな知り合いいたのかよ。羨ましいヤツ……」

 

「ふーん、後輩か……。シンは?」

 

「考えたことがない。必要も薄い」

 

「逃げんなよー。じっくり考えてみろって。見た目とか、性格とかあんだろ?」

 

「そうだな……。……なら、強かなヤツがいい」

 

「強か?」

 

「ああ。理想を言えば、俺より強いと最高だ」

 

「そうそういねーよ……」

 

「だろうな。だから、その分他が優秀な相手だと助かる」

 

「具体的には?」

 

「頭脳と度胸、状況を打開できる術を持っていて、それを冷静に実行出来る。……要は、搦手なり回復なり、俺がいない間死なずに時間を稼げるやつだ」

 

「殴り合いなら俺がすればいい。俺に出来ないことが出来るのが優先条件だ」

 

「バトルの話じゃねーか!」

 

「今はそれ以外求めるものがない」

 

「結局逃げたなこいつ……」

 

「お眼鏡に適う相手はいた?」

 

「ああ。ずっと共に戦った、優秀で心強い仲魔だった。しばらく会えていないが、元気でやっているといいが」

 

 

シンはそれ以上語ろうとはしない。昔の仲間か。一体どんな人物、あるいは悪魔だったのだろうか。

脳内でおどろおどろしいイメージが固まり始めたころ、シンは不意に椅子を持ってベランダへ出ていってしまった。

 

 

「ふわ……いい加減寝っかあ……。んじゃ、おやすみ」

 

「あたしも……。おやすみ」

 

 

部屋にはすぐに寝息が立ち始めた。俺も目を閉じ、呼吸を深めリラックスに努める。……が、眠れない。一瞬、眠りに落ちた感覚があったがすぐに目が覚めてしまい、時計を見るとまだ三十分しか経過していなかった。

 

そのまましばらく、入眠の兆しもないまま体勢を変え続ける。ベッドの上をゴロゴロと転がり最適な姿勢を探す。毛布の被る位置を広げたり狭めたり、丸めて抱きついてみたり、色々試してみたが成果はちっとも得られない。

 

とうとう入眠を諦めた俺は、むくりと身体を起こした。寝付きの良さには自信があったのだが、たまにはこんな日もあるだろう。

冷蔵庫から出した水を一口含むと、ベッドに腰掛ける。月明かりに照らされてカーテンに映る影に、何をしているのか少し興味が湧いた。

窓を開け、風に靡くカーテンを割ってベランダに出る。シンに反応はない。見ると、目を瞑りガックリと天井を見上げている。膝の上には分厚い本が大きく開かれたままだった。

 

 

「……シン?」

 

 

返事はない。一体どうしたというのだろう?

 

一瞬不審に思えたが、よく考えてみればただ寝ているだけだ。珍しい。これまで寝ているところを見たことがなかったので、何事かと思ってしまった。以前本人から、食事も睡眠も、最悪酸素も必要ないと聞いていたので余計にだ。

たまの睡眠を邪魔するのも忍びない。これ以上声はかけず、しばらく風に当たるだけにしよう。

 

 

十分ほど経った頃だった。シンが静かに瞳を開け、首を痛めそうな姿勢からゆっくりと頭を上げた。数度、目をしばたかせ、俺を見て不思議そうな顔をする。

 

 

「……どうした。目が覚めたのか」

 

「そ」

 

「いつの間に出てきたんだ?窓を開ける音すらしなかった」

 

「いつの間にって……。シンが寝てる間にだよ」

 

「……寝ていた?俺がか?」

 

「寝てるようにしか見えなかったけど……。もう十分以上ここにいるし。眠いときはちゃんと寝ないと身体に悪いよ」

 

「そういう訳じゃないが……」

 

 

そう答えると、シンはスマホで時間を確認する。寝落ちというやつか。

 

 

「で、なにか用か?」

 

「寝付けなくてね。転がってても眠れないから、気分転換に。……それ、図鑑?」

 

「この前プラネタリウムに行って以来、少し興味が湧いてな。調べながら見ていた。日本語の図鑑だ。読むか?」

 

 

図鑑を受け取り、表紙を眺める。地域毎に見える星がまとめられているようだ。目次を見て『ハワイからの星空』という単元の書かれたページを開いた。

鮮明な写真と共に、星に関連する神話の小漫画や星の名前が並んでいる。星座といえば有名な十二星座しか知らなかったが、それ以外にも色々とあるらしく、馴染みのない名前が記されていた。

 

ざっくり目を通したあと、本を閉じぐるりと辺りを見渡す。

眼前に広がるのは、閑散としたビーチに波間煌めく大海原。静けさを深めた街に代わり、輝きを増した星々。美しかった。寝逃した今に思わず感謝する程、印象的な光景だった。

 

視線を吸い込まれていると、隣からシャッターを切る音。気付けば横に立つシンが写真を撮ったようだ。俺もスマホを構えたが、どうやらカメラのスペックが足りない。荒く滲んだ景色に少し落胆しながら、俺はスマホをしまった。

 

 

「見せて」

 

「ほら」

 

「うわ……スマホでこんな綺麗に撮れるの?」

 

「最新式らしい。カメラもスピーカーも携帯には勿体ないぐらいのハイスペックだ。正直持て余していたが、活用できたな」

 

「わざわざ高いのにしたんだ?」

 

「俺が用意した物じゃない」

 

 

ルイか。口には出さないがそう思い当たった。確かに、以前のコーヒーの支払いや不遜な態度を見ても、羽振りがよく金額に頓着のないところは納得だ。

 

 

「お前に聞こうと思っていた事がある」

 

 

シンは椅子に座り直すと、唐突に質問を投げかけてきた。

 

 

「急に何?」

 

「お前たちがこの先も戦う理由はなんだ?」

 

「『自分の人生を生きていく為』……そう言っていたな。実際これまではそうだった。メジエドの件も、双葉の事情を知ってしまえば見捨てることは出来なかっただろう」

 

「だが、今は差し迫った事情がある訳じゃない。黒い仮面の男を探ったところで勝てる保証もない。ならいっそ、正体が露見する前に……」

 

「この先も戦い続ける程の理由があるのか?どれだけ万全を期そうが、引き際を見誤り戦い続けた先に待つのは『死』のみだ」

 

「……なんだかんだ上手くやってきたことで、気が緩んでやしないか?死と隣り合わせということを実感してるか?俺は……」

 

 

そこまで言葉を並べて、長い沈黙。その言葉はいつも通り冷静なようで、どこか焦りが滲んでいた。途中から思いつくまま話していたのだろう。続けて何かを言おうと口を開くも、次の句は中々出てこない。

 

 

「俺は……俺はな。お前たちには死んで欲しくない。傷つくことなく生きていけるならそうして欲しい」

 

 

こぼれ落ちた、という表現がぴったりだった。本人も思わず口に手を当て、軽く目を見開いた。

しかし、その言葉に本人も納得したらしい。落ち着きを取り戻し、じっと俺の答えを待つ。

 

少し意外だった。シンはこれまで口ではどう言おうと─少なくとも仲を深めてからは─俺たちの身を案じてくれていることは伝わってきた。しかし、本人の主義か、それをはっきり言葉にすることも、直接『シゴト』に手を貸すこともなかった。

 

そこから不意にこぼれた言葉。きっと紛れもない本音に、俺はどう返すべきか。

今必要なのは納得させる為の言葉じゃない。俺たちの信念を、そう簡単にくたばってたまるかという思いを、信じさせる為の言葉だ。

 

 

「……それでもだ。言う通り、最初は自分たちの為に始めた事。俺たちは特別な力を得た」

 

「けど、今も理不尽に苦しんでいる人達は、それがなかった俺たちの姿だ。だから手を貸してやりたい。抗うための勇気を思い出して欲しい」

 

「もう見て見ぬフリをして生きるのは辞めたんだ。それに結局、これまでもこれからも、全部自分たちの戦いだ。ありのままの人生を、ありのままの世界で生きるために」

 

「……筋金入りだ、お前は」

 

「どうも」

 

 

シンは驚いたような顔をする。しかしすぐに、呆れたように笑った。

 

 

「元より、俺に止める権利はない。お前たちの成長も知ってる。だが、満足できる死に方は考えておいた方がいいな」

 

「冗談じゃない。……俺からも、ひとつ聞いていい?」

 

「なんだ」

 

「シンにとって、強さって何?」

 

「今更お前がそれを訊くのか?」

 

 

シンは再び呆気に取られた表情をした。

 

 

「強さとは自由だ。これまでの戦いの中で、散々実感してきたはずだ」

 

「自由……」

 

「自由はただある訳でも、与えられるものでもない。自ら選んで掴み取るものだ。お前が今言ったようにな」

 

「俺は逃しはしない。掴み取ってみせる」

 

 

シンはそう言い切った。自分自身に言い聞かせるようだった。

語り口を聴くに、自身が自由であるとは思っていないのか。自由とは何からの自由だ?

現状望むように過ごし、阻むものなど何もないように見える。それでも、今を自由と呼べないのか?

 

 

「……いい加減寝た方がいいんじゃないか。もう三時を回るぞ」

 

 

 

そう言われスマホの画面をのぞき込む。言う通り、あと数分で三時になろうとしていた。自由時間に寝ててもいいとはいえ、それはあまりにもったいない。話をしているうちに、少し気分も落ち着いてきている。寝付くにはいい頃合いだろう。

 

 

「もうこんな時間か……。少しでも寝ておく。おやすみ」

 

「ああ。おやすみ」

 

 

 

9月11日 昼間 ホテル前

 

「修学旅行も、ついに終わりね。まさか2度行く事になるとは思わなかった」

 

「ほんとにそうだよね。けど、去年よりずっと楽しかった」

 

「俺は外国来たって感じ、あんまし無かったけどな……」

 

「祐介まで来たしね」

 

「嵐までこっちに来なかったのは幸いだ……」

 

「まあ、写真を撮ったり、楽しいこともそこそこあったわね」

 

「本当に嵐が来なくてよかった。あれはよくない……」

 

「ところでシン……昨日一日どこにいたんだ?朝から見かけなかったけどよ」

 

「観光だ。運良くダイヤモンドヘッドの入場予約が取れたから、朝早くに出て登ってきた。その後は、海の眺めが綺麗だったから少し沖の方を泳いできた」

 

「いいなぁ、綺麗だったでしょ。あ〜あ、ダイビングのツアーでも申し込んでおけば良かったなあ……」

 

「ああ、よかった。南国は海の中までカラフルで、サンゴ礁の合間に熱帯魚がたくさん泳いでた」

 

「その後はビーチのガーリックシュリンプで早めの昼を済ませ、真と春と合流。去年の旅行で行ったという観光スポットをいくつか案内してもらっていた」

 

「うん。有名な像を見たり、博物館に行ったりしてたの」

 

「満喫してんなあ……」

 

「気になったなら見ておかないと悔いが残る。祐介は美術館全部回れたのか?」

 

「残念だがとても周り切れなかった……。少し口惜しいが、目当てのものは観れたから良かろう」

 

「なんかあっという間だったね。帰りたいような、帰りたくないような……」

 

「なあ、帰る前に、みんなで土産、買いに行かねえ?」

 

「賛成〜!」

 

「俺も行こう。金は無いが……」

 

「ちゃんと日本まで帰れるわよね……?」

 

 

 

同日 昼間 土産物屋

 

「モルガナと双葉、なに喜ぶかな?」

 

「定番はチョコレートとかだけど……。双葉は普段から頭使ってそうだし、甘いもの好きかな。モルガナは……どうしよっか?」

 

「わたし、こっちでしか買えないようなキャットフードとかおもちゃとか、探してみるね」

 

「え、ええ……そうね。気に入ってくれるといいけど……」

 

「どうせなら嬉し泣きさせるくらい、いい感じの土産にしたいよな〜」

 

「手分けして探してみるか」

 

 

 

「さて、どれにするか……」

 

 

店内にはいかにもな色合いの土産物が所狭しと並べられていた。このショップ自体は狭くもないが、各棚の余裕の無さがハワイの観光需要を表していた。

選択肢が多すぎる。定番の土産としてはナッツやチョコ、フルーツ類だろうか。生ものはやめておこう。チョコは……溶けはしないだろう、きっと。

目に付いた物から適当にかごに放り込んだ。ライドウ、ゴウト、モルガナ、双葉、マスター……。気付けば結構な量だ。切り上げて会計を済ませてしまおう。

 

レジへ向かう途中、蓮が誰かと話しているのが見えた。鮮やかな赤髪の、ジャージ姿の女子だ。……どこかで見た記憶がある。雑誌か、掲示物か。名前までははっきり思い出せなかった。

蓮の背中を見つめていると、ふとその女子と目が合った。蓮も促され俺に気がつく。

 

 

「シン。お土産は……ずいぶん買ったね」

 

 

蓮はそう言って俺の籠を覗き込み苦笑する。隣の女子も背後から覗き込み、驚いた表情をした。

 

 

「……あ、ジロジロとすみません!私、一年の芳澤です」

 

「芳澤……。ああ、思い出した、新体操の……。この前の大会は惜しかったな。学校の掲示物で見かけた」

 

「……はい。次こそ勝つつもりです!……えっと……間薙先輩、ですよね」

 

「ああ。どこでそれを?」

 

「雨宮先輩から聞きました。聞いてた通りの方だったので……」

 

「……なんて聞いていた?」

 

「ええと、それは……」

 

 

芳澤はちらりと蓮を見た。視線を向けられた蓮はいたずらっぽく笑みをこぼしている。

 

 

「えっと……オオカミみたいだ、と……」

 

「オオカミ……。どういう意味だ?怖いか、俺は」

 

「いえ。雨宮先輩はそういう意味では言ってませんでした。確かに無表情で目付きが悪くて、浮世離れした雰囲気で威圧感がある、とも聞いてましたけど……」

 

「行動を見てると好奇心旺盛で、わかりにくいけど情が深くて、意外とお人好しと……」

 

「おい」

 

 

蓮を睨みつける。人の噂をするならせめて情報は正確に伝えて欲しい。

にこやかに立つ蓮は俺の文句をまったく意に介していないようだった。

 

 

「まったく。蓮、土産は済んだのか?」

 

「何を買うかは決めたよ。……シンこそその豆、ずいぶん高そうだけど。そんなにこだわりあったっけ?」

 

「これか?これはマスターへの土産だ。喫茶店の店主にコーヒー豆もどうかと思ったが、この豆は少し珍しいやつらしい。これなら個人的に楽しんでもらえるだろう」

 

「……ちなみに、お値段は……?」

 

 

芳澤がおずおずと口を開く。

 

 

「確か、円なら五万ぐらいだ。少し高いが土産なら惜しくないだろう」

 

「五万っ……!?」

 

「……そこまで高いと受け取り辛いと思う」

 

「浮世離れしてるっていうの、よくわかりました……」

 

 

 

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