「最後に会ったのは47年前だよなぁ?」
『相変わらず記憶力がいいね』
「だが声が変わっている。老化というより傷だな。ハハッ、アンタが声が変わるほどの大怪我か。───どこにいるんだぁ? ぶち殺してやるよ」
音声のみが聞こえるそのモニターに血影は手をかけ、顔を近づける。
その目は狂気に歪んでいた。
周りの人間はその尋常ならざる雰囲気に息が詰まり、誰一人として声を発せられる者はいない。
『勘弁してくれよぉ、あのときの僕は精神的に子供だったんだ』
とても愉快そうに弾んだ声が響く。
「ふざけんなよクソッタレ……『君の個性はデメリットが多すぎていらないけど、目障りだなぁ』なんて意味のわからんことをぬかして、いきなり俺に喧嘩売ってきやがったくせに……今すぐボコボコにしてやりてぇよ」
『やっぱり記憶力がいいねぇ』
「どうでもいい。このくだらねぇ組織もテメェが絡んでるなら尚更だ、俺は帰る。理由はテメェが気に食わねぇから。それで十分だろ」
これ以上話すことなどないと、血影はやがて踵を返し来た道を戻る。
遠ざかる靴音とその背中に、けれど楽しげな声は尚もその愉快さを崩さない。
『待ってくれよ。これは、君にとっても悪くない話なんだ』
「……あぁ?」
血影はその不満や苛立ちを隠そうともしない。
凍りついたようなその空気のなか、二人の声だけが響く。
『いずれ、弔のヴィラン連合は大きくなる。そうすれば社会を変えられるほどの影響力を持つよ。そこに君が加わってくれたら心強いね』
「馬鹿も休み休み言えよ」
それは明確な拒絶。
『“今”だけを見てはいけない。これは教育。未来を見据えなければね』
その言葉を受け、血影が死柄木を見る。
『もちろん必ず成功するなんてことは言えないさ。でも、もしかしたら本当にこの社会を変えてしまうかもしれないよ? それでいいじゃないか。そこがまた面白い。君も一緒だともっと面白くなる。───どうせ、暇なんだろう?』
相変わらず薄気味悪い奴だ、と血影は思う。
コイツは正真正銘の外道だ。
気分で人を殺し、操り、悪を振りまく。
なのに───妙なカリスマがある。
だからこそ鬱陶しい。
気持ち悪い。
タチが悪い。
血影は眉を顰める。
(だからこんなガキが勘違いしちまうんだ……)
そしてそんなことを知りたくなかったと、血影は思わずにはいられなかった。
なんでこんな、自分とは何も関係ないどうでもいいことなのに、ここまで心がザワつくのか。
見て見ぬふりをすればいいはずなのに、どうしてもそれができないのだ。
だから───なにも見ないように生きてきたのに。
(こんな奴らが生まれちまうこの社会が……俺は心底嫌いだ)
血影の瞳の奥に激情の炎がほんの一瞬だけ燃え上がり、すぐさま消える。
未だ凍りついたままの空気を欠片ほども気にすることなく、血影は死柄木に目を向け、
「なぁ、おい。───お前は何がしたいんだ?」
静かにそう問い掛けた。
死柄木にはまるで感じ取ることはできなかったが、そこにはやわらかく温かな感情が流れていた。
そして、大きなため息をつき、疲れたような目で、
「その返答次第じゃ、協力してやってもいいぜ?」
なぜかそんなことを言ってしまったのだ。
++++++++++
「…………」
ガリガリ、ガリガリ。
彼らが帰ったあとも死柄木は内から苛立ちや不快感、それ以外にも様々な感情が溢れ、無意識に首を掻きむしってしまう。
それを抑える術など知らなかった。
『……まだ、わからない』
自身さえ理解できないが、血影の問いに死柄木はそう答えてしまったのだ。
だが、本心は違う。
本当は全て壊したいと言いたかった。
気に食わないものは全て壊したいと。
……なのに言えなかった。
(なんだ……なんで言えなかった……?)
確かに、尋常ではないほどの力を持っていた。
それはあの場にいた誰もが肌で感じたことだ。
それに屈したのか───いや違う。
あれはそういうものでは無い。
じゃあなぜ。
「あぁ……クソ」
分からない。
いくら考えても分からず、苛立ちだけが募っていく。
頭から血影のことが消えない。
あまりにも強烈だった。
まだ分からないと答えた死柄木に、血影は『……そうか。なら考えろ』と言った。
とても静かに、それだけを言った。
血影の言葉通り、考えてしまっていることも死柄木は気に入らなかったが、考えずにはいられなかった。
頭に浮かぶのはこれまでの日々。
壊れてしまった家族。
先生に手を差し伸べてもらったこと。
救えなかった者などいないかのように、ヘラヘラと笑うヒーローのムカつく笑顔。
(俺が壊したいのはなんだ……? 何を───)
蘇る記憶の中で、
「……そうか」
死柄木は見つける。
その、確かな答えを。
「俺は───
口が裂けたような笑みを死柄木は浮かべていた。
死柄木はステインが気に食わないと思っていた。
どいつもこいつもステインステインと、うるさいだけだ。
だが、皮肉にも今死柄木は理解したのだ。
なぜステインが人を惹きつけるのか。
信念とは───甘い蜜なのだ。
人を心酔させる。
そしてそれは自分自身でさえも例外ではない。
「楽しくなってきたなぁ」
とても楽しそうに死柄木は笑った。
だが、ふっとその笑みは消える。
「……でも……あぁ、めんどくせぇ」
血影は言わば制御できないジョーカー。
今後それをどう扱えばいいのか、死柄木はまた頭を抱えることとなった。
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