ペロペロ、チウチウ。
あろうことかこの女、俺の血に舌を伸ばした……。
背筋がゾワゾワっとした。
コイツはマジでヤバい奴だ。
ヤバすぎる。
「舐めるな! 吸うな! 気色悪い!」
「えぇー、いいじゃないですか。おいしいです! やっぱり本当に死なないんですねブラッド様! ブラッド様の血……」
「だからやめろってお前」
また舌を伸ばし血を吸おうとする気持ち悪いガキを無理やり引き剥がす。
本当に鳥肌だわコイツ。
付き合ってられるか。
───『魅了』
「おい非行女。ここでのことは全て忘れて帰れ」
「嫌です!」
「え」
……最悪だぁぁぁ。
マジでどんな確率だよクソが。
コイツ……稀にいる何故か『魅了』が効かない奴じゃねぇか……。
誰かに絡まれること自体が超稀なのに、まさかの『魅了』まで効かないってどういうこと!?
どんな運の悪さだよふざけんなッ!!
……もう嫌だ。
「はぁ……お前もう帰ってくれよ頼むか───」
ナイフが飛んできた。
だからつまんで止める。
あぁもう今度は何……?
てかこのガキも全然離れんし。
ナイフはさらに奥の路地裏からだ。
目を向ければ、そこから一人の男が姿を現した。
同時に、俺の気分はさらに最悪なものとなる。
「ステ様!」
ガキが目を輝かせてそう呟いた。
「ステ様ですよブラッド様! 私ステ様も好きなんです! あ、ブラッド様程じゃないですけど!」
「あっそ、どうでもいいからいい加減離れろ」
今話題沸騰中のヴィラン、ヒーロー殺し『ステイン』のご登場だ。
ご丁寧に濃厚な殺気を添えて。
空気を読んだのかさすがに俺に引っ付いていたガキも離れた。
……今日厄日すぎないか。
なんなのもう嫌……。
「……ハァ……お前が『ブラッド』というのは本当か……? ……ハァ……答えろ」
「違います」
「そうです、ブラッド様です! ほら、心臓刺したのに死なないんです! 本物ですよ!」
俺が即座に否定したのに、このイカれ女ははしゃぎながらそう言い放った。
……お前ほんと疫病神ってレベルじゃねぇぞ。
なんなのマジで。
さすがにキレるよ?
「……ブラッド!? 本物……なのか!?」
え、なんか奥にもう一人いるじゃん。
すっごい怪我してるけど……ステインの被害者かなんか?
もうマジで最悪。
なんでこんなのに絡まれるんだよ。
イカれ女だけでもキツいってのに。
「何ゆえお前は───」
「───SMASHッ!!!!」
……はい?
なんかいきなり現れたモジャモジャ頭がステインを殴り飛ばしたんですけど……。
今度は何?
ついていけないんですけど。
状況がどんどん変わり過ぎてもう疲れた……。
「飯田くんッ!!」
「緑谷くん、なぜ……。いや、それより気をつけろッ!! 敵はヒーロー殺しだけじゃない!! そこにいる男はブラッド!! 『吸血鬼ブラッド』だ!!」
モジャモジャ頭が驚いたように俺を見る。
「なッ!? ほ、本物なの!?」
「違います、人違いです」
「え……!?」
「じゃあ俺はこれで」
「あ、待───」
ステインが投げたナイフをモジャモジャ頭がギリギリで回避する。
戦闘が始まったっぽいけど、俺は構わず踵を返した。
てかマジで俺無関係だもん。
どっちかというと完全に被害者だし。
なんで付き合ってやる必要あるんだよ。
これ以上不幸なことが起きてたまるか。
「待って下さいブラッド様!」
……そういえば街が騒がしいな……なんかすごいみんな走ってる。
というかなんでこのガキ付いてくんの?
怖いんですけど。
早く家に帰ろう。
俺はこれ以上目立たないようにフードを被り、この最悪な路地裏を後にした。
++++++++++
エンデヴァーは我が目を疑った。
前方から歩いてくる存在。
銀色の髪、赤い瞳。
フードを被っているために分かりづらいが、資料通りの中性的な顔立ち。
『吸血鬼』という個性を発現し、不死の身体を得た男“月夜見血影”。
ヴィラン名『吸血鬼ブラッド』。
世間ではただの都市伝説として根付いているが、死亡が確認されていない以上間違いなく生きている。
それは必ず捕らえるという固い意思の元、脈々と受け継がれてきた情報の賜物であり一部のトップヒーローだけが確信している事実だ。
当然、野心溢れるエンデヴァーという男がこのことを知らないはずがなかった。
「ブラッド!!」
エンデヴァーは思わず叫んでいた。
勘違いならばそれでいい。
だが───勘違いでないならば。
一度こちらを見て、目を逸らした。
疑念は確信に変わる。
ブラッドと思われる男に近づき、肩に手をおいた。
決して、目を合わせてはならないということを思い出しながら。
「貴様……吸血鬼『ブラッド』だな?」
「なんじゃとッ!? それは本当か轟ッ!?」
エンデヴァーと共にいたグラントリノも声を上げる。
「いや人違いです。避難しないといけないので、訳分からないことを言うのはやめてください」
「そうか、なら念の為に確認をとりたい。事務所まで来てくれ。構わんだろ?」
「……はぁ。ほんと今日は最悪に運が悪い」
その瞬間。
異常な程の殺気が放たれた。
周りにいた人間もその尋常ならざる雰囲気に、思わず足を止めてしまう。
「───ッ!!」
「……貴様ッ!!」
エンデヴァーはすぐさま炎を放つ。
だが、それは暴風と共に掻き消された。
間髪を容れずグラントリノが『ジェット』を発動し突っ込んでいく。
空中でいくつものフェイントをいれ、完全なる死角からの蹴りを撃ち込む───が、それは見えていないはずの血影によって掴まれてしまう。
「なにッ!?」
そのままグラントリノは地面に叩きつけられ、意識を失った。
予想はしていたが並のヴィランとは比べ物にならない程の戦闘能力。
躊躇してはこちらがやられる。
即座にそう判断したエンデヴァーは───
───赫灼熱拳『ジェットバーン』ッ!!
炎の噴出により得られた膨大な推進力。
それにより放たれた渾身の一撃。
エンデヴァー自身も己の拳に確かな手応えを感じた。
しかし───
「あっつ……炎は苦手なんだよ……」
「な、なんだと───」
次の瞬間には───オールマイトを幻視してしまうほどの衝撃がエンデヴァーを襲った。
弾丸のような速度で吹き飛ばされたエンデヴァーは、轟音と共に壁に激突した。
「……ひっ」
「う、嘘だろ……エンデヴァーが……」
「うわぁぁあああ!!」
その惨状を目撃した人々が平静を失うのに時間はかからず、すぐさま阿鼻叫喚となった。
(うわぁ、完全に服燃えた……割と気に入ってたのに……)
だが、血影は呑気にそんなことを思っていた。
「すごいです! あのエンデヴァーを倒しちゃいましたね、ブラッド様!」
「お前まだ居たのか……」
もう嫌だ、と血影は思う。
これ以上の不幸はたまったもんじゃない。
何としても家に帰る。
絶対に帰る。
その固い意思が、血影にある決断をさせた。
───『変身』
血影の姿が蝙蝠へと変わり、空へと羽ばたく。
「あ、待って下さい! 私も連れてって!」
だが、それを阻むかのように渡我被身子が蝙蝠になった血影を掴んだ。
「ふざけんなよお前ッ!! 離せッ!! いい加減ガキは家に帰りやがれッ!!」
「嫌です!! 私も連れて行って下さい!!」
「離せコラァァァッ!!」
蝙蝠へと姿を変えても、その身に宿す力は変わらない。
たかが一人の人間がぶら下がったところでなんの支障もなく蝙蝠となった血影は高度を上げていく。
いくら言っても掴んだ手を離そうとしない渡我被身子に、血影はため息を吐く。
(もういいや……どうでも。とりあえず今は早く家に帰りたい……疲れたんだ俺は……)
血影は度重なる不幸に精神が削られ、何より考える事に疲れてしまったのだ。
「……ま、待てぇえッ!! ブラッドォォォッ!!」
瓦礫の中から姿を現したエンデヴァーが叫ぶ。
しかしその叫びは虚しく響き、一匹の蝙蝠と一人の少女は闇夜に消えていった。
++++++++++
この日の出来事はあらゆる人間に大きな影響を及ぼすこととなる。
ステインの思想がメディアを通して感染していく。
それに加え、今まで存在自体が噂でしかなかったヴィラン『吸血鬼ブラッド』が現れたという事実。
しかもエンデヴァーを倒したというのだから、その事実が持つ意味は計り知れない。
そして、それらはある一点で交わる。
死柄木弔の姿が目撃されていたということもあり、全てが『ヴィラン連合』へと集約されたのだ。
───これにより、全国のヴィランは嘗てないほどに活性化することとなる。
お読みいただきありがとうございました。