脳内ロキシー「なら1日2話投稿すればいいじゃないですか」
ボク「ロキシーはそんなこと言わない!!」
ということで、今日は2話投稿です。
レオナは、オリビアのことが苦手だった。
初めて会った時から、どことなく心の距離を感じるのは気のせいではないはずだ。
快活な夫カイロスとは違って物静かで気品に溢れるその様子は、誰もが想像する貴族そのもの。
その洗練された仕草に、レオナはどこか気後れしてしまった。
つい先日も、気を利かせたカイロスの提案で2人きりのお茶会をしたが会話はあまり弾まなかった。
孫であるソフィアはどうしているか。教育はどのようなものをしたのか。
そういった話を簡単にしただけだった。
オリビアはいつも、レオナが去ろうとすると少し迷う素振りをする。
まるで何かを言いたいような、でも言ってしまっていいのか。そんな逡巡。
いったい何を言いたいのだろうか。
例えばそう、出自についてとか?
貴族然としたオリビアにとって、息子の妻が孤児であるというのは不満なのかもしれない。
礼儀作法もままならず、身分も不確か。外聞も悪いだろう。
なにせ、今でも言葉遣いや振る舞いを1つ1つ丁寧にダメ出ししてくるくらいだ。
当主である義父カイロスはレオナを受け入れてくれた。
屋敷に住む許可を出してくれた。
でもオリビアは?
夫人である彼女には、屋敷内での裁量にカイロスと同等の裁量権がある。
貴女なんか家族として認めない。
あの厳しそうな顔でそう言って追い出されたらどうしよう。
ただ話に誘われただけなのに、レオナの不安は大きく飛躍して増大し続けている。
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義母オリビアに連れられてきたのは庭園だった。
オリビアが好きな場所の1つで、昼下がりにはよくここでお茶を楽しんでいるのだとか。
「人払いは済ませておきました」
そう前置きしたオリビアの言葉に不安がよぎる。
先ほどからレオナに背中を向けたままのオリビアが、何やらゴソゴソと怪しい動きをした。
「先ほど拝見させていただきましたが、レオナさん」
「は、はい!」
「貴女の魔術は素晴らしいですね。見事な火の玉でした」
「ありがとうございます!」
緊張で生唾を飲み込む。
尋常ならざるオリビアの、何か決心をしたような雰囲気に緊張する。
「話というのは他でもない――
コレです!」
振り返ったオリビアは、レオナに向けて杖を向けた。
先端に埋め込まれた青い魔石を見て、レオナは息を飲んだ。
大きい。
恐らくはBランクの魔物から出たもの。
自分が魔法大学卒業の時に師匠からもらったものと同等の逸品。
しまった。自分の手に杖はない。
ソフィアに渡したままだ。
オリビアが魔術を扱えるなんて聞いたことがない。
だが、ここまで上等な杖を持っているということは少なくとも上級以上の使い手。
この至近距離。外す方が難しいだろう。
まさかこんな直接的な手段に出るなんて想像できなかった。レオナは自分の判断ミスを呪った。
きっと自分はここで葬られてしまうに違いない。
ああソフィア。すぐ戻るって約束、守れなくてごめんね。
お母さんがいなくなっても元気で健やかに育つのよ。
レオナは一瞬のうちに自分の死を受け入れ、そっと目をつぶ――――
「私にも魔術を教えてちょうだいな!」
――――はい?
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オリビアはサンドモール領内の産まれだ。
代々サンドモール家に仕える騎士の家系で、昨年死去した自分の父親も先代サンドモール当主の直属部隊に選抜されるなどその腕を存分に振るった。
オリビアとカイロスの出会いは、カイロスの5歳を祝うパーティの時だった。
お互いに一目惚れした2人は15歳を迎えると同時に結婚。
カイロスがどんどん出世していくのを見て、その隣に寄り添っていても恥ずかしくない妻となるべく行儀作法を徹底的に磨き上げたオリビアの華麗な出で立ちは、今や宮廷の女官たちの憧れの的である。
「っていう身の上話をしたことはなかったかしら?」
「ぞ、存じ上げませんでした」
どこぞの大貴族の出かと思っていた。
そう漏らすレオナの言葉を聞いて、嬉しそうに目を細めるオリビア。
自分の磨き上げた立ち振る舞いを褒められているようで心地良かったのだろう。
「そんなお義母様が、どうして魔術を――」
「私、剣術が大の苦手だったの」
いつしか2人は腰を落ち着け、のんびりお茶を飲みながら会話を交わしていた。
「女性騎士として夫の隣に立ちたかったけど、それは無理だった。
だから代わりに鍛えた武器が、行儀作法といったお勉強」
「オリビア様の貴族たるお姿は、私もお手本にさせていただいております」
オリビアは苦手だが、その素晴らしい振る舞い方は見て学ぼうとしていた。
レオナのその言葉を聞いて、オリビアはさらに嬉しそうに微笑む。
「剣がダメだったら他のこと。
自分はそうしていたのに、息子のジャスティンにはそれを当てはめて考えてあげられなかった」
だから見ず知らずの魔術師に才覚を見出され、遠く離れた土地に旅立った息子を見てやるせない気持ちになったという。
そしてこうも思った。
これまで肩身の狭い思いをさせた分、帰ってきたらもっとノビノビ自由にさせてやろうと。
「そしたらこんな可愛いお嫁さんを連れてきて、
孫娘の顔まで見せてくれるなんてねぇ。
レオナさんには感謝してもしきれないわ」
「いえ、私なんか全然!
いつもジャスティンさんに甘えっきりで
家事くらいしか出来ませんし」
「あら。そんなことないわ」
オリビアは下を向くレオナの手を握る。
「息子はいつも、楽しそうに貴女たちのことを話すのよ。
帰ったらこんなことがあった。送られてきた手紙にはこう書いてある。ってね」
本当に幸せそうに笑う息子の姿を見たのはいつぶりだろうか。
それを引き出せたのが自分でないのは悔しいが、それだけ愛されている家族にはぜひ会ってみたかった。いっぱい話してみたかった。
「レオナさんは私のことが苦手だったようだし、
ずっとお互いに緊張していたから言葉数も減ってしまいましたけれど」
「お義母様も緊張してらっしゃったんですね……」
あれだけしかめっ面をしていたオリビアが、自分と何を話していいか分からず緊張している。
その様子を想像してみて、レオナは思わず笑ってしまった。
「…………うん。やっぱりレオナさんは笑顔が素敵ね」
周りでパッと花が咲き誇るようだわ。オリビアに褒められて耳まで真っ赤に染まる。
「私、結婚に反対されているのだと思ってました」
「とんでもない! 家族が増えるだなんて何より喜ばしいことじゃない!」
ああ、だからか。オリビアは気付く。
レオナがこの屋敷で不安そうにしていたのは、自分のハッキリしない態度が招いた誤解だったのだと。
「――レオナさん。いいえ、
「は、はい!」
いきなり大声で呼ばれて背筋をピンと張るレオナの身体をギュッと抱きしめる。
「貴女はもう、私の。このサンドモール家の大切な家族よ」
その言葉を聞いた途端。
レオナの目から暖かい雫が零れた。
許された。
受け入れられた。
私の居場所は、ここにある。
サンドモール家に嫁いで5年。
レオナは初めて、サンドモールの一員になったと実感できたのだった。
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「私ね。剣術のことは少し分かるけど、魔術はサッパリなの」
この杖もジャスティンからの借り物だしね、と苦笑するオリビア。
正確にはジャスティンが収集していたコレクションの一部をコッソリ持ち出したのだが。
「だから知りたいの」
息子が何をやっているのか。
義娘が何を学んできたのか。
孫がどんな道を歩もうとしているのか。
「教えてくれないかしら、
「はい! 喜んで!」
手を取り合って笑う2人の間に、もうこれまでの溝はなかった。
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