無職転生 - 異世界如何に生きるべきか -   作:語部創太

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 俺はロリコンじゃない。
 でもロキシーは神。


第十七話「師匠」

 ロキシーがやってきた。

 

 それは本当に突然のことだった。

 家族で夕食を囲む団欒の一時。

 マーカス兄さまの学校でのお話とか、おじいさまが最近の騎士は弛んでるって愚痴を漏らすとか、おばあさまが庭園に何の花が咲いたとか。

 

 そんな取るに足らないアレコレを話している最中。

 隣に座るお父さまが、そういえばと切り出したのだ。

 

「今日、魔法大学時代の先輩にお会いしましてね」

 

 王宮ですれ違ったので思わず声をかけたらしい。

 何でもとある王子の家庭教師として雇われたのだとか。

 

 私はグレースさんから習ったテーブルマナーを実践しようと悪戦苦闘しつつ、どこかで聞いたことがある話だなーなんて、他人事のように聞き流していた。

 

「ああ、騎士団の方でも噂になっていたな。たしか単独で迷宮を踏破した、まだ幼い水聖級魔術師だったか」

「いえ、魔族なので若く見えるだけで、たしかもう30は軽く越えていたはずですよ」

 

 ……いや、聞いたことあるというか。

 私はその話を()()()()()

 必死に動かしていたナイフを止めて聞き耳を立てる。

 

「そうか。それなりに場数を踏んできたベテランというわけだ。ぜひ一度会ってみたいな」

「もしロキシー先輩のお時間が合えば、その時は屋敷に連れてきましょう」

 

 ロキシー・ミグルディア。

 原作のメインヒロインの1人が、とうとうシーローン王国にやってきた。

 

「ロキシーって人はそんなにすごいのねぇ?」

 

 聞いていたお母さまが膨れ面になっている。

 それを見ておばあさまがあらあらと笑う。ついでに私もあらあらと真似しておく。

 愛する夫が自分以外の女性のことを嬉しそうに語る。そりゃあ嫉妬するってもんですよ。

 さあお父さま。拗ねてしまったお母さまをどうやって慰めるつもりですか?

 

「そうなんですよ! ロキシー先輩はすごいんです! 大学時代も――」

 

 ダメだコイツ。

 憧れの先輩に会えて嬉しいのは分かるけど、そんなんじゃ愛想尽かされちゃうよ?

 ほら、お母さまとおばあさまの目がドンドン冷たくなってく。

 おじいさまとお兄さまは興味深そうに聞いてるし、私もできることならロキシーの話を聞いていたいけど。

 

「――それで、師匠であるジーナス先生と言い争いする声がアイデッ!」

 

 饒舌に喋り続けるお父さまの脛をおもいっきり蹴りつける。

 何が起こったのかとキョロキョロ見回すお父さまの目が留まった先には、食事の席を立とうとするお母さま。

 

「は、ハニー?」

「なんですか。ジャスティンさん」

 

 お母さま、思ったより怒ってるみたい。こりゃ止めるタイミング遅かったかな。

 自分が何をしたのか察したらしい。ガックリ肩を落とすお父さま。

 すまんなパパ。ルーデウスじゃない私にこれ以上のフォローは無理だ。

 

 お母さまとおばあさまが席を立ち、すっかりお通夜状態になった食卓。

 すっかり冷めてしまったスープを飲みながら、おじいさまがポツリと漏らす。

 

「ロキシーさんを我が家に招くのは、当分やめた方が良いな」

「はい……」

 

 それにしても。

 家族大好きなジャスティンをここまで夢中にするロキシー。

 さすがメインヒロインの1人なだけはある。

 私の中で、まだ会ったことのないロキシーに対する評価が勝手に上がったのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 翌日。

 午後の最初は礼儀作法のお勉強。

 とは程遠い、鬼ごっこの時間。

 

 ドレスを持つグレースさんからどうにかして逃げようとフェイントを駆使して立ち回っていると、アメリアさんが慌てた様子で入室してきた。

 何かをグレースさんに耳打ちすると、グレースさんが険しい表情に変わる。

 

「どうかしたんですか?」

「何でもありません。ですが、今日のお勉強はここまでにしましょう」

 

 あれだけ必死になってドレス着せようとしてたのを唐突に中止して、

 何でもないってことはないだろうに。

 

「レオナ様のご様子は?」

「それが、どうしても行きたくないと」

 

 お母さまは今朝から不機嫌だったからなぁ。

 魔術の授業もお休みにして、おばあさまとずっとお話してたみたいだし。

 

「オリビア様はなんと?」

「今日はレオナ様の傍にいたいと仰っています」

 

 グレースさんが眉間の皺をほぐしながらため息をつく。

 何やらお困りの様子だ。

 お母さまとおばあさまにしか対処できない緊急事態が発生したっぽい。

 何があったか聞きたいけど、ただでさえ礼儀作法の勉強で反抗している立場。忙しい時に余計に困らせることはしないでおこう。

 ……決して、なんか面倒事になりそうだから巻き込まれないようにしようとかは思っていない。

 

「あの、ソフィアお嬢様でしたらどうですか?」

 

 おいやめろアメリア。せっかく大人しくしてるんだからこっちに話を振るんじゃない。

 グレースさんも、そんな険しい顔で私を見ないでほしい。

 怖いから。なんかモゴモゴ言ってるのが余計に怖いから。

 

「……お嬢様」

「な、なんでしょーか?」

「ジャスティン様に荷物を届けに、王宮へ行っていただけますか?」

「行きます!」

 

 その瞬間、私の脳裏に浮かんだのは。

 お父さまの顔ではなく、青い髪で小柄な聖級魔術師の姿だった。

 ロキシーに会えるかもしれない!

 薄情かもしれないけど、お父さまの忘れ物のことなんか頭から吹き飛んでいた。

 いややっぱりね、メインキャラに会えるってのは原作の1ファンからすれば夢ともいえる幸せでね、

 

「ただし、()()()()()()()()()()()()

 

 ……………………はい?

 

「さすがに登城するのに男装したままというのは、あまりに失礼ですので」

 

 ということで。

 人生で2回目のドレスを着ることになった。

 ……上手い具合にグレースさんの罠に嵌められた気が、しないでもない。

 

 

 

 

 

---ロキシー視点---

 

 

 

「~~~♪」

 

 おっといけない。

 鼻歌を歌いながら廊下を歩いていると、すれ違った騎士の方に不思議そうな目で見られてしまった。

 ここは王宮なのだ。王子の家庭教師を務めているわたしにも礼節が求められる。

 もう一介の冒険者ではないのだ。周りの目線も気にしなければ。

 

 けれども、機嫌が良くなるのも仕方がない。

 家庭教師になったことで閲覧が許可された王国の書庫にあったのは、水王級の魔術に関する書籍。

 さっそく持ち出しの許可を得て、自室に向かう私の腕には1冊の本が大事に抱えられている。

 これで魔術師として次のレベルに行ける。

 目標である水神級の魔術師まで、確実に1歩前進できる。

 そう考えるだけで胸が高鳴るのを抑えられなかった。

 

 今日はもう王子様は魔力切れを起こしてしまったので授業はない。

 明日はお休みだし、どこか開けた場所まで出かけて王級魔術の試し撃ちをしてみよう。

 そんな風に考えながら廊下の角を曲がったところで、小さな女の子と鉢合わせた。

 

 王宮内にいる年端もいかない女の子。

 ということはつまり、王女様かそれに準ずる王族の関係者に違いない。

 そう判断したわたしは道を開けて頭を下げる。

 下げようとした。

 

 しかし、わたしが帽子を取って頭を下げるよりも先に。

 少女が膝をついたのだ。

 わたしの目の前で。

 わたしに向かって。

 

「ロキシーさん!」

 

 わたしの名前を呼びながら。

 

「私に魔術を教えてくださーい!!」

 

 床に頭を擦りつけた。

 

「ちょっとお嬢様、何やってるんですか!?」

「止めないでアメリアさん! 私はこの胸に迸る熱い情熱(パトス)を止められないの!」

「何言ってるか分からないです! いいから立ってくださいよ!」

 

 付き人だろうか。メイド服に身を包んだ若い女性が少女を立たせようとするけど、まるで地面に縫い付けられたとでも言わんばかりに少女は動かない。

 でも困る。

 やんごとなき身分の人を廊下のド真ん中で這いつくばらせているなんて、あまりにも外聞が悪すぎる。

 

「あ、あの。とりあえず顔をあげてください」

「はい!」

 

 パッと顔をあげた少女。

 別れた時のルディと同じくらいの年齢だろうか。

 目がキラキラと輝いて眩しい。

 この目は見たことがある。

 ルディがわたしを見る目にそっくりなんだ。

 …………もちろん、何か下世話なことを考えている時の目ではない。

 

 だけどわたしはこの少女を知らない。

 知らない誰かからいきなり魔術を教えてくれと言われても、快く承諾できるわけがない。

 第一、今のわたしは王子様の家庭教師。

 水王級魔術の修得もある。

 

 とても誰かに魔術を教えられる余裕はない。

 だから申し訳ないけど、このお願いは断らせてもらおう。

 そう返事しようと口を開こうとした瞬間、

 

「おーい! ロキシー!」

 

 後ろからドタドタと騒々しい足音が聞こえてきた。

 振り返るとそこには、わたしが魔術を教えることになった第七王子パックス様がいた。

 わたしに何か用事でもあったのだろうか。

 パックス様はわたしと、わたしの後ろで床に座り込んだままキョトンと目を丸くする少女をしばし見比べた。

 

「…………フッ」

 

 そして、何か悪巧みを思い付いたと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべる。

 わたしはこの嫌な予感がどうか外れてくれと心中で願ったが。

 もちろんそれが叶うことはなく。

 

 パックス様と一緒に、少女――ソフィア・サンドモールにも魔術を教えるよう命令が出されたのは、その日の夕方のことだった。

 

 

 

 

 

---ソフィア視点---

 

 

 

 王都ラタキアから馬で移動すること数時間。

 何もない草原に、チラホラと木が生えている、そんな場所まで来た。

 朝早くに出発したというのに、太陽はもう直上に差し掛かっている。

 

「すぅー、はぁー」

 

 目を閉じて深呼吸を繰り返すロキシー。

 どこか緊張しているようで、杖を握る両手が震えている。

 

「では、はじめます」

 

 呟いた。

 カッと目を見開き、その背丈よりも長い杖を地面に突き立てる。

 その口から紡がれる言葉は、()が前世で何度も真似て、私が今世で何よりも使いたい魔術。

 

「雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ!

 我が願いを叶え、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ!

 神なる金槌を金床に打ち付けて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ!

 ああ、雨よ! 全てを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ!」

 

 『豪雷積層雲』。私が失敗した聖級魔術。現在のロキシーが使える中で最大の魔術。

 空に暗雲が立ち込め、台風と見間違うほどの豪雨と暴風。

 乗ってきた馬がずぶ濡れにならないように発動した『土砦』を維持する。

 本来ならば、ここで終わるはずの聖級魔術。

 

 だが、詠唱はそこで終わらない。

 

「雄大なる光の精霊にして、天を支配せし雷帝よ!

 そびえ立つ者が見えるか! 傲慢なりし帝の御敵が!

 我は神なる剣にて、かの者を一撃に打倒せんとする者なり!

 光り輝く力を以って、帝の威を知らしめん!」

 

 さらに紡がれる言の葉。

 ますます練り上げられる魔力。

 空を覆う黒雲が、とある一点に押し込まれていく。

 ある1本の木の上でギュゥッと豆粒くらいにまで収縮し――

 

「『雷光(ライトニング)』!」

 

 稲妻が走った。

 目を覆いたくなるほどに眩い光の柱。

 遅れて聞こえてくる轟音。

 鼓膜どころか全身をビリビリと震わせてくる衝撃。

 土の壁に守られている馬が、恐れ嘶く声が聞こえた。

 

「ふ、ふふ……やりました」

 

 雷光が止み現れた、雲1つない青空の下で。

 ロキシーはガッツポーズを取ろうとして、倒れこんだ。

 

「あぶな――ふみゅっ!?」

 

 慌てて支えようとロキシーの身体の下に潜り込む。

 だけど悲しいかな。5歳弱の幼い身体では支えきることが出来ず、ロキシーの下敷きになってしまった。

 

「大丈夫ですか?」

「そ、ソフィア様こそお怪我はありませんか?」

 

 逆に心配されてしまう始末。

 なんとも情けない。

 

「申し訳ありませんが、魔力切れを起こしてしまったようです」

「大丈夫です。ゆっくり休んでてください」

 

 ロキシーを馬の傍に座らせる。

 用意しておいた雨具を渡して着替えてもらう。

 馬にも布を被せておく。

 さあ、今度は私の番だ。

 

 杖を構える。

 脳裏をよぎるのは、前回魔力切れを起こして失敗した記憶。

 それを、いま目の前で見た王級魔術の情景で塗り替えていく。

 

 …………よし、できる。

 大国の大統領も言ってた。

 Yes, we can.

 自己暗示はばっちりだ。

 

「――行きます!」

 

 今日2度目の台風が吹き荒れた。

 

 たっぷり1時間。

 膨大な魔力が爆発してしまわないように、必死に維持する。

 ルーデウスは風魔術で竜巻を作ったり上昇気流がどうのこうので楽々維持してたけど、

 未だに初級しか使えない私は必死で魔力操作するしかない。

 

 あっちの雲が離れていきそう。

 今度はこっちの雲が千切れそう。

 ギョエー!? すぐ近くで雷が落ちた!

 途中で意識が遠のきそうになりながらもなんとか1時間。

 

 ロキシーから合格をもらって、魔力操作を打ち切る。

 黒雲はあっという間に霧散して青空が帰ってくる。

 これで私も水聖級魔術師になった。

 身体が喜びに震える。

 この衝動に身を委ねてしまおうと、私は青空に向かって大声で叫んだ。

 

「ぃやったぁぁぁぁぁぁ…………はれ?」

 

 急に力が抜けていく不思議な感覚に陥る。

 いや、これってまさか。

 

「どうしました?」

「すいません、私も魔力切れみたいです」

 

 そこからしばらく、2人仲良く地面に倒れこむことになった。

 おいコラ馬、私の髪を草と間違えて食べようとするんじゃない。

 

「……ソフィア様、食べられてますよー」

 

 気だるげに話すロキシー。

 どうでもいいけど、ロキシーから様付けで呼ばれるの、むず痒いな。

 なんかこう違和感があるっていうか。

 きっと愛称で呼ばれてるルーデウスに嫉妬しているのかもしれない。

 私も愛称とは言わないけど、せめて呼び捨てで呼んでほしい。

 

()()()()

「へ?」

()()()()って呼んでください」

 

 力を振り絞って体を起こし、ニヤッと不敵に笑みを浮かべる。

 

「これからよろしくお願いします、ロキシー先生!」

「……ええ、よろしくお願いします。ソフィア」

 

 笑顔に変わったロキシー先生と握手を交わす。

 落雷に燃えた木からは、まだブスブスと煙が上がっていた。




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