とある病室。
そこには緑谷出久、轟焦凍、飯田天哉の3人がいた。
ステインと交戦しその狂気と信念を目の当たりにし、それは彼らに小さくない影響を与えた。
『ヒーローとは見返りを求めてはならない。自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない』
そう訴えかけ、世界を正そうとしたステイン。
ただのヴィランであるとはどうしても言えない存在だったということは、彼らにもよくわかっていた。
そしてその余波が社会に蔓延する悪意をまとめあげ、ステインが所属したとされる『
個性の相性、ステイン自身のミス、運、それらが合わさりなんとか撃退に成功したが、その功績は面構の提案により明るみに出ないこととなった。
───だが、その日起きた事件はそれだけではない。
今日の新聞の大見出しは二つ。
一つはステインが逮捕されたこと。
そしてもう一つは───その存在自体ただの噂に過ぎなかったヴィラン『ブラッド』により、No.2ヒーローであるエンデヴァーが倒されたということだ。
「飯田、緑谷、少しいいか?」
轟は静かに声を掛ける。
緑谷と飯田は何について聞かれるのか、言われずとも分かった。
「ブラッドのことでしょ……轟君」
「…………」
「……あぁ」
ステインと共に今最も世間から注目を集める凶悪なヴィラン───『ブラッド』。
今までなら冗談だと笑えていたが、エンデヴァーを撃退するというあまりに派手な登場を果たしてしまえば、もはや誰もその存在を疑えない。
「お前ら直接見たんだろ? どんな感じだったか聞かせてくれねぇか?」
「うん……でもあれが本当に『ブラッド』だったのかな? 僕は飯田くんにそう言われただけだから、本当かどうかは……」
「……ステインがそう言っていたんだ。あと、一緒にいた謎の女子も『ブラッド』だと言っていた。本当かは分からない。だが、俺にはどうも嘘を言っているようには見えなかった」
飯田はあの光景を振り返りながらそう答えた。
「そうか」
轟もそれに短く返事をした。
「俺は直接見てないからか、あまり実感がわかねぇんだ。クソ親父は実力だけはある。それがこうも呆気なく負けちまう───」
「負けとらん」
その時、2人の男が入ってきた。
渦中の人物である大柄の男、エンデヴァーである。
「グラントリノ!」
そしてもう1人の男、グラントリノを見て思わず緑谷が声を上げる。
2人とも一目で大怪我と分かるほど痛々しく包帯が巻かれている。
「奴に一発もらっただけだ。それで逃げていきおったのであって、負けとらん」
「…………」
轟焦凍は父親の言葉が子供の言い訳のように聞こえてしまい、なんとも言えない表情となってしまった。
グラントリノは緑谷に詰め寄る。
「小僧ッ! お前にはすごいグチグチ言いたい! ───が、俺たちも負けてしまったからなぁ。あまり強く言えんわい」
「だから負けとらんと言っているだろうッ!! 御老人ッ!!」
エンデヴァーはさらに大きな声をあげる。
それを見て焦凍はさらに微妙な顔となった。
「……しかし、雑魚ではなかった。それは認めよう」
ふっと、エンデヴァーの表情が消えた。
「存在自体が怪しまれていた奴が確かに存在し、脅威となる力を持っていた。ならばプロとして捕らえなければならん。それだけのことだ」
そこには、威厳と覚悟を持ったプロヒーローとしてのエンデヴァーの姿があった。
そして密かに、ブラッドの脅威を上位のヒーローには確実に共有しておかなければならないと思ったのであった。
++++++++++
───正義とは何か?
まだガキだった頃、暗い路地裏で襲ってきた男を返り討ちにして殺し、ソイツのクソまずい血を啜りながら考えた事がある。
疲れていてぼんやりとした思考だったが、答えはすぐに見つかった。
『ヒーロー』だ。
ヒーローは正義なのである。
正義がなんなのかってのはイマイチよく分からないが、ヒーローってのが正義だというのは分かった。
この世界にはヒーローがいて、悪い者を倒し困ってる人を救ってくれる───らしい。
でも、当時の俺はヒーローがなんで正義とされているのかはあまりよく分からなかった。
だから逆に考えてみたんだ。
自分は『悪』なのか、と。
正義の味方であるはずのヒーローは俺を見かけると襲ってきた。
ということは、俺は『悪』なのか?
そういうことになってしまう。
だが、俺には悪いことをしているという自覚が一切なかった。
全て生きる為にやっているだけ。
なのになんで自分はヒーローに狙われるのか。
助けてくれるんじゃないのか。
善悪の価値観を教わる前に親に捨てられちまったから、まあ仕方ないっちゃ仕方ない。
結局、その時は『正義』ってのがなんなのかは疑問のままだった。
でもどれだけの時が経ってもその疑問は消えなかった。
頭のどこかで常に考えていたんだ。
───『正義』とは何か?
そしてある日、ついにその明確な答えが見つかった。
長い年月を経て、色んなもんを見て、聞いて、経験して分かったんだ。
『正義』とは───『立場』と『都合』によって決まる価値観のことだってな。
例えば人殺し。
人を殺すってのは、大抵の“立場”の人間にとって“都合”が悪いことなんだ。
だから人殺しは『悪』。
なるほど、ヒーローはやっぱ『正義』だ。
だってそうだろう?
多くの人間にとって───こんなに都合がいい存在はいないんだから。
わかりやすい。
めちゃくちゃ分かりやすいじゃねぇか。
それなら間違いなく俺は───『悪』だわなぁ。
++++++++++
───ザシュッ。
胸のあたりに鋭い痛みを感じ、俺は目を覚ます。
あぁー、嫌な夢を見た。
最悪の目覚めだ。
なんか妙に身体も重い……のは別に原因がある事が寝起きのぼんやりとした頭でもすぐに分かった。
気色悪い恍惚とした女の顔が目に入ったからだ。
俺の上着をめくり、ナイフを突き刺し、ぺったりとくっつくように乗っかりながら傷口へと舌を伸ばしている。
……またコイツかこのヤロウ。
寝起きにも関わらず俺の頭には血が上った。
「……何してんだ?」
「ちぅちぅ───血を吸ってます。でもどこにもこぼしてないので、心配しなくても大丈夫です」
「ほんとだー、偉いねー」
「はい! ……ブラッド様に褒められちゃいました」
「───ってちげぇよ」
「あぅっ!」
俺はヒミコを持ち上げベッドの上から叩き落とした。
確かにどこにも血が着いていない。
血が飛び散らないように刺し方も工夫したことが窺える。
洋服をちゃんとめくってから刺したことも高評価だな。
……じゃねぇよ。
イカレ女が。
「起こすなつってんのが分からねぇのか?」
「もう夜です。いい加減起きて下さい。暇なのでかまってください!」
「うるせぇッ! 俺は起きたいときに起きるんだよッ!」
「でも、義爛さんから連絡きましたよ」
「……そうかよ」
「私が代わりに電話でときました」
「バカタレ」
ヒミコが俺ん家───正確にはとあるマンションの俺が買い取った一室───に居候し始めてから3日が経った。
俺は気が進まんが、コイツが『
一人で行ってこいって言っても『ダメです、ブラッド様も行くのです』の一点張り。
それで、鬱陶しすぎて根負けした俺は付き合ってやることにしたんだ。
……コイツに甘すぎねぇか俺?
こんな感情をそもそも抱きたくないんだよ……。
人との関わりは心の平穏を乱す。
だから今まで他人との繋がりは最低限のでいたんだ。
クランメンバーと生きるために必須な人間との繋がり。
これだけで十分だ。
なのに、この女と出会ったせいで俺の心の平穏は壊された……クソッタレが。
……まあいい、考えても仕方ない。
少し驚きだったのは、俺と出会う前からヒミコが義爛とのコネクションを持っていたことだ。
思わずそのことを聞いたら、ある日いきなり電話がかかってきたらしい。
いやー、相変わらずあのおっさんのそういう嗅覚はさすがだなー。
どっからかヒミコがヴィラン連合に興味を持ってることを嗅ぎつけたんだろう。
「俺のスマホは?」
「はいコレです」
「……なんで当たり前みたいにお前が持ってんだコラ」
ヒミコが自分のポケットから取り出した俺のスマホを受け取る。
なんでコイツが持ってんの?
ちょっと恐怖を感じたんですけどまあいいや。
俺は電話をかける。
『あぁアンタか。元気してるかぁ? それにしても驚いたぜぇ、アンタが表舞台に出る気になったなんてよぉ』
『なわけねぇだろ。……あの日はとんでもなく不幸だったんだよ』
『そりゃ災難。でももう後戻り出来そうもねぇぜ? 今じゃ超有名人だ。なんせあのエンデヴァーをぶっ飛ばしちまったんだからな。表も裏も大騒ぎよ。あのブラッドが実在した、ってな。あぁ悲しいねぇ俺は。それなりに長い付き合いで信頼されてると思ってたのによォ、アンタがあのブラッドだなんて知りゃあしなかったんだからよ』
『……最悪だわ』
『ハハッ。お得意様がいなくなっちゃ俺も困るからな、捕まったりすんなよ。それにしても羨ましいじゃねぇか。女子高生と同居なんてよぉ』
『ならお前が引き取ってくれよ』
『それは勘弁』
『だろうな。それより少し教えろ。───
『いいとも』
やたら気分が良さそうな義爛の声に、俺は内心ため息をつく。
これからきっとめんどくさい日々が待ってる。
俺の目の前にはニコニコと笑うイカレ女。
つくづく思う。
俺の平穏はコイツに壊されたんだなって。
お読みいただきありがとうございました。