───『先制必縛ウルシ鎖牢』ッ!!
全てが一瞬の出来事。
決着はあまりに呆気なかった。
「木ィ? ンなもん───」
シンリンカムイによって全員が拘束される。
荼毘はそれを個性により燃やそうとし、俺は単純な力でこの状況を打開しようと動いた。
「逸んなよ」
だが、グラントリノの速さはそれを上回った。
『ジェット』により加速されたその蹴りは、たった一撃で荼毘の意識を刈り取る。
グラントリノの行動はまだ終わらない。
勢いそのままに空中で方向転換し、加速する。
その先にいるのは、俺だった。
───カチャリ
「あァ?」
グラントリノは何かを俺の首に嵌めた。
途端に全身を異常な程の悪寒が駆け巡る。
力が抜けていく感覚。
抗いようのない倦怠感。
コイツは───“銀”か。
あぁ……気色悪ィ……。
「大人しくしている方が身のためだぜ」
俺の首に嵌められたのは銀の首枷だった。
いい動きだな、ヒーロー。
拘束を解くことに意識を割いたその一瞬を狙ってきたんだ。
やられた、さすがだわ。
なんでこんな凄いヒーローの経歴が、HNには全然載ってなかったんかね。
……はぁ。
そのあと、エッジショットが黒霧を気絶させた。
間近で見るオールマイトは、何か他とは一線を画するような凄みのようなものを感じる。
ってか、なんでヒーロー来やがったんだろうなぁ。
───今は『夜』だってのに。
ヒーロー共の言葉はガヤガヤとただうるさいだけだった。
だが、その言葉だけははっきりと聞こえた。
「ありがとう、八百万少女。君の『発信機』のおかげで、この場所により確証をもてたよ!」
「……えぇ……よかったですわ……」
色んな感情でぐちゃぐちゃになったような、形容し難い表情で八百万は小さく返事をした。
オールマイトは八百万のその様子に、少しだけ困惑しているようだった。
……発信機。
完全に失念していた。
コイツの『創造』って個性の凶悪性を。
はは、マジかよ。
「俺の……せいってか……」
不意に八百万と目が合った。
……なんだよその目は。
お前は何も間違ってない。
悪党を捕まえるための最善の行動をしただけだ。
なのにどうして、迷った目してんだよ。
……はぁ。
無様だなぁ、テメェはよぉ……。
俺は少しだけ昔のことを思い出した。
思い出したというより、目に映る光景が過去の記憶と重なったんだ。
そこにいるのは何にも知らない愚かなガキの俺。
そして、救いを求める俺を見殺しにする“お前ら”。
今は理解できるよ。
お前らの感情が。
仕方なかったんだよな。
見殺しにするしかなかったんだよな。
馬鹿なガキを一人見殺しにするだけで、今まで通りの変わらない日常を享受できるんだから。
所詮は単なる職業。
人間らしく生きるための手段でしかない。
純粋な正義感だけで、人を救いたいという想いだけでヒーローや警察をやってる人間はいない。
少なくとも、あの頃の俺の周りにはいなかった。
誰も助けてくれやしなかった。
だが、責めやしねぇよ。
もし俺がお前らの立場だったとしても、同じように見殺しにするかもしれねぇ。
だからわかるよ。
仕方なかったんだってことは。
俺は陽の光を浴びれない。
一定の速さを持つ流水に触れれば力が抜ける。
だから雨の日も外へ出られない。
極めつけが、普通の人間で言うところの食欲が俺は吸血欲だ。
こんな“普通”とかけ離れた、社会にとって都合の悪い奴は淘汰されて然るべきだ。
社会は少なからず何かを排斥して回っている。
それはあまりにも当たり前で、普通の人間にとっての日常なんだ。
でも───俺の目には、お前らがどうしようもなく『悪』に映っちまったよ。
これだけはもう変わらねぇ。
変えられやしねぇ。
あぁ……こんなところで終わらせやしねぇよ。
悪いなヴィラン連合。
ぬるま湯に浸かってた時間が長すぎたみてぇだ。
思い返せば、なぜ最初にヒーローと遭遇したとき息の根を止めなかった?
殺せただろう。
殺せばよかったんだ。
……いや、分かってるよ。
俺は無意識に避けてたんだ。
今の平穏が壊れるのを恐れてたんだよな。
ヒミコと出逢ったあの時───とっくに俺の平穏は壊されてたってのによぉ。
「アッハッハッハッハッ!!!!」
俺は何故か笑ってしまった。
笑いが止まらなかった───。
++++++++++
突如、血影の笑い声が響いた。
あまりにも脈絡のない出来事。
それはヒーローだけでなく、ヴィラン連合の面々にとっても戸惑いを隠せないことだった。
しかし、
「悪ィな、死柄木」
裂けたような笑みを浮かべながら、血影は言葉を続ける。
「これは俺のせいだ」
血影の言葉を死柄木はすぐに理解できなかった。
「だが心配すんな。俺らはこんなところじゃ終わらねぇよ」
この場にいるヒーローと警察は全員、得体の知れない恐怖を肌で感じ取った。
おぞましい何かを目の当たりにしている気がしてならない。
言葉にできるような明確な理由はないが、確信を持って言える。
月夜見血影という男は危険だ、と。
狂気に歪んだ笑みを浮かべながら、血影は悪意をそのまま吐き出した。
「コイツらは俺が───皆殺しにしてやる」
ゾクッ。
暴風のように吹き荒れる濃厚な殺気。
その言葉を聞いた者全てが本能で理解する。
血影の言葉に、ただの一欠片も嘘はないと。
「待つんだエッジショット!!!」
オールマイトの制止の声。
それは反射的なものだった。
血影の纏うその異様な雰囲気が“ある人物”と重なり、オールマイトの心臓は鼓動を早める。
全身が警鐘を鳴らす。
だが、エッジショットは既に音速をも超える速度で変形を始めており、止まれはしなかった。
(この男は危険だ……ッ! 気絶させるッ!)
そこで、エッジショットは決してありえない事態に遭遇する。
(なん……だと……)
目が合った気がしたのだ。
一瞬という言葉では表現しきれないほどの刹那。
音速の世界に足を踏み入れたエッジショットにとってはあまりに信じられないことだが、確かに目が合った気がしたのである。
実際のところ、血影は正確に見えたというわけではなかった。
ゆえに『魅了』は使えない。
しかし最初に黒霧を気絶させたときのエッジショットの動き、そして吸血鬼としての恐ろしく研ぎ澄まされた感覚がエッジショットを知覚するに至ったのである。
(直線的な動きだよなぁ。まあ、関係ねぇ───使うぞ、“カゲヒト”)
「何ッ!?」
エッジショットの驚愕の叫び。
それも仕方がない。
銀の首枷を嵌められ、動けないはずの血影が音速の刺突を躱したのだから。
(テメェらは勘違いしてるぜ。“銀”ってのは俺を
そして、ただ躱すだけで終わりはしなかった。
───『念動力』
不可視の力によってエッジショットの身体がピタリと空中で完全に静止したのだ。
それはまるで磔にでもされたように。
「なんだ、これは……ッ!」
情報にない血影の能力。
エッジショットの脳にはいろんな疑問が過ぎる。
まずい。
大きすぎる死の影に心臓の鼓動が早まり、全ての感覚が逃げろと告げる。
「エッジショット!!」
オールマイトが救出に動き出す。
しかし───
「もう遅ェよ」
血影はエッジショットの身体に───噛み付いた。
「グァアアアアアッ!!!」
今まで経験したことのない、全身がバラバラになるような凄まじい激痛。
エッジショットの悲痛な叫びが響く。
それも長くは続かなかった。
「あぁ、やっぱ不味ィなぁ」
エッジショットは瞬く間にミイラ化し、絶命してしまったのだから。
今この瞬間、一人のヒーローの命が失われたのである。
「アァアアアアアッ!!!!」
オールマイトの悲しみと怒りを孕んだ、耳の裂けるような大声が爆発する。
(力が漲るって、こういうことを言うんだろうな)
血影はギチリという音と共に呆気なく拘束を解き、口元の血を拭った。
鬱陶しい銀の首枷も引きちぎる。
「す、すみませんッ!!!」
シンリンカムイが己の失態を嘆く。
それでも事態は待ってくれることはない。
「血影サマァ……素敵です」
ヒミコは未だ拘束されたまま頬を赤らめ、恍惚とした表情を浮かべる。
彼女の目には、血に塗れながら笑う血影がとても魅力的に映ったのだ。
「さて、覚悟しろよ───ヒーロー共」
オールマイトと血影の視線が激しくぶつかり合う。
一方は怒りと覚悟に満ち、もう一方はそれを嘲り笑う様な悪意が溢れていた。
───眠れる吸血鬼は真に目醒め、行く手を阻む全てに牙を剥く。
お読みいただきありがとうございました。