無職転生 - 異世界如何に生きるべきか -   作:語部創太

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 仕事だと思ってスーツ着てたらテレビから
「今日は天皇誕生日ですね!」

 …………二度寝しました。


第十一話「マーカスの目覚め」

---マーカス視点---

 

 

 

 

 

 今日はいよいよ自分の誕生日パーティだ。

 思い出すのは5年前。

 その時は王都ではなくサンドモール領内でのお祝い。

 近隣の中小貴族やサンドモール家と親交のある貴族が招かれる大きなパーティだった。

 

 しかし今回は王都で開かれる、前回よりもさらに大規模なパーティ。

 シーローン王国の王立学校に通うことになる自分の、同年代の貴族令息・令嬢たちも多数招かれる。

 さらに『ダンス』あり。

 

 あのアスラ王国の貴族では10歳からダンスが必修とされているらしい。

 シーローン王国でも、そこそこの家柄で10歳ならダンスくらい踊れて当たり前という暗黙の了解がある。

 サンドモール家は祖父カイロスの功績によって王都に屋敷をもらった家だ。

 その孫がダンスの1つも踊れないなど許されない。

 

 必然として、孫であるマーカスも8歳の頃からダンスの授業を受けていた。

 2年間練習した成果を思う存分に発揮してやる。

 大好きな祖父や父に褒められるくらい見事に踊って見せ、サンドモール家にとって有利となる交友関係を作るのだ。

 そしてあわよくば、見目麗しい令嬢と良い仲になってめくるめく学園ラブロマンスを――

 

 グヘヘ。

 おっと危ない。

 いつのまにか垂らしていたヨダレを拭いつつ、マーカスは意気揚々と屋敷の廊下を歩いていく。

 

 この日のために仕立てた一張羅は、姿見で確認しても自分によく似あっていた。

 何よりもまず、祖父に見せたい。

 マーカスは祖父が待つ部屋へと向かっていた。

 そこの角を曲がればすぐだ。

 足取り軽くコーナーを曲がると小さな人影と自分くらいの大きさの人影が見えた。

 ぶつからないように歩く速度を徐々に落とし――

 

「こんにちはー」

 

 

 

 ――そこには天使がいた。

 

 

 

「あ、あの……?」

 

 ハッとする。

 あまりの衝撃に一瞬、意識が飛んでいたいたらしい。

 

 改めて、正面で首を傾げる少女を見る。

 黄金の財宝を思わせる髪と、光の加減によっては暖かな暖炉を彷彿とされる瞳。

 身に纏っているドレスは新緑の若々しい色を基調としている。

 

 美しい。

 

 その鮮やかで華麗な色に()()され、

 マーカスは思わず息を飲んだ。

 惜しむらくはその年齢か。

 おそらくまだ5歳未満。

 

 幼い。

 あまりにも幼すぎる。

 だがそれが良い。

 

 庇護欲をそそられる小さな体躯。

 丸くプニプニとしていて焼く前のパン生地のように柔らかそうな肌。

 まるで彫刻かのように整って配置された顔の部位。

 

「失礼、可憐なお嬢さん。貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」

 

 この日、マーカスは開いてはいけない扉を開いた。

 

 

 

---

 

 

 

「とっとと起きんか!」

 

 翌日。

 まだ日も昇らぬうちから祖父のカイロスに叩き起こされた。

 久しぶりに稽古をつけてもらいたい。そう言ったのは自分だ。

 まさかこんな明け方からすることになるとは思わなかったが。

 

 まだ眠気の残る目を擦る。

 祖父と剣を交えるのは実に3年ぶりとなる。

 祖父がいなくなっても今日まで剣の稽古を怠った日は……なくもない。

 

 王都の学校に通うためには、剣が強いだけでは駄目なのだ。

 最低限の教養、礼儀作法を修める必要がある。

 学校に通うための勉強をする。

 矛盾しているようだが貴族とはそういうものなのだ。

 

 サンドモール家の一員として、たとえ王都の大貴族と言えどもナメられるのは誇りが許さない。

 父『ジャレッド』の望み通り、マーカスは剣の稽古の時間を削ってまで座学に費やすことを余儀なくされた。

 マーカス自身、剣術がそこまで好きというわけではなかったので粛々と従った。

 せいぜい、将来騎士になるために必要な教養の1つという風にしか捉えていなかったのだ。

 

 剣術はそこまで好きじゃなくとも、祖父カイロスは大好きだった。

 尊敬し、敬愛していた。

 だからこそ久しぶりに会って祖父に頭を撫でられたのは嬉しかったし、王都の学校に通うまで成長したことを褒められた時は自分が誇らしかった。

 

 だから。

 祖父ともっと話したい。

 ただそれだけのつもりだったのだ。

 剣を交えつつ、会話も交えたい。

 甘えたいだけだったのだ。

 

 祖父カイロスは甘えを許さなかった。

 家族に対してどこまでも甘い男は、

 剣に対してどこまでも真摯だった。

 

 さらに、3年前から身体的に成長した一方で剣術ではほとんど成長していない孫に怒りも覚えた。

 それがまた、カイロスの熱血指導を加速させた。

 

 何度も。

 何度も。

 東の空が赤く染まり始めた頃になって、ようやく祖父の剣が止まった。

 

 やっと終わりか。

 肩で息をしながら、祖父の向いた方を見る。

 

「おお、ソフィアちゃん!!」

 

 そこには昨日の天使がいた。

 思わず息を飲む。

 昨日の可憐なドレス姿とは打って変わって、庶民の少年のような服を着ている。

 

 男装? いや、とんでもない。

 あの可愛らしい顔が見えないのか。

 幼いながらも男のそれとは違う柔らかさを感じさせる身体つきが分からないのか*1

 

 ズボンを履いてもまだ隠せないその美しさ。

 むしろそのような格好だからこそ、自分を女性として意識しておらず着飾らない純真さこそが。

 いや、むしろ女性のような恰好をしていないという恥じらいからズボンを履いているのか?

 だとすれば、良い。なお良い。

 ソフィアという少女の魅力が最大限に発揮されている。

 

 マーカスは、自分の中で新たな扉が開くのを感じた。

 

 

 

---

 

 

 

 天使に見惚れていたら、いつのまにか祖父との稽古を見学されることになっていた。

 冗談じゃない。天使の前で無様を晒せるか。

 そう思いカイロスに反対するも、

 

「女に見られて鈍る剣など捨ててしまえ!」

「っ!」

 

 グゥの音も出ない。

 結局言い返せないまま、祖父に向けて木剣を構える。

 だったら祖父から1本取ってしまえば良い。

 ここでカッコイイところを見せればソフィアから自分の方に寄ってきてくれるに違いない。

 

 マーカスの心に邪心が産まれた。

 その欲望にまみれた心が、マーカスの構えを弛緩させた。

 それを見切ったカイロスがわずかに眉をひそめたことに、マーカスは気が付かなかった。

 

 それまで常に先手を取っていたカイロス。

 その剣先がわずかに逸れたのをマーカスは見た。

 長い稽古で疲れたのか。それともどこか痛めているのか。

 ほんのわずか。わずかにズレた剣先。

 完璧に見えたカイロスがわざと見せた隙。

 マーカスは好機とばかりに飛びかかり。

 

 そのプライドがボロ雑巾に変わるまで打ち付けられた。

 

 稽古の終了が告げられた。

 カッコイイどころか、情けない姿しか見せられなかった。

 全身が打撲だらけで、痛くてしょうがない。

 ソフィアから向けられる憐憫の視線が、何よりも痛くてたまらなかった。

 

 しかし、こんな情けない自分にも。

 天使は水に濡れた布を差し出してくれた。

 祖父に叱られて項垂れる自分の手を取って励ましてくれた。

 

「がんばってください! マーカス兄さま!」

 

 その眩しい笑顔に、ズタボロになった心が癒されていくのを感じた。

 貴女が天使か。

 マーカスは感激の涙を流した。

 

 気付けばソフィアはカイロスと談笑していた。

 自分が天使と話す時間を奪っていく祖父に、初めて強い憎しみを覚えた。

 やがて祖父が朝食の時間だと言って立ち上がる。

 

「行くぞ、ソフィアちゃん」

「はい! あっちょっと待ってください」

 

 こちらに駆け寄ってきた天使は、その魅惑の声で自分の耳にそっと囁いた。

 

「…………内緒ですよ?」

 

 自分の右腕にそっと触れられたソフィアの左手が淡く光るのを、マーカスは見た。

 たちまち身体中の痛みが消えていく。

 痣となっていた部分も綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「それじゃ、学校と剣術がんばってくださいね」

 

 ニコリと笑って走り去っていく天使。

 その神々しい後ろ姿を見た瞬間、マーカスは理解した。

 自分の全ては、あの天使に捧げるためにあったのだと。

 

 疲労感の残る身体に鞭打って立ち上がる。

 突き指の痛みがなくなった右手で、地面に落ちていた木剣を握る。

 

「――フッ!」

 

 使用人が朝食だと呼びに来るまでの間。

 稽古場に、剣を振る音だけが響いていた。

 

 

 

 

 

---ソフィア視点---

 

 

 

 ……いや、気持ち悪いとは思ったけど。

 さすがに怪我してるのを無視はできなかった。

 痛いのはイヤだって私でも分かる。

 おじいさまは「捨ておけ」って言ってたけど、

 さすがにそれはあんまりなんじゃないかなって思った。

 

 だからちょっと戻って回復魔術をかけてあげた。

 体に触るのは嫌だったけどしょうがない。

 

「何を話したんだ?」

「ないしょー」

 

 おじいさまの肩に乗せられて食堂まで向かう。

 ちょうど太陽の光の加減で、おじいさまからは回復魔術の光は分からなかったはず。

 勝手に魔術を使ったとバレたら怒られるかもしれないからね。

 内緒にしておくに越したことはない。

 あぁ、そうだ。おねだりの続きをしないとね。

 

「おじいさま。剣、練習してもいい?」

「もちろんだとも。何事もやってみるのは良い心構えだ」

 

 やったぜ。

 それじゃあ明日からは基礎体力トレーニングを頑張っていこうかね。

 今のひ弱な幼女のままじゃ、木剣すら持ち上げられないしね。

 

*1
幼児は皆プニプニしているので、完全にマーカスの欲目である。幼児の頃から女の身体つきしててたまるか




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