吸血鬼の平穏はトガヒミコに壊された   作:黒雪ゆきは

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007 この社会を。

「最後に会ったのは47年前だよなぁ?」

 

『相変わらず記憶力がいいね』

 

「だが声が変わっている。老化というより傷だな。ハハッ、アンタが声が変わるほどの大怪我か。───どこにいるんだぁ? ぶち殺してやるよ」

 

 音声のみが聞こえるそのモニターに血影は手をかけ、顔を近づける。

 その目は狂気に歪んでいた。

 周りの人間はその尋常ならざる雰囲気に息が詰まり、誰一人として声を発せられる者はいない。

 

『勘弁してくれよぉ、あのときの僕は精神的に子供だったんだ』

 

 とても愉快そうに弾んだ声が響く。

 

「ふざけんなよクソッタレ……『君の個性はデメリットが多すぎていらないけど、目障りだなぁ』なんて意味のわからんことをぬかして、いきなり俺に喧嘩売ってきやがったくせに……今すぐボコボコにしてやりてぇよ」

 

『やっぱり記憶力がいいねぇ』

 

「どうでもいい。このくだらねぇ組織もテメェが絡んでるなら尚更だ、俺は帰る。理由はテメェが気に食わねぇから。それで十分だろ」

 

 これ以上話すことなどないと、血影はやがて踵を返し来た道を戻る。

 遠ざかる靴音とその背中に、けれど楽しげな声は尚もその愉快さを崩さない。

 

『待ってくれよ。これは、君にとっても悪くない話なんだ』

 

「……あぁ?」

 

 血影はその不満や苛立ちを隠そうともしない。

 凍りついたようなその空気のなか、二人の声だけが響く。

 

『いずれ、弔のヴィラン連合は大きくなる。そうすれば社会を変えられるほどの影響力を持つよ。そこに君が加わってくれたら心強いね』

 

「馬鹿も休み休み言えよ」

 

 それは明確な拒絶。

 

『“今”だけを見てはいけない。これは教育。未来を見据えなければね』

 

 その言葉を受け、血影が死柄木を見る。

 

『もちろん必ず成功するなんてことは言えないさ。でも、もしかしたら本当にこの社会を変えてしまうかもしれないよ? それでいいじゃないか。そこがまた面白い。君も一緒だともっと面白くなる。───どうせ、暇なんだろう?』

 

 相変わらず薄気味悪い奴だ、と血影は思う。

 コイツは正真正銘の外道だ。

 気分で人を殺し、操り、悪を振りまく。

 

 なのに───妙なカリスマがある。

 

 だからこそ鬱陶しい。

 気持ち悪い。

 タチが悪い。

 

 血影は眉を顰める。

 

(だからこんなガキが勘違いしちまうんだ……)

 

 そしてそんなことを知りたくなかったと、血影は思わずにはいられなかった。

 なんでこんな、自分とは何も関係ないどうでもいいことなのに、ここまで心がザワつくのか。

 見て見ぬふりをすればいいはずなのに、どうしてもそれができないのだ。

 

 だから───なにも見ないように生きてきたのに。

 

(こんな奴らが生まれちまうこの社会が……俺は心底嫌いだ)

 

 血影の瞳の奥に激情の炎がほんの一瞬だけ燃え上がり、すぐさま消える。

 未だ凍りついたままの空気を欠片ほども気にすることなく、血影は死柄木に目を向け、

 

「なぁ、おい。───お前は何がしたいんだ?」

 

 静かにそう問い掛けた。

 死柄木にはまるで感じ取ることはできなかったが、そこにはやわらかく温かな感情が流れていた。

 そして、大きなため息をつき、疲れたような目で、

 

「その返答次第じゃ、協力してやってもいいぜ?」

 

 なぜかそんなことを言ってしまったのだ。

 

 

 ++++++++++

 

 

「…………」

 

 ガリガリ、ガリガリ。

 彼らが帰ったあとも死柄木は内から苛立ちや不快感、それ以外にも様々な感情が溢れ、無意識に首を掻きむしってしまう。

 それを抑える術など知らなかった。

 

『……まだ、わからない』

 

 自身さえ理解できないが、血影の問いに死柄木はそう答えてしまったのだ。

 だが、本心は違う。

 本当は全て壊したいと言いたかった。

 気に食わないものは全て壊したいと。

 

 ……なのに言えなかった。

 

(なんだ……なんで言えなかった……?)

 

 確かに、尋常ではないほどの力を持っていた。

 それはあの場にいた誰もが肌で感じたことだ。

 それに屈したのか───いや違う。

 あれはそういうものでは無い。

 じゃあなぜ。

 

「あぁ……クソ」

 

 分からない。

 いくら考えても分からず、苛立ちだけが募っていく。

 頭から血影のことが消えない。

 あまりにも強烈だった。

 

 まだ分からないと答えた死柄木に、血影は『……そうか。なら考えろ』と言った。

 とても静かに、それだけを言った。

 血影の言葉通り、考えてしまっていることも死柄木は気に入らなかったが、考えずにはいられなかった。

 

 頭に浮かぶのはこれまでの日々。

 壊れてしまった家族。

 先生に手を差し伸べてもらったこと。

 救えなかった者などいないかのように、ヘラヘラと笑うヒーローのムカつく笑顔。

 

(俺が壊したいのはなんだ……? 何を───)

 

 蘇る記憶の中で、

 

「……そうか」

 

 死柄木は見つける。

 その、確かな答えを。

 

「俺は───この社会(いま)を壊したいんだ。『救われなかった人間などいなかった』とヘラヘラ笑ってる、この社会を。そして、正義がいかに脆弱であるかを証明する」

 

 口が裂けたような笑みを死柄木は浮かべていた。

 

 死柄木はステインが気に食わないと思っていた。

 どいつもこいつもステインステインと、うるさいだけだ。

 だが、皮肉にも今死柄木は理解したのだ。

 なぜステインが人を惹きつけるのか。

 

 信念とは───甘い蜜なのだ。

 

 人を心酔させる。

 そしてそれは自分自身でさえも例外ではない。

 

「楽しくなってきたなぁ」

 

 とても楽しそうに死柄木は笑った。

 だが、ふっとその笑みは消える。

 

「……でも……あぁ、めんどくせぇ」

 

 血影は言わば制御できないジョーカー。

 今後それをどう扱えばいいのか、死柄木はまた頭を抱えることとなった。

 




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