「構えてみなさい」
早朝。
渡された木剣の重さにフラフラしていると、おじいさまから指示が出された。
構える、ねえ。
剣の構え方とかよく知らないんだよね。
マンガとかアニメで見てたようなのかな?
カッコイイ構えを前世の自室で練習してたこともあるけど。
はいそこ。中二病って言わない。
特に型を指定されたわけじゃないし、あれこれ考えずとりあえず構えてみよう。
無難に剣道の構えで良いかな。高校で授業あったし。
剣の根元がおへその辺りになるように構える。たしか握り拳1つ分くらい隙間を作るんだっけ。
足は右が前、左足はかかとをちょっと浮かせる。
剣先を相手――おじいさまの喉元に向けて、完成。
剣道でいう中段の構えだ。
「ふむ…………」
私の構えを見て、おじいさまは顎を撫でる。
ツルンツルンに剃られた顎を、だ。
豊かに蓄えられた自慢のヒゲは、私が嫌がったから無用の長物になったそうで。
なんか罪悪感がする……。
でも、ヒゲを剃ったおじいさまは以前より10歳くらい若返って見える。
うん。そっちの方がカッコイイと孫は思います。
「…………ソフィアに向いているのは、水神流かもしれんな」
どうやら私にどの流派が合っているのかを探るための構えだったらしい。
構え1つでそんなの分かるものなんだ。
水神流っていうと、防御とカウンターを重視した流派だったっけ。
攻めるというよりは守るための剣術ってやつか。
「騎士の中にも、水神流を修めている者は多い。
気配や魔力を肌で感じ取って動くから、
魔術を勉強しているソフィアにも合っているはずだ」
はぇ~、しゅごい。
色々と考えてくれてるらしい。
ただ可愛がるだけじゃなくて、しっかり剣術を修得させようと考えてくれるのはすごくありがたい。
じゃあ私は水神流を中心に剣の鍛錬に励めばいいらしい。
「では、ワシが振るう剣を避けてみなさい」
「へ?」
あ、あれ? いきなり対人戦?
基礎とかは? まだ剣の振り方も知らないんですけど?
というか木剣持ってフラフラしてるんだし、走り込みとか筋トレとかそういう身体を鍛える的なのも必要だと――
「それは後で良い」
良くない! 絶対に良くない!
基礎は大事! 剣道の先生が言ってた!
もっとこう、素振りとか足運びのやり方から練習した方がいいと思うんだ私は。
「では行くぞ」
聞いちゃくれない。
この人ひょっとしなくてもスパルタだ。
「にょえー!?」
慌てて右に跳ぶ。
さっきまで私が立っていた場所に木剣が振り下ろされるのを見て、冷や汗が出てくる。
ビュオッてした! 風圧で髪がサラッてなった!
剣を避けた私を見て満足そうに頷くおじいさま。
「うむ。では次だ」
「いつまでやるんでしょーか……?」
「ソフィアが避けられなくなるまでだ」
冗談じゃない! マーカスの二の舞はごめんだ!?
あんなボッコボコになるまで痛めつけられてたまるかこのサディストめ!
ムリ! 痛いのはムリィ!
アメリアさんが朝食だって呼びに来るまでの時間、
私は必死になって襲いくる木剣を避け続ける羽目になった。
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身体はヘトヘトになったけど、頭と口はまだ動く。
ということで、朝食を食べたらお母さまと一緒に魔術の勉強だ。
おじいさまは仕事に行った。
マーカス兄さまはお茶に呼ばれたとかで出かけていった。
お父さまは調べ物があるとかで部屋に籠っている。
朝の鍛錬でも使った稽古場に立つ。
中級以上の魔術を練習するには狭すぎる木造の家から、
広々とした屋外へと練習の場を移した。
ということで、いよいよ火系統の魔術を練習させてもらえることになった!
一応、今の段階で私が使える魔術が以下の通り。
火系統 初級
水系統 上級
土系統 初級
風系統 初級
治癒 中級
シレッと治癒魔術も中級だったりする。
攻撃する他の魔術と違って屋内でも安全に練習できる魔術だからね。
お母さまが上級まで使えるっていうのも僥倖だった。
火系統は仕方ないにしても、土と風の修得が芳しくないんだよね。
単純に相性の問題なのか、それともまだ忌避感が拭えないのか。
土遊びでもしてみようかね。
ドロドロになるまで遊んだらまた何か変わる気もする。
まあ、それを試すのはまた今度。
今日のメインは火系統の魔術。それも中級の修得が目標だ。
「汝の求めるところに大いなる炎の加護あらん!
暴れ狂う炎よ、巨大な恵みを焼きつくせ! 『大火球』」
火球弾よりもさらに大きい火の玉が飛んでいく。
大の大人をスッポリ包めそうなくらいの大きさだ。あれが自分の身体に直撃したらと思うとゾッとする。
大火球はそのまま土が剝き出しの地面に落ちて消えた。
まだちょっとグツグツしてるけど、すぐに消えるだろう。
「ソフィアは初級もすぐ使えるようになってたし、これもすぐ出来るようになると思うわ」
お母さまからも太鼓判を押されたし、さっそく唱える。
杖を握りしめてムムムッと集中する。
私はけっこうアレコレ考えすぎて1つのことに集中できてないことが多いから、初めて使う魔術はしっかり集中しないとアッサリ失敗してしまう。
深呼吸を1つ。
よし、落ち着いてるな。
では行きます!
「汝の求めるところに大いなる炎の加護あらん!」
…………あれ?
なんだろう。
上手く言えないけど、このままじゃ失敗する。
そんな予感がした。
「…………」
詠唱をやめる。
原因の分からない不安を感じて、詠唱を続けることが出来なかった。
「あら? 詠唱文を忘れちゃった?」
「……うん」
お母さまの言葉に生返事をしながら考える。
今までこんな気持ちになることはなかった。
魔術を使うことへの恐怖? いや、魔術を使うのは別に怖くなかった。
それより私はもっと別の何かを恐れていたような――
「――――レオナさん」
「っ! お義母様…………」
思考の沼に入ろうとしていたら、お母さま以外の声が聞こえた。
顔を上げると、何やらちょっと険しい顔をした女の人が立っていた。
「ちょっとお時間いただいてもよろしいかしら?」
「は、はい…………」
ムッ! お母さまの元気がなくなった!
さてはこの女性、お母さまに意地悪する気だな?
ここは私がお母さまの盾となりお父さまの代わりに守り抜いて――
「ソフィアちゃんは1人で良い子にできますね?」
「できるー!」
――ナデナデには勝てなかったよ。
「では行きましょうか」
「はい。ソフィア、すぐ戻るからね?」
「いってらっしゃーい」
うーん、ちょっと心配だけど。
まあ大丈夫でしょ。
『オリビア』おばあさまとはまだ少ししかお話してないけど、
厳しい印象とは違ってすごい優しい人だったし。
すぐ戻ってくるらしいし、そんな大層なお話ではないんだと信じたい。
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ということで。
1人になったし魔術の練習は中断して、土遊びをする。
作るのは、みんな大好き泥だんご。小さい頃に良く作ったよね。
足元の土を水魔術で濡らしてひたすらコネコネしていく。
丸い球体を作ったら、今度は乾いた土――ちょうどお母さまが燃やしてたところの土をかけてまた丸めていく。
そうしたら風魔術で乾燥させる。
本当は30分くらい日陰で乾燥させるのが良いんだけど、私はせっかちだからチョチョイッと*1。
あっという間に泥だんごの完成。
この後にも砂をまぶして磨いてって作業が残ってるんだけど、別にそこまではしない。
今回の目的はあくまで土遊びだしね。
せっかく作った泥だんごだけど、わざと壊して水で濡らして泥に戻す。
そしてまた一から泥だんごの制作。
それを延々と繰り返す。
単純な反復作業は得意ですとも。
ひたすら泥だんごを作りながら考える。
なんで大火球に失敗したんだろう?
あの時に感じた不安の正体は何だったのか。
思い出す。
お母さまが大火球を放った時のことを。
あの時、ずっと待ちわびていた火の中級魔術を見てもそんなに興奮しなかったなぁ。
もっとこう、最初の時みたいにワクワクするもんだと思ってたんだけど。
思い出す。
最初にお母さまが火球弾を放った時のことを。
初めて見る魔術に興奮した。
特に火っていうのがカッコイイよね。
主人公ってみんな火を使うじゃん。ルーデウスは水と土が得意だけど。
だから余計に興奮したのを覚えてる。カッケー! って。
思い出す。
自分が最初に火魔術を放ったあの時を。
ベッドの柵に燃え移り、お母さまが来るまで自分を取り囲んでいた火の海。
ゾッとする感覚がした。
ああ、これかぁ。
私、火が怖いんだ。
潜在的な恐怖心で、無意識のうちに魔術を使わないようにセーブしてたんだな。
試しに修得したはずの火球弾を放ってみる。
出ない。
今度は詠唱ありで。
プスッと音を立ててすぐ消えた。
うん。
トラウマになっちゃってるな。
魔力がつっかえてる感じがする。
参ったな。すんなり使えると思ってたんだけど。
火を見るのが怖いなんて火を見るより明らかだ、なんてややこしい言い回しを思いつきながら。
このトラウマをどう克服するべきか。
私は頭を悩ませた。
「『
一方、土魔術はあっさり中級まで出来るようになった。
何がキッカケだったのかは分からない。
まさか本当に泥だんご作りが効果あったわけじゃあるまいし。
でも「土(汚れ)は排除するべきもの」っていう意識は薄れたのかな。
とにかく修得できたし、終わり良ければすべて良しってことで。
…………ひょっとして、上級魔術もできるのでは?
ワクワクしながらお母さまが置いていった魔術教本をペラペラめくる。
おっと、ちゃんと手は洗いましたよ?
『
よし、集中集中。
土のカマクラ、土のカマクラ、カッチカチのカマクラ……
さあ、いざ行かん! 2つ目の上級魔術!
せーのっ!
「お嬢様!? なんで泥だらけなんですか!?」
おぉっと!?
「あ、アメリアさん」
「すぐお召し物を脱いでください! ああ早く身体を洗わないと」
「も、もうちょっとだけ練習を」
「ダ・メ・で・す!」
そんなご無体なぁ!
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その後。外で遊ぶのを禁止されたので不貞腐れながらお父さまの膝上で本を読んでいたら、
お母さまがすっかり元気になった様子で戻ってきた。
「もう元気? 大丈夫?」
「もう大丈夫よ。心配かけちゃってごめんね」
そっかそっか。おばあさまと何を話したのかは分からないけど。
元気になったなら何より。
やっぱり大好きな母親にはニコニコ笑っててほしいからね。
「ハニー……」
「ダーリン……」
元気になったのはいいけど、娘の前でイチャつき始めるんじゃないよ。このバカップルめ。
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