ヴィラン連合が本拠地としているとあるBAR。
ここは今、濃厚な死の気配が充満していた。
次の瞬間には誰かが死んでいたとしても何も不思議ではないほどの張り詰めた空気。
きっかけはほんの些細な不和。
だがそれは死柄木にとって、積もり積もった小さな鬱憤の捌け口としてこれ以上のものはなかった。
「俺は今回の作戦の指揮を頼みたい……って言ったんだ」
雄英の林間合宿への襲撃、及び爆豪勝己の誘拐。
世間からの信頼が厚く、現ヒーロー社会においても極めて重要な役割を果たしている雄英高校。
そこに明確な被害を与えることで雄英の世間からの信頼に亀裂を入れ、ひいてはこの社会を壊す切り口とする。
血影としても、死柄木が考えたにしては悪くないと思っていた。
だが───
「だから嫌だっつってんだよ。何度も言わせんな。他の奴に任せろ。それといちいち癇癪を起こすんじゃねぇよ、ガキか」
指揮なんて面倒なこと血影は御免だったのだ。
血影の根本は依然として怠惰そのものなのである。
「……あ゛ぁ?」
血影の言葉に、死柄木は荒々しい怒りが音を立てて湧き上がるのを感じた。
脳の毛細血管が線香花火のようにぷつぷつと破裂していく。
「ハッハ。そう怒るなよ死柄木ィ。ブラッドが嫌って言ってんだ。なら認めるしかねぇだろ? 他に任せろよ」
心底楽しそうに、傍から見ていたマスキュラーは豪快な笑い声を上げる。
これだ。
これも死柄木を苛立たせる要因なのだ。
ヴィラン連合のメンバーも増えてきた。
しかし、メンバーの大半がステイン、もしくはブラッドの影響によって集まっていたのだ。
それ自体にも死柄木は不満だった。
そんななか現れたのがマスキュラーである。
マスキュラーはヴィラン連合に加わるかわりに、一度ブラッドと戦わせて欲しいと言ったのだ。
彼はただ単純に、伝説のヴィランとされる血影と血の沸き立つような戦闘がしたかったのである。
そんなこと血影が心底ダルいという顔をして断ることなど死柄木は分かっていたが、“やりたいことの邪魔をしないのがヴィラン連合”という理屈のもと快諾した。
これはほんの憂さ晴らしのようなもの。
溜まった鬱憤を少しでも晴らすとともに、未だ不透明な血影の実力を見ておきたかった。
当然、血影は難色を示したが『筋肉増強』という個性の有用性は図りしれない。
その事を理解できない血影ではなかった。
利害を考えれば、受けざるを得ない。
あらゆるものを天秤にかけた結果の苦渋の決断。
とはいえ、実は血影は数十年ぶりに身体を動かしたかったので損だけというわけでもなかったのだが。
ゆえに、ため息をつきつつもマスキュラーの申し出を受けたのである。
結果───血影は勝った。
しかもただの勝利ではない。
単純な殴り合いの末にマスキュラーを屈服させたのである。
あまりに暴力的なその力を目にした者は、血影が弱いはずがないとある程度予想していたとはいえ舌を巻いた。
そして、マスキュラーは晴れてヴィラン連合に加わったのである。
だが、それは思わぬ副産物を残した。
どういうわけかマスキュラーが死柄木よりも血影を慕うようになってしまったのである。
トガヒミコのこともあり、これではどちらがこの組織のトップなのかわかったものではない。
その事実がどうしようもなく癪に障る。
死柄木の腹の底に湧いた怒りは止まることなく膨らみ続けた。
怒りと鬱憤はぐつぐつと煮込まれ、表面化しない不和は広がり続けた。
結果として、溢れたのである。
「誰がヴィラン連合の頭だ? 俺だろうが。黙って言うこと聞けよ」
「ダルい。マスキュラーのときは俺が譲歩したんだからいいだろ今回は。荼毘にでもやらせろよ」
荼毘からしたら思わぬ飛び火である。
だが、そんなことを気にするような男でもなかった。
「……俺は別に構わんが」
「ほらな、こう言ってる。荼毘に任せよう」
死柄木も実のところ荼毘でもよかった。
指揮といってもあくまで形式的なもの。
こんな色物連中が統制のとれた行動をすることなど不可能だ。
リーダーとは名ばかりの、連絡や軽い指示などの雑務をこなさなければならない役割。
だからこそ血影は嫌なのだ。
ダルくて仕方ない。
しかし、気に食わない。
誰でもいいが、死柄木は自分がやれと言っているのに従わない血影がどうしようもなく気に食わない。
ガリガリ。
ガリガリ。
無意識に首を掻きむしる。
「もう、喧嘩はだめよぅ」
マグネがその気質ゆえに仲裁に入る。
「仲間同士で争うのは良くないぞ! いいぞもっとやれ!」
トゥワイスが混乱させる。
「若いねぇ。おじさん羨ましいよ」
何処吹く風のコンプレス。
スピナーやマスタードは完全に無関心。
ムーンフィッシュに至っては明後日の方向を向きながら「肉……」と呟いている。
「弔くん、血影サマが嫌って言ってるんです。嫌なことさせるの良くないです」
狂信者のようなトガヒミコの発言が、死柄木の苛立ちをさらに増長させる。
「……止めなくていいのですか?」
二人の成り行きを冷や汗とともに見守っていた黒霧が静かに問いかける。
『これでいい』
それに応えるよに、モニターからは愉快で仕方ないという声が響いた。
「もう一度だけ言ってやる……やれ」
「ダルいから嫌」
「そうか───死ね」
刹那、濃厚な死の香り。
次の瞬間にはどちらかが死ぬ、と予感させるほどに強烈なもの。
その光景をマスキュラーは楽しそうに哄笑しながら見守る。
両の手のひらを向け、血影との距離を急激に詰める死柄木。
血影の目には、より一層の疲労の色が宿った。
増強型の個性をもつ者には劣るといえど、死柄木の身体能力は決して低くない。
だが個性『吸血鬼』の能力により、血影の五感は人間のそれとは一線を画するほどに優れている。
ゆえに、あまりにも遅い。
ため息をついてしまうほどに。
とはいえため息の原因は死柄木だけではない。
血影は目の端で捉える。
一切迷うことなく死柄木の首を掻き切ろうとナイフを振っているトガヒミコを。
だから血影は片方の手でトガヒミコを押さえ、もう一方の手を死柄木の右手に優しく重ね、死柄木の左手を首をひねって躱した。
明確な殺意を持って行われたその攻撃。
「なん……で……」
だからこそ死柄木は疑問を零さずにはいられなかった。
「なんで、壊れないんだ」
そう、死柄木の五指は確かに血影の手に重ねられていたのだ。
にもかかわらず───『崩壊』しないのはどうしてなのか。
「だからテメェ、すぐにナイフ振り回すのやめろって言ってんだろ」
「離してください。刺す。刺します」
だが、そんな死柄木の疑問に応えることなく血影はとりあえずトガヒミコを処理しようと行動を始めた。
心底しんどいと思いながら。
「分かった、あとで俺の血やるから」
「やったー! わかりましたやめます」
その一言ですぐさまナイフをしまい、まるで借りてきた猫のように大人しくなるトガヒミコ。
「それで、死柄木よぉ……あんまり俺をがっかりさせんなよ」
ゾワリ。
血影の深紅の瞳が向けられた途端、死柄木は背筋に嫌なものが走った。
(クソ……)
それは恐怖。
体中の血液が逆流するほどの恐怖だ。
そして、全身に汗が流れるような不気味さ。
それを理解してしまっているからこそ、死柄木は内心で悪態をつく。
血影が手を離せば、反動で死柄木は尻もちをついてしまった。
「いつも言ってんだろ、考えろって。大きなもん壊すには、感情だけで動いちゃいけねぇのさ。俺を殺したいなら死ぬほど考えて、虎視眈々と隙を窺えよ。正面から俺に挑んで敵うはずねぇだろうが」
『吸血鬼』という個性は月日を経るごとに成長していく。
そういう個性なのだ。
そしてそれは今も止まることを知らない。
つまり、血影の個性は127年という胸がつぶれるほど長い時を成長し続けているのである。
死柄木の個性は人体を完全に塵にかえるまで1分の時を要する。
常人ならば為す術もなく死に至る凶悪な個性。
だが、その崩壊する速度は血影の回復と再生の速度を上回らなかったのだ。
崩壊したそばから回復し、再生する。
ゆえに崩壊しない。
するはずがない。
「ん、ちょっとヒリヒリしたわ」
それが、死柄木が血影に与えた痛みの全てだった。
「いいか、マジで死ぬほど考えろよ死柄木。お前がヴィラン連合のトップなんだ。何もかも壊すってのを簡単に考えんな。この社会を壊すってのはなぁ───俺を殺すより難しいんだぜ?」
その気配、迫力、存在感に死柄木は息を呑んだ。
そこには確かに、彼が『先生』と呼ぶ存在に勝るとも劣らないほどのカリスマがあった。
決して、血影への不満が消えたわけではない。
未だ納得できないことは山ほどある。
だがそれでも、血影のその言葉は少しだけ───死柄木弔の心を揺らしたのだ。
ゆえに、
「クソ……分かったよ。今回の指揮は荼毘に任せる」
毒づきながらも死柄木は折れたのである。
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