5月21日 放課後 セントラル街
昨日セントラル街で蓮たちと会った時、察するに異世界帰りの様だった。しかし、俺はブチ公前以外から異世界に入れた試しがない。他にも、俺の知らない異世界に通じる入口があるのだろう。最奥の壁を開くには、もしかするとそっちからアクションを起こさなければならない可能性がある。
放課後、蓮たちは少し気構えている雰囲気だった。恐らく今日も異世界へ向かうのだろう。俺は魔力の気配は察知できるが、離れていたり隠されていると気づけない。今日は、あいつらを尾行して異世界の入口を突き止めるつもりだ。
「渋谷で降りてセントラル街へ……」
…………学校からずっと気になっていたが、明らかに蓮を尾けている女子生徒がいる。顔を漫画雑誌で隠して、制服のままフラフラと追っかけている姿は逆に目立っていた。
あの様子では確実にそのうちバレるな。いや、もうバレてるかも……。そうなると、その少し後ろにいる俺に気づく可能性もある。ここしばらくでわかったが、蓮はかなり勘が鋭そうだ。
しかたない……。
「おい」
「きゃっ!……あ、あら、秀尽生ね。私に何か用かしら?」
「その下手くそな尾行をやめてくれ。俺まで見つかる」
「な、何の事かしら?尾行なんて……。……あ、見失っちゃった……」
「してるじゃないか」
「貴方と私は関係ないでしょ。こっちだってやりたくてやってる訳じゃないのよ。……貴方、見ない顔ね。何組の生徒?」
「2-Dだ」
「2-D……。ああ……貴方がもう一人の転校生。随分成績がいいみたいね。後輩が噂してたわよ、順位を落とされたって」
「そうか。勉強は好きだが成績には特に興味はない。好きに抜いてくれていいと伝えてくれ」
「貴方ね……。いえ、ごめんなさい。貴方には何も落ち度はないわ。……勉強、好きなの?」
「勉強が好き……。いや、改めて考えると、あまりそれ自体が好きなわけじゃないな。どちらかというと、本を読んだり映画を見る方が好きだ。だが、勉強はその助けになる」
「へえ……どんな風に?」
「単純に他言語の作品を読めるだけでも意味がある。興味深い内容でも未翻訳の作品も多い。それに学術的な要素や教訓話やら、書かれた当時や作中の歴史背景、時事ネタなんかも把握しているといっそう楽しめる」
「……俺は関連のない作品同士に通ずる思想や哲学、抱いた感情に触れるのが好きだ。時代や場所も違う作者達が似たようなモチーフや悩みを抱え、それに対してどんなアプローチをするのか……どんな答えを出すのかを知りたい」
「作者の思想やらは作中の登場人物にも強く表れるだろう。……振り返ってみれば、俺の好きな作品は登場人物が混迷とした感情を抱いているものばかりだ。きっとそれらも作者の一部を切り取ったもので、作者はキャラクターを自分の代替として自分との対話をしている……と感じた作品もあった」
「もちろん作品を何本か読んだ程度で、作者の全てを理解するなんてことは不可能だ。だが、確かにこんな事を考えた人間がいたのだと実感できる、それが好きなんだ」
「……退屈な話だったか?」
「ううん、面白かった」
「ならいい。……待て、元々何をしていたんだったか……」
「何の……あっ、尾行!」
そうだ、しまった。俺もついつられて話を続けていた。今更探しても、もう蓮たちは見つけられないだろう。
「元はと言えば、貴方が話しかけてきたせいよね?……尾行、手伝ってもらうわよ」
「何だと」
「どうせ貴方も尾けてたんだからいいじゃない。何のためにつけてたのか知らないけど、ひとまず目的は一致してるでしょ?」
「それはそうだが……。断る」
誰かが居ると、異世界への入口を見つけてもそのまま乗り込むことが出来ない。しかも、蓮たちが異世界に入るところを目撃されると、一人で異世界に迷い込む可能性もある。
……ここは断るしかない。
「駄目?そう……。それじゃ、代わりに生徒会の仕事手伝ってくれない丁度人手も足りなくて忙しいし、正式な役職はなくても一人ぐらい頼んでみるから。貴方なら成績も問題はなさそうだし、内申も有利よ?」
「生徒会だったのか。だが、それも断る。生徒会活動に時間を割く気にならない。今のところ進学する気もないから内申もどうでもいい」
「そ、そう……。でも、たまに話をするぐらいならいいでしょう?おすすめの映画とか本の……」
「それも……」
『君ならすぐ友達も出来るよ。もっと周りの人に目を向けてみてもいいんじゃないかな』
『前向きに検討しておこう』
ふと、丸喜との会話が頭をよぎった。特に友達が必要だとも思っていないが……これは約束に入るだろうか?
「…………」
「どうかしら……?」
「……たまに、なら」
そう告げると、彼女の顔はぱっと明るくなった。
「よかった……!これで私たち、友達ね?私は新島 真。一応、秀尽の生徒会長。だけど、特別な事は何もないから普通に話しかけて」
「俺は間薙 シンだ。普段は大抵どこかで本を読んでる。時間はあるから見かけたら好きに声をかけろ」
「ありがとう。じゃ、日も暮れてきたし今日はもう帰りましょう」
真と話しながら駅へ向かっていると、ジムのある路地裏から男の怒声と悲鳴が聞こえてきた。覗き込むと、一人の秀尽生が柄の悪い男に絡まれているようだ。
「大変……!助けないと!」
真は二人に割って入りに行ってしまった。放っておいてもいいと思うが、とにかく俺も追いかけよう。
「このクソガキ!ビデオ一台壊したぐらいでバイト辞めれると思ってんじゃねえだろうな!?動画は別に保存してあんだよ!」
「ちょっと!やめないと警察呼ぶわよ!その手を離しなさい!」
真は、男子生徒の胸倉を掴む男の手を弾いた。しかし、男は狼狽えない。男子生徒を睨みながら、むしろ冷静になって話を続けた。
「いいよ、警察呼んでもらっても。なあ?お前もその方がいいか?」
「か、会長……やめて、下さい……。警察は不味いんです……」
「なっ……何言ってるのよ!?」
「ほら、会長さん。彼の為にも通報はやめとこうよ。ああ、でも俺、会長さんに叩かれた手、痛かったなぁ〜」
「ちょっ……と!離しなさい!」
男が真の左手を掴む。男子生徒は逃げ出してしまった。このままだとどうなるかは、火を見るより明らかだ。穏便に済むなら見ているだけのつもりだったが、そろそろ止めないと危険だろう。
俺は横から真を掴む男の左手首を握り、徐々に力を込めていく。男は俺の行動に激昂した。
「いっ……てぇな!離せコラ!」
男は空いた右拳で殴りかかってきた。受け止めた拳は逃がさない。男は骨が軋む痛みでようやく真の腕を離したが、もう遅い。少し痛い目をみてもらおう。
男は痛みに蹲りながら罵声を浴びせてくるが、腕は離さない。さらに力を込める。
右拳より先に、左手首から二回骨が砕ける音がした。男は悲鳴をあげ、涙を流し始めたが、こういう輩はもう少し詰めておかないとあとが面倒だ。
左手を離し、地面に落ちた掌と指の骨も踏み折っておく。
「二度と物を握れないようにしてやろうか?」
「や、やめて……許して……」
「ちょっと、いくらなんでも……!」
「最初に首を突っ込んだのは真だ。後腐れがないように始末をつける。嫌なら向こうへ行け」
続けて右拳の骨を余すところなく丹念に揉み砕く。男は微かに嘔吐くが、もう悲鳴をあげる気力もないようだ。
力を無くし男の顎はたれさがっている。砕いておこう。余計な事を話せないように。
両腕をぶら下げた男の顎に、膝をぶちかました。防ぐ事も出来なかった男は、歯を何本か飛ばしながら後ろに少し跳ね転がった。もう男は動かない。
誰かが来ないかは常に警戒していたので、人に見られる心配もない。これで何も問題は無い。
「これでいい。……帰ろう」
ブチ公前
真を送りに駅まで来た。あれからここに来るまでの間、真は俯いて何も話さない。何かを考えながらどこか怯えた顔をしている。駅に着いても真が動く気配はなかった。
「真、どうした?とっくに駅に着いてる」
「うん……。あの、ね……?怒らないで聞いてくれるかしら……」
「何だ」
「貴方が私の事を考えてやってくれたのは、理解してるつもり。けど……やっぱり、いくらなんでもやりすぎよ。あれじゃ完全に傷害罪……どころか、もし打ち所が悪ければ……。怪我で済むなら私は黙っていてあげるけど、誰かに見られてたり、警察に駆け込まれでもしたらどうするつもり?」
「そうならないようにあそこまでしたんだ。加減も計算した。周囲にもちゃんと気を配っていた。見られた心配はない」
「いや……ごめん、違うの、そういう問題じゃなくて……」
「どういう問題だ?」
「……本当に、わからない?……あの男と会ってから、最初と全然様子が違う。まるで別人になったみたいに。……正直、今の貴方が凄く怖い」
「……俺が怖い?……わからない。俺は正しかった筈だ。安全に、問題に対処した。俺が……。……」
「……ねえ、大丈夫?」
「そうか……。……ごめん」
俺は逃げた。真は追ってこなかった。身体が熱い。何か選択を間違えた?大丈夫だ。また忘れてしまえばいい。何を?俺は、何を……。