レオナ・サンドモールは、宮廷魔術師ジャスティン・サンドモールの妻だ。
中央大陸の各地を転々とし、紛争地帯で傭兵として生計を立てていたこともある武闘派冒険者。それがレオナだった。
親の顔は知らない。物心ついた時にはミリス教の教会兼孤児院にいた。そこで神父から魔法の基礎を習い、10歳の誕生日直前で孤児院を飛び出し、冒険者として生きていくこととなる。
その理由についてレオナは多くを語らなかった。しかし、数年後にレオナがいた教会が孤児の奴隷売買によって多量の金銭を蓄えていたとして摘発されたことを鑑みるに、ある程度の事情を推察することは可能だろう。
ラノア魔法大学からの推薦状が届いたのは14歳の時。若いながらに卓越した火魔術と治癒魔術が評価されてのことだった。
師もおらず、初級までしか習得していなかったレオナの魔法は大学に入学してからわずか2年で大きく成長することとなる。
火、治癒の両方で上級魔術を習得。その他の系統もほとんど中級まで習得した。唯一、土系統魔術だけは初級までの習得に留まったが。
この調子でいけば卒業までには火聖級どころか火王級魔術師となれるだろう。周囲の期待に後押しされる形で勉学に励んだ。レオナ自身、こうした勉強が楽しいと感じていた。
元々、生きるために仕方なく冒険者として戦っていた彼女は、生きてきて初めて感じた平穏に心が癒され満たされていくのを感じていた。再び冒険者に戻るというのはとても考えられなくなっていた。
大人しく気の良い性格は同級生や教師から親しまれ、彼女の学生生活はまさに順風満帆そのものだった。
そんな時。苦手な土系統魔術を勉強しようと師事を願ったのが、5学年上のジャスティン・サンドモールだった。
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代々、王国騎士を輩出する貴族の名家サンドモール。その長い歴史の中で唯一、剣よりも魔法の才能があったのがジャスティンだった。
3人兄弟の末っ子ということもあり、騎士になるという期待をされずに育ったジャスティンは最初、自分が無能なのだと落ち込んでいた。
ジャスティンにとって不幸だったのは、サンドモール家に魔法を習わせるという習慣がなかったこと。
兄たちと同様に、剣術と座学に励む日々。魔法が使える教師は誰もいなかった。座学はある程度できたものの、剣術では2人の兄に成す術なく叩きのめされる日々。
過去、サンドモール家の中でも無能とされる男子・女子はいた。その全ては政略結婚のために他家へ嫁いでいった。きっと自分もそうなるのだ。ジャスティンは自分の才能を呪った。
ジャスティンにとって幸いだったのは、サンドモール家に騎士道精神と家族愛が強く根付いていた事だった。
弱者を弄ることなかれ。国と家は身命を賭して守らなければならない存在である。
この2点の教えは両親から3兄弟にも受け継がれた。果ては執事・メイドといった使用人にまでその道徳教育は徹底して行われていた。
ジャスティンを見下し馬鹿にするような者はおらず、むしろジャスティンの才能を見出そうと尽力する心優しい者ばかりであった。劣等感に苛まれることもなく、政略結婚も致し方ない、愛する家族の為ならば喜んで入り婿になろうと決心するくらいには、ジャスティンも家族を愛することができた。
大きな変化があったのは、ジャスティンが10の誕生日を迎えた時。
サンドモール家で開かれた誕生日パーティー。末っ子ということもあり盛大なモノではなかったが、それでも貴族の催し物となればそれなりの規模になる。
サンドモール領に訪れていた旅芸人の一団も、自分たちの一芸を披露しに屋敷まで訪れていた。
その中にいた、裏方で演出を担当している魔術師が、こう言ったのだ。
「魔術の才覚に秀でており、将来有望なご子息ですな」
そこから数ヶ月後、ジャスティン・サンドモールはラノア魔法大学への留学を命じられる。
サンドモール家初の魔術師育成の試みは、こうして始まった。
愛する家族から初めて寄せられた期待。希望。サンドモール家をより一層繫栄させるための礎を作る役割。
何より、自分にないと思っていた才能が存在したこと。
ジャスティンは努力した。寝る間も惜しんで努力した。あらゆる系統の魔術を学び、研究し、ただひたすら成功を信じて進み続けた。
そして、挫折した。
ロキシー・ミグルディア。水聖級魔術を習得した、選ばれし者。ラノア魔法大学の長い歴史でも上位に食い込む天才。
自分より数学年上の、圧倒的才能を見た。その見識の深さに震えた。研究量でも敗北した。
敵わない。自分では敵わない。
ロキシーだけではない。大学には、世界中の天才魔術師が集っていた。
それこそ幼い頃から魔法に触れてきた、魔術師としてのエリート街道を歩む者たち。
生きるために。戦うために。魔術の研鑽を続けてきた冒険者たち。
負けていた。魔力量も、知識も、経験も。
ジャスティンが不幸だったのは、10になるまで魔術に一切触れていなかったこと。
後世、稀代の天才『ルーデウス・グレイラット』が発見した魔力量は幼少期にしか伸ばせないという真実。
しかしこの時代では、魔力量は生まれ持った才能だという常識がある。
ジャスティンは、魔力量がそこまで多くなかった。
自分には、魔術の才能もない。ジャスティンは、絶望に打ちひしがれた。
ならば、歩みを止めるのか?
否。
ジャスティンは、努力を続けた。
三日三晩泣き腫らし、自分の非才を呪い、世界を恨み、それでもなお彼は歩みを止めなかった。
『正義』を願い名付けられた男は、どこまでも実直な漢だった。
ロキシー・ミグルディアが卒業した。
新しい天才が入学してきた。
同学年の誰よりも魔力量が少ない。
それがどうした。
自分が凡才だなんて、最初から分かり切っていた事じゃないか。
そんな事実の再確認が、俺が歩みを止めて理由になるものか。
俺は『サンドモール』だぞ。
家族を誇り、期待に応えようとする男はより一層の努力を積み重ねた。
満足な休息も取らず、満足な食事も取らず。ただひたすら研究と研鑽の日々。
そして辿り着いた。ようやく至ったその境地。
唱えるは自身の得意系統の聖級魔術。
7年の研鑽の末に、ようやく体得したその詠唱を叫ぶ。
辺り一面なにもない砂漠地帯にて、その魔術は花開く。
努力の汗は結晶に変わり、滲んだ血は形を変えて顕現する。
土聖級魔術『
ジャスティンは、砂がかき消えた青空に向かって吠えた。
その目には、いつか枕を濡らした時とは違う、温かな涙が流れていた。
そして、記念すべき歓喜の瞬間に立ち会った1人の少女は、16歳にして初恋を知った。
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3年後、レオナ・サンドモールの途中退学を惜しむ者は多かった。
遠くシーローン王国で専業主婦になると聞き、その才能をもったいないと嘆く者も少なくなかった。
しかし、そんなレオナに火聖級魔術を教授した1人の教師は、書類に埋もれてペンを走らせながらこう言った。
「それが彼女の選んだ道なら、私が出来るのは背中を押してあげることだけです」
数年前、弟子とケンカ別れした時とはまるで別人のような対応に、周囲は大層驚いたそうだ。
2人の師弟は、師匠がその生涯を終えるその時まで、互いに文通を続けていたという。
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「ソフィアちゃ~ん。べろべろば~!」
「キャー!!」
義理の父と自分の娘が庭で楽しそうに遊んでいるのを見て、レオナは微笑む。
横を見れば、自分と同じように柔らかい笑みを浮かべている愛しい人の顔が見える。
「どうしました?」
「……幸せだなって」
「……そうですね」
出会った時、目の下に絶えなかった真っ黒な隈は綺麗さっぱりなくなっている。
年齢の割に老けている顔は、大学10年間で彼が積み重ねてきた努力の成果だ。
「おとーさま! おかーさま!」
「あらあら、髪にたくさん葉っぱをつけちゃって」
胸に飛び込んできた愛する娘の頭を撫でながら、夫と目を合わせる。
自然と溢れ出てくる笑顔と、胸いっぱいに広がる幸福。
半生に渡って求め続けた場所に辿り着いた喜びを、彼女は満面の笑みで表現した。
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