お日様が一番高い所に差しかかる頃。
きっと、外は笑っているような明るさに包まれているのです。
でもそれとは反対に、この部屋は薄暗くてとても静か。
一縷の光も差してはいません。
私にとってはどうでもいいことですけど。
座っていたソファから立ち上がり、私は絶対に入ってくるなとブラッド様に言われている扉に向かって歩き出します。
はぁ、幸せです。
心がぽかぽかするのです。
本当にブラッド様に出会えるなんて。
私と同じ───血が好きな人。
あの時の、血を吸っているブラッド様の姿を思い出すだけで下腹部が熱くなります。
ニヤニヤが止まりません。
一目惚れでした。
濃厚な血の匂いがするブラッド様は最高にカッコよかったのです。
扉のノブに手をかけ、音が鳴らないようにゆっくりと開けます。
誰にも見つからないように、気づかれないように動くのは得意です。
大丈夫、絶対バレません。
───いました。
ベッドで寝ているブラッド様。
とっても素敵です。
無防備でかわいい。
でも……やっぱりもっと血出てた方がブラッド様はカッコいいのです!
……あぁダメです。
我慢できません。
やっちゃいけないことだと分かっていても……どうしようもないくらい内側から湧き上がるのです。
───血を吸いたい。
───ブラッド様の血を。
「……あはっ」
気づいたら私は寝ているブラッド様に馬乗りになって、その心臓にナイフ突き刺していました。
「あはっ、あははははは」
何度も刺します。
何度も、何度も、何度も。
あぁカッコいい!
ブラッド様とってもカッコいいです!
素敵! 素敵! 素敵です!
「ざっけんなこのイカレ女がァァァッ!!」
目を覚ましちゃったブラッド様が私を投げ飛ばしました。
残念です。
血が吸えませんでした。
でもやっぱりブラッド様は優しいです!
ブラッド様が本気なら私は死んでいます。
怒りつつも、私に気を使って優しく投げてくれたのです。
素敵です。
素敵すぎますブラッド様ぁ。
「おはようです、ブラッド様」
「おはようじゃないわアホ女。覚えてねぇのか? ここには入ってくんなって言ったよなァ? しかもこんな時間に起こしやがって。……どうしてくれんだよ、シーツが血で汚れちまったろうが……」
「そんなことよりブラッド様……少し、私の話を聞いて欲しいのです」
「……お前こそ俺の話聞いてる?」
ブラッド様なら私のことをわかってくれるかもしれない。
そう思わずにはいられないのです。
だってブラッド様は───
++++++++++
熟睡してる時に、ナイフで滅多刺しにされて起こされたらどんな気持ちになるか。
答えは簡単───最悪である。
やっぱこんな奴入れるんじゃなかった……。
どう思う?
善意で一晩泊めてあげたんだよ?
出会った瞬間に心臓にナイフぶっ刺してきたのに、寛大すぎる俺は一晩泊めてあげたの!
その仕打ちがこれかよクソッタレ。
まだクソ眠い。
こんな真っ昼間に起こすバカがいるかよ。
ふざけんな。
「ブラッド様なら……わかってくれるんじゃないかと思って……」
「……はぁ」
そしてこっちの話は全く聞かないくせに、寝起きの俺に重い身の上話を無理やり聞かせた……。
そんなこと聞かせて俺にどうしろってんだ。
よくある不幸話だ。
決して特別じゃない。
コイツの味わった不幸なんてどこにでも転がっている。
度合いに違いはあれど、『個性』に振りまわされる奴は後を絶たない。
きっとどの時代にでもいる。
それどころか増えていくだろう。
それにコイツは───
───人を殺している。
どんな理由があれ、それが世間に許されることは無いんだ。
個性のせいで、環境のせいで。
社会はそんなことは関係ないと切り捨てる。
大多数の幸福の為に。
当たり前のことだ。
でも、そうだな……ただ、俺と似すぎてるってとこは……あるかもなって思ってしまった。
俺たちは───『血』に振り回された。
『血』に人生を狂わされた。
そりゃまあ。
「───生きにくいわな。俺らみたいなもんには」
まあだからどうしたって話だけど。
俺の本音ではあった。
確かに、生きにくいわ。
長く生きてるせいで俺は慣れちまってるだけなんだ。
俺もコイツくらいの時は───世界を呪っていた。
なんで俺がこんな目に遭わなければいけないのか。
個性は選べない。
親も選べない。
俺にはどうすることもできない。
血が吸いたいのは個性のせいだ。
陽の光を浴びれないのは個性のせいだ。
なのになんで俺がこんな目に遭っている?
ゴミを漁り、ドブ水を啜って生きてんのはなんでだ?
俺のせいじゃない。
今俺が味わってる不幸は全て誰かに押し付けられたもんだ、てな。
……あぁ、嫌なこと思い出した。
「って、は? ───なんで泣いてんの?」
「……ふぇ」
いつの間にかガキが泣いていた。
今気づいたとばかり涙を拭っている。
「そう……なんです……生きにく、い……んでず……」
涙で震える声でそう呟いた。
心の奥深くに抑え込んでたもんが決壊し、涙となって溢れているようだった。
……はぁ、こんな奴拾うんじゃなかったよ。
俺までめんどくさい感情が渦巻いちまうだろうが……。
「ブラッド様!」
ひとしきり泣いた後ガキが俺を呼ぶ。
……てか嫌だなー、このヴィラン名。
「私、ブラッド様と生きたい!」
「……は?」
目を爛々と輝かせてそんなことを言う。
「ふざけんな」
もう懲り懲りなんだよ。
誰かと生きるのなんて。
「お願いします! 私の血、いつでも吸っていいですから!」
「…………」
メリットを提示してきた。
コイツ何気に交渉慣れしてるな。
……だから嫌だったんだ。
どのみちコイツは後戻りできないとこまできてる。
表の世界で真っ当に生きるなんて多分できないだろう。
……あんな話聞かされたせいで、俺はコイツを見捨てることを後味が悪いと思ってしまっている。
最悪だ……。
ここ何年もほんと平和だったのに。
たった一日で俺の平穏は壊された……コイツに。
ヒーローも殴り飛ばしちまった。
いずれにせよ、俺は世間に知られることになるだろう。
これから何年かはまためんどくさい日々になりそうだ。
なら今更ガキが一人居たとしても苦労は変わらんか?
それにデメリットだけじゃない。
だってコイツは───
「───処女だな」
「え、な、なんですか……!?」
俺は個性でわかってしまう。
コイツ、間違いなく処女だ。
処女の血をいつでも飲めるのは悪くない。
「いやお前処女だろ。匂いで分かるんだよ」
「に、匂い!? やめてくださいブラッド様! 刺しますよ!?」
そう言って本当にナイフで何度も突き刺そうとしてくるイカレ女。
それを躱しながら俺は言葉を続ける。
「ふざけんな。ここに居たいなら今後俺を無闇に刺すな。血で汚れるんだよいろんなもんが」
「だってブラッド様が───え、それって……」
「……はぁ。処女の血がいつでも飲めんのは悪くないからな。でも勘違いすんな、しばらくおいてやるだけだ」
「やったぁ!!」
無邪気に喜ぶガキを見ながら思う。
馬鹿だな俺は、と。
お人好しにもほどがあるだろ。
こんなん面倒事の方が多いに決まっている。
でも仕方ない。
ほんの少しだけ───暗闇でもがいていたガキの頃の自分と重ねちまったんだから。
++++++++++
こうして、『血』に振り回され引き寄せられた2人の奇妙な同棲生活が始まったのだった。
お読みいただきありがとうございました。