もっと増やしたい。
頑張る。
お父さまが王都へと発った。
次の帰宅は半年後になるらしい。
可愛い娘のおねだり「魔法を教えてほしい」は、その半年後までお預けされることに――
「それじゃあママが教えるわ!」
――ならなかった。
そうだよ。よく考えたらお母さまも火聖級魔術を扱えるくらいすごい人じゃん。
しかも専業主婦。いつでも私と一緒にいる何よりの教師だ。
「まま、だいすきー!」
「あぁ! ソフィア!?」
すまんね、お父さま。子どもってのは現金なものなんだ。
もちろん、お父さまも大好きだからそんなに落ち込まないでよ?
---
トボトボと肩を落として王都まで出稼ぎに行くお父さまを見送った翌日から、お母さまを先生とした魔法の勉強は始まった。
最初にお母さまが持ってきたのは『魔術教本』。本編でもルーデウスが魔術を覚えるきっかけになった書籍だ。
お母さまは魔法大学の恩師から1冊譲り受けたらしい。それまでの冒険者時代は独学で戦っていたとか。すごい(小並感)。
ペラペラと紙を捲りお母さまが開いたページ。そこに書かれていたのは火属性の初級魔術『
その詠唱文を指差してお母さまは読み上げる。
「汝の求める所に大いなる炎の加護あらん、
勇猛なる灯火の熱さを今ここに、ファイアボール」
開け放たれた窓から、真っ赤な火の弾が飛び出していった。
「おおっ!」
初めて目にする魔法に、思わず感嘆の声が漏れる。窓に駆け寄って火の弾を探せば、庭の池に当たってジュウッ……と鎮火するところだった。
すごいすごいと興奮して大はしゃぎする私を見てお母さまは嬉しそうに笑った。
「ソフィアもすぐ出来るようになるわよ」
マジで! こんなカッコいい魔術がすぐに出来るようになるんですかやったー!
やる気に満ち溢れた私は見よう見まねでお母さまと同じように手を構えて詠唱文を読み上げた。
「汝の求める所に大いなる炎の加護あらん、
勇猛なる灯火の熱さを今ここに、ファイアボール!」
――プスッ
「……………………」
「……………………」
焦げ臭い煙が出た。
「……もう1回、やってみましょうか!」
「う、うん!」
もう一度、詠唱文を口にする。
また煙が出た。
もう1回、詠唱する。
またまた煙。
もう1回詠唱。
やっぱり煙。
詠唱。煙。詠唱、煙。詠唱、煙。詠唱、煙、詠唱……
とうとう、何も出なくなった。
何も出ない右手を見た瞬間、私は意識を手放した。
「そ、ソフィア!?」
ごめんママ。ソフィアは疲れた。
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……………………センス、なくない?
起きて朝日が昇っているのを確認して、私はちょこっと絶望した。
【悲報】魔術の素質がないかもしれない件について
スレ立てしちゃうよ。ネットの世界に現実逃避しちゃう。
なんて冗談はさておいて。
なんで魔法が発現しなかったのか。原因を考えよう。
曲がりなりにも聖級魔術師の2人から産まれた子どもが一切魔術を使えないなんてことはない。と、信じたい……。
とにかく、素質の問題で片付けるには早すぎる。もっと他の可能性を考えた方が良い。
絶望するのはそれからだ。
あ、そうそう。倒れた理由については見当が付いてる。
たぶん単純な魔力切れ。これは悪くない。むしろ成長のためには良い。
幼少期に魔力を使えば使うほど魔力の総量は増えていく、だったはず。
だからこれについては特に心配はいらない。
お母さまには心配かけちゃったけどね。
たしかルーデウスはこう分析していたはずだ。
魔術を持続させるには集中力が必要だ、と。
詠唱は魔術を自動化してくれるだけ。無詠唱とは車のマニュアルとオートマ程度の違いだと。
つまり、私には集中力が足りなかったということになる。
……詠唱すれば発動するはずの魔術が発動しないほど集中力がない私っていったい。
いや、たぶん発動はしてるはず。
ただ維持させようと思ってない。すぐに発射させようとしてるから、炎として完全に形になる前に消えて煙しか出てないように見えるってだけ……のはずだ。
たぶんたぶんで予想の範疇を出ないのが歯がゆい。
ルーデウスが無詠唱で魔術をバンバン使ってたから、魔術の詠唱の仕組みをよく覚えてないんだよね。
けど、とりあえず試してみれば分かるか。
よし、集中してみよう。
私は柵付きベッドで座禅を組んだ。
正確には、まだ手足も短い赤ん坊なのでそれっぽい座り方をしただけだ。
「スゥ…………フゥ…………」
深く深呼吸を繰り返す。
足の先。心臓。頭。身体のあらゆる箇所から、まっすぐ伸ばした右手に力のような何かを移動させていく。
ゆっくり。ゆっくり。深呼吸のリズムに合わせて、ゆっくりと移動させる。
火。火の弾。お母さまが出したみたいなすごいの。熱くて、水を蒸発させるくらい熱い、そんな火の弾。
右腕から右手のひらに、熱い何かが集まっていく感覚。
手のひらから零れそうなくらい目一杯に溜めて……溜めて……溜めて……ここ!
「――フッ!」
息を吐き出すタイミングで右手に集まった力を前方に射出する!
ボウッ!
出た! 火だ! お母さまと同じ、真っ赤な火の弾が出た!
ボワアッ!!
「にょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
柵が! ベッドの柵が燃えたぁ!?
「いったい何事ぉ!?」
お母さま、助けてぇ!?
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家の中で火の魔術なんか使ったら、そりゃ燃えるに決まってるわな。
「ごめんねソフィア。教える魔術を間違えちゃったわね」
なぜかお母さまが私に謝ってる。悪いことしたのは私のはずなのに、お母さまが悲しそうな顔してるのはおかしい。
「ごめんなさい、まま……」
「ソフィアは何も悪くないのよ」
頭をナデナデしてくれる。最初はお母さまが得意なのと同じ魔法を覚えてほしかったんだって。
でもそれより先に、火がどれだけ危険か教えておくべきだったって。
……………………いや、私の前世ぇ。
火が危ないなんて常識じゃん。社会人も経験してるくせにそんなことも分からないのか私は。
魔術が使えるからって後先考えず行動した結果だよ。まったく『叡智』の名前を授かっておいてこの体たらく、自分で自分が情けないよ。
一から十まで全部私が悪かった事故じゃん。お母さまが責任を感じる必要はないよ。
私の前世がどうとか言っても信じてもらえないしそれを伝える術がないんだけどさ。
とりあえず「ママは悪くないよ」って頭を撫で返しておいた。
鼻水がデロンデロンになるくらい泣かれた。なんでや。
あ~ぁ、せっかくの美人がもったいないなぁ。
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