俺にもくれ(切実)。
ホッタンフィールドの朝は早い。
まだ辺りが暗いうちから工房の炉に火を入れる。
金属を熱し、金床で叩く。
冷めたらまた熱して叩く。
ただひたすら、無心になって叩く。
ホッタンフィールドが何よりも生きていると実感するのが、この瞬間だった。
その日の朝も、ホッタンフィールドはいつもと同じく炉に火種を投じた。
そして朝の空気でも吸って眠気を冷まそうと外に出た。
それはいつもと同じ朝だった。
ただ1つ違っていたのは、目の前に昨日見た幼女が立っていたことだろうか。
ギョッとするホッタンフィールド。
なぜこんな朝早くから貴族のご令嬢が外に出ているのだ。
そもそもなぜ自分の店の前に立っているんだ。
内心で首をひねる大男に向かって、小さく幼い少女は頭を下げる。
「剣を打っているところを見せてもらえませんか」
---
ダメだ、と拒否することはできた。
サンドモールの屋敷まで送ってやることもできた。
余計な邪魔をするなと叱りつけることもできた。
しかし、ホッタンフィールドはそのどれも実行に移さなかった。
いや、移せなかったのだ。
吸い込まれるように綺麗な瞳。その奥に宿る、何か熱い焔を見た。
気づいた時には、工房の金床の前に立っていた。
椅子に座りジッとこちらを見ている少女を見てため息を漏らす。
子供は苦手だ。ワガママだし、イタズラをするし、好奇心の赴くままに生きている。
しかし上客の、ましてや友人の孫となれば邪険に扱うわけにもいかない。
「邪魔はするなよ」
「はい」
釘を刺してから、目の前の金床と改めて向き合う。
小槌を持ち、一心不乱に目の前の金属を打ち付けていく。
そこに邪念はなく、目の前の剣になる金属と対話する至福の一時が──
しかしその日は、どうにも集中することができなかった。
後ろからの視線が気になってしかたない。
手を止めて振り返ると、視線の主とバッチリ目が合う。
身を乗り出すように自分の一挙一動を観察している。
見開かれた瞳は瞬きをしているのかと思うほどだ。
その目を見返して、おやと気付いた。
「お前さん、右と左で少し目の色が違うんだな」
「? そうですか?」
火の揺らめきに反射する色が、わずかだが異なる。
左目は右目に比べてやや色素が薄く、光の加減によっては髪色と同じ金色に見える。
炉の炎と同調するように色が変わる瞳を
ガキの両目の色なんかどうでもいいじゃないか。
気を取り直して再び目の前の金属を鍛えることに専念する。
しかし、どうにも後ろが気になる。
思えば、鍛冶職人としての仕事を誰かに観察された経験などなかった。
弟子入りを志願する輩もいたが、自分が気に入るような奴はいなかった。
常連のカイロスだって、工房に足を踏み入れてきたことはない。
だからだろうか。
自分の作業を身動ぎ1つせず注視してくる年端もいかない少女に興味が湧いてしかたない。
いや、邪念は剣に不純物を混ぜるだけだ。
集中しろ。いつもやってきたように、目の前の金属を鍛えあげることだけに集中するんだ。
自己暗示をかけるようにウンウン唸りながら、熱が下がり固くなってきた金属を炉の中に突っ込んだ。
ジュウゥゥ……と大きな音が工房内に響いた瞬間、
「っ!」
背後の少女が小さな悲鳴を漏らしたのを、ホッタンフィールドは聞き逃さなかった。
なんだ。可愛いところもあるじゃないか。
ちょっとしたイタズラ心が芽生える。
「なんだ。お前さん、火が怖いのか」
「…………怖くない、です」
振り返ると、どこか拗ねたように頬を膨らませながら居心地悪そうにモジモジしている少女がいた。
その意地っ張りな様子が、ますますホッタンフィールドの嗜虐心をくすぐる。
「おいおい、嘘は良くないぜ? 嘘をつくとスペルド族がやってきて、頭からパクリと喰われちまう」
古くからの言い伝えを口にする。恐ろしいスペルド族の昔話を躾のために言い聞かせられるのはどこの家庭でも共通している。
この少女だってこれを聞けば大人しくなるだろうと。
だが。スペルド族と聞いたとたん、目の前の少女は元気を取り戻した。
「知らないんですか? スペルド族は魔神ラプラスに操られてただけで、ホントは心優しい魔族なんですよ!」
ビキッ! とホッタンフィールドの額に青筋が走った。
腰に手を当ててフフンと得意気に鼻を鳴らす姿はまさに、ホッタンフィールドが大嫌いな、生意気な子どもそのものだった。
これはちょっとお灸を据えなければならない。手に持っていた小槌を置いて立ち上がった。
「そうかそうか。スペルド族は怖くないか」
「もちろんですとも!」
「それじゃ、お前さんは怖いものなしってわけだ?」
「え? いや、そういうわけじゃないですけど……」
チラリと目線が逸れた先には、ホッタンフィールドが持つ火箸に挟まれた真っ赤に燃える金属。
「なんだ。やっぱり怖いんじゃねえか」
「こ、怖くないし!」
強がる少女。
だが声は震えているし、目には涙が浮かんでいる。
まったく、素直じゃないな。
くだらない意地を張る少女にちょっと意地悪してやろうと、ホッタンフィールドは悪い笑みを浮かべた。
そんなに怖いなら、思う存分触らせてやろう。
生意気を言った罰だ。
ホッタンフィールドはソフィアを持ち上げると金床の前まで運んでいく。
「アッツ! 近い、火と近い!」
「こんぐらい大丈夫だ。燃えやしねえよ」
椅子に座ると膝上にソフィアを乗せる。
髪越しに香ってきた甘い匂いにクラッとするが、ガキ相手に馬鹿なと気を引き締める。
「ほれ、これを持て」
「は、はい」
右手に小槌を握らせ、それを補助するように自分の手で包み込む。
そして大きく振りかぶった。
振り下ろすと、包み込んだ柔らかい手を通してジーンと痺れるような振動が伝わってくる。
「いったーい!?」
「それが良いんだろうが。まだまだいくぞ!」
「うえぇぇ!?」
ガン、ガン、ガン
繰り返し、繰り返し叩く。
冷めたら熱して、また叩く。
1回叩く度にギャーギャー騒いでいた膝上の少女は、いつしか黙って手元を見ていた。
先ほどまで自分を見つめていた瞳は、赤々と燃える火と金属から目を離さない。
火に揺らめいてキラキラと色を変える右目は宝石のように綺麗だった。
百近く小槌を振るったあとに、ようやくソフィアを解放する。
慣れない作業に疲れたのか、膝の上でグッタリ力を抜く少女の頭を撫でる。
子ども特有の甘い匂いが鼻孔をくすぐった。
「んで、どうだった」
「はえ?」
どこか気の抜けた様子の少女を見て笑みが零れる。
自分も最初はそうだった。叩くだけで疲れ果てて頭がボーッとして。
でもそれが何とも言えない心地良さを生み出していた。
だから俺は鍛冶が好きなんだ。
「楽しかったか?」
「…………はい」
「まだ火は怖いか?」
キョトンと目を瞬かせた後、しばし考えこんで。
ソフィアはパッと顔を上げた。
「――もう大丈夫です!」
それでいい。
お仕置きしてやろうという気持ちはどこへ行ったのか。
ホッタンフィールドは、何とも言えない達成感に酔いしれた。
「ホッタンフィールドォォォォ!!」
工房の外から聞き慣れた大声が響いてきた。
ソフィアと顔を見合わせた後、笑い合う。
「はいよ。そんなに叩くとドアが壊れちまうだろうが」
「ソフィアは! ソフィアはいるか!?」
扉を開けた瞬間に押し入ってきたカイロスは、大切な孫娘の無事な姿を見て号泣しながら抱き寄せた。
だが、それほど大切に思う気持ちもどこか分かる気がする。
自分に改めて鍛冶の面白さを教えてくれた少女が揉みくちゃにされているのを見ながら、ホッタンフィールドは言いようのない満足感を感じていた。
ソフィアが火上級魔術を修得したのは、その1週間後のことであった。
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