5月23日 夜 ブチ公前
「先に言っておくが……俺はお前たちがパレスに潜入するのには同行しない」
現実世界に帰還し、異世界について粗方の説明を終えたあと。シンはそう告げた。
「なんでだよ。協力すんじゃなかったのか?」
「俺に頼るしか能がないなら、今すぐ解散するんだな。俺はそんな奴らに手を貸すつもりは無い」
「お前たちがそうじゃないのはさっき確かめた。だが、まだまだ力が足りないのも事実。だから、俺はお前たちが強くなる為に力を貸してやる。その力で何をするかは好きにすればいい」
「具体的には、どうするの?」
「そうだな……。攻撃の躱し方、防ぎ方、当て方の基本動作。戦闘中意識しておく部分。近距離での効果的な駆け引きなど、技術的な事なら教える」
「だがその前に、まず総合的なレベルが低すぎる。これは経験を積むしかないが、日々の戦闘も意識してこなせば多少は身につくのも早いだろう」
「お前たちの成長次第で、それぞれに合ったスキルも教えてやれる。習得できるかは努力次第だがな」
「ふふ、腕が鳴るな」
「あまり大人数だと一度には無理だ。俺の体は一つしかない。……今日はもう遅い。連絡してくれれば時間は空けておくから、今夜はもう帰るぞ」
「うん。よろしくね、シン」
「ああ、取引だからな。今後ともよろしく、だ」
5月27日 放課後 屋上
放課後。授業を終えた俺はすっかり日課になった屋上での読書をしていた。当然荷物運びの手伝いを終えた後でだ。春は黙って土いじりをしていたが一段落ついたようで、椅子に座る俺に声をかける。
「ねえ、清掃活動の班分け、もう見た?」
「いや、まだだ。……春とは学年が違うのが残念だな。行事で別になる」
「ところが……。じゃーん!」
春はプリントを広げる。春の班のメンバー欄のようだ。
メンバーは……。
班長 新島 真
間薙 シン 奥村 春 三島 由輝
……全員顔見知りで揃うとは。こんな偶然もあるものだ。……三島の事は……よく知らないが。
「今年は縦割りになったんだって。これだけ生徒がいてシンくんと一緒の班なの、凄いでしょ?仕組まれたみたい」
「シンくんと一緒でよかった。私、友達も少ないから心細かったの」
「俺も春と一緒で良かったと思う。知らない相手だと面倒だ」
「こうなると、楽しくなってきちゃうね。……そうだ。確か昼過ぎで終わりだった筈だから、ご飯でも食べに行こうか。……この前、急に都合悪くなっちゃったし」
「いいな。楽しみにしてる」
5月30日 午前 井の頭公園
ゴミ拾い当日。知った顔しかいないと思えば、特に嫌な事はない。
……少し早く来すぎたか?生徒はまだまばらにしか居らず、普段の静けさが残っている。陽光を返し輝く水面が綺麗だ。
春は、今日は車で来ると言っていた。……どうやらまだ来ていないようだ。
「おはよう」
不意に背後から声をかけられた。澄んだ空気に浸っていたら、うっかり近寄られた事に気づかなかった。
振り向くと、大きな寸胴鍋を引きずったジャージ姿の真がいる。
「おはよう。随分早いな」
「運営側はそれなりに準備もあるから。今日、同じ班だったわよね。よかったわ、目の届くところにいてくれて。……ところで、この前の……あれから聞いてなかったけど、あの後大丈夫だったの?ほら、報復とか……」
「変な言い方だな。……この前?尾行の話か?俺は気づかれてない。報復をされるような間柄でもないしな」
「違うわよ、この前の男の。……ねぇ、まさか本気で覚えてないっていうつもり?」
「……悪いが思い出せない。もしかして、本の話か?どのタイトルだ?」
「…………そう。それなら思い違いね。気にしないで。そんなことより、暇なら少し手伝って。この鍋、結構重いのよ」
露骨に話を逸らされた。何だか妙な感じだ。……とりあえず、手伝えと言うなら手伝おう。
「おはよう、シンくん」
「春か。おはよう」
「随分、大きな鍋ね。先生たちのお手伝い?」
「そんなようなものだ。丸喜が豚汁を作るらしい」
「豚汁かぁ。今日は少し肌寒いから、嬉しいね」
「昼はどうする。何処か行きたい場所があるなら付き合うぞ」
「それなんだけど、ちょっと考えてる事があるの。楽しみにしててね」
清掃活動中……
「……改めて見るとゴミだらけなのね。綺麗な公園なのに、酷い……」
「水質も悪い。色んなゴミが流れ込んで、すっかり濁ってる。都会の悪い面だな」
「今日で少しでも綺麗になればいいけど……」
「そうだな。全部拾い切るのは無理でも、見えるゴミが減ればポイ捨てもしにくくなる。これだけ人数がいれば、多少変わるだろう」
「割れ窓理論ってやつね。私たちが率先して頑張れば、周りも動いてくれるわ」
「流石真、知ってたか」
「有名な話じゃない」
「知らなかった……。もしかして、それもある種の改心だね!?人類、皆怪盗団!」
「…ごめん、ちょっと言ってること、わからない…」
「……そろそろ時間ね。行ってくるわ」
『時間です。皆さん、お疲れ様でした。各班の班長は人数分の豚汁を取りに来てください』
拡声器で放送したあと、真は使い捨ての器を四つ盆に乗せて帰ってきた。湯気と共に、味噌のいい香りが公園のあちこちに広がる。
「お疲れ様。これ、豚汁。器は向こうに捨てる場所があるから。心配はしてないけど、間違ってもポイ捨てなんてしないでよ」
「ああ。生徒会は仕事が多くて大変そうだ」
「しかたないわね。こういう行事の仕事があるのは、最初からわかってて立候補したんだし。それで……ねえ、私午後も片付けがあって弁当持参なんだけど、もし良かったら……」
「ありがたい誘いだが、弁当は持ってきていない」
「そうだと思って……。はい、これ」
「これは……?」
「見て分からないの?お弁当よ。一緒に食べない?もちろん、自分の分は別にあるから」
真は少し古い無骨な弁当箱を差し出した。男家族のものだろうか。
……困った。この後は春と食べに行く約束がある。断るのも気が引けるが、持って帰って後で食べようか……。
返答に困っていると、着替えて普段着になった春が戻ってきた。
「お待たせ。先に着替えてきちゃった」
「おかえり。春、この後の事なんだが……」
「そうそう、実はね……」
「はい、これ。天気も良かったから、ここで食べたくてお弁当作ってきたの。……迷惑じゃなかったかな」
春は鞄から大きな包みを取り出した。中身は弁当箱……というか、重箱だ。
春は、ここでようやく真が手に持った物に気づいたようで、視線を真の手元へ向ける。
「それ、お弁当?そっか、新島さんも……」
「ただいま。拾ったゴミ、まとめて捨ててきたよ。……あれ?みんな弁当?じゃあ少し待っててよ。俺の分、近くのコンビニで買ってくるから」
「あ、三島くん。豚汁貰ったら各自自由解散らしいよ。私たちはここで食べるから、お疲れ様」
「そうなんですか。じゃあ、僕も一緒に……」
「ゴミ捨て、行ってくれてありがとう。お疲れ様」
「…………はい、お疲れ様でした……」
春に押し切られて、三島はすごすごと竜司たちへ混じりに行った。
「さて、それじゃお弁当食べよっか」
「……あなた達二人で食べる予定だったのね。私も一緒でいいの?」
「うん。せっかく作ってきたんでしょう?みんなで食べた方が美味しいよ」
「三島は……いや、何でもない。春もこう言ってる。一緒に食べよう」
「……美味い。すごい。真、これは自分で作ったのか?」
「そうよ。私の家、家族は仕事で忙しいから、普段から自分で用意してるの。毎日やってれば嫌でも上手くなるわ」
「とはいえ、自炊は手間がかかるだろう。勉強と生徒会だけでも忙しいのに、よくそんなスケジュールをこなせるな。無理して身体を壊すなよ」
「ほんとに凄いね。この前のテストだって、相当いい順位だったでしょう」
「奥村さんだって成績はいい方じゃないの。それに、私は生徒会長、見本になる立場だもの。不甲斐ない成績だと、他の生徒に示しがつかないわ。……奥村さんも、良ければ食べて」
「いただきます。……わぁ、とっても美味しい!」
真の弁当はお手本のようによく出来た弁当だった。彩りも栄養も考慮されていて、しかも食べやすいバランスですいすい口に入っていく。
味は当然ながら、文句の付けようがない。
「何だか、私のお弁当見せるのが恥ずかしくなっちゃった。私のも、食べてくれる?」
「当たり前だ。作ってきて貰った物だ、食べたいに決まってる」
春の弁当は……野菜中心に作られた三段弁当だった。俺が食べる量に合わせて作ってきてくれたんだろう。メニューが豊富で、どれから手を付けようか楽しみになってしまう。
「……入ってるのは全て季節の食材だな。これだけ揃えると、大分高くついたんじゃないか」
「ううん。実はね、使ってるお野菜は全部私が育てたの。だから、量の割にお金は全然かかってないよ」
「これが全部手作りなのか?凄くよく育ってる。美味い。屋上にない野菜もあるが、これはどうした?」
「お料理は小さい頃から習ってるの。お野菜は、家に温室があるんだ。そこで旬の野菜は育ててるから。……といっても、店で売ってる物に比べれば味も形も悪いけど……」
「そうじゃない。俺が美味いと思ったのは、野菜の味を活かした調味と工夫を、全ての料理で感じられる点だ」
「素人が手作りした野菜は、売り物に比べるとどうしても味に癖が出る。それをここまで上手く調理するとは……。作った野菜に余程の愛情がないと出来る事じゃない」
「確かに、育てるのにも長い時間と手間がかかるものよね。生半可や気持ちで育てられるものじゃないわ」
「そんな……。私は好きでやってる事だから」
「俺は、それは凄い事だと思う」
「ありがとう。新島さんも、お返しにどうぞ。たっくさん作ってきたから」
「ええ、いただくわ。……美味しい!何だか気が引き締まる味ね」
「二人とも、ご馳走様」
「お粗末様」
「食べられない物とかなくてよかった。まさか、全部食べちゃうなんて!」
「ほんとよね。どんな胃袋してるのかしら」
「作ってくれるならいくらでも食べるぞ」
「それは嬉しいけど……程々にね?」
「それにしても、二人は料理が上手いんだな。丸喜の豚汁もよく出来ていたが、お前達の弁当には及ばない」
「最近は汁物対応の弁当箱も売ってるけど……。食べたいなら、作ってあげましょうか」
「それ、いい案だね。その次は私も持っていくから」
「楽しみにしてる。二人の味噌汁なら毎日だって飲みたいぐらいだ」
「それって……」
「い、意味わかって言ってるの……?」
「…………?弁当はお預けか?」
「……ああ、うん。だよね」
「貴方本ばっかり読む癖に、どうしてそういう事には疎いの……?」
「それじゃ、私そろそろ行くから」
「私も。迎えの車、着いたみたい」
「そうか。豚汁の器は捨てておくから、置いておけ。弁当の礼は……何か考えておこう」
「楽しみにしてるわ。じゃあ、またね」
「また屋上でね。さようなら」
二人は去っていった。……礼といっても、何がいいだろう。今度、杏にでも相談してみるか……。